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あれから。頭上高く上っていた太陽もすっかり地の底へと沈んでしまい、辺りには夜の影が下り始めていた。そろそろ野宿でもしようかと話していた矢先、アリーテが小さく声を上げる。その視線の先を目で追うと、そこには異様な光景が広がっていた。無数の空洞が岩の表面に出来ていて、そこから無数の猿人達が出入りを繰り返していたのだ。俺達は取りあえず近くの茂みに隠れて様子を伺う。
「あんな穴ボコだらけなのに、山が崩れたりしないんですかね?」
「さぁ、意外にバランス取れてるんじゃないか?」
「二人共、あれを見ろ」
セイーヌがそのほっそりとした指先で示した先には、両手に様々な荷物を抱えている集団があった。その中にはケーリアから盗み出されたポーションも見受けられる。俺の中に存在していた推測が、明らかな確信に変わっていった。
「どうやら、ここが例のアジトみたいだな」
「でも、中はどうなってるんでしょう?」
「どうにか侵入出来ればいいのだが……」
亜人の行き交う様を観察しつつ、俺達は内部で入り込む方法を探す。しばらくして、横の天使が俺の服の袖を引っ張った。
「あそこはどうでしょう?」
アリーテが提案してきたのは、岩壁の隅に存在していた空洞だった。目立たないのか、それとも隅っこに位置するそこをわざわざ通ろうとも思わないのか、猿人達はその他の大きな入り口から山の内部へとのろのろ歩いていく。俺達は無言で頷きあうと、抜き足差し足でそうっと移動し、素早く穴の中へ身を滑り込ませた。空洞の中は月明かりすら遮られ、前方は漂う闇で殆ど視界が効かない。手探りで進んでいると、アリーテは心細そうな調子で、
「暗いですね……明かりつけませんか?」
「いや、そんな事したら忍び込んだのが気づかれるかもしれないだろ」
「あっ、そうですね」
「面倒だが、慎重に進むしかないようだな」
一方、セイーヌの方は冷静な声色だった。やはり、年の功というものだろうか。
互いの足を踏まないよう注意しつつ、俺達は前へと音を立てないよう進んでいく。やがて、洞窟の向こう側に小さな出口の灯りが見え始め、緊張に苛まれつつも、俺達は岩の影からそっと辺りの様子を確認した。やがて、隣の二人が小さく声を上げる。
「わわっ、ポーションが一杯です」
「都からの盗まれた品も沢山あるぞ」
そう。山の中は巨大な空間が広がっていて、そこらに盗難品と思しき物が無造作に散らばっていた。猿人達もまた、せわしなくそれらを運んでいる。ここまでくると、最早間違いない。
「けど、ここで一体何してるんだ?」
「ユートさん、サイドで猿人達の考えを調べてみたらどうですか?」
「えっ、これって人外にも聞くのか?」
「うーん、分からないですけど、ものは試しという事で」
「分からないのかよ……」
だが、情報を集めるにはそれが手っとり早そうだ。俺は近くを通りがかった猿人に目標を定めると、自分の力を発動した。
SIDE――猿人
ずっと働かされ続きで、体が重いウホ。
けれど、アイツからバナナを貰う為には仕方ないウホ。
アイツの指示に従えば、美味しいバナナを貰えるんだウホ。
しかし、どうして山の地下にこんな通路が出来てるんだウホ?
まあ、細かい事は気にしてもしょうがないウホ。
オデがやらなければならないのは、このみょうちくりんな物を通路の向こうのお屋敷まで運ぶ事ウホ。
さあ、もう一踏ん張りウホ。
「……バナナの皮が落ちてたのはそういう事だったのかよ」
「何か分かったんですか?」
サイドを使用して体力を消耗した事もあって、俺はげんなりとした気分に陥る。アリーテが訊ねてきたが、セイーヌもまた、不思議そうに眉を潜めて俺を見つめていた。そういえば、彼女にはまだこの力の事を伝えていない。
「今、何をしたんだ?」
案の定、戸惑いの問いを投げかけられ、俺は一瞬考えた後、
「セイーヌさん、細かい事は後で話します」
と、前置きして先ほど得た情報を彼らに伝えた。
「なるほど、つまりこういう事だな」
神妙な面持ちの騎士が、要点を整理するように話し出す。
「この山の地下には別の場所……お屋敷と呼ばれるどこかへ繋がる通路が通っていて、ここの猿人達は報酬のバナナと引き替えにして、そこへ盗んだ物品を運び込む作業をしていると」
「でも、そのお屋敷って、一体どこにあるんでしょう?」
「それに、どうしてこれらの物品を運んでいるかもまだ分からないよな」
謎に次ぐ謎に、俺達の考えは混乱していく。まだまだ、分からない事だらけだ。ただ一つ確かな事は、これらの奇妙な作業を取り仕切っている奴は、きっとろくでもない事を考えているに違いない、という事。
――で、肝心なのはこれからどうするかだけど。
脳細胞をフル回転させて考えてみるが、一向に良い案は思い浮かばなかった。強行突破は俺達の力から考えて無理だが、それじゃあ他に作戦はあるかというと皆無である。
三人とも黙り込んでそれぞれの考えに耽っていた、まさにその時。
「ほらほら、テキパキ動きなさい!」
どこかで聞き覚えのある高飛車な叫びが、俺の耳に届いてきた。




