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視点使いの転生勇者  作者: 悠然やすみ
第二話「ザ・半人前パーティ」
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「ユートさん、この声って……」


 隣のアリーテが、目を瞬かせて呟くように言う。恐らく彼女も俺と同様、声質に聞き覚えがあったんだろう。返事をする前に、もう一度怒声が辺りに響きわたった。


「キチンと働かないと、バナナあげないわよ!」


 やはり、聞き違えるわけがなかった。


「ああ、間違いない」


 俺は首を縦に振って、


「ケーリアで騒動を起こしてたアイツだ」


「名前は確か……メガベロベロリでしたっけ?」


「そんな感じだったな」


「知り合いか?」


 真剣な表情で訊ねてきたのセイーヌに事情を話すと、彼女は眉を潜め、


「なるほど、人間に化けて宿働きしていたとかいう、例の犯人なのか」


「その通りですっ」


「だが、これは厄介だな」


「そうですね……」


 俺は彼女に同意の言葉を発する。前回はアリーテの卑怯な不意打ちのおかげ、と言うには少し抵抗があるが、とにかくその所為で何とか撃退に成功した。だが、今度はそう簡単にはいかないだろう。何しろ、この広い空間には無数の猿人達が汗水流して働いている。悪魔がどこにいるか探ろうと広い空間に足を踏み入れれば、たちまち気がつかれてしまうだろう。当然、背後からの奇襲だって難しい。


――じゃあ、どうするべきか。


 心の中で、俺達がここに来た目的を確認する。セイーヌは、王都で起こっている事件に関しての調査。これに関しては、既に目的を果たしたといえるだろう。こんな事を考えるのは彼女にも、彼女の同僚達にも申し訳ないが、任務を与えたお偉いさん方も、そこまで期待して戦闘に不慣れな彼らを送り出したわけではなかった筈だ。もしかすると、他に重大な問題が幾つもあり、相次ぐ盗難の方へと割く人員がいなかったのかもしれない。とにかく、この山で怪しげな動きが起きている事さえ報告してしまえば、働きとしては十分だろう。少なくとも、セイーヌが咎められる事はない筈だ。


 一方、俺やアリーテの方は、厳密にいえば神様からの命だが、誰かに明確な指示を受けたわけでも、仕事としてここへやってきたわけでもない。この世界をより良くする指名があるとはいえ、しばらく様子を見ても、罰せられはしないわけだ。現状、正面突破はあまりに無謀なのだから、そうした方が賢明だろう。


――ここは一度退いて、セイーヌさんが働いてるっていう王国に助けを求めるべきか?


 考えがまとまりかけ、口を開こうとした時だった。両手をパンと強く打つ音が聞こえてきたかと思うと、


「はい! じゃあ今日の仕事はこれで終わり!」


 高らかな宣言と同時に、歓声にも似た猿人達の砲哮が湧き起こっていく。


「どうする、ここを出るか?」


 セイーヌの問いかけに、俺は小さく首を振って、


「いや、もう少し様子を見ましょう」


 俺達が隠れている場所はちょうど内部の猿人達からは死角のようになっている。行きにこの入り口を使う者が皆無だったのだから、逆も然りと考えたのだ。上手くいけば、全員がこの場所から去った後、内部を調べる事も出来る。


「ほらほら! さっさと一列に並ぶ」


 苛立ちを滲ませた叫びが上がると、アリーテが頭を傾げて、


「一列に並ばせて、何するんですかね? 持ち物検査?」


「いや、それは絶対にないだろ」


 全裸だし、という言葉は、流石に周りが女性二名なので飲み込んだ。岩陰から様子を伺うすると、散らばっていた猿人達がのろのろとした動きで列をなしていくのが見える。あの列の先頭に、恐らく例の悪魔がいるのだろうと容易に推測がついた。


「今日のバイト代もらったら、とっとと帰りなさいよ!」


「あっ、お給料配ってるんですか」


 なるほど、といった調子でアリーテが小さく両手を合わせる。観察していると、報酬を受け取った猿人達が、黄色き果実を握りしめて続々と出口へと向かっていく。御馳走を手に入れた歓喜のせいか、その動きはとても軽やかなものだった。


「日給バナナ一本……」


 哀れな労働者の姿を眺めながら、俺は彼らの境遇に対して同情の溜息をつかざるを得なかった。


「とんでもないブラック企業じゃないか」


「知らぬが仏、ですね」


「そうか? 別に普通だと思うが」


 平然として言い放った騎士の言葉に、俺と天使は思わず固まってしまった。俺達の態度に動揺したのか、


「な、なんだ。そんな珍しいものでも見るような目をして」


 と、セイーヌが戸惑いの声を発する。


「いや、その。何でもないですよ。ハハハハ」


「と、ところでセイーヌさんのお給料って、一体どれくらいだったんですかっ?」


「私のか? 私の場合は月給なのだが……」


 彼女が告げた額を耳にし、俺は愕然とする。その金額はなんと、この世界で安物のリンゴを三つ買える程度だったのだ。一ヶ月分で、リンゴ三つである。恐らく寝床や食事は与えられているのだろうが、どれだけ彼女の待遇が悪いのか、察するのは容易も容易だった。


 衝撃に言葉を失っていると、急にアリーテが俺の服を引っ張り、セイーヌから離れた位置まで引き寄せた。その両目は今にも溢れそうな涙で潤んでいる。彼女は鼻水を啜りながら俺の耳元で、


「ううっ……セイーヌさんって苦労してたんですね」


 と、震える声で囁いてくる。


「アリーテ……一般人の生活水準は本人のためにも内緒にしとくぞ、いいな」


 小声で念を押すように言うと、天使は力強く首を縦に振って、


「勿論ですっ。人のささやかな幸せを摘み取ったりはしませんっ」


 と、並々ならぬ決意のこもった誓いを立てた。一方、当の本人は全く訳の分かっていない様子で、


「ユート殿? アリーテ殿?」


 と、困惑の眼差しで俺達を見つめていたのだった。

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