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火曜日の亜砂斗・下

 誰も知らない、俺の夜の顔。





 夜の街は落ち着く。

 眩しい看板の明かりと喧騒。

 夜の都市は眠ることは無い。

 いつも通うライブハウス。

 何系のバンドかはわからない。

 ただそこそこの観客―女も男もいる―がいるからそれなりに有名なのだろう。

 俺はカウンターに寄りかかりステージを映すモニターに目をやった。


 ライブが始まって一時間くらいか。

 今日は5組くらいのバンドが出演しているらしい。

 たぶん今のは3組目。

 首を振る観客。あおるバンドマン。

 音楽なんてどうでもよかった。

 ただ居場所が欲しくて行き着いたのがここだった。

 ただそれだけ。


「Good morning,Asato」

 突然耳元でささやく声。

 ほんのりと香水が香る。

 俺の方に腕をかけてにっこりと微笑むのは、茶髪に褐色の肌の青年。

 みどり

 そう俺には名乗っている。

 たぶん20歳位。

 詳しくはしらない、というか興味が無かった。


「ひさしぶりじゃん、亜砂斗。しかもひとりだけなんて。相棒はどうしたの?」

 今日何度目だろうか。皆が聞くことと同じこと。

 俺は一言。

「知らない」

 と答えた。

 本当に知らない。

 メールも来なければ電話も無い。

 学校でも完全に避けられている。

 碧は笑顔のまま、

「じゃあ今夜は俺とずっといられるんだ」

 と言った。


「明日は学校」

 碧とのくだらないやり取りの間に3組目の時間が終わる。

 バンドの入れ替わりの時間。

 それは観客の入れ替わりの時間でもある。

 最前列に陣取っていた客が後退して、別の集団が陣取る。

 何人かがカウンターにやってきて、ドリンクチケットをドリンクに交換する。

 俺たちを一瞥する女たち。

 ひそひそと話しながら目を輝かせる。

 どこにいても俺は目をひくらしい。

 理由は俺にはわからない。

 だいたいキャーキャー騒ぐ女にいい女はいない。

 言い寄ってくる女……男もだが……数知れないが、好みの者はいなかった。

 最近は声をかけてくる人間なんていなかったけど……


 夕羽がいたから。

 あいつがいるときは、碧もこんなに引っ付いては来なかった。

「学校なんてどうでもいいんじゃなかったっけ?」

 碧が言う。

 別にどうでもいいわけじゃない。

 退屈だっただけだ。

 色の無い世界。

 それが学校。


「最近来なかったのは学校のせい?」

「碧、うるさい」

「つれないなあ。まあ、きれいだから許すけど」

 多分笑ったんだろうと思う。

 碧の顔を見てないからわからない。

 次のバンドの演奏が始まる。

 女たちの悲鳴にも近い声。

 たぶんメンバーの名前だろう。

 口々に叫んでいる。


 何がいいのかわからない。音楽はやはりクラシックが最高だと思う。

 騒がしい音楽は好きじゃない。

 なのに俺がここに居場所を求めていたのはなぜだろうと思う。

 それは何度も繰り返した問いかけ。

 退廃した空気。若者たちの一瞬の反抗。

 社会に出るまでの悪あがきをしているのかもしれない。

 演奏が始まったため、碧が耳に口を近づけて大声で言った。


「最近お前がおとなしかったから、『ドゥルガー』の奴らが俺らの縄張り荒らしてるって知ってた?」

「俺はどこのチームにも属してない!」

 大声で返すと、碧はにやりと笑った。

「そう思ってるのはお前と夕羽だけだよ! 他の連中はお前たちが『アスタルテ』のリーダーだと思ってる」

 俺は小さくため息をついた。

 『ドゥルガー』そして、『アスタルテ』

 どちらもチームの名前だった。

 チームといっても暴走族とは違う。

 チーマーといった方が近いかもしれない。

 ただ集まって、喧嘩してお酒飲んで、煙草吸って。

 少なくとも『アスタルテ』はそんな集団だった。

 だけど俺はチームには属してない。碧は属していたらしいが、俺には関係がなかった。

 ただ碧と行動をともにしていることが多かったためか、『アスタルテ』の一員、しかもリーダー格なんていう噂が広まってしまっているのだろう。

 迷惑な話だ。


「『ドゥルガー』が何やってるんだ?」

「お前、スマートドラッグって知っているか?」

 俺は頷いた。 

 何年か前から聞くようになった名前だ。

 もともとはアルツハイマー病やパーキンソン病などに起きる精神神経疾患の治療に使われてきたものだが、記憶力がよくなるとかいって、受験生の子供を持つ親や、受験生たちの一部で広がっている薬だ。

 ただ実証はされていないし、健康な人間に使用するとどんな作用が起こるのかはわかってはいないらしい。

「買ってるのはガキだけじゃないらしい。親連中にまで広がってる」

「べつに違法じゃないだろ? なら問題ないじゃねーか」


 一時期脱法ドラッグというのも流行ったことがあった。知り合いにもはまった奴がいた。

 現実を忘れたい。

 とか。

 頭が良くなりたい。

 とか。

 俺には理解できない心情だ。

 現実は現実。そんな簡単に頭が良くなるなんてあるわけない。

 それでも何かにすがろうとする。


「たしかに違法じゃない。だけどな、ちょっとした問題があるんだよ」

「問題?」

 俺の横。肩に腕をかけ、いつになく真剣な顔をした碧の顔があった。

「ハーブも一緒に出回ってるらしい」

「ハーブ?」

 危険ハーブ。危険ドラッグとも呼ばれる、最近よく聞かれるものだ。

 色んな事件や事故が起きていて、死人も出ている。

 二年前もたしかそんなことがあった。

 俺も夕羽もそういうのが大嫌いで、たしか、売人どものグループを潰した記憶がある。


「死んだんだよ」

「誰が」

「ハーブにも手を出したやつが、人を殺したらしい」

「それ、いつの話だよ」

「だいぶ前。俺たちのシマとは違う場所だ。

 それでしばらくなりを潜めてたらしい」

「で、ほとぼりが冷めた頃、場所を変えてまた出回り始めたと」


 碧の言葉をついで俺が言うと、彼は頷いた。

「そ。そもそも正規のクスリかどうかもわかっちゃいない。ハーブも、今は規制が厳しくなってるだろ。

 しかも金がらみだ。何人か向こうのグループに流れてる」

「それでお前はどうしたいんだ?」

 碧が何を訴えたいのかわからなかった。

 『アスタルテ』も『ドゥルガー』も俺には関係ない。

 碧が耳元で囁くように言う。


「お前たち、昔、売人のグループ潰しただろ? できればお前たちにひと暴れしてもらって、ドラッグを一掃したい。

 俺もドラッグだとか、ハーブだとかは嫌いなんでね」

「自分でやれ」

 極力冷たく、俺は言いはなった。

「冷たいなー」

 いたずらっぽく、碧が囁く。

「夕羽がいないから?」

 俺は、碧を睨み付けた。

 彼はにやっと笑い、俺を見つめている。

「違う。俺は」


 言いかけて、俺は黙り混む。

 推薦で大学進学が決まっているため、暴れる訳にはいかない。というのは事実だ。

 けれど、それ以上に今は大切なことがある。

 空。

 空が心配で、他のことなど考えられない。

 今日ここにきたのは、夕羽に会えるかもと言う淡い期待からだ。

 けれど、会えそうにない。あいつも結局俺と同じで大学が決まっている。いつまでもこんなことしていられない。

「まあ、気を付けろよ。『ドゥルガー』はお前たちを潰したがってる。お前たちを潰せば、はくがつくってもんだからな」

 なぜか、耳元で囁く碧。

 そして最後に、ぺろっと、耳を舐められた。反射的に、俺は碧を思い切り殴り付けた。

 

こんな感じでとりあえず行きます。

ライブハウスに行っていたのはずいぶん昔なので、記憶があやふやですが。


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