16
「な、何よ!」
開き直った様子のメファヴェルリーアが、少々後ずさった俺達に怒鳴った。
「どんな趣味を持ってたって、人の勝手じゃない!」
「だから貴方は悪魔じゃないですかっ」
「それに誘拐してる時点で駄目だろ」
「ぐぐっ……」
俺とエリシアの指摘に、彼女は不服そうな唸り声を上げながらも言葉を失った。
「まあ正直、貴方がどんな性癖を持っていようと興味はないんですけど」
「お前、たまに容赦ないよな」
「それより、まだ聞きたい事があります」
いつになく険しい表情で、アリーテは言葉を続けた。
「さっき出てきた『計画』について、詳しく話してもらいましょうか」
天使の言葉に、メファヴェルリーアは苦虫を噛み潰した顔つきになり、
「悪いけど、それについては口が裂けても教えられないわね」
と、頑なな口調で告げた。そんな彼女をアリーテは睨みつけながら、
「今の自分の状況、分かって言ってますか?」
「当たり前でしょ」
「それなら、言葉通りにしてあげます」
アリーテは右手に握っていた俺の剣を再び振りかぶり、メファヴェルリーアへと近寄る。
「お、おい」
俺は慌てて両者の間に割って入った。傷だらけの悪魔に背を向け、両手を広げて天使と相対する。そんな俺を一瞥して、真剣な様子のアリーテは、彼女に似つかわしくない冷淡な口調で告げた。
「ユートさん、そこをどいて下さい」
「もう、いいだろ。いくら悪い事したからって、これ以上メファ……リーネさんを傷つけるのは」
「ユートさん、貴方の後ろにいるのは人間じゃありません。世界に仇なす悪魔なんです」
「そんなのは分かってるよ。でもさ……」
「でも、何ですか?」
言葉に詰まる俺に、彼女は先を促してくる。俺はすぐに答えられなかった。正直、どうしてこのような行動に出てしまったのか、自分でもよく分からなかったのだ。胸の奥にうずまく曖昧な気持ちを何とか形にしようと、俺は強く悩みながら、ゆっくりと言の葉を紡ぐ。
「そりゃあ、薬を盗んだり人をさらったり、彼女の行いは許される事じゃないと思う。だから、その裁きは受けるべきだ」
「なら……」
「でもさ」
発せられたアリーテの声に被せるように、俺は語気を強めた。
「悪魔だからって差別したりとか、身体を容赦なく傷つけたりとか……そういうのって正しいのか? 悪魔だったら殺しても罪にならないのか?」
「そ、それは」
今度は、アリーテの方が言い淀む番だった。背後でも、メファヴェルリーアがハッと息を飲むのが耳に届いてくる。俺は自分の思いをアリーテに理解してもらおうと、少し口調を和らげ、必死に語り続けた。
「それにさ、彼女の言い分が本当なら、子供達には危害を加えてないって事になるだろ? 勿論、ポーションの損害とか、弁償してもらわなくちゃならないものは沢山あるけどさ。少なくとも、命まで奪う必要はないんじゃないか?」
しばらく、アリーテは顔を俯け、何も発しないままだった。静けさを取り戻した室内に、夜空を飛び回っているだろう鳥の鳴き声が虚しく響きわたる。
やがて、上目遣いで俺を見つめたアリーテは、ポツリと言った。
「……ユートさんがそう言うなら。私は構わないです」
――良かった。
彼女が説得を聞き入れてくれた事で、俺の心の中には安堵の気持ちが広がっていった。
だが、すぐに後ろから、突っ慳貪な声が聞こえてくる。
「それで、恩を売ったつもり?」
振り向くと、メファヴェルリーアが俺を強く睨みつけている事に気がついた。その表情を崩さないまま、彼女は言葉を続ける。
「始めに言っておくけど、坊やの言葉で改心しようなんて気はちっともないわよ」
「別に、今すぐ反省しろとは言わないさ。それよりも……あ、いいところに」
周囲を見回すと近くの棚に包帯があった。何故ここにあるのかは分からないが、そこら辺はまあ適当に何か理由があったのだろう。俺はそれを手に取り、メファヴェルリーアの側でしゃがみこんだ。
そして。
「ちょ、ちょっと。何し……」
悪魔の甲高い狼狽えた声に、俺は笑って答えた。
「見て分かるだろ。傷を塞いでるんだ」
「け、けれど私は敵なのよ……」
「だから、さっきも言ったろ」
血だらけの背中に白い包帯を巻き付けながら、俺は言葉を続ける。
「たとえ相手が敵だからって、悪魔だからって、どんな酷い仕打ちでもやっていいわけじゃないって、そう思ってるだけさ」
「……その甘さ、いつか命取りになるかもしれないわよ」
「それでもいいよ」
「……馬鹿な坊やね」
やがて、応急処置が終わり、俺はふうと小さく息を吐いた。
「それじゃ、朝が来たら取りあえず町の人達に謝ってもら」
「謹んでお断りするわ」
「え?」
途端、俺は見えない力に押されるようにして、後方へと吹っ飛ぶ。
「うわっ!」
「ユートさんっ!」
アリーテが抱き止めてくれたおかげで、何とか怪我を負わずに済んだ。ふと視線を向けると、腕組みをして立ち上がっているメファヴェルリーアが視界に入る。彼女はフンとソッポを向いて、
「絶対、この礼なんか言わないわよ! それに、今度会った時だって手加減はしないわ! 覚えておきなさい!」
と、尖った口調で叫んだ。そして、次の瞬間。彼女の姿は、忽然と消失したのだった。
「やっぱり逃げられちゃったじゃないですかー! ユートさんのバカー!」
「わ、悪い……」




