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視点使いの転生勇者  作者: 悠然やすみ
第一話「始まりの日は慌ただしく」
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「……大体、説明はこんな感じですっ。それじゃあ早速、出発しましょう!」


「あ、ちょっと待ってくれ」


 言うが早いか歩きだそうとしたアリテシカに、俺は慌てて声を掛けたっ。彼女はクルリと振り向いて、


「ん、何ですかっ?」


「一つ、質問があるんだが」


 ゴホン、と一つ咳払いをして、俺は訊ねる。


「俺の能力に関しては何となく理解できたよ。でも、お前はどんな事が出来るんだ?」


「えっ?」


 途端、彼女の浮かべていた笑みがひきつったのがよく分かった。


「ま、まぁ。凄い事が出来ます」


「具体的には?」


「こう、ドーンというか、ズバーンというか」


 全くもって抽象的である。


――となると、もしかして。


 修行中の天使である彼女は、ひょっとすると。俺の懐疑的な視線に気がついたのか、アリテシカは慌てたように、


「な、なんですかっ。その『もしかして、この天使は全く役に立たないんじゃないか』とか考えてるような眼差しはっ」


「……やっぱり、自覚あるんじゃないか」


 俺の言葉に彼女は一瞬ドキッとしたようにたじろいだ後、何やらヤケになったような剣幕で、


「わ、分かりましたよっ! そこまで言うなら、私の力、とくと見せて差し上げます!」


 と声高らかに叫び、俺に背を向け両目を瞑り、何やらぶつくさと呟き始める。


「うおっ!」


 俺は驚きから、つい声を上げてしまっていた。アリテシカの足下に、光輝く魔法陣が急に出現したからだ。


 そして、次の瞬間。




「いきますよっ! ホーリー!」




 前にも増して大声を張り上げた彼女は、開いた両手を前方にかざす。するとたちまち、掌からバレーボールくらいの大きさをした光球が発射され、草原を直線上に駆け抜けていった。通り過ぎた場所に生えていた草々が、周りのそれよりも激しく揺れる。


「うわっ! 本当に凄いな!」


「ふふふっ」


 自然と感嘆の声を上げていた俺に向き直り、アリテシカは得意げに胸を張る。


「これが私の力……聖なる光を前方に向けて撃ち出す魔法『ホーリー』ですっ」


「おおっ、何だかとてもカッコいいぞ」


「えへへっ、そんなに褒められると照れちゃいますよっ」


「でも、随分と安直なネーミングだな」


「何事も分かりやすさは大切なんです」


「そういうもんなのか」


「そういうものです」


「で、他には何が出来るんだ?」


「……えっ、他にですかっ?」


 俺の問いかけに、アリテシカは硬直する。


「いや、さっきのやつ以外に、何か使える魔法とかないのかなって」


「も、勿論ありますよっ!」


 彼女は先ほどのように構えて言葉を唱え出す。


「これが『ダブルホーリー』ですっ!」


 掌からバレーボールより少し小さめの光球が二つ発射され、草原を直線上に駆け抜けていった。


「そして、これが『トリプルホーリー』ですっ!」


 掌からバレーボールよりかなり小さめの光球が三つ発射され、草原を直線上に駆け抜けていった。


「そしてこれが『スーパーホーリー』で……」


 ガシッ。再び魔法を詠唱しようとした彼女の肩を俺は掴み、顔を俺の方へと向けさせた。そして、優しく言葉を掛ける。


「もういい分かった。ホーリーしか出来ないんだな。いや、それでも全く問題ないんだ。お前は十分、凄いと思うぞ。別に気にしなくとも」


「そ、そんな哀れんだような目で見ないで下さいっー!」




 あれから、程なくして。落ち着きを取り戻したアリテシカはこう口を開いた。


「……まあ、とにかく出発しましょうっ」


「出発ってどこへだ?」


「勿論、人がいそうな場所へですよ。勇者は人助けをしないと」


 そういえば、と俺は心の中で呟く。あまり自覚はしていなかったが、俺は元々、勇者としてこの世界に連れてこられたのだった。


「でもさ、勇者っていったら魔王を倒すとか……」


「今の私達で、魔王にはかないっこないですよっ。高いハードルを越える為には低いハードルからコツコツと練習しないと」


「あ、それもそうか」


 しかし、人助けが低いハードルというのは、言い得て妙な気もした。天使と人間とでは価値観が違うのだろうか。


 いや、それよりも。




――何で天使が、ハードル跳びなんかを例に出すんだよ……。




「というわけで早速、果てなき旅路へレッツゴーですっ!」


「しかし、一体どの方角に行けば人がいるんだ?」


「それは私も分かりませんが、目印はありますっ」


 と、アリテシカは草原の一点を示す。その白くほっそりとした指の先には川があった。


「水のある場所には生き物がいます。生き物がいるなら、人間も当然いる筈です」


「なるほど、そういう事か」


 彼女の分かりやすい説明に、俺はあっさりと納得した。


「じゃあ、行きましょうっ」


「おおっ」


 俺達は川に近づき、その流れに沿って歩き始める。澄み渡るように清らかな水の側では、沢山の命が育まれていた。可愛らしい鳴き声を上げながら空を舞っている小鳥達、草の陰でピョンピョン飛び跳ねている虫達、水中を優雅に泳ぎ回っている魚達。俺がずっと忘れていた穏やかな時間が、この地では流れているように思えた。


「なあ、アリテシカ……って」


 傍らの彼女に呼び掛けようとして、俺はある事に気がついた。


「ん、どうしたんですかっ?」


「いや、アリテシカって何だか呼びづらい感じがしてさ……そうだ、『アリーテ』ってどうだ?」


「アリーテ?」


 不思議そうに目を瞬かせた彼女に対し、俺は説明する。


「お前のニックネームだよ。アリテシカ、の最初の三文字を取ってアリーテ」


「ニックネームですか……」


 アリテシカはしばらく考え込んだ後、やがてはにかむように笑った。


「それ、いいですねっ」


「じゃあ、決まりだな。これからよろしく、アリーテ」


「はいっ! よろしくお願いしますっ!」


 どちらからともなく差し出された手が握りしめ合う。




 その時だった。急に獰猛な獣の叫びが周囲に響き渡り、俺達はギョッとして振り向く。




「おわっ!」


「く、熊ですっ!」


 そう。アリーテが口にした通り、俺達の目の前にいたのは大柄な熊だった。茶色い体毛をしていて、口元からは鋭く尖った牙が露わになっている。明らかに、敵対心剥き出しだった。


「こ、こういう場合は、ま、魔法で、えっと」


「ちょ、ちょっと待った。死んだ振りした方が良いんじゃ」


 俺の提案も聞かず、焦っている様子の彼女は詠唱を行い、


「えーい! ホーリー!」


 と、先ほど俺に見せた目映い光球を発射した。それは勢いよく敵の腹にぶつかり。


 何の外傷も与える事なく、周囲に光を散らせるようにして、消滅した。


「……え?」


 せめて、仰け反るくらいの反応を期待していた俺は唖然とする。一方、相手は先ほどの攻撃を宣戦布告と取ったのだろう。更に恐ろしい形相をしていた。


「お、おい。どういう事だよ」


「だ、だって、だって……」


 俺が問いかけると、アリーテは呆然と呟いた後、やがて自暴自棄になったように、ギュッと両目を閉じて叫んだ。




「聖なる力が、そこら辺の野生動物に効くわけないじゃないですかー!」




「やっぱり全然使えないじゃねーか! ってか、それならどうして使ったんだよ!」


「気が動転してたんです! 若気の至りだったんです!」


「若気の至りじゃ済まな……うわっ! こっち来た!」


「ふにゃーっ! いたーい! もう駄目ーっ!」


「おい! 一度殴られたくらいで倒れるな! 俺は戦いなんてした事な……うわーっ!」




 こうして、俺の勇者としての旅が、後先不安ながらも始まったのだった。

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