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視点使いの転生勇者  作者: 悠然やすみ
第一話「始まりの日は慌ただしく」
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「……って、いきなりどうしたんですか?」


 急に頭を抱えてうずくまった俺に対し、アリテシカが不思議そうに声を掛けてきた。


「いや、どうしたって……」


 俺は顔を上げて彼女の顔に目線をやり、訊ね返す。


「お前は何とも思わないのかよ」


「何をですか?」


「そりゃ、その」


 説明するのも躊躇われたが、俺は目をアリテシカから逸らし、ポツリポツリと言う。


「お前の心を俺が覗いて、それについて何も思わないのかって、そういう事だよ」


「あー、そういう事ですか」


 途端、彼女がパンと両手を叩く音が聞こえてくる。そして、


「うーん、そうですね。ちょっとは恥ずかしいですけど」


 と、しばらく悩み続けた後、彼女は朗らかな口調でこう言ったのだった。




「……でも、エルミテ様から勇者に選ばれた方ですし、私も貴方を信頼していますから」




「……え」


 驚きの呟きを洩らし、俺は自然と逸らしていた視線を戻し、アリテシカを見つめた。彼女は俺の眼差しに気がつくと、無邪気そうにニッコリと微笑む。まるで太陽のような、眩しい表情。瞬間、俺の心臓は勢いよく跳ね上がった。と同時に、自分の頬が急激に熱を帯びていくのを感じる。


――何だよ、それ。


 動揺を覚えつつも、俺は心の内で呟く。大体、アリテシカとはまだ初対面な筈だ。それなのに、彼女は俺に対し、こんなに全幅の信頼を寄せてくれる。先ほどの言葉が嘘じゃないのは、彼女自身の心を『サイド』とかいう力で覗いた、俺自身がよく知っている。しかし、何故そこまで、赤の他人である俺を信じきれるのだろう。彼女が天使だからだろうか。


 少なくとも、人と人とじゃ、こうはいかない。


 それなのに。


――あんな物言いされたら、こっちが更に恥ずかしくなっちまうじゃねえか。


 先程から続いている理由の分からない疲労が、更に強まったように感じられた。


「あの、どうしました?」


 急に黙り込んだ俺の様子を変に思ったのか、アリテシカが心配そうに声を掛けてくる。


「……別に、何でもねえよ」


 俺がぶっきらぼうに返答した後、彼女は安堵したように胸をなで下ろして、


「それは良かったです。力の使用で消耗したせいで、このまま倒れちゃうかと思いましたよっ」


「……力の使用で、消耗?」


 聞き逃せない言葉を耳にし、俺はオウム返しに訊ねる。


「はいっ」


 アリテシカは力強く頷いて、再び解説を始めた。それによると、『サイド』の使用は俺の体に強い負担をかけるらしい。また、誰にでも使えるというわけではなく、ある程度自分の近くにいて、なおかつその存在を知っている者に対してのみ使用可能なのだそうだ。


「存在を知っているって……名前でも覚えていればいいのか?」


「いや、そういうわけじゃないんですけどっ」


 アリテシカは可愛らしい唸り声を上げて考え込みつつ、言葉を続ける。


「えっと、名前じゃなくって、どっちかっていうと外見みたいな感じです。頭の中で、思考を読みとりたい相手の姿を思い浮かべられるかどうか、っていうか」


「……もしかして、お前もよく分かってないんじゃないか?」


「あ、実はそうなんですよー。テヘッ」


 ガクッ。


 そんな擬音語と共に、舌を出しながらはぐらかし笑いを浮かべる天使の前で、俺は盛大にずっこけた。


「おい! 本当に大丈夫なのかよ!」


「だ、大丈夫ですっ。多分、恐らく、きっと」


「めちゃくちゃ不安なんだが……」


「だって、エルミテ様の説明、分かりにくかったんですもん」


「キチンと確認くらいしとけよ……って、そのエルミテ様って、一体何者なんだ?」


 ずっと心に引っかかっていた疑問を口にすると、アリテシカはあっさり答えた。


「貴方をこの世界に勇者として召喚した女神様の事です」


「ああ、なるほど……って、あれ?」


 ある事に気がつき、俺は首を捻った。


「俺がお前の心を読んだ時、どうしてその事が分からなかったんだ?」


 相手の考えを知れるのだから、その知識も得られて当然だと思ったのだ。すると彼女は顔を曇らせて、


「要するに、私にサイドを使った時、エルミテ様の名前を知ったって事ですよね? えーっと……これもまた説明するのが難しいんですけど。簡単に言えば、『サイド』は『相手の心や知識を完全に読みとる』んじゃなくて『相手の視点で見た風景や、その時に相手が心の中で呟いた言葉などを知る事が出来る』能力なんです」


「……なんだよ。その覚えるのも面倒で、やけに扱いづらそうな力は」


 要するに、と俺は心の中で耳にした文章を整理する。つまり、『飴玉を買おう』という心の呟きを聞いたとして、『アメダマ』という言葉の読みに対し、それが具体的にどんな物は指すのか分からない場合もあるというわけだ。


 ようやく彼女の言わんとしていた事を理解した俺は、小さく溜息をついた。


「……もっとシンプルな能力じゃダメだったのか? 単純に時間限定のパワーアップとか」


 正直、授けてもらったこの能力を、俺はどうしても喜べずにいた。




――これって、他人の心に土足で入り込むような力じゃないのか?




「……まあ、ほら。タダですから」


 俺が心中で呟いた感想を知らない彼女は相変わらずの笑顔を浮かべ、不満を洩らした俺を宥めるように言う。


「でも、俺って勇者なんだろ? もうちょっと制限ゆるくて強力なの貰っても、バチは当たらないと思うんだけど」


「強すぎる力は身を滅ぼすって言いますし」


「何だよ、そのえらく格好いい言い方は」


「とにかく、説明を続けますね」


 それからアリテシカが話したところによれば、サイドを使用する際の疲労や発動出来る距離などの問題は、この能力に慣れていくうちに自然と軽減されていくのだという。




 つまり、今の俺ではまだ、この力を完璧には使いこなせないのだそうだ。

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