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視点使いの転生勇者  作者: 悠然やすみ
第三話「ラブロマンスは悪魔と共に」
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12

 最初、メファヴェルリーアは呆気に取られた様子で俺を見つめていたが、その表情はやがて鋭く変わった。


「……そんな馬鹿げた申し出、私が応じるとでも思っているわけ?」


「思ってはいません」


 俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見据え、本心から口にした。


「だからこそ、頼んでいます」


 拒否の言葉は、すぐには返ってこなかった。ほっそりとした人差し指を唇に当て、彼女は思案に耽る。アリーテとセイーヌは心配そうな表情で俺と悪魔を交互に見つめていた。


「……いいわ」


 やがて、メファヴェルリーアはぶっきらぼうに言った。


「貴方一人じゃ、どうせ危険でもないし。逃げ出す事だって出来ないだろうから」


 彼女は素早く詠唱した魔法で俺以外の二名を牽制しつつ、檻の扉を開く。牢獄の外に出た俺は彼女に連れられて部屋を出た。来る時も通ったぼんやりとした明るさの廊下を進んでいき、途中の部屋に俺達は入っていった。カビ臭い室内には古びた木製のテーブルを挟むようにして、椅子が二脚置かれている。その他に家具などの存在は全く見当たらなかった。もしかすると、かつては看守達の休憩室のような場所だったのかもしれない。


 俺とメファヴェルリーアは向かい合って腰掛ける。その美麗な脚を尊大に組んで、彼女は口を開く。


「で、私と二人きりで話したい事って何よ?」


「……ドーネルさんから、昔の事を聞きました」


 彼の名を持ち出した途端、彼女の目つきは変わった。


「そう、それで?」


 言葉ににじみ出る不快感を隠そうともせず、メファヴェルリーアはキツい口調で、


「あのジジイの差し金で、慰めの言葉でも掛けようって思ったわけ?」


「いえ、そういうわけではないです」


「じゃあ、なんだっていうのよ!」


 声をいっそう強く荒げ、メファヴェルリーアは一気にまくし立てた。


「そういう同情が一番癪にさわるのよ! どうせ心のどこかでは、私達悪魔を忌み嫌っている癖に! あの人だってそうだった! 一生私を愛してくれると言ってくれたのに、私が人間じゃないと知った途端、一目散に逃げ出したのよ!」


 なおも続く彼女の激しい感情の吐露に耳を傾けているうち、俺は彼女の気持ちがほんの僅かだけ理解出来たような気がした。


――口ではああ言ってるけど、メファヴェルリーアさんはきっと、寂しいんだ。


 かつて愛し合った存在が、ずっと隠してきた自らの秘密を思い切って打ち明けた途端、掌を返す。それがどんなに辛い出来事か、俺には全く想像がつかない。だがきっと、彼女にとっては自暴自棄になってしまってもしょうがないくらい、重く衝撃的な事だったには違いないと思った。


「結婚して……子供も育てようって約束してたのに……男の子が欲しいって……それなのに……!」


 いつの間にか、彼女の叫びには嗚咽が入り交じっていた。ひょっとすると、彼女が町で少年を誘拐していたのは、やがて訪れる筈だった幸せな生活を忘れられなかったからなのかもしれない。ふと、そんな事を考える。


 やがて、全てを吐き出しきったメファヴェルリーアは顔を俯け、それまでが嘘のように黙り込んだ。痛いほどの沈黙が、俺と彼女の間に流れる。その静けさを破り、俺は思い切って口を開いた。


「俺にはきっと、メファヴェルリーアさんが抱えている気持ちの半分も理解出来ていないと思います」


 彼女は何も言わない。顔を伏せているので、表情も分からない。俺は口にするべき言の葉に迷いつつも、話し続ける。


「でも、最初に宿でリーネさんに会った時、とても感じのいい人だなって思いました。そしてそれは、今でも変わらないです。たとえリーネさんが悪魔であったとしても」


 彼女はまだ、何も言わない。


「だから、俺はメファヴェルリーアさん……いえ、リーネさんの事を信じます。大陸を破滅に追い込むような、そんな事をするような人じゃないって。そして、それはきっとドーネルさんも同じ筈です。あの人も、本当にリーネさんの事を心配しているんです」


 こんな言い方をすれば、彼女は激高してしまうかもしれない。そんな不安が首を擡げたが、彼女は僅かに体を動かしただけだった。


「お願いです、リーネさん。シュバトゥルスに協力するのを止めて下さい。奴の計画が成功したら、本当に引き返せなくなってしまいます。ドーネルさんだって、貴方とは戦いたくないって、そう思っている筈です」


「今更……」


 ポツリ、と彼女は呟いた。


「遅くなんてないです。まだ、間に合います」


 俺は首を振って、自らの本心を打ち明けた。


「俺は……その、リーネさんが好きになった人の代わりにはなれないだろうと思います。けど、どうか信じてもらえませんか」


 しばらく間をおいて、彼女はまるでフッと吹き出すように笑いながら言葉を洩らした。


「貴方って本当にお人好しなのね」


「……そんなんじゃ、ないですよ」


「お人好しよ、悪魔を説得しようとするなんて……まぁ、言い得て妙な感じはするけど。そういうの、嫌いじゃないわ」


 再び顔を上げた彼女の顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。




「……分かったわ。私も、貴方の事を信じてみる」

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