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遂に最上階へと到達した俺達は、遭遇した敵を倒しつつ廊下を走る。殆どが階下へと向かっていた為か、相手の数はこれまでに比べてかなり疎らだ。
「セイーヌさん、大丈夫だろうか」
出会い頭の相手に先制攻撃を叩き込みつつ、俺は呟いた。その場の感情に任せて彼女を置き去りにしてしまった事が、今更ながら不安感を煽ってくる。
「多分、大丈夫ですよっ……恐らく、きっと、もしかすると、流れ星にキチンと願い事が出来るくらいの確率で」
「だんだんと下がってるぞ、パーセンテージ」
「ほら、万が一という言葉もありますし。セイーヌさんが情けない断末魔を上げずに善戦する事も無きにしも非ずというか」
「……お前、やっぱり天使の皮被った悪魔じゃないのか?」
俺が白い目で隣のアリーテを見やった、まさにその時だ。
「ぐあーっ!」
突然、二階の方から聞こえてくる、聞き慣れた悲鳴。俺達は自然と足を止め、硬直してしまっていた。周囲に敵は見当たらない。この辺りの衛兵達は全てやっつけてしまっていた。アリーテの様子を伺うと、彼女もまた強ばった笑みを浮かべている。どうやら、同じ感情を抱いているらしい。やっぱり、と。
戻るなら、今しかない。
「やっぱり下へ……」
「だ、駄目ですよっ!」
振り向いて走り出そうとした俺の首を、アリーテがむんずと掴んだ。
「けど、このままじゃセイーヌさんが!」
「ユートさんの言う事も分かりますけど、ここで早まって彼女の思いを無駄にしてはいけませんっ!」
「……くっ」
彼女の言は紛うことなき正論だった。ここで引き返してしまえば、身の危険と引き替えに俺達を上へと送り出してくれたセイーヌの好意を無に帰してしまう。今、俺達が彼女の為にも成さねばならない事は、この洋館の主であるシュバトゥルスを倒し、彼の計画を阻止する事だ。
「そうだな、俺達は前に進まないと」
拳を握りしめ、俺は振り向く。通路の先には、俺達の事を聞きつけたらしい子悪魔やゴブリンの部隊が慌ただしくやってきていた。
「アリーテ、いくぞ!」
「はいっ!」
床を蹴り、一直線に突撃する。詠唱の声が耳に届く中、俺は怯み下がろうとしたゴブリンに剣を突き刺した。横から繰り出された槍を空いている手で掴み、その柄を思い切り豚兵士の胸元にぶつける。反動で相手は後方へと吹っ飛び、同胞達を巻き添えにして床に倒れ込む。その隙に俺は剣を抜き、頭上から飛びかかろうとしてきた小悪魔を斬りつける。そして、詠唱の準備を終えたアリーテが白き光球を骸骨軍団へと発射した。タイミングを見計らい、俺は体勢を整えようとしている兵士達へ突撃する。
それから、死闘に次ぐ死闘が繰り広げられた。やはり最上階であるせいか、数こそ確かに減ってはいれど、その質は下の者達よりも上のように感じられた。俺とアリーテは持てる力の全てを尽くして、少しずつ着実に歩を進める。
そして、ようやく敵を一掃した俺達は、他のそれよりも遙かに豪華に彩られた扉の前に立った。メファヴェルリーアに教えてもらった情報が正しいならば、ここが奴の自室。
「やっと、ここまで来ましたね……」
感慨深げなアリーテの言葉に、俺はゆっくりと頷く。
「ああ、そうだな」
「やっぱり、澄まし顔はこの中でふんぞり返ってるんでしょうか?」
「さあな、これだけ外で騒ぎが起これば、部屋から出てきてもよさそうだけど」
扉に聞き耳を立ててみる。部下から報告の一つでも受けているだろうに、不思議と中からは物音一つしなかった。
「もしかして、罠だったりしませんかね?」
不安げに問いかけてくる彼女に対し、俺は腕組みをして、
「たとえそうだとしても、真正面からぶつかるしかないな……アリーテ、お前はセイーヌを助けに行ってくれ」
「えっ?」
戸惑ったように、黄色い瞳がパチクリと見え隠れする。俺はその顔を真っ直ぐ見据えて、
「シュバトゥルスは生半可な強さじゃない。最初から俺は、一人でアイツと戦うつもりだった。お前まで無理に付き合わせる必要は……」
「何言ってるんですかっ」
俺の言葉を遮り、アリーテは強い口調でまくし立てた。
「ここまで一緒にやって来て、今更戻れだなんて言わないで下さいっ。私はユートさんを助ける為に地上までやってきたんです。だから、たとえ命を失いかねないとしても、私はユートさんについていきますっ」
「アリーテ……」
彼女の決意に満ちた表情が、俺の胸を打つ。この世界に連れてこられてからずっと、俺はアリーテと共に旅を続けてきた。勿論、それは彼女の使命だったのだろう。だが、眼前の彼女からはそれ以上の強い気持ちを感じた。それはきっと、この旅で培われてきた、お互いの間に芽生える信頼の証。
「ユートさんっ」
「……ああ」
俺は無意識のうち、微笑みを浮かべて目の前の天使に告げていた。
「アリーテ、一緒に闘おう」
すると、彼女はコクンと元気一杯に頷いて、
「はいっ」
と、ハキハキとした返事をする。
「……いくぞ」
俺は深呼吸した後、洋館の最奥へと続く扉を開いた。




