15
リーネは、すぐにはアリーテの言葉に答えなかったが、俺達に憎々しげな視線を向けた後、恨みを込めるように呟いた。
「不意打ちだなんて卑怯な……」
人間の姿だった頃のそれとはかけ離れた、清楚さなど微塵も感じられないような口調だった。 だが、アリーテは彼女の言葉にちっとも怯む様子なく平然として、
「卑怯でも姑息でも構わないです!」
と、声高らかに宣言した。
「この世を少しでも良くする為なら、手段なんて問いません!」
「お前、本当に天使かよ」
ボソッと呟いた俺の言葉を、彼女は華麗にスルーする。一方、リーネの方は苦々しげに、
「まさか、こんな小娘にアタシの完璧な擬態を見破られるなんて……」
「ふふん、この『美少女天使アリテシカ』に分からない事は無いのです」
「いや、気づいたのお前じゃないだろ」
「キーッ! く、悔しいいいい!」
勝ち誇った笑みを浮かべるアリーテに対し、傷口が開くのにも構わず、リーネは両手で床を激しく叩き始めた。態度のギャップに、俺は驚愕してしまう。
――元々、こんな性格だったのか?
というか、よくもまあ、そんな重傷で動けるものだと感心せざるを得ない。やはり、人間とは体の作りが違うのか。
「……なぁ、リーネさん。聞きたい事があるんだけど」
「フン、アタシはそんな名前じゃないわよ」
「へ?」
思わぬ返答に目をパチクリさせた俺を鼻で笑った後、『リーネだと思っていた彼女』は得意げに告げた。
「宿で働く看板娘リーネとは仮の姿! その正体は、名高き悪魔、メファヴェルリーアよ!」
彼女が真の名前を告げた後、シーン、と辺りを静寂が支配する。長い沈黙の後、俺は確認の為に口を開いた。
「えっと、メファヴェラさん?」
「違うわよ!」
「じゃあ、メファベルラさん?」
「それも違う!」
「分かった、メファベロベロさんだ」
「全然ちがーう!」
彼女は顔を真っ赤にして、
「メファヴェルリーア! ちゃんと覚えときなさい!」
「そんな簡単に覚えられるわけないじゃないですか!」
俺と同じ感想を抱いていたらしいアリーテが激高した。
「いくら何でも長すぎですよ! もっとシンプルな名前考えられないんですか!?」
「う、うるさいわね! 親が名付けた人の名前にケチつけるなんて最低よ!」
「貴方、人じゃなくて悪魔でしょ!」
「こ……これは言葉の綾ってものよ!」
「へー、すっかり人間生活が板についてるんですね。悪魔の癖に」
「あー、生意気なガキ娘! ああ言えばこう言う!」
――あー、なんか変な感じにヒートアップしちゃってるよ。
二人、いや一天使と一悪魔のしょうもない喧嘩を他人事のように眺めながら、俺は深い溜息をついた。だが、早く重要な本題を切り出さなければならない。
「あの、メファヴェルリーアさん」
彼らの間に割って入るようにして、俺は口を開いた。
「そろそろ教えてほしいんですけど。さらった子供達と、盗んだポーションの事」
「……う」
メファヴェルリーアはしばらく口を噤んでいたが、黙っていても無駄だと悟ったらしく、やがてボソリと言った。
「町外れ森の中にある洞窟に隠してあるわよ。尤も、ポーションの殆どはもう使っちゃったけど」
「具体的にはどこですか?」
「森の奥。探せば分かるわ」
「そうですか、分かりました」
俺は大きく咳払いをして、次の質問に移る。
「じゃあ、二つの事件をどうして起こしたのか、目的を聞かせて下さい」
彼女はそっぽを向いて、
「別にどうだっていいでしょ」
「『計画』ってヤツに使う為じゃないんですか?」
「え」
思いも寄らぬ単語を耳にしたからか、悪魔の両目が驚きに見開かれる。その艶やかな唇から発せられた言葉には明らかな狼狽がにじみ出ていた。
「ど、どうしてそれを知ってるのよ」
「貴方に質問する権利はありませんっ」
アリーテが有無を言わせぬ調子で口を挟んでくる。
「ただ、私達の訊ねた事に答えればいいんですっ」
「……フン、分かったわよ。随分とやり口の汚い勇者様御一行ね」
皮肉を飛ばした後、メファヴェルリーアは再び話し始める。
「まあ、確かにポーションを盗んだのは計画の為よ。けど、誘拐に関してはまた別の理由」
「別の理由って、何ですか?」
「それは、まあ些細な事よ。あ、言っておくけど、さらった子供達はみんな無事だから安心していいわよ」
何故だろう。早口で弁明する彼女の顔が、先ほどまでとは少し違う感じで紅潮しているような気がした。
「……なーんか、怪しいですねっ」
アリーテがジト目で彼女を凝視する。
「もしかして、『可愛い男の子達に囲まれて幸せ~』とか何とかやってたんじゃないですか?」
「いや、流石にそれはないだ」
ろ。最後の言葉が、俺の口から発せられる事はなかった。ボンッ、と何かが爆発するような音がした後、アリーテの言葉を受けたメファヴェルリーアの頭が、まるで茹で蛸のように真っ赤っかになってしまったからだ。桃色の髪からは湯気すら立ち上っている。
「え、えと」
適当な推測を述べた張本人もまた、まさか、といった表情で彼女を見つめている。そして、痛いほどの静けさが流れきった後、アリーテは呆然とした口調で、半ば独り言のように呟いたのだった。
「つまり、ショタコンなんですか……」




