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揺れる鼓動  作者: 秋花
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最終話

 黒い喪服を着た人々が並んで棺の中の女に花を飾る。辺りは静かなもので、暗い表情を隠そうともしない。そのせいか、ぼそぼそとした会話が周囲に響いた。


「可哀想に、まだ若かったでしょうに」


 一人の老婆だった。隣にいた婦人がその声に応える。


「あら、おばあさま知りませんの? 彼女――」


 その続きは後ろからかけられた声に遮られた。

 振り返ると、走ってきたのか息荒くこちらを見上げる彼女がいた。二度深呼吸をして息を整える。


「――西谷くん。先生に花、置いた?」

「うん。南条さんは?」

「置いたよ。それとね、みんなこの後気分変えに打ち上げするんだって。西谷くん参加する?」

「俺はいいよ。この後用事あるから」


 そっか。と彼女は残念そうに眉を下げた。

 以前とは似ても似つかない姿。肌色もよく、瞳はしっかりと前を向いている。あの事件のあと、クラスの住民からは別人が乗り移ったかのようだとまことしやかに囁かれている。

 彼女は茶混じりの黒い瞳を行列の先に向けた。


「これから、どうなっちゃうんだろうね」

「犯人は死んだ。平和になるんだよ。……南条さんは嬉しくないの?」

「そんなことないよ。……そんなことない。ただ、一つだけ腑に落ちなくて」

「何が?」

「あの人、わたしに〝同様のことをしたじゃないか〟って言ったの。同様のことって、人を殺したってことでしょう? ありえないよ。……ねえ、この事件って実は終わってないんじゃないかな。だって、今まで犯人は心臓をとっていたじゃない。先生の部屋にそんなにたくさんはなかったよ」

「……違うところに隠してたんだよ。それで見えなかったんだ」

「そう、だよね……。あはは、怖いこと言っちゃったね。ごめんね」


 彼女は申し訳なさそうに笑う。以前とは違う反応で、確かに笑う。

 クラスメイトの呼び声が聞こえる。彼女を呼ぶ声だ。横に垂らした髪の毛が隠れて、彼女が大きく返事をした。


「じゃあ、わたしはもう行くね」

「――待って。南条さん」


 一つだけ、訊かなければならないことがある。

 彼女は首を傾げてこちらの反応を待っている。


「今は、息ができる?」


 呼吸が止まった。ほんの少しの間だけ、以前の彼女に戻った。

 彼女の両手が胸を包む。中にあるであろう心臓を愛でるように優しく添える。そして、辛そうに笑って私を見上げた。私はその微笑が眩しくて、目を細めた。


「うん。できるよ。大きく、息が吸えるよ」

「なら、よかった」

「……西谷くん」


 ありがとう。と、最後に彼女は私に背を向けた。

 南条静樹は走り去る。遠くへ、新たに友人となった者たちの元へ駆けていく。以前ならばできなかった走りを見せつけて。

 私は別れは言わない。だって、南条静樹とは初めて会ったのだから。


「あ! きみ! きみだね! クラスメイトを守るために犯人を撃退したっていう勇敢な少年!」


 騒がしい記者が気持ちの悪い笑みをこちらに向けている。これで何人目だろう。彼は寄ってくると、手帳を片手に質問をしてきた。ぽつぽつと今までと同じように答えていく。


「胸に一突きだったらしいけど、よくできたね。躊躇いはなかったのかな?」


 私はにこやかに笑って答えた。


「クラスメイトが危険に遭っているんですよ? 早く助けなきゃって思ったんです。死に物狂いでしたよ」


 そりゃあ最愛の人が危険に陥ってるんだ。死に物狂いにもなるだろう。









 隣人のいない扉を開けて、帰宅する。

 彼女の音が聞こえる。どくり。どくり。生命の音に、私は嬉しさが隠せない。急いで靴を脱ぎ捨てて、冷房の効いた冷たい部屋に入る。窓掛けが日光を遮っている。微かにもれる太陽の光が彼らを照らしている。

 今までと同じように彼らは己を揺らして鎮座している。オーケストラに勝るとも劣らない旋律が各々が奏でている。私はうっとりとそれに聴き入った。

 中央にはガラスケースに身を包む彼女の姿があった。私はそれを外して彼女を手のひらに乗せる。今にも死んでしまいそうなほどに弱弱しい鼓動。私は赤い彼女に口付けを送った。



 あの女を刺した後、私は恐怖に陥っていた。

 このままでは彼女が死んでしまう。私を魅了するほどに脆い彼女は、たった少しの行動だけで死に至ってしまうのだ。それだけはいけない。

 私は必死の思いで南条静樹の胸を裂き、彼女を取り出した。幸い、取り出した彼女はまだ鼓動を続けていた。代わりの物を中に入れる。どうなるかは不安だったが、傷口をくっつけると元通りに塞がれた。すぐに警察を呼んだ。



 代わりの物――彼女の母の心臓だ。

 少し衰えはあるものの、それでも家族は一緒のほうがいいだろうと思ったためだ。全ては彼女のことを思ってのことだった。

 だって、彼女は最愛の人だった。愛しい人だった。誰だって、好きな人には生きて欲しいだろう?


 南条静樹は母と共に生きる。母に守られ、母を身に宿して過ごすのだ。これほどに素晴らしいことはないだろう。


 私は愛しい彼女を胸に抱く。赤子のように丸まって彼らの旋律を聴くのだ。

 どくりどくり。どくんどくん。私の音と彼女の音が重なり合う。


 ――違う。


 私は彼女と一つになりたいのだ。これは違う。

 南条静樹を思い出す。私は刃物を取り出し、己が胸を一文字に裂いた。痛みに呻く。邪魔な肋骨の間に手を突っ込むと、私は掴んだそれを引き抜いた。

 呼吸が荒い。彼女に手を伸ばす。掴んだ彼女と私を抱きしめる。

 二つの音がぶつかり波打つ。鼓動は一つの音になっている。私の中でそれは完成されている。

 これだ。これでいい。私と彼女(しんぞう)が共にあれば、それでいい。

 眠気が襲ってきた。まるで子守唄のようで、それは私を蕩かせる。


 ゆらゆら世界が揺れる。鼓動が揺れる。赤く、赤く、それは世界に満ちる。

 ドン。ドン。叩く音が聞こえる。外から私の中にノックしている。まるで大きな心臓の音のようで、私は嬉しくて笑った。


「――谷さ――。開けて――」


 音が遠のいている。

 それでいい。あれらの声はいらない。私の中にいるのは脈打つ音のみでいい。


 どくどくどく。

 音がする。小さくなっていく音が。

 そうだね。休もう。みんな、ずっと叩いて疲れただろう。もう、眠ろう。

 大丈夫。怖いことはない。

 ――だって、私たちの世界(かえるばしょ)はここにあるのだ。

 最後まで読んでくださりありがとうございます。

 ここからは作者の垢ならぬ後書きでも淡々と書き記す所存でございます。


 まず、謝罪を。

 夏のホラーに間に合わず、二万かと思ったら三万いき、四ヶ月経ってようやくの完結印。

 大変申し訳ございませんでした。力不足です。


 では、ここからは解説でも。誰が誰を殺したか混乱した方は……いたら実力不足ですねすみません。


 最初のOL――先生

 南条母――西谷

 藤島――先生

 その他動物人間――西谷


 実は、担任が殺らなかったら西谷くんが手を出してました。運がいいやら悪いやら。


①同様のことをした件

 ここは勘違いによる発言です。先生は静樹ちゃんが母親殺しをしたと勘違いした結果、あのような結論に至りました。元々次の臓器候補だったわけでもあったので、観察は十分にしていたのですね。


②主人公

 ダブル主人公。役割は裏と表のような関係。最終的には静樹ちゃんは主人公の枠からはずれ、真人間になりました。


③西谷能力

 不思議パゥワーと考えてくださって結構です。彼が死んだ瞬間に消滅します。つまり、あのドンドン扉を叩いた方が中に入ると、中には腐った心臓がそこいらに……!


 以上です。ご清読ありがとうございました。

 楽しく書かせていただきました。また何処かで読んでいただけたら、感激の極みにございます。

 改めて、ありがとうございました。

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