月曜日の空・上
むかーし書いたもの。どうなるんだ、これ。みたいな。
一部、「箱庭遊戯」とキャラクター名かぶってますが、無関係です。
隣で笑っているのは懐かしい人。
いるはずのない人間が、私の隣に立っている。
茶髪に虹彩のはっきりした瞳。
彼は何かを私に語りかけていた。
何をしゃべっているのかはわからない。
嫌なことじゃないのは確かだ。根拠はない。
そもそも夢の中に根拠なんてものは必要ないのだから。考えても仕方のないことだ。
私は彼の顔を見つめていた。
楽しげに何かを語る彼の顔を、黙って見つめていた。
何か言いたい。
私はお前に何も言うことができなかった。
言わせてほしい。言えなかった言葉を……
なのに口が動かない。声が出せない。
徐々に私はあせりだす。早く言わなくては。取り返しのつかないことになる。
動け、私の口。出ろ、私の声!
心の中で叫んでも何も起きない。
何も変わらない。
彼はしゃべり続ける。
そして―
突然世界が真っ赤に染まった。
生暖かいものを感じて、私は手を見つめた。
赤い。黒味を帯びた赤が、私の手を染めていた。
いつの間に握ったのだろう。大型のナイフが手に握られている。刃は赤く染まり、血を滴らせている。
見れば足も、身体も、赤く染まっている。
私は彼を見た。
笑ってしゃべり続けていたはずの彼は、横たわっていた。
身体を真っ赤に染めて、仰向けに横たわっていた。
光のない瞳が虚空を見つめている。
誰がやった? 誰が彼を殺した?
私の手に握られたナイフ。真っ赤に染まり、血を滴らせるナイフ。
私は声にならない悲鳴を上げた。
冬の寒さは少しずつ厳しさを増していく。
学園へとつながる道は、いつものように生徒たちで賑わっていた。
友人と雑談しながらひとつの方向を目指す生徒たち。
そのなかにひとり、誰とも会話せず、人の流れに合わせず早足で行く生徒がいた。
長く伸びた黒い髪をおろし、メガネをかけた少女。
無表情に彼女はすたすたと歩いている。
「空、おはよう」
少女、空は名前を呼ばれても振り返ろうとはしなかった。
駅の方角から走ってきて、彼女の名を呼んだのは同期の少年。
亜砂斗。
軽くウェーブがかった茶色い髪。ちょっと軟派そうな少年だ。
見た目はわりとかっこいいと言うらしいが、空にはよくわからなかった。
空にとっては、数いる同期生の一人で、皆とちょっと違うとすれば、空のことを好きだ、という変な奴。
そんな認識だった。
空は、隣に並んだ少年を一瞥し、呟く。
「何の用だ」
「一緒に歩きたいだけ」
言って、亜砂斗はにっこり笑った。
それを空はまったく見ない。
毎日繰り返される、意味のない問答。
ふたりは黙って歩いていく。
空は何の表情もなく。
亜砂斗は、うれしそうに。
とたとたと、後ろから誰か走ってくる音が聞こえる。
その音に気がつき、空は立ち止まる。
背中に誰かが飛びついてきた。
こげ茶色の髪を三つ編みにした、かわいらしい少女だった。
空の首に抱きついてニコニコしながら、少女は言った。
「空ちゃん、おはよ~!」
少し、空の首が絞まる。
「……凛……苦しい……」
10センチ近く身長差があるため、首に全体重がかかるかとさすがに苦しい。
凛と呼ばれた少女は、腕をはずすと、空の顔をのぞきこむようにして、言った。
「ごめんね、空ちゃん」
なぜか笑顔の凛。
これも毎日繰り返される光景。
凛は空越しに亜砂斗の方に顔を向けて、挨拶をする。
「おまけの亜砂斗君、おはよ」
「おはよう」
おまけ、と言われたことに対して何も言わず、亜砂斗は微笑んだ。
「で。亜砂斗君、夕羽君は?」
「学校のプールじゃないかな」
「え? もう部活って引退してるよね」
「夏で」
「夕羽君、亜砂斗君と最近一緒にいないよね」
人差し指をあごに当てて、凛は言った。
夕羽、というのは空たちの同期生で、中学からずっと一緒の友人だ。
特に亜砂斗とは仲がよく、登下校も一緒のことが多かった。
なのに。
最近夕羽は亜砂斗と登校しないし、下校も一緒ではない。
亜砂斗も少し気になってはいたが、特に理由を尋ねようとしていなかった。
「まあ、俺には空がいるしね」
にっこりと笑う亜砂斗。
ひとり空だけが無表情に虚空を見つめていた。
「う~ん……今度から朝早く学校行って、プールに行ってみようかな……
夕羽君に会えないなんて、物足りないし……」
呟く凛。
そんな彼女に、亜砂斗は笑って
「そんなに気になる? あいつのこと」
と問う。
すると、凛はみるみる顔を赤くして、首を何度も横に振った。
「そ、そんなことないけど、でもでも……」
しどろもどろになって、凛は下を俯いてしまう。
そんななか、遠くでチャイムの鳴る音が聞こえてきた。
三人は顔を見合わせる。
「今日、どこで礼拝だっけ?」
「月曜日でしょ? 礼拝堂よね」
三人は、なら遅れても大丈夫、という感じで学校に向かって歩いていった。
キリスト教主義の学校は、毎朝礼拝というものがある。
20分弱、音楽を聴きながら黙祷して、讃美歌を一曲歌い、聖書を読む。
そして教師、もしくは牧師か校長のお話となって、最後黙祷して終了。
そのまま朝の報告の時間となる。
週に二回は礼拝堂で、二回は放送で、二回はクラスで礼拝をする。
毎日礼拝堂でやらないのは単に、中学から高校までの全生徒が入りきらないからである。
空たちは中学1年生からずっと学園で過ごしてきた。
6年という時間を彼らはともに過ごしてきた。
でももうすぐ終わる。
今日は12月5日月曜日。
卒業まで、あと少し。