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星宮家と異世界的日常  作者: 兎花
第2章 星宮家の婚約事情
10/49

「そう。とりあえず光君の女装の意味はわかったけど。これはいつまで続けるつもり? こちらのゲイル様にもあまり迷惑はかけられないでしょ?」


私はチラリと隣の男を見た。チラ見するだけのつもりがバッチリと目が合ってしまう。


「私の事は気にしないで大丈夫だ、姉君。彼等には大きな恩があってな。その精算のためにも協力したのだ。やるからには最後まで付き合うつもりだよ」

「……愚弟がご迷惑をおかけします」


「一度大きな夜会に出て婚約することを宣伝しようと思ってる。ちなみにライティア=ノスモールは俺と婚約するため叔父であるゲイルと養子縁組する。そうすることでゲイル殿に俺の後ろ楯になってもらうつもりだよ。後は適当な夜会に出て周智したら、ライティアにはヴィスゴット領の戻ってもらうつもりだ」


それでしばらくの間は凌げるだろう。

司君が肩を竦めた。

そう上手くいくだろうか? 不安そうな私に気付いたのだろう、司君がふと表情を緩めた。


隣の熊さんの体が少し固まったのがわかる。


「そんなに不安そうにしないで。今のままじゃどこに火の粉が飛ぶかわからないんだ。光も冒険者として一流だ、この国の人間じゃ手も足も出ないよ」


司君の言葉にこれ以上心配するのを止める。

確かに弟妹達は強くなった。まるでこの世界の神々に愛されでもしているかのように、特別な力を与えられて。


けれど、どれほど強くなろうとも、どれほど大きな存在になろうと、この子達は私にとって弟なのだ。

出会った頃に比べればみんな想像も出来ないほど育ったけど、いまだにあの頃と同じ眼差しをすることがある。何もない空虚さを隠すように警戒心を剥き出しにした目を。


でももう彼らはこの世界で一人前の繋がりを手に入れている。


私が心配したところで助けにはならないのだ。昔のように頭を下げて回る必要はない。


今の私に出来ることは何もない。


「わかった。この事に関してはこれ以上口出しはしないわ。それよりも司君。よく私が来ることがわかったね。光君も私を待ってたんでしょ? どうしてわかったの?」

「アリスから連絡があったんだよ。百合奈さんがこちらに来るって。だから先回りして光に待っててもらったんだ」


そういえば出掛ける前に、ピーターがアリスに声をかけておくって言ってたな。


「……あのねぇ、現状を報告して忠告しなかったボスも悪いと僕は思うけど?」


パチンッ、と扇を畳みながら光君が冷たい目を司君に向けた。


「それは確かに俺のミスだな。百合奈さんには言ってなかったけど、これから少し国が荒れそうなんだ。それに伴い俺達の周辺も騒がしくなってる。かすみの方もいろいろと見合い話が持ち込まれているらしい」

「え!!?」

「ほう、カスミ殿にもか。それはそれは……なかなか気骨のある御仁も居たものだ」

「ゲイル様はかすみのこともご存じなのですか?」


私の質問に熊さんは破顔して頷いた。


「ああ、もちろん。2年前の魔王討伐の際、共に戦った仲だからな」


……そういえばヴィスゴット領は最南端、つまりは隣の魔族の国と接した防衛地点だ。


辺境伯だけあってその発言権は高く、国王ですらおいそれと拒否できないらしい。しかも今代の辺境伯―――つまりこの熊さんは“戦鬼”と異名を取るほど強く、また人徳高い人物と知られている。


その人物を目の前にしてもあまり実感はないけれど、人徳者というのわかる気がする。

とても大きな人だと思う。体はもちろんだけど、その精神こころが。


「2年前……。確か魔王を倒すことが出来なかったんだよね、あの時は」


私が奴隷に落とされたことを知った司君が、旅の途中で取って返し、私を奴隷として扱っていた貴族を家ごと吹き飛ばした後、更に国王の元に向かうと城を半壊させた(茉莉花談)ことは聞いていた。


確かその時にはもうヴィスゴット領にいて、魔王軍との開戦の前に士気を高めていたと聞いた。けれど私のことを知った弟妹達がやる気を無くしてしまったせいで、魔王との決戦は実現しなかったらしい。


ちなみに保護された時、私はほぼ死亡待ち状態だった。何か裏の取引があったのか、それとも私の運がなかっただけなのかはわからない。

私を買った貴族は、その生来の残酷さと残忍さで有名だったらしく、月毎に奴隷が入れ替わると言われるほど奴隷に対して容赦がなかった。


私はあの頃のことを思い出そうとすると胸が苦しくなる。とにかく苦痛と飢餓感に蝕まれていたのを覚えている。


さらにうっすらと覚えているのは、地下室での記憶だ。


飢えと疲労で動けなくなった私は地下室に連れていかれたようだった。ボロボロの毛布を体に巻き付けて、逃げる体温いのちを逃さないようにしていた。


空気穴から差し込む僅かな光が私の頬を暖めた時。朦朧とした意識に浮上してきたのは弟妹達のことだった。


―――ああ、神様。ありがとうございます。

―――あの子達に力をくれてありがとうございます。

―――どうか、あの子達の歩む道にこの陽の暖かさがありますように。


奴隷として苦しむ中で何度も神を呪ったし、弟妹達に助けを求めそして逆恨みに近いことまで考えた。


それでも。やっぱりあの子達が幸せならそれでいいかぁ、と最期に思った。思えたことに、心の底から安堵した。


そして、ゆっくりと瞼を閉じた瞬間に、その人は現れた。


私を助けるために地下室に真っ先に飛び込んで来たのは、司君とフェオルドの2人だった―――。




ふと気が付けば、3人が私をじっと見ていた。


「大丈夫? ゆりなちゃん」


心配そうな光君の声色に、曖昧に微笑みを返す。

どうやら過去の記憶の中に沈んでいたようで、光君だけではなく司君も心配そうに見ている。


「うん、……うん、大丈夫。ごめんね、話の途中にぼーっとしちゃって」

「いや、こちらこそごめん。ゲイル殿と会わせる前に説明しておくべきだった」


神妙な顔で謝り合う私達を見て何かあるとは思っているだろうに、熊さんは話に入ることなくじっと様子を見ている。


「―――とりあえず、城のことはこちらに任せて、百合奈さんはなるべく家から出ないでほしい。とち狂った貴族共が何をするかわからないからね」

「了解、家から出ないのは無理だけど、予定がある時は事前に報告する。それでいいかな?」

「そうしてくれると助かる。しばらくは光も成も家に待機しているように言ってあるから。……まぁ、成の奴は当てにしないほうがいいけど。番犬替わりにはなるだろう」

「番犬ならバルスがいるけど?」

「……あいつは犬以下か」


光君の明るい笑い声が弾けた。


「そこが成兄のいいところなんだよ、ボス」


クックックと低い抑えた笑い声は熊さんから聞こえてくる。


なんとなく場が和んだところでシェリエが戻ってきた。


「ツカサ様、ただいま戻りました。あの、サルノール様より伝言です。もしよろしければ今夜ユリナ様をお食事に誘いたいと」

「必要ない」

「……わかりました、後でお伝えしておきます。こちらが頼まれていた書類です」


シェリエが司君に手渡したのは宿屋のある土地の借用書だ。

初めは土地を譲ろうと言われたけれど、それは断固拒否した。この国への不信感は根強かったし、ただより高いものはないのだ。後でどんな要求をされるかわかったもんじゃない。


未だに私の中にはこの国への不信感はある。

かすみが早々に騎士団に入ったのでこの国に留まったけど、もう3年近くの年月をここで過ごしているのだ。

かすみも友人に囲まれて日々楽しそうにしている。


………そうか、よくよく考えればこの国に拘る必要ないんだ。なんだか目から鱗が落ちた気分。


「百合奈さん、この書類はこちらで出しておくよ。もうすぐ夕方になるし、ご飯の仕込みがあるでしょ? もう帰った方がいい」

「ならば私が送ろう。ライティア、ユリナ殿、お手をどうぞ」

「まあ、お義父様ったら。両手に華、ですわね」

「うむ、我が人生においてこの様なことがあろうとは。感慨深い」


辺境伯にエスコートされるほどの立場でもないんだけどな。


私の戸惑いを感じ取ったのだろう。光君が優しく微笑みながら口を開いた。


「ゆりなお義姉様。エスコートするのがこの様な熊では不服もありましょうが、どうかここは義父ちちの為にも我慢してくださいな」

「むむ、ライティアよ。今、熊と言わなかったか?」

「はい。わたくしの敬愛する熊さんですわ」


軽口を叩き合う2人を見ていると本当の親子のようだ。

熊さ……ゲイルの歳から考えれば親子でもおかしくはない。

なんとなく微笑ましい気持ちで私は司君に向き直った。


「司君、紙とペン貸して」


司君に頼むと素早い動きでシェリエが持ってきた。


お礼を言って受け取ると、紙に日本語でこう書いた。


『土地の契約更新の書類、出すの待っててくれる? もう少し考えたい』


はい、と手渡すとチラリと読んですぐに胸ポケットに直してしまう。


「わかったよ、百合奈さん。それじゃ気を付けて帰って」




ピーターと合流して宿屋に戻ると、アリスとベルとシシィが夕飯の仕込みを始めていた。


暇そうな成君はなぜかバルスと遊んでいる。


「何してるの?」

「いや、手伝おうとしたらさ、追い出された」

「そうなの? 雑貨屋の方は誰が見てるの? 茉莉花?」

「そう。騎士団の医術師が来てて話し込んでるよ」

「……それって店番にならないじゃない」

「手が要るなら呼べって言ってあるから大丈夫じゃね? それより光は? ゆり姉と一緒だって聞いたけど」


バルスが成君の手を逃れて私の足元に腰をおろした。

その頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた。


可愛いなぁ。


「光君ならヴィスゴット辺境伯の邸に向かったわよ。そっちで着替えてから帰ってくるって」

「ふぅん。ピーターも? てか、俺もゲイルのおっさんに会いたかったなぁ」


ズボンの汚れを払いながら成君は立ち上がった。ぐぐっと伸びをしてつまらなそうに私を見下ろす。


昔は私より小さかったのになぁ。弟達は中学校の間に軽く私の身長を追い越してしまった。

今では光君ですら私より少し高いのだ。


「ゲイル様も会いたがってたよ」


馬車の中での会話を思い出す。


実は真君、今現在ヴィスゴット領にいて、ゲイルの代わりに領主代行として働いているらしい。そして王都に来て司君に会い、かすみにも会っている。そして今日は光君にもあった。知見のある星宮兄妹の中で会ってないのは成君だけだと言う。


「ゆり姉、あのおっさんに“様”付けなんてしなくていいよ」

「成君はお姉ちゃんを怒らせるのが好きですねー?」


私は笑顔で青筋を立てながら、成君の頬っぺたを両側から引っ張った。


まだ30代に入ってはいないけど、後数日で20代最後の1年に突入する私としては、4歳違いのゲイルをおっさん呼ばわりすることは見過ごせない。


「痛い痛い痛い! ゆり姉ってさ、俺に容赦ねえよな。もちっと優しくして」

「愛のムチよ、愛のムチ。それよりシシィはどんな感じ? ここに来て結構経つけど、独りで店番出来そうかな?」


頬っぺたを擦りながら成君は渋い顔をした。


「まあ、大丈夫だとは思うよ? けどさ、ゆり姉。俺としてはシシィが独り立ち出来るように、何処かに奉公に出したいんだけど」

「……んぁ? 何を今更。てか、それならそうと先に言っといてくれないと。私は家の仕事をずっと手伝わせるのかと思ってたけど」


すると成君はハァ…と、溜め息を吐いた。

む、なんだろう。成君に溜め息吐かれるとか屈辱なんですけど。


「ほんと、ゆり姉ってば懐広過ぎだろ、これ……」

「なんでよ、私に任せるって言ったのは成君でしょ? 何が不満なの」


少し眉間にシワを寄せて文句を言うと、成君はちょっと笑って私の眉間を指先でほぐした。

ちょ、止めて! 眉間は気持ち悪い。


「不満はないよ、不安はあるけど。俺もさ、シシィを保護した責任があるから独り立ちするまでは面倒見るのは当たり前だと思ってるよ? けどさぁ、ゆり姉見てっと“一時保護”の領域を越えてる気がすんだよね。入れ込み過ぎっていうか」

「……そう、かな」

「シシィがさ、独り立ちするのは時間がかかるだろうな、とは考えてたけど、一生面倒見ていこうとは思ってないよ」

「それはまあ、私も一生面倒見るのは無理よ……。ていうか、それじゃ聞くけど。もしシシィがずっと成君の側に居たいってなったらどうするの? 責任とって結婚でもする?」


成君は嫌そうに顔をしかめた。

私の予想ではシシィはなかなかここを出ていかないだろうと思う。明らかに成君に依存していて、さらに仕事たくさんこなすことで、ここに居場所を作ろうと必死なのだ。


「成君」

「……何?」

「夜、ちゃんと部屋の鍵かけなね。同意の上でなくても関係を持ったら追い出すからね」

「……!? いや、なに恐いこと言ってんだよ、ゆり姉!! それはさすがに……無いよね?」

「さあ? 私はけっこうしたたかな子だと思ってるけど、結局は成君次第だよね」


それだけ言うと私は中へと入った。バルスが騒ぐ成君をうるさそうに横目で見て、後をついてくる。


「ただいま、アリスにベル。シシィもお疲れ」


厨房を覗くと3人が忙しそうに晩ごはんの支度をしていた。


「お帰りなさいませ、ユリナ様」


近付いてきたアリスにメニューと料理の進み具合を確認する。

見る限り、確かにこれ以上の手は必要なさそうだった。みんな手際が良すぎて少しだけ寂しい。


食堂が落ち着いてからでいいので、レイノルドさんの部屋に夕食を上げておくように頼んでおく。


厨房はそのまま任せて雑貨屋へ向かう。


「ただいま、茉莉花」


雑貨屋の中には茉莉花の他に男が2人居た。

何やら茉莉花と熱心に話し込む壮年の男と、その背後に大人しく立っているのはフェオルドだった。


……この人、近衛騎士団副団長という立場のはずなのに、フットワークがとても軽くてよく王都に出没する。多分1週間に1回以上は見かけている気がする。


「お帰りなさい、ゆりなお姉ちゃん」


それだけ言うと再び話し込む茉莉花を見て、それからフェオルドを見た。彼は何も言わずに肩を竦めている。


私は静かにフェオルドに近付くとその隣に並んだ。


「お仕事お疲れ様です。ひとつおうかがいしますけど、あの人誰です?」

「お久しぶりです、ユリナ殿。あの男は騎士団専属の医術師なんです。マリカ殿と話がしたいと言うので連れてきました」


少し苦笑気味に答えてくれた。


私は店内の壁掛け時計を見ると茉莉花に声をかけた。


「お話し中失礼します。茉莉花、もし話が長引くなら立ち話もなんだし、食堂で話をしたらどうかな? もう時間的にも冒険者の人や仕事帰りの人が寄る時間よ」


ここで医術師の男が私の存在に意識を向けたらしい。ゆっくりと私を見た目の奥に、僅かな嘲りの色を見付けてしまった。

ほんの一瞬見えたそれを綺麗に隠すと、男は大袈裟なほど目を見張った。


「おお、もしかしてユリナ殿ですか。マリカ様の姉上の。初めまして、私の名前はガウリ=ベネトスです。王城にて騎士団専属の医術師をしています」


私も簡潔に名乗ると茉莉花と場所を代わる。そのまま茉莉花はガウリを連れて食堂へと消えた。

その後ろ姿が見えなくなって、私は溜め息を吐いた。


昔はもっとあからさまな視線で見られていた。今日城で私に気付いた貴族達の中には嫌悪で顔を歪める者までいたのだ。


別に今更この国の貴族達に嫌われたところで悲しくもないけど。弟妹達と深く関わる人間に嫌われるのは、さすがにしんどいな。


「……大丈夫、ですか。少ししんどそうですが」


突然声をかけられて驚きで肩が跳ねた。いつのまにか俯いていた顔を上げれば心配そうな表情のフェオルドと目が合った。


「……びっくりした。茉莉花と一緒に食堂に行ったのかと」

「俺が行っても役には立たないので。それならユリナ殿と話している方が俺としても楽しいですから」


不思議な淡い金色の瞳が楽しそうに見える。

そこにいるのは23歳らしい、爽やかな好青年だ。

私はとても自然な気持ちでフェオルドに笑いかけた。


「私と話すのはいいけれど、仕事の邪魔はしないでね」

「……もちろん。もちろんです、ユリナ…殿」


凄く久し振りに、私とフェオルドの間にある空気を軽く感じた。あの頃のような、暖かで優しい、とても親しみのある空間にさらに笑みが深くなる。


そこからフェオルドと話をする暇はなく、ボチボチお客が入り、私はその接客に追われていた。

その間フェオルドは静かにカウンター端に佇み、茉莉花達の話が終わるまで私の事をじっと静かに眺めていた。







どんなに辛いことも。どんなに悲しいことも。どんな怒りも憎しみも。

歯を食い縛って耐えていれば、時がゆっくりと癒してくれる。

私はそうやって、生き抜いてきた。

それは恋も同じこと。

日々を過ごし時を重ねることで深まるものもあれば、薄れて消えていくものもある。


私の中のフェオルドへの想いはそうやって昇華されたのかもしれない。













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