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視点使いの転生勇者  作者: 悠然やすみ
第二話「ザ・半人前パーティ」
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「もう歩けないですよーっ」


 陽も沈みかけ、空も鮮やかな朱色に染まる夕刻。険しい林道を登っている最中、後ろから疲労感溢れる叫びが聞こえてきた。振り返ると、地面にペタンと座り、両目をキュッと瞑っているアリーテの姿が映る。


「早く休憩したいです。疲れましたぁ」


「そりゃ、俺もそろそろ休みたいけど」


 彼女に話しかけ、俺は頬を掻きつつ辺りを見回した。


「でも、ここじゃテントだって張れないだろ」


 周囲には木々や野草の群が鬱蒼と連なっていて、至るところに獣や魔物が隠れられそうな茂みがある。こんな危険に満ち溢れた場所では、おちおちキャンプなどしてはいられない。もう少しで完全に日が暮れてしまうし、一刻も早く進まなくては。


「せめて、もう少し安全そうなところを見つけるまで頑張ろうぜ」


「後、何時間何分何秒で見つかります?」


「そんな子供みたいな事言うなよ……ほら、行くぞ」


 俺は口をへの字に曲げている彼女に手を差し出す。少々の時間をおいて、アリーテは俺の手を握って立ち上がった。


 幸いにも、少し進むと林を抜け、夜を過ごすには最適な開けた場所に出る事が出来た。すぐに野営の準備をして、焚き火を起こす。しばらく時間が経つと、熱していた鍋の中では、適当な野菜や肉を入れた雑炊がグツグツと、美味しそうな湯気を立てて煮えていた。椀に各々の分をよそい、俺達は夕食を始める。ふうと息を吹きかけて冷ましたスプーンを口に運ぶと、アリーテは幸せそうに顔を綻ばせ、


「あー、生き返りましたっ」


「朝からずっと歩きっぱなしだったもんな」


「しかもずっと登り道でしたし、クタクタになりまいたよっ」


 早口でそう言った後、彼女は再び雑炊を夢中になってかき込み始める。その様子が微笑ましく、自然と俺の口元は緩んだのだった。


 程なくして、すっかり鍋の中身も空になってしまった。パチパチと燃え盛る炎をぼんやりと眺めつつ、俺達は食事の余韻に浸る。涼しげな夜風が、腹の膨れて熱を帯びた体に心地よく感じられた。


「ケーリアを出てから、だいぶ経ったよな」


 俺は自然と、半ば独り言のように呟いていた。


「そうですねっ」


 と、アリーテは同意の言葉を告げる。


「もう少しでネメラ山だけど、計画って一体どういうものなんだろうな」


「うーん、私にもサッパリです。ついてみたら分かるんじゃないですか?」


「まあ、そうだな」


「それにしても、ここら辺って全く人がいませんね」


 と、アリーテは話題を変えた。俺は小さく頷き、


「地図にも町も見当たらなかったしな。右も左も自然だらけだし」


 はぁ、と彼女は盛大な溜息をついて、


「人がいないと、人助けも出来ませんし……どこかに困ってる人、落ちてませんかね」


 と、突っ込みどころ溢れる嘆きを口にしてきた。俺はすかさず口を開く。


「いや、落ちてない方が良いだろ。絶対」


「でも、困ってる人がいないと助けてあげられないじゃないですか」


「……そういう考え方って、本末転倒じゃないか?」


 そんな他愛もない会話を広げていた、まさにその時。




「ぐあーっ!」




 急に、人の叫び声が聞こえてきて、俺達は思わずギョッとして立ち上がった。


「な、何ですかっ!? 今の悲鳴!」


「向こうから聞こえてきたぞ!」


 言うが早いか、俺は無意識のうちに駆け出していた。


「あっ! 待って下さいよっ!」


 アリーテは声を上げ、俺の後ろに続く。どうやら、悲鳴の主は俺達の進む方向にいるらしい。再び林の中へと入り込んだ俺は、全力で木々の間を走り抜ける。もしかすると、相手は凶暴な獣や魔物に襲われているのかもしれない。もしそうであるなら、時間が経てば経つほど事態は深刻になる。手遅れにならないためにも、散々歩き続けたせいで疲れきっている足を懸命に動かし、俺は声の元へと急ぐ。


 そして。とうとう現場に到着し立ち止まった俺は、思わず呆然と呟いていた。


「……あれ?」


「わわっ!」


「ぐおっ!」


 アリーテがもの凄い勢いで背中にぶつかってきたので、俺はその衝撃で地面に崩れ落ちる。彼女もまた強く打った頭を抱え、うずくまっていた。


「うう……急にストップしないで下さいよっ」


「ああ、わりい」


「でも、一体どうしたんですか?」


 涙目で問いかけてくるアリーテに、俺は肩を竦め、


「ほら、あれを見ろよ」


 と、先ほど目にした光景を指さした。その方向へ視線をやった彼女もまた、あっ、と小さく声を上げる。


 そこには、一人の人物がいた。その身体は銀色に輝く軽装の鎧で覆われていて、何となくファンタジーに出てくる西洋騎士を連想させる。頭に兜は着用しておらず、その長く美しいシルバーブロンドの髪は露わになっていた。ただ、顔は分からない。というのは、その人物は地面にうつ伏せとなって倒れているからである。ちょうどこめかみの下には大きな岩が存在し、恐らくはあれに頭をぶつけてしまい、この人物は気絶してしまったのだろうと推測がついた。そして、スラリと伸びた足先の靴が踏んでいるのは、黄色い果物の皮。




 そう。バナナの皮である。




「……この人、バナナの皮を踏んで転けちゃったんですか?」


 しばらくして、俺の横でアリーテがポツリと洩らしたのだった。

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