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視点使いの転生勇者  作者: 悠然やすみ
最終話「視点使いの転生勇者」
59/67

SIDE――シュバトゥルス




 散々館を荒らし回った無礼者をようやく始末できると思うと、清々する。無様に力尽きた勇者の姿を堪能しつつ、私は口を開いた。


「どうだい、君が土下座して謝るならというなら、命だけは助けてあげる事を考えないでもないよ?」


 勿論、本当に命を奪わない気なんて微塵もない。悩む素振りを見せた後、少年の心を地獄の底まで突き落とし、その様をじっくりと楽しみたいだけだ。受け入れるなら楽しみが増えて良し、断られても強がる彼をなぶり殺しに出来るので良し。どちらに好んでも楽しめる。


――まあ、彼の性格からして、選択する方は分かりきっているけどね。


「誰が、土下座なんて、するかよ」


 私の予想通り、勇者は吐き捨てるように返答した後、若干よろめきながら立ち上がった。その顔は未だ床へと注がれている。表情は確認出来ないが、恐らくは怒りと悔しさに歪んでいる事だろう。フン、と私は嘲笑するように鼻を鳴らして、


「まだ、そういう台詞が言えるだけの力は残っているみたいだね……でも、残念だ」


 一歩、二歩と、ゆっくり彼へと歩み寄りながら、右手に力を込める。闇の魔力が凝縮され、掌の内で球を形作っていく。全力は出さない。相手をいたぶるに足るだけの威力があれば十分だ。じわじわと体力を消耗させ、その命尽きる瞬間の絶望に満ちた表情。それが何よりの御馳走なのだから。


 足を止めた私は、眼前の少年を見下しながら告げた。


「もう一度チャンスを与えるよ、どうするかい?」


 返答は無い。あくまで、プライドを大事にして死ぬつもりか。まあ、それも良いだろう。私は右手に更なる力を込め、


「……なら、仕方ないな!」


 叫びつつ闇球を放ち、少年の体に更なる苦痛を与えた。




 いや、与えた筈だった。




 刹那、顔を俯けていた筈の彼が、まるでタイミングを見計らったかのようにステップし、こちらの魔法をかわす。


「なにっ!?」


 思わず驚きの叫びを上げるも、とっさに右横へと身を翻そうとする。少年が回避の構えから流れるようにして、鋭い斬撃を繰り出してきたからだ。


 しかし、その顔を伏せたまま、彼は絶妙な剣捌きを披露した。私が横に避ける事を計算してか、切っ先を微妙にずらしてきたのだ。


「くっ!」


 またしても、我ながら情けない声を洩らしてしまう。あわやという所で、私はとっさに闇魔術の障壁を展開し、相手の攻撃を防ぐ。このまま距離を詰められたままではマズい。そう直感した私は、浮遊したまま床を蹴り、少年から離れた。間が空いた事で、私の心も幾らか平静を取り戻す。だが、疑念は絶えず頭の中を駆け巡っていた。


――何だ、この違和感は。


 先ほどまでと比べ、少年の動きは見違えるくらいになっている。何か強化魔術でも使ったのかと考えるが、今までそんな素振りは伺えなかった。


――だが、それならさっきの動きは何だ!?


 その両目を床に向けていた筈なのに、どうして魔法を避けられた。ただ振り回すだけの拙い剣捌きしか出来なかった筈なのに、どうして私を見もせずに攻撃を仕掛けてきた。それも、まるでこちらの行動を見切ったような斬撃を。微塵も、狂い無く。偶然か、だが都合のいい偶然がそう何度も続くのか。あの時、私は少年の動きに異様な不気味さを確かに感じたのだ。決して、達人のような挙動ではない。決して、闇雲に抵抗した結果でもない。そう、それはまるで。




 それはまるで、こちらの動作を全て見透かされているような。




 ふと、少年がずっと俯けていた顔をゆっくりと上げた。途端、悪寒が全身を走り抜ける。冷たい汗が頬を伝っていく。心臓を鷲掴みされたような錯覚に陥る。少年の黒い眼は、今や別の色に染まっていた。灰色に濁った、妖しい光をたたえた瞳。その面持ちが、今まで露わにしていた激情が嘘のように無表情な事も相まって、私に奇妙な感覚を植え付けてくる。




 私を視ているようで、見ていない。何故か、そんな言葉が脳裏をよぎった。




――私があんな小僧に怯えているだと、そんな事はない! ある筈がない!




 胸にふと湧いた感情を絶対に認めるわけにはいかなかった。心を無理矢理に奮い立たせる。どんな手品を使ったかは知らないが、所詮は満足に一人で戦う事すら出来ない若造。私が本気を出せば、一撃であの世行きだ。


 即座に、私は動いた。魔法で瞬時に少年の背後へと移動する。流石に、この奇襲には対応出来ないだろう。そんな確信があった。魔法を唱える僅かな時間も使わず、私は鋭利な爪で彼の心臓めがけて振り下ろす。


 しかし。私の攻撃は展開された魔力の障壁に、たやすく阻まれた。


「な、何っ!?」


 狼狽えて叫びを上げるのはこれで何度目か。数える暇もなく。少年はまるで、最初から私の位置が分かっていたかのように素早く振り向き、剣を繰り出す。まるでスローモーションのような、しかし、一瞬のうちの出来事だった。




 刹那、素早く突き出された剣の切っ先が、私の身体を貫いた。

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