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視点使いの転生勇者  作者: 悠然やすみ
第三話「ラブロマンスは悪魔と共に」
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 まだ、夜空に朝焼けすら見受けられない早朝。寝床を訪ねると、寝間着姿のドーネルは上半身をもそもそと布団から起こした。


「なんだね、こんな朝早くから」


 大欠伸をかましつつ、彼は眠たそうに呟く。布団の横で正座していた俺は、意を決して口を開いた。


「シュバトゥルスと戦える力がほしいんです。どうか、鍛えて頂けませんか」


 途端、ドーネルの半分閉じかかっていた瞼が見開かれる。俺の発言を受け、急激に目が覚めたらしい。


「……ふむ」


 顎に手を当てつつ、彼は神妙な面持ちで考え込む。


「神に選ばれた勇者には、常人が容易に持つ事の出来ないような力が与えられると聞くが。お主にも、それは備わっているのだろう?」


「はい、でも」


 俺は返答に詰まった。アリーテとの話し合いで、『サイド』の力についてはみだりに他言しないと取り決めている。もし、この力について一度広く認知されてしまえば、警戒は勿論の事、何らかの対策を講じられてしまう可能性もあるからだ。特に効果範囲が現状狭い点や、体力を激しく消耗してしまう点などに気がつかれてしまっては致命傷となってしまう。ネメラ山の一件で疑問を感じていたセイーヌに対しても、所々をはぐらかし、或いは嘘を混ぜて説明を行っていた。


 だからこそ、この老人に対して本当の事を伝えるべきかどうか躊躇したのだ。


 悩んだ末、俺は彼に言う。


「俺の力じゃシュバトゥルスに対抗出来なくて。だから、新たな力がほしいんです。今すぐにでも」


「……なるほどな」


 幸いにも、ドーネルは俺の力について詮索してこなかった。ひょっとすると、俺の考えを看破していて、それでも敢えて見逃したのかもしれない。


 とにかく、彼はしばらく何かを思案している様子だったが、やがて口を開いた。


「だが、お主の年ならば、既に分かっているだろう。この世には、苦労せずして簡単に手に入る力など、そうそう存在しないと」


「それは……」


 俺は再び、言い淀む。この老人の言う通りだ。大して時間もかけず楽して強くなれる、そんな都合の良い方法など、ある筈もない。


「年老いたとはいえ、儂も一人の魔術師だ。お主に魔法を教える事くらいは出来る。だが、儂も一朝一夕で魔力を行使する技術を身につけたわけではない。最初は初歩的なものから練習していき、そしてより難度の高い魔術に挑戦していった。失敗も成功も経験してきたからこそ、今の儂がある。その過程を丸々飛ばして強大な力を得たとしても、それは殆ど仮初めの強さに過ぎんよ」


 それでもなお、お主は今すぐに力を手にしたいか。問いかけと共に、ドーネルは真剣な面持ちで俺を見つめる。その目に湛えられた翡翠色の眼光は鋭く、俺はまるで自身の心を射抜かれているような錯覚に陥った。


「俺は……」


 か細い声で呟きながら、俺は自問する。自分は一体、どうしたいのか。勇者の肩書きからくる重圧、退く事を良しとしない男としてのプライド、悪しき計画を見過ごせないという正義感。複雑な感情のうねりが、俺の心に押し寄せてくる。しかし。ふと、昨晩の出来事が脳裏をよぎった。


――私はまだ未熟な騎士だが、それでもユート殿と最後まで、シュバトゥルスと戦うぞ。散っていった仲間達の為にも。


 強固な決心に支えられた、力に満ちた言葉。彼女の声を思い返しているうちに、今まで抱いていた筈の様々な迷いは、まるで霧が晴れたかのように消し飛んでいった。


「確かに、虫の良い話だとは思います。けど」


 いったん間を置き、深く息を吸ってから、俺は再び話し出す。半ば自分自身に言い聞かせるように。


「けど、それでも俺は強くなりたいんです。アリーテやセイーヌさんを守れるような、そして苦しんでいる人々に手を差し伸べられるような、そんな強さがほしい」


「なまじ力を得たとしても、その所為で辛い目に遭うかもしれんぞ」


「それでも構いません。どんな過酷な試練でも耐え抜いてみせます」


 いつの間にか、俺は老人の目を真っ直ぐに見据えていた。お互いに視線を逸らさないまま、時間だけが過ぎていく。やがて、鶏の鳴き声が朝日の到来を告げた頃、ドーネルはふぅと息を吐きながら両目を閉じ、どこか疲れたような声色で告げた。


「うむ。お主の決意が固い事はよく分かった」


「それじゃ……!」


 自然と表情を輝かせる俺に、彼は苦笑しつつ、


「だが、儂はお主に何かを教えるわけではないぞ。本格的に弟子入りするというなら受け入れるが、それだと時間がかかりすぎるからの。ただ、お主にとって幸いな事じゃが、ここには地の利というものがある」


「地の、利?」


 老人が発した文章の意味が理解出来ず、俺は思わず戸惑いの声を上げていた。『地の利』という言葉を知らなかったわけではないが、その単語が意味する事が分からなかったのだ。


「ふふふ、まあいずれ分かる事だ。今は気にせんでよい」


 困惑している俺の反応がおかしいのか、ドーネルは噴き出した後、含むような口調で言ったのだった。




「朝食を済ませてひと段落したら、またここへ来なさい。お主を案内したい場所がある」

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