12
気がついた時、俺は白い布団の中に寝かされていた。
「ここは……?」
困惑しつつも体を起こして周囲を見回す。室内には畳が張り巡らされ、四隅を支える柱は木製、開いた障子の向こうには縁側が見えた。その奥には緑溢れる庭、そして小さな池がある。どうやら純和風木造建築の一軒家らしい。あまりに日本らしい光景を眺め、俺は一瞬、今までの出来事は全て夢だったのではないかという考えに駆られるも、すぐにそれが誤りだった事に気がつかされた。
「うっ……」
頭が鈍く痛み、とっさに手で支える。すると、指先が布に触れる。誰かが包帯を巻いてくれたらしい。すぐ、意識を失う前に会話した老人の事が頭に思い浮かんだ。
「おや、目覚めたのかね」
不意に声を掛けられ、俺は再び縁側へ目をやる。いつの間にか、例の男が立っていた。外見からして、若くても七十代くらいだろうか。色素を失い真っ白に染まった髪、顔に深く刻まれている皺、たっぷりと蓄えられた顎髭。それら全てがこの老人に貫禄と威厳をもたらしていた。背丈はそこまで小柄というわけでもないが、流石に衰えているのだろう、地味な茶色い衣服から覗く手足は枝のように細い。特に印象的なのは、右手に握る太い木の杖だった。
「あの、貴方が助けてくれたんですか?」
俺が訊ねると、老人は小さく頷いた。
「うむ、ちょっと気になる事があって足を向けてみたのだが、君達を助ける事が出来て幸運じゃったよ」
「……本当にありがとうございます」
俺は頭を深く下げて感謝を示す。彼は皺だらけの手を軽く振って、
「そこまでかしこまらんでも良い。どれ、そろそろ腹も減ってきた事じゃろう。ちょうど、昼食をお主の仲間達に振る舞うところだったんじゃ」
「アリーテとセイーヌさんは無事なんですか!?」
「ああ、二人とも君より軽い怪我で済んでおるよ」
老人の言葉に、俺はホッと胸をなで下ろした。
「さて、お主は歩けるか?」
「はい」
返事をしながら、俺は立ち上がる。足は未だふらつくものの、歩くのに支障があるわけでもなかった。
「よし、それならついてきなさい」
老人に続き、俺は寝かされていた場所を後にする。縁側を歩いていき、廊下を進み、襖を開く。そこは小さな部屋で、旅館で出されるような食事が三人分と、俺と共に旅をしてきた二名の姿があった。
「ユートさんっ!」
「ユート殿!」
俺の姿を目にしたアリーテとセイーヌは、安堵の笑みを浮かべた。
「助かったんですね、良かった……」
「俺の方こそ安心したよ。二人が無事でいてくれて……あ、一人と一羽か」
「まだ、傷は痛むのか?」
「俺の方は平気です、セイーヌさん達の方は……」
「ああ、私達は軽傷で済んだんだ。だから全く心配いらないぞ」
なるほど、多少のかすり傷は目に入るものの、彼女達の体には目立った外傷は見受けられなかった。
「正直、死を覚悟してたんだ。みんな無事だなんて少し信じられないよ」
心の内をそのまま口に出すと、セイーヌもしみじみといった口調で、
「私もユート殿と同じ気持ちだ。あれだけの岩が落下してきて、生きて脱出出来るとは思ってもみなかった」
「きっと、運勢が良かったんですよっ」
ただ、アリーテだけが平常運転だ。いつも通りの発言に、俺は自然と苦笑する。だが、不思議と心はなごんだ。
「どれ、三人は先に食べ始めていなさい。儂は自分の分を作ってくる」
「え、いいんですか?」
部屋を出ていこうとした老人に俺は思わず訊ねていた。アリーテとセイーヌの対面に置かれた料理は、彼の分なのだとばかり思っていたからだ。すると老人は微笑んで、
「病人に食を待たせるのは酷というものだ。お主が先に食べなさい。なあに、儂の分の用意はすぐ済む」
と告げると、返事も聞かずに歩いていってしまった。こうなれば、躊躇う理由もない。俺はアリーテとセイーヌの対面に座る。そして、彼女達に話しかけた。聞きたい事があったのだ。
「なあ、あの爺さん。一体何者なんだ?」
するとセイーヌは神妙な顔つきになり、
「いや、私達もまだ分からないんだ」
と、腕組みをしながら答える。アリーテも首を傾げ、
「私もセイーヌさんも気がついたら別々の部屋で眠ってて、起きあがったらあのお爺さんがやってきて、それでここに案内されたんです」
「俺と一緒か……」
どうも、謎の多い老人だ。単に人の良い爺、と考えるには些か雰囲気が異質過ぎる。それに、どうしてネメラ山まで来ていたのかという疑問も残っていた。
――取りあえず、注意しないといけないな。
助けてもらった御恩は勿論感じているが、あまりに不透明な部分が多すぎる。罠という事も有り得るし、慎重になっておくに越した事はないと思った。
「アリーテにセイーヌさん、今はあの人をあまり信用し過ぎないように……」
「ははは、なかなかに用心深い少年だな」
彼女達に用心を促そうとしたところで、背後からしわがれた笑い声が耳に届いてくる。俺はギクッとしつつ振り返った。そこには自らの分であろう料理を抱えた老人の姿。
――足音も聞こえなかったのに、どうして……。
「まあ、安心しなさい。儂はお主達に危害を加えるつもりはない。何しろ天の使いが共にいるのじゃからの」
驚愕する俺を後目に、老人はアリーテに向かって微笑みながら腰を下ろす。
「さて、話は食事をしながら進めるとしよう」




