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15/16

それぞれの金曜日・上

 12月16日金曜日。




 朝。

 俺は久しぶりに、いつもの時間に学園の最寄り駅に降り立った。

 定期を自動改札にタッチして、駅を出る。

 沢山の生徒たちが、学園に向かって歩いていく。

 中には数人でタクシーに乗り合うものもいる。


 毎日繰り返された光景。もうすぐお別れだ。

 寒空のした、俺は学園に向かって歩き始めた。

 後ろから走ってくる存在に気がついたが、無視して歩みを進める。


「夕羽~!」

 首に絡み付く腕と、聞きなれた彼の声。       

 3週間ほど前と同じ光景がそこにある。

 正直またこんなことをしてくるとは思わなかった。

 俺は極力冷静に、亜砂斗に向かって言った。


「重い、邪魔、うっとうしい」

「冷たいな~。いいじゃん、べつにー」

 彼はめげずに、腕に力を入れる。


「苦しいから離れろ。だいいち、遅刻する」

 そこでやっと、腕が離れる。

 振り返ると、いつもの笑顔の亜砂斗がいた。


「おはよう、夕羽」

「……おはよう」

 俺は今、どんな顔をしているのだろう。

 たぶん、いつもの顔はしていないだろう。

 俺は学園のほうへと向き直り、いつものトーンで彼に告げた。


「行くぞ、亜砂斗」

「うん」

 とりとめのない会話を交わしながら、学園までの約15分の道のりを行く。

 途中で、黒髪長髪の少女を見つけ、亜砂斗はいつものように、彼女の背中に抱き着いていく。


「おはよう、空~!」

 俺の時よりもずっと、嬉しそうな声で、亜砂斗は言った。

 空は少し顔を赤らめた後、小さくおはよう、と言った。そして、

「まとわりつくなうっとうしい」

 と一気に言う。


 以前とは少し違う反応に、俺は微笑する。

 そこに凛がやってきて、空の腕を掴んだ。

「空ちゃん、おはよう」

 と笑顔で言った後、亜砂斗のほうを睨み付ける。

「もう、私の空ちゃんに朝からまとわりつかないで!」

 などと言っている。


 亜砂斗はめげず、

「べつにいーじゃん。朝とか関係なくない?」

「こんなことしてたら遅刻しちゃうじゃない!」

 幾度となく繰り返された光景だが、関係の変化が見て取れた。

 離れようとしない亜砂斗に業を煮やした凛は、なぜか俺のほうにやってくる。


「夕羽君、亜砂斗君がひどい!」

 そう言って、涙を流しているわけではないのに、目元に手をやって泣きまねをする。

 いったい何がひどいのかよくわからないが、俺は凛の頭に手を置いて、

「そうだな、ひどいな」

 と応える。


 すると亜砂斗は心外だという顔をした。

「俺の何がひどいわけ? 普通に朝の挨拶してるだけなのに」

「私の空ちゃんから離れないのがひどいの!」


 道を行く学園生たちが、俺たちを一瞥していく。

 目立って仕方ない。

 ただでさえ、亜砂斗は目立つというのに。

 でもこれも、あと少しで終わるのか。

 俺は凛に声をかける。


「凛。あの馬鹿は放っておいて、先に行こう。遅刻する」

 すると、彼女は驚いたような顔をした。

 そして、なぜかうれしそうな顔をして、頷いた。

 その表情の意味に俺は全く気が付いていなかった。





 昼休み。

 屋上の柵に手をかけて、学園からの風景を眺める。

 線路を走る電車。今は茶色い田んぼと畑。点在する家々。マラソン大会で走った山。

 もうすぐ終わる、学園生活。

 俺たちのよくわからない三角関係も終わった。


 すっきりした気持ちと、一抹の寂しさを感じながら、風景を見つめる。

 となりにはなぜか凛がいた。

 彼女の表情は不機嫌そのものだった。


「空ちゃん、とられちゃった」

 口を尖らせ、凛が言う。

「そうみたいだな」

 今朝のやり取りを思い出し、俺は答える。


「亜砂斗君のどこがいいのかしら。別に嫌いじゃないけど、だけど……」

 凛の表情がころころ変わっていく。

 それがなんだかおかしくて、俺はふっと笑った。


「ねえ、夕羽君」

 凛が真面目な顔をして、こちらを見つめる。

「なんだ」

「早くに大学に行っちゃうのよね?」

「ああ。二月には入寮だからな」

「私はまだ大学どうなるかわかんないけど、また、こうして会ったりできるかしら?」

「どういうことだ?」


 彼女の意図に俺は気が付いたが、気が付かないふりをした。

 亜砂斗のことをいろいろと言っていたのだから、それを彼女も実行すべきだ。

「……私は夕羽君のこと、ずっと追いかけてきた。

 私は夕羽君のこと好きなの。そのこと、簡単にあの二人にはばれちゃったけど。

 いきなり恋人になりたい訳じゃないけど、私、夕羽君と一緒にいたいから」


 期待と不安の入り混じった顔が、そこにあった。

 三角どころか四角だったのか。

 そう思い、笑いが漏れる。

 俺は凛に手を差し出した。


「それも、悪くない」

 このふわふわした少女の気持ちに全然気がつかなかった。

 もっと早くに気が付いていたら、もっと違う道筋をたどっていただろうか。

 凛は戸惑いがちに俺の手を掴むと、幸せそうに微笑んだ。


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