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視点使いの転生勇者  作者: 悠然やすみ
第三話「ラブロマンスは悪魔と共に」
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 朝の食事を済ませドーネルの部屋へと向かうと、彼は既に寝間着から普段の服装への着替えを済ませていた。


「じゃ、行くかの」


 そう告げた彼の後に続き、俺も歩き始める。廊下を進み、家の奥へと進んでいくと、俺の寝室の前に広がるのとはまた別の庭が姿を現した。塀の代わりに巨大な灰色の岩壁が生い茂る草花を取り囲んでいるのだが、その中心に人が入れるほどの大穴がポッカリと空いている事が目を引いた。そして、老人は躊躇する事なく、屈んでその内へ入っていく。


「ほれ、何をボサッとしておる。早くついてこんか」


「あ、はい……ん?」


 穴をくぐった瞬間、奇妙な感覚が俺の全身を襲った。まるで体中を見えない手にさわさわと撫でられるような、そんな感じだ。だが、不思議な事に鬱陶しい気分は抱かなかった。


「あの……」


「うむ、変な気分になったんじゃろ」


 質問しようとした矢先、ドーネルは訳知り顔でうんうんと頷き、俺の言葉を遮った。


「別に不安がる必要はないぞ。体には何の影響もないから安心してよい」


「そ、そうですか」


 岩壁の中が空洞となっている事に気がつく。その広さを目算すると、この家の一室と大体同じくらいだ。何故か内部が明るいのでふと見上げると、頭上には燦々と輝く太陽が顔を覗かせていた。ちょうど岩の中心がバームクーヘンのようにくり貫かれているらしい。所々に苔が生えているこの場所には、俺が入ってきたのとはまた別の出口が存在していた。その奥がどうなっているかひどく興味をそそられたのだが、俺がその事について質問するより、ドーネルが喋り始める方が早かった。


「それじゃ、そろそろ先ほどお主が抱いた違和感の正体について話すとするか。ここの周辺には目には見えない結界が張ってあっての」


「目には見えない、結界?」


「その通り」


 オウム返しの問いに、彼は小さく頷いて、


「その入り口の周辺がちょうどその境目の部分となっておる。だから、お主は妙な気分に苛まれたわけだ。その境界線からこちらには、心の奥底から邪な考えを抱く者は入ってこれんようになっておる」


「つまりここは聖域みたいな所なんですか?」


「まあ、そうともいう」


 俺は自身の立っている岩の内部を見渡す。事情を知ってから改めて見ると、確かにどこか神秘的な雰囲気が漂う空間であるような気がした。本当に気がしただけなのだが。


「でも、って事はここって凄い所なんですよね? 一体どんな場所なんですか?」


 老人に質問を重ねつつ、俺は首を傾げる。ドーネルはあっさりと俺の疑問に対する答えを返してくれた。


「ここはな、かつて偉大なる精霊が暮らしていた地なのじゃよ」


「偉大なる精霊って……」


 俺は元いた世界でプレイしていたテレビゲームの知識を記憶から引っ張りだし、


「火とか水とか、そんな感じのですか?」


「ああ、自然の要素を司る者も確かにおるが、この地にいた精霊はそういった種ではない。むしろ、生物の要素を司る者じゃな」


「生物の要素?」


 先ほどからドーネルの言葉をそのまま口にし続けているような気がする。だが、それだけ俺の心に当惑の感情が広がっていたのだ。


「腕とか、足とか」


「違う違う。そっちではない」


 俺の呟きを受けた老人は苦笑いを浮かべ、木の幹のような手をぶらぶらと振った。


「体というよりは心だ」


「体というより心?」


 腕組みをし、頭を捻って思案を巡らす。しかし、どれだけ考えてみてもやはり意味が分からない。


 半ばギブアップの意味も込め、俺は髪を掻きつつ口を開いた。


「じゃあ、ここにいた精霊が司っていたのは、一体どんなものなんですか?」


 俺が問いを投げかけると、ドーネルは不意に頭上へと顔を向ける。摩訶不思議に貫かれた岩の向こう側に浮かぶ太陽を見つめる皺だらけな横顔は、何故だろう。まるで遠い過去を懐かしんでいるようで、どこか寂しげだった。そのまま、穏やかな時間が過ぎていく。外からチュンチュンと、小鳥の楽しそうなさえずりが仄かに聞こえてきた。


 やがて、老人はふぅと小さく息を吐いて、その視線を俺へと戻す。そして、彼は俺の問いかけに対する答えをゆっくりと告げた。




「『願望』じゃよ」




――願望。


 その二文字が、俺の頭の中で繰り返し反響していく。


「あの」


 俺は頬を掻きつつ、まだ一向に解消されていない疑問を口にする。


「その願望を司る精霊がここにいた、ってのは分かりました。けど、どうして俺をこの場所に連れてきたんですか?」


「お主に力を授ける為じゃよ」


 ドーネルはゴホンと大きな咳払いをして、真剣な面持ちで語り始める。


「お主には今から、ここで瞑想をしてもらう」


「瞑想?」


「だが、別に気を張らずともよい。ただ、この中で座って目を閉じていればそれで十分だ」


「それで、本当に力を得られるんですか?」


 正直、俺は半信半疑だった。その心の内を見透かしたのだろう彼は神妙な表情で、


「少なくとも、昔はそうだった」


「昔は?」


「うむ」


 小さく首を縦に振り、ドーネルは再び長い説明を始めた。


「ここで暮らしていた精霊は生き物の心に抱かれた願望を、その者の力とする能力を持っていた。かの精霊が去っても、この地にはその強大な魔力の残滓が今もなお根付いておる。それらを媒介とし、瞑想によって精霊と心を通わす事が出来た者はその恩恵を預かる事が出来た。だが、その力もだんだんと弱まってきておる。お主が精霊と交信出来るかどうかについて、儂は保証出来ないのじゃ」

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