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「あ、鋭いところに気がつきましたね」
僕の質問を聞き、アリテシカは両手をポンと叩きながら解説を始めた。彼女の説明によれば、この世界に連れてこられる際、俺は神様からとある魔法を掛けられたのだという。その効力のおかげで、俺はこの世界の言語を元いた世界の言語として使用出来るようになっているのだそうだ。その他、重力の違いなどの問題も既に解決済みらしい。
「要するに、アレですね。脳内の記憶とかをチョイチョイっと弄くって、異世界に適応するよう改竄したというか」
「おい、サラリと怖い事言うなよ」
体を勝手に改造された身としては、堪ったものではない。
「まあ、いいじゃないですか。服も新調されてますし」
「服? おわっ!」
ふと自分の姿を見て、俺は驚きの声を上げた。俺が着用していた高校の制服が、全く別の衣装に様変わりしていたのだ。まるでゲームに出てくる狩人等が着用しているような、素朴で動きやすい材質の服だ。それだけではない。何故か腰に剣の収められた鞘が装着されている。
「い、いつの間に」
「着心地で気がつかなかったんですかっ」
「そんな些細な事を気にする余裕なんて、今まで無かったんだよ……」
というか、お前にだけは言われたくない台詞のような気もする。
「とにかく、そういう訳なんです」
アリテシカは強引に話を終わらせて、
「それじゃあ良い機会なので、今から貴方に与えられた力の説明を始めますね」
「与えられた、力?」
彼女の言葉に、俺はあの摩訶不思議な空間で女神と繰り広げた会話を思い出しつつ訊ねる。
「それって、あの女神様が俺に授けるとか言ってたやつか?」
「はい、それです」
彼女はコクンと頷く。
「その力は私達天使の間で『サイド』と呼ばれるものなんです」
「サイド? 視点でも変えられるとか、そんなのか?」
正直なところ、俺は語感のイメージから適当に言葉を発しただけだった。
しかし。
「おおっ! 凄いです!」
「え?」
出任せが、まさかの大当たりだったらしい。
「お、おい。冗談だろ?」
「いえいえ、冗談ではありません」
コホン、とアリテシカは咳払いをした後、厳かな口調で話し始めた。
「サイドとは『容姿を想像した相手の視点で物事を認識出来る』という能力なんです」
「……イマイチよく分からないんだが」
「なら、実際に使ってみましょう!」
「使ってって、どうするんだよ」
「それは簡単ですっ」
彼女は自らの胸に当てて、
「『視点を覗き見したい人に対してサイドを使う』と念じれば、その能力は自然と発動します」
「……何だか、随分とアバウトな発動方法だな」
詠唱するとか手をかざすとか、そんな予備動作がいるものだとてっきり思っていたのだが。
「でも、便利でしょ」
「まぁ、そりゃな」
「じゃあ、ほらほら」
「う、分かったよ」
アリテシカに促され、俺は心の中で、彼女に対してサイドを使う、と強く念じた。
SIDE――アリテシカ
もう心の中を覗かれているのかな、と思うと、少しくすぐったい気分になる。
――でも、やましい事なんて全然ないんだから、特に気にする必要もないよね。
それに、相手はエルミテ様が選ばれた方だ。他人の、いや他天使の心を見てどうこうしようなんて魂胆は抱いていないだろう。今はただ、上から与えられた役割をしっかり果たせばいい。
気持ちを落ち着けるため、フゥと小さく息を吐く。そして、目の前に立っている彼の様子を眺めた。『サイド』を使用している所為か、両方の瞳は灰色に輝いている。今頃、意識は私の心中に潜っているに違いない。体格は一般的な人間の子供といった感じで、身長も体重も平均くらいだろう。特に運動を好んでいるわけでもなさそうで、体の線はどちらかというとほっそり気味だ。髪型は無難な感じに仕上げてある。
――でも、改めて見ると結構カッコいいかも。
向けられている釣り気味な目は鋭く、私を射抜いているかのようだ。全体的に無愛想な印象の顔立ちをしているが、何となく『作っている』ような気がする。内面に関しても勇者に選出されるくらいだからお墨付きだろう。
――って、心を覗かれてるのに何を考えてるんだろう、私っ。
さっきまで考えていた事が全て相手にバレているのかと思うと、もの凄く恥ずかしい気分になる。私の好意を知られたばかりに、今日の夜中にでも寝床を襲われたらどうしよう。いや、でも勇者に選ばれる人だからそういう事はしないか、というより、されてもまあ良いかもしれない。いやいや、駄目。天使がそんな過ちを犯してはいけないもの。エルミテ様にバレたら、天界追放されちゃうかもしれないし。でも、スリルがあるから燃え上がる恋愛もあるしなぁ。人間と天使の禁断の恋物語は沢山あるけれど、その当事者になってみるのもいいかもしれない。いやいやいや、でもやっぱりそんな事はいけない。けど、無理矢理にベッドに押し倒されて愛を告げられたらどうしよう。ちゃんと断らなきゃいけないけど、それを口にする前に首筋へ熱いキスの雨を降らされて、そのままあれよあれよと――。