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月曜日の夕羽・下

 遅刻をして学園へ行き、いつものように、昼休みを屋上ですごす。

 そこに、凛がいた。

 コートを着て、マフラーをしている。

 とはいえ、屋上は寒い。俺は枕を彼女に差し出した。


「座るなら、それをしいたほうがいい」

 彼女は戸惑いながら枕を受け取って、それの上に座った。

「ありがとう、夕羽君」

 そう言って彼女は笑う。

「話があるから来てるんじゃないのか?」

 その問いかけに、凛は頷いた。


「亜砂斗君て、アホの子なのかしら?」

 彼女らしからぬ発言に、俺は思わず笑ってしまう。

 凛の顔は、不機嫌そのものだった。

「空ちゃんが家にいれてくれないって言うの。

 みんなの前で」


 彼のキャラクターなら、今さら誰も何も思わないだろうに。

 けれど、彼女は不満らしい。

 凛は、頬を膨らませ、下を見つめながら言った。

「デリカシーがないのかしら?

 だいたい、女の子の家にいれてもらえないなんて普通のことじゃない」

「そうだな」


 自然と、笑いが口から漏れる。

 凛は目を丸くして俺を見ている。

 なにかおかしなことをしただろうか。

「夕羽君、そんなふうに笑うのね」

 少し心外に感じるが、仕方ないかと思う。亜砂斗やこの子ほど、俺は感情を表に出さない。

 まあ、亜砂斗は亜砂斗で隠しているものがあるが。


「でも、笑い事じゃないわ。中途半端なことやってないで、さっさとちゃんと告白したらいいのに」

「宙ぶらな状態を長く続けすぎたな」

 それは、自分にも言えることだが。

 すると、凛は何度も頷いて、

「そうそう。そうなのよ。

 拒否されるのが怖いからか何か知らないけど、なんでちゃんと向き合わないのかしら?

 いくら好き好き言っても、皆の前で冗談めかして言って、誰が本気にするかしら?」


 だから、彼は皆の前で好きと言い続けた。

 本気の言葉を言って拒絶されたら傷つくから、冗談めかして、好きと言うことを言い続けたのだろう。

 そうすれば、一緒にいる時間が長くなる。

 もし本気で拒絶されたら、一緒にはいられなくなるから。

「もうすぐ皆会えなくなっちゃうのに。こんなのでいいのかしら?」

「さあ。それを決めるのは本人だから」


 すると、凛は手をついて身を乗り出し、俺に顔を近づけた。

「本当に、そう思うの?」

 彼女の意図がわからず、俺は目を見開く。

 凛はまっすぐに俺を見つめ言葉を続けた。

「夕羽君はいいの?」


 ああ、そうか。彼女は誤解をしているのか。

 それはそうだろう。

 俺はなるべくいつもと同じ表情を作り、彼女の問いに答える。

「俺と空は何もない」

 もう、今は。という注意書きが必要かもしれないが。


 凛はじっと、俺を見つめる。

 俺の言葉が嘘か本当か見極めようとしているのだろうか。

「私は皆が楽しい思い出を残して卒業できるのが一番いいと思うの」

「俺もそう思う」

「じゃあ、なんでこんなところに引きこもってるの?」


 それを言われるのは二度目だった。

 俺は真実を語る気はない。

 そのまま時間は流れ、チャイムが鳴る。

「じゃあ、教室もどろうか」

 俺はそう告げて立ち上がり、凛に手を差し出す。

 彼女はその手を掴み立ち上がると、お尻に敷いていた枕を俺に差し出しながら言った。

「私、ちゃんと笑って卒業したい」

「俺も、そう思っている」

 凛の顔はなんだか不満そうだったが、俺は気にせず、屋上を後にした。






 夜。

 いつもは髪を染めてやってくる町に、俺はそのままの格好で向かっていた。

 もやもやしたものが、心を支配している。

 どうしようもなく、俺はもう来ないと決めていた町に来てしまった。

 駅をでてまっすぐ、よく行っていたライブハウスに向かう。

 その途中、近づいてくる者に気が付き、俺は振り返った。

 そこにいたのは、ジーパンにダウンを着た碧だった。

 彼は呆れた顔で俺を見つめ、腕を掴む。


「なんで別々に来るんだよ」

 などと呟いている。

 亜砂斗が最近来たことをすぐに把握するが、そのことは亜砂斗のメールには何も書かれていなかった。

「とりあえず、お前がここうろついてるとめんどくせーから、黙って俺と一緒にこい」


 そうして、俺は碧の車に乗せられた。

 会話もなく、車は町を走る。

 連れてこられたのは碧の家だった。碧の家に連れてこられたのは初めてだ。

 物の少ない部屋。

 碧は俺をソファーに座らせると、ペットボトルのジュースを俺の目の前においた。

 彼は、ノンアルコールビールの缶を開け、床に座って俺を見た。


「お前ら、連絡取り合ってないわけ?」

 呆れた顔で、彼は言う。

 俺が首をふると、碧はため息をついた。

「めんどくせーな、お前ら」


 などと言って、ノンアルコールビールを口にする。

 何かあったのだろうか? やはりあいつ、何か無茶をしたのか?

「なんで来たんだ? そんな、悲しそうな顔をして」

 自分がそんな顔をしている、ということにショックを覚える。


 俺は何が悲しい?

 空のこと?

 亜砂斗のこと?


 碧は片膝を立て、そこに肘をおき俺を見ている。

 俺はじっとテーブルに置かれたペットボトルを見つめる。

 碧のため息が聞こえた。

「お前ら、そういうところまで一緒かよ」


 どういう意味かと思い、碧に視線を向ける。

「あいつは、ここに来たのか?」

「ああ、昨日な。だからビビったんだよ。お前を見て。

 何なんだお前ら? 何あったんだよ? 女がらみなのか?」

 それはあっているようで、あっていない。

 俺が何も答えないでいると、碧の口から意外な言葉が漏れた。


「黒髪の女の子……お前も彼女が好きなのか?」

 それが誰をさしているのか、すぐに理解する。

 碧の顔は相変わらず呆れ顔だ。

「なんでお前……」

 と言う言葉が、口をついて出る。

「なんだんだお前ら? その子、取り合ってんのか?」

 俺は首を横に振る。


「俺とその子は何もない」

 まっすぐに碧を見つめ、俺は答えた。

 彼の表情に不審の色が浮かぶ。

「嘘っぽい感じがする」

 と言われてしまう。


「嘘じゃない」

「じゃあ、お前の片想いか? それとももっと違う何かがあんの?」

 片想い。そんな時期もあったかもしれない。けれど、今、そんな感情はない。

 すべては過去であり、今じゃない。

「亜砂斗はその子のこと好きなんだろ?」


 その言葉に、俺は頷く。

 誰もが知っている事実だ。

「じゃあ、お前はなんで亜砂斗をさけてんの?」

 誰もが抱く疑問だろう。

 その真実を、俺が語れるわけがない。

 俺が碧から目をそらし、下を俯いて黙っていると、碧はソファーの前に座り、俺の腕を掴んだ。

 下からまっすぐに、茶色い瞳に射抜かれる。


「もしかして、亜砂斗が好きなのか?」

 核心をつかれ、俺は目を見開き、完全に固まる。

 沈黙はイエスという答えにしかならない。

 碧は腕を離すと、床に座ったままやっぱりそうか、と呟く。

「まあ、思春期にはある話だからな。驚きはしねーけど」


 どんな顔をしていいかわからず、俺は完全に動揺する。

「だからあいつと距離置いたのか? 極端だなお前」

 言いながら、碧は俺を振り返る。

 頭の中に、いろんな考えが浮かんでは消えていく。

 碧が言ったことはあっているが、間違ってもいる。

 このわけのわからない感情をどう説明したらいいのかわからなかった。


「……違う。いや、違わないけど、違う」

「なんだそれ?」

 碧が不思議そうな顔を俺に向ける。

「本人に悟られたくはない。それは事実だ。だけど……」

 自分から離れて行ってしまう喪失感。

 歪んだ関係のままずるずると行きたくはなかった。

 残りわずかの時間の中、このままじゃいけないと思い、日常を変えた。

 今、少しずつ俺たちの関係は変化しようとしている。

 俺の望みは、わだかまりを残さず笑顔で卒業を迎えることだ。


「中途半端なこと続けていられないと思って、あいつらから離れること選んだけど、自分が必要なくなるっていう喪失感がある」

 空が離れていくうれしさと寂しさ。亜砂斗を彼女が受け入れるかもしれない、妬ましさ。

 俺には、何が残るんだ?

 ぐちゃぐちゃと感情が渦巻くなか、なぜか、涙がでた。

 碧が俺の隣に腰かけるのが、気配でわかる。

 香水と、煙草の匂いが、俺を包む。

「泣きたいだけ泣けよ。

 お前は、ひとりで背負い込み過ぎたんだ」

 碧に抱き締められ、俺は、静かに涙をながした。


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