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火曜日の亜砂斗

 12月13日火曜日。


  

 今日も、空の家に行ったら拒否された。

 何でだろうと考えるけれど、やっぱりわからない。

 なぜか俺の前に凛ちゃんがいる。

 俺の席の前に椅子を置いて、さも当たり前のように、お昼を食べている。

 変な気分だった。

 俺は凛ちゃんがご飯を食べている姿を眺めている。

 俺はため息交じりに呟いた。


「なんで空に断られたんだろう……」

 最近、送って行くと言ったら素直に従ってくれていたのに。

 ものすごい勢いでご飯を口に放り込み、凛ちゃんは俺を見つめた。

「もしかして、わかんないの?」


 心底不思議そうな目を、俺に向けている。

 俺は机に両肘を置きながら、凛ちゃんを首をかしげて見つめる。

 なんでこんなことを言われるのかわからなかった。


「本当に、亜砂斗君は空ちゃんのことを好きなの?」

 何を当たり前のことを言っているのだろう。

 俺は何度も空が好きだと言っている。

 俺は反射的ににっこりと笑って、頷いた。


「もちろん」

 すると、凛ちゃんは腕を組み、憮然とした表情を浮かべる。

「ちゃんと告白したことあるの?」

 俺は目を見開いて、

「何度も言ってるよ。凛ちゃんだって知ってるでしょ?」

 と答える。


 正直、この子が何を言おうとしているのかわからなかった。

「それって、私や皆の前で言ってるやつのこと?

 あんなの、告白になるわけないじゃない」

 心外なことを言われている。

 凛ちゃんはさらに言葉を重ね、俺を追い詰めていく。


「ちゃんと真面目に、真剣に向き合って言ったことあるの?」

 俺は黙って顎に手をあてて、考える。

 俺はいつだってまじめで、いつだって真剣に空に向かっていた。

 空は冷たくあしらったかと思えば、この間のように家に招き入れる。

 よくわからない。

 あの子が何をしたいのか。


「そんなので、空ちゃんがまじめに相手するわけないじゃない」

「でも、空は俺を家に入れてくれるし、俺の作ったご飯、食べてくれるし。

 それに病院にだって付き添って、空はそれを拒否しないし」


 クラスの生徒たちの視線が、俺たちに集中する。

 何で見られているのかよくわからないが、俺は最近あったことを話そうとした。

 けれど、それは凛ちゃんに止められた。


「待って。ちょっと、外行きましょう」

 凛ちゃんに連れられて、俺は中庭に出た。

 昼休みの中庭に、人影は少なかった。

 俺たちは人目に付きづらい場所まで行くと、向かい合って立ち止まる。

 凛ちゃんは毅然とした態度で、俺に言った。


「だからね、亜砂斗君。女の子はムードが大事なの」

 ムード。

 ムードってなんだ?

 よくわからず、俺は首をかしげ凛ちゃんを見つめる。

 彼女は大きくため息をついた。

 なんだか馬鹿にされている気がする。

 だいいち、誰かに告白しようと思ったことは一度もない。

 逆なら何度もあるけれど。


「家にいってるなら、そのまま押し倒して『好きだ』って言えばいいじゃない」

 凛ちゃんの言葉とは思えないことを言う。

 俺は何度も首を横に振り、

「そんなこと俺はしない」

 と答える。


 俺はそういう風に見えるのだろうか?

 だとすれば、心外だ。心外すぎる。

 そんなチャンス、あったけれど、そんなことをしようと思ったことは一度もない。

 凛ちゃんは、さらに俺を追い詰めていく。


「とにかく。

 空ちゃんが好きなら、二人きりの時に真剣にまじめに言わなくちゃ」

 真剣に、まじめに。

「それで、拒絶されたら俺は、どうしたらいい」

 言葉が、自然と口をついて出た。

 自分がいったい何を言ったのか理解できず、首を傾げて凛ちゃんを見る。

 そうか、俺は、本気で拒絶されるのが怖くって、冗談めかして言い続けていたのか。自分が傷つかないように。

 何度も何度も言葉を重ねても、のらりくらりとかわす理由がひとつわかった気がする。


 あとひとつは、如月。

 誰だろう。それは。

 知っているのは夕羽だろう。

 本人が言わないことを、彼は言うだろうか。

 でもどうやって会おうか。


 夕羽はどこにいる?

 夕羽が俺を避ける理由。彼は空が好きなのだろうか?

 だから、俺たちの前から姿を消しているのだろうか?

 なら、俺は、まず夕羽と決着をつけなければ。


 中庭に、冬の風が吹きすさぶ。

 防寒対策をしていない凛ちゃんが、小さく身震いをする。

 寒いのだろうか。そう思い、凛ちゃんに近寄って、その肩を抱き寄せた。


「大丈夫?」

 声をかけると、凛ちゃんは俺を押しのけて声を上げた。

「そういうことを誰彼構わずするから、誤解されるのよ!」

 そうか。そんなこと考えてもいなかった。

 俺は笑って、

「ごめん。空の大切な凛ちゃんに風邪引かれちゃ嫌だから」

 と声をかけた。


 凛ちゃんはすこし赤い顔をして、俺を見ている。

 俺は顔に手を当てて、考える。

「そうか。俺は自分勝手に、ひとりで空まわっていたのか」

 そして、ひとり笑う。


「でもその前に俺、あいつに会わなくちゃ」

 夕羽。あいつはどこにいるのだろう?

 二週間以上まともに顔を合わせていない。

 凛ちゃんは頬を膨らませ、俺を見ている。

 寒いのだから、早く中に入らないと。

 そう思った時、凛ちゃんは言った。


「夕羽君、屋上にいるわ」

 意外な言葉が、その口から発せられた。

 俺は驚いて彼女を見る。相変わらず、憮然としている。

 なんでこんなに彼女は機嫌が悪いのだろう?

 理由がよくわからないけれど、俺には計り知れない、複雑な心情があるのだろう。

 俺はにっこりと笑って、彼女にお礼を言い、校舎へと走った。

 もうすぐ五限目が始まるが、どうでもよかった。


 屋上にいたなんて盲点だ。常に鍵がかかっているのに。

 あいつ、鍵あけなんてできたのか。

 いったいあいつ、何者だ?

 途中でいちゃつくカップルを見た気がするが、そんなもの気にも留めず、階段をかけ上った。

 屋上へと出る重い扉を開く。


 この時期、この辺りでは冷たい強風が吹きすさぶ日もある。

 なのになんであいつはこんなところにいるんだ。

 扉から直線上、柵の手前にあいつは寝転がっていた。

 ダウンジャケットをきて、枕なんてしている。

 腕をひろげ、冬の空を見つめている。

 強風で、雲の流れがはやい。


 俺は、扉を閉めてゆっくりと、彼に近づいた。

 夕羽はゆっくりと上半身を起こし、こちらを振り返る。

 その表情は、いつもの仏頂面ではなかった。眼鏡の奥の瞳には物憂げな雰囲気が漂っていた。

 夕羽は立ち上がって、俺を出迎えた。

 予鈴の音が、俺たちを包み込む。

 夕羽は、予鈴が鳴り終わったあと、静かに告げた。


「遅かったな」

 彼は俺が来るのをずっと待っていたのだろうか。

 以前聞いたときは適当にあしらわれた。今日はきちんと言わせてやる。

「お前にとって、空はなんなの?」

「俺にとって、空は大事な存在だが、友人以外の何者でもない」

 いつもと同じ、抑揚の少ない声が返ってくる。

 恋愛感情はないってことか?

じゃあなんで俺を避けるんだ?


「お前、嘘ついてる?」

 夕羽は首を横に振る。

「お前が思っているような関係じゃない」

「じゃあなんで俺を避けるんだよ? 意味わかんねーよ」

「お前には関係ない」

「じゃあなんなんだよ? てっきり空が好きで、俺のこと気遣って離れたのかと思ったけど、今更すぎるし」


 一年も前から俺は、言い続けていた。空が好きだと。だからと言って、夕羽が表情を動かしたことはない……たぶん。

 いつも、夕羽の背中に抱きついていたからいまいちわからないけれど。

 けれど、もし空が好きなら、とっくに何かしらの行動をとっていただろう。

 考えても考えても意味がわからない。

 こいつは何を考えて、俺を避けるんだ?


「話は終わりか?」

 淡々とした声に、思考を遮られる。

 俺は、首を振った。

「俺、気がついたんだよ。ずっと、俺はお前に甘えてたって」

 夕羽の表情が、わずかに動く。

「だから、俺、呆れられたのかなとも思ったんだ」

「それこそ、今更だな」


 夕羽が呟く。

 そうだ。どの理由を考えても今さらなんだ。

 じゃあなんで、俺を避ける?

 頭のなかに疑問符しか浮かばない。

 俺は、夕羽の腕をつかんだ。

 いつになく、真剣に言葉を紡ぐ。


「だから、大好きな友達に理由もなく避けられ続けらのは辛いんだ。もう、学園生活も残り少ないのに、なんでこんなことをするんだよ」

 あと少しで、俺たちは嫌でも離ればなれになる。

 決まっている未来だ。

 一緒にいられる時間なんてごくわずかなのに、こんな形で、終わりにしたくない。

 そう思ったら頬を、涙が伝った。

 なんで、こんなものがでてくるんだろう。

 自覚したら、どんどんと溢れてくる。霞んだ視界のなか、ろくに感情を出さない夕羽が、驚いた顔をしているのがわかった。


 目を伏せ、

「ごめん、俺はただ……」

 と呟いている。

 俺は、なんなんだ。

 夕羽は俺の顔を見つめなんだか苦しそうな顔をしている。

 不意に腕を引っ張られ、そのまま抱き締められた。

 耳元で囁く声が聞こえる。深いところで、声が響く。


「俺はただ、お前への自分の感情を認めたくなかったから……」

 そして、体が離れたかと思うと、荷物を抱えて校舎内に消えてしまった。

 何があったのか理解できるまで、ただ呆然と、鉄製の扉を見つめた。


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