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「ん……?」
火に当たりながら身を休ませていると、ふと掠れた呟きが聞こえてきた。ふと見やると、寝かせていた女性が上半身を起こし、未だ鈍く痛んでいるのだろう額に右手を当てて呻いている。
「ユートさん、目を覚ましましたよっ!」
アリーテのはしゃぐような声に、彼女はようやく俺達の存在に気がついたらしい。ハッと顔つきを変え、顔を上げてまず俺にその澄んだ蒼い瞳を向け、次にアリーテへとその視線を移す。途端、彼女は驚愕からか目を瞬かせて、
「天使……か?」
と、戸惑った口調で独り言のように言った。その声色は外見に違わず凛としていて、仄かな威厳すら含まれているように感じられる。
「そうですよっ」
相手が自身の異質な姿に動揺しているのにも関わらず、アリーテは人懐っこい笑みを浮かべ、胸を張る。
「私は何を隠そう、天界からこの世界へ使わされたバリバリの現役天使なのですっ」
「まだ修行中だろ」
ツッコミを入れると、騎士は再び俺の方を向いて、
「君は……」
美人に真っ直ぐな瞳で見つめられ、俺は内心で照れながらも、
「俺はユートっていいます」
「私はアリーテです。ちなみに、ユートさんは勇者なんですよっ」
今度は天使の方が横槍を入れてきたのだが、天使の言葉を聞いた途端、彼女の血相が変わった。
「ゆ、勇者殿!?」
その声色はとても上擦っていて、俺は少し面食らいながらも、
「あ、はい。一応、勇者です」
と、無難な返答をする。
「私達、近くで倒れてた騎士さんをここまで連れてきたんですよっ」
「それは……」
彼女は両目を大きく見開き、しばらく言葉を失っていた様子だったが、やがて地面の上に姿勢を正し、
「素性を知らずに御無礼を働いた事、本当に申し訳ない」
と、深い土下座を俺に向けてくる。俺は慌てて彼女に声を掛けた。
「いや、そんなにかしこまらなくていいですよ。多分、俺の方が年下ですし」
「ですが」
「大丈夫ですよ。ユートさんは勇者とはいっても、まだまだ駆け出しのひよっこですから。そこまで気を遣わなくても大丈夫です。敬語じゃなくて全然オッケーです」
お前だってひよっこじゃないか、と思わず口に出してしまいそうになったが、それを懸命に堪える。何にせよ、ここで彼女の言があるのは有り難い。
「はい、アリーテの言う通りですよ」
騎士の女性は俺達の言葉に気を許したらしく、
「それでは……お言葉に甘えさせてもらおう」
と、平静を取り戻した様子だった。
「私の名はセイーヌ、メデキア王国の第九十六騎士隊に属する者だ」
「メデキア王国?」
首を傾げたアリーテに、セイーヌと名乗った騎士は説明を始めた。彼女の話によれば、メデキアはケーリアとは別方向に存在する強大な王国なのだそうだ。ここから遙か遠い地にあるのだという。
「そんな王国の騎士さんが、どうして遙々こんな所までやってきてるんですか?」
アリーテが不思議そうに目をパチクリさせながら質問すると、彼女は真剣な表情で、
「その理由は……王都内で、奇妙な事件が起こったからだ」
「奇妙な、事件?」
聞き捨てならないフレーズを受け、俺の背筋に緊張が走る。
「一体、どんな事件なんですか?」
「話せば少し長くなるが」
そう前置きしてセイーヌは語り始める。王都には沢山の店が存在し、凄惨な商売戦争を繰り広げられているらしいのだが、ここ最近になって、魔力補給を効能とする薬の類が、大量に盗まれる事件が多発しているらしい。標的となっているのは、主に道具屋や魔法店なのだが、その全てが被害を受けていたので、犯人の調査は著しく難航したのだそうだ。
だが、王国にやってきていた幾人もの旅人達の証言で、事態は一気に進展を迎えた。悪魔とその手下である魔物達が、盗まれた物品をネメラ山の方向へ運んでいる事が判明したのだ。そこで国王は、第九十六騎士隊に対し、現地へ赴き調査を行うよう命じたのだった。
――それって。
話を聞き終えた俺とアリーテは、自然と顔を見合わせる。
「ユートさん」
「ああ、俺も同じ事を思った」
困惑の表情を浮かべる彼女に、俺は同意の頷きを返し、そしてセイーヌへ向き直ると、
「セイーヌさん、実は俺達の方も話しておきたい事があるんです」
これまでの経緯を説明すると、彼女もまた驚いたように目を見開き、自身の口元へ丸めた人差し指を当てて考え込む。微風と友に、彼女の艶のある銀髪が僅かに揺れた。俺は言葉を続ける。
「メデキア王国で起こってる事件と、俺達が遭遇した事件。もしかしたら、何か関連性があるんじゃないんですか?」
「確かに……私もそんな気がする」
俺は事件に関して話し合いを更に続けよう口を開きかけた。だが、俺が言葉を発するその前に、
「……あれ? ちょっと待って下さい」
と、何かに気がついたらしいアリーテが、可愛らしく首を傾げて会話に割り込んできた。
「さっきの話だと、セイーヌさんは騎士隊の皆さんと一緒にここまで来てたんですよね? それなのに、どうして今はお一人なんですか?」
――あ。
彼女の疑問に、俺もまたハッとさせられる。確かにアリーテの言う通りだ。セイーヌの話が本当なら、彼女の他に隊員がいて当たり前な筈だ。いくら何でも敵地に近い場所で単独行動など、普通なら有り得ないだろう。
にも関わらず、彼女は一人で道に倒れていた。
その状況が示す理由を考え、俺の脳裏を真っ先によぎったのは。
「それは」
表情を曇らせたアリーテは、やがて、言葉を震わせながら告げた。悔しさと憤りと、そして悲しみの綯い交ぜになった声色で。
「……私を残して、全滅したからだ」




