木曜日の夕羽
男同士でどうのってシーンがあります。
なので注意。
12月15日木曜日。
あと1週間で、2学期が終わる。年が明け、少しだけ授業があり、すぐに三学期末試験だ。
学園生活も、もうすぐ終わる。
この2週間、目まぐるしく事態が動いたように思う。
ここに引きこもって3週間。
空にそうそうにばれ、凛に探しあてられ、亜砂斗にまで知られた。
なのに俺は、今日も屋上に来ている。
なぜか来てしまっている。
寒い屋上で、俺は、何をしているんだろう?
流れていく雲を見つめ、考える。
長く伸びてしまった前髪がいい加減鬱陶しい。そろそろ切りにいかなければ。
ドアの開く音が、耳に飛び込んできた。
俺は起き上がり、その人物を出迎えた。
ウェーブがかった茶色い髪。山猫と称されたしなやかな肢体をもった少年、亜砂斗。
冬の乾いた風が、髪を鋤く。
日差しがいくら頑張っても、この寒さには勝てないのに、彼はマフラーもコートも着ず、深紅のブレザー姿で立っている。
何しにきたのだろうか。
こんな早くに。
大して朝は得意ではないくせに。
亜砂斗は真剣な顔で、俺をまっすぐに見つめた。
「話がしたかった」
「話?」
「この間、ちゃんと話せなかったから」
言いながら、俺に歩み寄る。
どんな顔をしていいかわからなかった。
この間俺は多分、まずいことを言った。
まずいことをやった。
あんなことしたらいくら亜砂斗でもばれるだろう。
ばれていないことを期待するが、噂では昨日、盛大にため息をつき、保健室に引きこもったらしいから、期待するだけ無駄だろうとも思う。
俺はどうしたらいい。
あんなことをして、俺はいったいどうすれば。
碧には思春期にはよくあることだと言われた。確かにそうだ。それはわかっている。
けれど、相手にばれてしまったら……もう、元には戻れない。
亜砂斗はスラックスのポケットに手を突っ込み、いつもの笑顔を浮かべた。
「何、複雑な顔してんの」
亜砂斗の声に余裕が感じられるのはなぜだろう。
真相に気が付いたからか?
「俺さ、この二週間いろいろあって、いろいろ考えた。
いつもいたお前がいなくって、俺、不安で仕方なかった。
俺、何したんだろって思って」
そう言って、彼は下を俯く。
亜砂斗が何かをしたわけじゃない。
俺の感情の問題だ。
そうか、俺は……空と亜砂斗に無駄に不安な思いをさせただけなのか。
ちゃんと言えばよかった。
こんな強引な方法を取らずに、ちゃんと話をすればよかった。
「俺は、夕羽に甘えてきた。
お前がいない現実があんなに不安で仕方ないものだなんて、思わなかった。
もう、卒業だっていうのに。
お前がいない間、俺は、お前から自立しなくちゃいけないんだって、思い知った」
彼は、顔を上げた。俺をまっすぐに見据える、茶色の瞳。
まるで少女漫画のヒーローのように整った顔が、そこにある。
「俺は残りわずかの学園生活をこのままで終わらせたくない。
なあ、夕羽。俺は、お前と一緒に、いたいんだ」
そう言って、亜砂斗は俺に手を伸ばした。
俺はその手と、亜砂斗の顔を見比べる。
いつも背中にまとわりつき、甘えてきた男とは変わったということだろうか。
うれしいような、寂しいような複雑な気持ちだった。
俺は……どうする?
別に避けたくて避けていたわけではない。
こんな感情、自分でも認めたくなかった。
もうばれてしまっているのなら、言うしかないだろうか。
俺はまっすぐに亜砂斗をみつめ、隠し続けようとした言葉を紡ぐ。
「俺はお前が……」
最後の言葉を告げる前に、急に腕を引っ張られ、亜砂斗に口をふさがれた。
亜砂斗の唇で、自分の口がふさがれている。
なにが起きているのかわからず、俺は目を見開いて、すぐそこにある亜砂斗の顔を見る。
彼は目を閉じていた。
長い睫。整った顔が、そこにある。
どれくらい時間がたったかわからない。
亜砂斗は顔を離し、目を開けた。
その表情は、真剣そのものだった。
「言ったら。お前俺から離れること、選ぶだろ?」
苦しそうな、絞り出すような、声。
見透かされている。
たしかに、言ったら俺は、彼から離れることを選ぶだろう。
いや、だからと言って、この行動はなんなんだ。
理解できない。
何が起きているのかわからない。
そのまま亜砂斗は、俺の首に腕を回す。
「俺は、ずっとお前を追いかけまわしてた。
お前が俺に張り付いていたんじゃない。
俺がお前に張り付いていたんだ。
お前がいなくちゃ、俺、とっくに落ちてたと思う。
夜の町で、喧嘩して、酒飲んで、煙草にも手を出していたと思う。
けど、お前がいたから俺は夜の町におぼれなくて済んだ。
お前がいたから」
「亜砂斗……」
「俺はお前が大事だよ。
だけど、それ以上は……ごめん、俺、ずっとお前に甘えて来たのに。
俺、大事な物、見つけたから」
それが、空。
俺にとっても、空は大事な存在だ。
如月を失い、あの子は深く傷ついた。
心を閉ざし、近づこうとするものを遠ざけようとした。
だからあの子は、亜砂斗にも冷たく当たった。
それでも亜砂斗はめげなかった。
亜砂斗なら、あの子を救えるだろうか。
あの子の心を、すくえるだろうか。
「……空を、救ってほしい。俺には、できないから」
俺は、亜砂斗の腰に腕を回し、絞り出すような声で彼の耳元で呟いた。
亜砂斗が小さくうなずくのがわかる。
「……ああ。当たり前だろ。俺は、死んだ人間には負けない」
「お前、なんでそれを」
「空に聞いた。俺、言ったんだ。空に好きだって、ちゃんと言ったんだ」
心のなかに広がるこの感情はなんだろうか。
安堵と嫉妬と、いろんな感情が入り交じる。
こうして俺の恋物語は終わりを告げた。