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メファヴェルリーアがどこからともなく呼び出してきた魔物達から囲まれるようにして、俺はシュバトゥルスの本拠地である洋館の中へと足を踏み入れた。内装は至って平凡な印象で、恐らく元々は人間が住んでいたのだろう。この家の持ち主がどうなったか、想像するだけで身の毛がよだつ。せめて命だけでも助かっていればよいのだが。
どこかの物置に押しこめられるか、自由を奪われ親玉の前に投げ出されるかだろうとこれからの境遇に推測をつけていたのだが、俺は何故か地下へ向かう階段を歩かされた。地下室、などという場所に縁のない生活を送っていた俺は不思議に思いながらも暗闇へと続く階段を下りる。蝋燭の明かりだけが頼りとなる薄暗い廊下を進んでいき、突き当たりの部屋の中に入ったところで、俺はようやく彼らが俺達をどうしようとしているのか分かった。部屋の隅に大きな檻がはめ込められていたのだ。映画によく出てくる地下の牢獄のような感じだ。
屈強な魔物に背中を押されるようにして、俺はその中へと足を踏み入れた。気を失ったままのアリーテとセイーヌもまた、乱暴に檻の内部へ投げ入れられる。ちなみに荷物は全て没収され、どこかへと運ばれていった。
「貴方達には今からずっと、そこで大人しくしてもらうわ。命があるだけマシと思うのね」
メファヴェルリーアは無表情でそう告げ、側の蝋燭に魔法で火をつけた後、配下達と共に地下を出ていった。
さて、どうやってここを脱出するか。そんな事を考えていると、しばらくしてか細いうめき声が聞こえてくる。見ると、セイーヌが目を覚ましたようだった。少し遅れて、アリーテもまたゆっくりと体を起こす。
「ここは、どこだ……?」
重たそうな瞼を擦りながら呟く騎士に対し、俺は嘆息をついて答えた。
「洋館の地下です。俺達、ここに閉じこめられたんですよ」
続いて、天使の騒がしい声がする。
「ええええっ! 私達、捕まっちゃったんですかっ!」
「まあ、そうだな」
「つまりそれは、ユートさんがメガベロベロリに敗北したという事ですか」
「ああ、ていうか降参した」
「降参とは……何て馬鹿な真似をしたんですかっ。勇者としてひどく愚かな行い」
「お前だって真っ先にやろうとしてただろ」
アリーテの言葉を遮り、ポン、と努めて優しく彼女の頭に拳骨を食らわす。彼女は渋い表情で俯き、
「それはあくまで隙を見せた敵を叩くための手段なわけですし……」
と、何やらぶつくさと言い訳を始めた。それをスルーし、俺は深刻な顔をしているセイーヌに話しかける。
「とにかく、このままじゃマズいですよね」
「ああ、早くここから抜け出さないといけない」
「でも、これってそう簡単には破壊出来ないみたいですよ」
鈍い光沢をした鉄格子を両手でガンガンと揺らしつつ、アリーテが沈んだ表情で言った。セイーヌは辺りを見回しつつ、
「他に脱出口も見当たらないな」
天井、壁、床。地下なので当たり前だが、牢獄内には通風孔のようなものは全く見当たらず、窓も付いていない。まさに、八方塞がりというべき状況だ。
「こ、このままじゃ終わりですよぅ……」
「とにかく、話し合おう。何か解決策が思いつくかもしれない」
だが、どれだけ議論を重ねても、名案が誰かの口から飛び出る気配は一向になかった。
全く成果の出ない話し合いを続けていると、誰かが通路を歩いてくる音が聞こえてくる。ガチャリ、とドアが開くと、姿を現したのはメファヴェルリーアだった。
「ここで会ったが百年目です! メガベロベロリ!」
途端、涙目のアリーテが瞬時に反応し、泣き叫びながら鉄格子を激しく揺さぶった。
「早くここから出しなさいっ!」
「敵意丸だしの奴を、出せと言われて出す馬鹿はいないわよ」
全くもって、正論である。
「うううう……ここで飢え死にしたら末代まで怨みますよっ……」
「その心配はしなくても大丈夫よ」
「それは何故だ?」
セイーヌが鋭く問うと、悪魔は肩を竦めながら、
「さあ、そこまでは知らないわ。ただ、シュバトゥルス様からそう指示を受けてるだけよ」
それよりも。メファヴェルリーアは騎士から視線を逸らし、その紅い瞳を俺へと向ける。その艶めかしい唇から発せられたのは、呆れたような声だった。
「せっかく忠告してあげたのにノコノコ来るなんて……貴方もとんだ大馬鹿ね。もう少し利口な坊やだと思ってたけど」
「これでも一応、勇者ですから」
「勇者……ねぇ。まあ、私にはどうでもいい話だけど」
フン、と鼻を鳴らして彼女はそっぽを向く。常人ならすぐさま見取れてしまうだろう美しい横顔を眺めながら、俺は頭の中に思いついたある方法について考えていた。もしこれが成功すれば、ドーネルの願いを叶え、同時にこの状況を打開出来る。しかし失敗すれば、ともすれば俺の命が危うくなるだろう。
――だが、やらずに終わるより、やって失敗した方が百倍マシだ。
意を決した俺は、牢獄の向こう側に立つ彼女に向け、提案を持ちかけた。
「……メファヴェルリーアさん、ちょっと二人きりで話したい事があるんです。俺をここから出してもらえませんか?」




