彼女の真実
余り深く考えないで、彼女「桜井陽子」と付き合う事にした俺だが、彼女の事は一応前から多少は知っていた。
まあ、噂の範疇なのだが……
それによると、結構な家の令嬢らしいのだが、その彼女がストーカーまがいの奴に絡まれていたのは良く判らないのだが……
兎に角、俺は社内でも一番の美人の呼び声が高い彼女と交際をすることになったのだ。
ある金曜、会社の帰りに彼女と買い物をしていた時の事だが、色々な商品を見て回っていても、彼女の金銭感覚はごく普通に俺は感じた。
思い切って、直接訪ねる事にした。
おかしな話だ、付き合い始めて日も浅いが、普通はお互いの家庭環境を紹介するものでは無かったか? と言う疑問はこの際置いておく。
「噂じゃあ、お嬢様だって言う事になっているけど実際はどうなの?」
随分失礼な言い方だと思ったが、違う表現だと誤解されかねないので、このように言ったのだ。
それに対して彼女は
「とんでもないです。私の家は普通の家ですよ。変な噂が広まっているのですね」
「じゃあお父さんはサラリーマンか何か?」
「そうですね、まあサラリーマンと言えばそうでしょうねえ」
「そうなんだ、噂が一人歩きしているんだね」
「そうなんですよ。もう本当に困ってしまっています」
ふと上を見ると、ひいばあちゃんニヤニヤしているし、彼女の守護霊も何となく変な感じだ。
「ばあちゃん、何か隠してるのかい? なんか変な感じじゃあ無いか」
「そうかえ、彼女は嘘はついてないぞ。最も主観の範囲でと言うことじゃが」
「主観? なんだ、それ? つまり、他人から見た場合、違うと言う事か?」
「まあ、早い話がそうじゃな」
「遅く言ってもそうだよ」
と言う事はだ、サラリーマンでお嬢様?
なんだ、その条件を満たす職業は……大企業の役員並びに取締役か?
「あのう、今日もしよかったらウチへいらっしゃいませんか?」
「はあ、今日、これから?」
「駄目ですか?」
「いいえ、そんな事は無いけど、俺の方こそいきなり行って失礼じゃ無いかな」
「いいえ、上郷さんの事は両親にもちゃんと話して有りますから、大丈夫です。是非会いたいと言っていますし……」
そこまで言われて臆する事はない。俺は承諾をした。
「じゃあ……」
と彼女が携帯を取り出して、何処かに連絡をすると、ものの5分もしないうちに黒塗りの車が目の前に付けられた。
俺が怪訝な顔をしていると
「大丈夫ですから乗ってください」
そう彼女に言われて、後席に乗り込むと続いて彼女も乗って来た。
訳が良く判らない俺に、彼女は笑って
「これから、私の家に行き、両親に会ってください。二人とも上郷さんに会うのを楽しみにしています」
やはり、彼女の家は大金持ちなのか?
でもサラリーマンと言っていたし、ひいばあちゃもそれは嘘ではない、と言っていた……どう言う事だか……
車はやがて幹線道路を外れてわき道へ入っていく。
車の先には高級住宅地で有名な一角がある。
車は、どうやらそこへ向かってるみたいだ。
「あのさ、もう一度聞くけど、君のお父さんはサラリーマンなのかい?」
俺はさっきと同じ質問をした。彼女の答えがどのようなものでも、今は驚かないと覚悟を決めた。
「はい、そうです……でも会社からお給料を貰っている人は皆サラリーマンと言うのですよね?」
でた、やはりそうだったのだ、彼女は大企業の社長令嬢か何かだったのだ。
まあ、予想していたとは言え事実としては重い事だ。
そして、車は大きな門構えの家の前で止まった。
表札をみると『桜井』としてある。
車はやがて開かれた門の中へ吸い込まれていく。
このあたりとは思えないほどの木々の中を車は滑る様に走って、やがて車寄せに止まった。
「どうぞ」
係りの人が車のドアを開けてくれたので、俺は意を決して降りる事にした。
車を降りるとやや古いが堂々たる西洋館で、この家が只の金持ちとは違うと感じさせてくれた。
「どうぞ」
彼女は微笑み俺を案内してくれる。
ふと見ると、この家の祖先だろうか、幾つもの霊が俺を見ている。さしずめ値踏みしているだろうか。
救いは、どうやら俺のことを嫌ってはいない様だと言う事だ。
桜井……櫻井……さくらい……まてよ……
俺はこれでも歴史には結構詳しいと自負しているが、確か戦前の財閥の三井や住友、三菱等よりは有名でないが、かって日本が支配していた大陸や樺太等北方で勢力を張っていた海運会社があったはずだ。その会社を経営していたのが……
『そうです。私たち櫻井家です』
いきなり俺の頭にこの家の祖先が語りかけて来た。
「やはり、そうですか、驚きました。でも櫻井家は戦後没落したと聞いていますが……」
「それは表向きです。資産を隠して逃げ延び、今は投資を生業としています」
「そうだったのですか」
長い廊下を歩いていると突然彼女は
「上郷さん。やはりあなたは普通の方では無かったのですね」
彼女が俺に問いかける
「いきなり、どうしたのですか? 俺には訳が判りませんが……」
「すいません、今までこの家に連れて来た方で、ほとんどの方が気分が悪くなったり、具合がすぐれなくなったりしましたが、あなたは大丈夫でした」
「それに、今誰かとお話していたでしょう? この前から気になっていたのです」
まさか、彼女は俺の能力に気がついているのだろうか・
でも、霊が見えて、交信も出来るなんて言ったら狂人扱いされかねない……
「どういう事でしょうか?」
おれは素知らぬ振りをして尋ねた。
「もしかしたら、上郷さんは特別な能力を持っていらっしゃるのでは無いですか?」
知ってる!この娘は俺の能力を知ってる。
いや、逆に知っていて俺に近づいたのか?
いずれにしろ、此処は肯定も否定も出来ないな……
「うふふ。そう怖がらなくても大丈夫ですよ」
「私も普通の人に無い能力がありますから」
「はあ? それって……」
「お判りにならないでしょう。あちらで、私の両親を紹介しつつ、詳しくお話致します」
そう言って彼女が入室を促した部屋はかなりの調度品やら絵画が掛かっている応接間のような部屋だった。
そう30畳ほどもあるのでは無いかと思われる部屋に応接用のセットが置いてあり、そこには彼女の両親と思われる人物が座っていた。
俺はすぐにこの部屋を霊視して見た処、かなりの数の霊が居る。
これが俺のひいばあちゃんを除いて、全て彼女の関係の霊だとすぐに判った。
要するに俺は品定めにされにやって来たと言う訳か……
「どうぞお座り下さい」
そう云われて俺は彼女と並んで両親と思われる2人の向かいに座った。
「初めまして、陽子の父親の桜井孝敏です」
「母の翠です」
「初めまして、上郷達也と申します。この度、陽子さんとお付き合いさせて戴いています」
それだけをやっと言った。何しろ無言の重圧が凄い!
殆んどは彼女の祖先の霊が出すプレッシャーだ。
「それにしても桜井さんと言えば戦前は外地では手広く海運業をなさっていたとか……」
「ほう、それをご存知とは、大したものです」
「確かに、私どもの家は戦前は樺太を初め、中国東北部、昔の満州ですな、その地域で海運業を生業としていました。でも敗戦で全てを失う処を財産を減らしながらも隠して生き延び、今に至ったのです」
やはり、先ほどの霊が俺に言った事と同じだ。
「今は投資でなんとか食い繋いでいます。一応は投資会社の取締役と言う肩書きはありますがね」
桜井氏はおもむろに座り直して
「さて、ここから大事な話に移りましょうか」
そう言ってにこやかに笑った。
「上郷さん、貴方には普通の方には無い特別な能力がありますね。」
「どうして、それが判るのですか?」
「判りますよ。我々櫻井の家の者、特に我々の一家を継ぐ者は皆何らかの能力があるのです」
意外な話だった。俺は思わず桜井氏の話に聞き入った。
それによると、櫻井一族は昔から特別な能力を持った者が多く、古代からそれを生きる糧に変えて生きてきたのだと言う。
元々は鳥取の大地主で、江戸時代等は藩主の数倍もの資産を持っていたと言う。
しかし、その櫻井本家は江戸時代の末期から明治の初めに当主になった者が贅沢を極めたので、没落いたのだという。
何でも当時欧州から船でビールを取り寄せていて、それを浴びる様に飲んでいたとか、全てがその調子だったそうだ。
まあ、そりゃ没落するわな……
「私も、妻もそれから陽子もそれぞれ違う能力があります」
「ですから、貴方の能力も我々にとっては魅力なのです」
「そう……ですか……じゃあ、この俺の能力だけが目的で陽子さんは俺に近づいたのっですか?」
「それはそうじゃありません。陽子は貴方に何故か惹かれていたそうです。仲良くなったら偶然そうだった。と言う事です。」
「これは、きっと陽子の本能が貴方を求めたのでしょうな」
「まあ、それぞれの能力は詳しくは追々判って来るでしょうが、私は貴方に我が一族に加わって欲しいと思っているのです。」
「勿論、貴方は上郷家の跡取りですから婿にとは申しませんが、その能力を我々に貸して欲しいのです」
「すぐに結論を出せとは言いませんが、陽子と付き合って行く中で考えて欲しいのです」
「まあ、我々としては陽子と将来は一緒になって欲しいですがね……」
俺は宙に浮かんでるひいばあちゃんに尋ねて見ると
「お前さんとって損はないと思うぞ。上郷の家は継いでも仕事として桜井の仕事をすれば良いし、今の部署なら別に問題無いじゃろう」
「じゃあ、このまま陽子と付き合って、桜井の家の仕事に関わって行くのが良いのか……」
「ま、無理にとは言わん。お前さんの人生だしな。だがこれ以上の良い条件の人生は無いぞ、それはワシが保証する」
「そんなもん保証するなよ……判ったよ選択なんか無いじゃんか」
「お前、贅沢じゃぞ。この陽子ちゃんの何処が気に喰わないんじゃ」
「いや、陽子はいいけどさ……」
俺は1つだけ桜井氏に聞いてみた。
「簡単に教えて欲しいのですが、皆さんはその能力を桜井家の存続、つまりいわゆる金儲けの為に使っているのですか?」
それを聞いて桜井氏は笑って
「ははは、それはありえないですね。そもそも、貴方も薄々お判りだと思いますが、こういう能力を自己の金儲けに使うと、このの能力は消滅します。つまり金儲けには使えません」
俺はそれを聞いて、なんとなくだが、こういう能力はそうなのだと感じていた。
つまり、自分に都合の良い様には使えないと言う事なのだ。
「それはですね。その能力を使った事により歴史が変わってしまう可能性があるからです」
「ちなみに陽子の能力は、その事に関わる能力です。面白いでしょう」
「私はテレポーテーション。瞬間移動ですね」
「私はテレパシーよ。読心術とも言うかしら」
それまで黙っていたお母さんが口を開いた。
「陽子の能力は一口では言えないのです。それは陽子にこれから聞いて下さい」
「今日は、貴方の歓迎会を行いますから、ゆっくりとして行って下さい。明日はお休みでしょう? なんならお泊りしてくださっても構いませんよ」
そう、桜井氏は言って、陽子に俺をくつろげる様にしなさいと指示を出し、
「それでは後ほど……そう言って奥に消えて行った。
残った俺は陽子に
「これから、どうしたら良いんだ?」
そう聞くしか無かった。
「それじゃ、私の部屋に来ませんか?」
「君の部屋?いいのかい、いきなりで……」
「構いません。もう私は親公認ですから……ああ今度は達也さんの御両親にも会わせて下さいね。楽しみにしています」
俺は兎に角、各人違うとは言え、不思議な能力が何故身に付いたのか、その謎が知りたかった。
それに、彼女の能力とは何なのか?
口では簡単に言えない能力って何だろうか?
それに、今夜泊まる? そりゃこの家は沢山部屋があるだろうから問題無いのだろう。
謎と言うか、俺の知りたい事は益々深まって行くのだった……