可哀想な狐憑き 2
目的の場所に行くまでに、俺は社長と陽子に「狐憑き」のことについて簡単に話していた。
「つまりですね。成仏出来ない霊や、動物霊等が身体に憑依した状態、という事なんですが、
長い間、憑かれていると、元の霊が壊れてしまったりする場合があるので、早く解消しないと行けません」
二人は熱心に聞いている。
「まず、私が憑いている霊を剥がすので、陽子はその後のお孫さんをケアして欲しい」
俺がそう言うと、陽子は頷いて、俺達は細かい事を打合せた。
やがて車は、大きな屋敷に入って行った。
社長は「ここは戦前はある伯爵の別荘だった所でそこを会長のお父様が買い受けたのだ」
「太宰で言えば斜陽族ですか」
「まあ、実際お金には不自由していたそうだ。背に腹は変えられない、という事だったのだろう」
戦後の斜陽族の事は歴史として知っているに過ぎないが、当時、適正な価格で取引されたのなら、俺たちが何か言うべきではない。そう俺は思う。
車止めに車が横着けされ、俺たちは出迎えた案内の人に連れられて、応接間と思わしき部屋に案内された。
その部屋は戦前の重厚さを残した作りで、誰だか分からない絵画が飾ってあり、壁紙も何か手の込んだ模様の壁紙で覆いつくされていた。
その奥に、会長は大きめの椅子にもたれて座っていた。
「私が会長の高橋一郎です」
静かにだがしっかりと自己紹介をした。
社長が俺と陽子を紹介する。
二人揃って「よろしくお願いします」と挨拶をする。
「早速だが、実はひと月前頃から、孫娘の言動がおかしくなってきてな」
会長は思い出したくも無いと言う感じで話し始めた。
「そして、段々変な事を言う様になってきたんじゃ、今じゃ完全に……」
俺は、社長から訊いていたので
「事情は分かりました。実際に会わせて頂けますか?」
そう言って案内して貰った。
そこは、屋敷の北側の陽の差さない部屋で昼間というのに灯りが無いと人の顔もはっきりとは確認出来ない部屋だった。
その部屋は次の間が付いていて、一旦その次の間に入って、その部屋を鍵を掛けてから、目的の部屋に入るというシステムとなっていた。
その儀式を終えて俺と陽子。それに会長と社長は静かに部屋に入って行った。
中に入ると、8畳程の部屋の中央に彼女は椅子に座っていた。
部屋に入った俺たちを見ると、ギロリとひと睨みして、そのまま黙っていた。
俺は霊的にこの狐は地縛霊なんかではなく、普通の霊だと断言出来た。
「すいません、恐れいりますが、我々二人にして頂けませんでしょうか?」
俺の頼みに、二人とも納得してくれて
「じゃあ、頼んだよ」
そういい残して部屋から出て行った。
出て行ったのを確認すると、俺は彼女に入り込んでる霊に語りかけた
「なあ、あんた、なんでそんなかわいい子に入り込んだのだ?」
俺の問いかけに、霊は大層驚いた様だった。
「あんた、霊納者か?俺はあんたの様な者が来るのを待っていたんだ」
霊は、俺達に脅かしでも、威嚇も無く、哀願するように返事をしたのだった。
「話は聞くから、とりあえず彼女の身体から出てくれるかな」
俺は低姿勢で頼んだが、中々うんと言わない。
「ウッカリ出たら俺に何かするんじゃ無いのか?」等と言ってるのだ。
「出て貰わないと手荒な真似をする事になる。最悪には霊魂が破壊される事も覚悟して貰おうかな」
俺はそう言うと俺自身の霊の形を変えて腕の様な形状にして、彼女の身体に入り混んでる霊の一部分を掴んだ。
その様な事をされてのは初めてだったみたいで、大層驚いて
「わ、判った従うよ。待ってくれ」
そう言うとややあって、霊が彼女の身体から出て来た。
俺は陽子に頼み、彼女の身体を保護して貰い、その体を傍のベッドに横たえた。
「陽子、間もなく目を覚ますと思うから、混乱しないようにさせてくれ。場合によっては俺が彼女のこの間の記憶を守護霊に言って一時的に停止して貰うから」
それを聞いて陽子は、流石に飲み込みが早い、直ぐに納得して
「判りました。こちらは任せてください」
「頼んだ」
俺は短くそれだけを言うと出て来た霊魂と向き合った。
まずどうして、彼女の身体に入りこんだのか聞いてみた。
その霊は、最初は正直、怯えていたのだが、俺が手荒な事はしないと約束すると、やっと落ち着いて自分の境遇を話始めた。
それによると……
天蓋孤独の身の上で、仕事だけが生き甲斐で生きて来て、それなりに財産も貯まり、家も持て、
家族がいないと言う寂しさを除けば、まあまあそれなりの暮しだったそうだ。
だが、ある時病気に掛かり、医者に見て貰った処、「直ぐ入院」と言われ、仕方なく入院したのだが、一向に良くならないので、医者に問い詰めると
「末期ガンでもう手遅れ」だと宣告され、余命は半年だと言われる。
強制的に退院して自宅で暮していたが、段々衰弱して亡くなる。
警察や市役所が処理をしてくれたのは良いが、一つだけ心残りがあるという。
どうしてもそれを伝えたくて、人間に語りかけたが、ウンでも無ければスンでも無い。
霊の声なんか誰も聞ける訳が無いと気が付き、それなら、一時的に人の身体を借りて、話せば良いだろうと、誰か適当な人間を探していたのだと言う……
「でもね、旦那、普通の人間って、簡単に霊が入り込めないんですよ。ちゃんと身体と霊魂がきちっとハマっていてね。駄目なんすよ」
「それで、霊感の強いこの娘を見つけたのか?」
「まあ、そうなんですがね。この娘ね、なんかふらふらしていたんですよ」
「ふらふらしていた?」
「そうなんす。なんか今にも自殺しようとしていた感じでねえ……だから簡単に入れ込めたんですがね」
「それで?」
「それで、ああ、実は伝えたかった事なんすがね、聞いて貰えます?」
「ああ、それが言いたかったんだろう?」
「へへ、そうなんですよ」
「言ってみな」
それによると、こいつは親しい友人がいたのだが、女の子を残して母親が死亡してしまい、友人が男手一つで育て揚げたのだが、大学入試前にやはり病気で死亡してしまったそうだ。
それまで蓄えた預金は治療費となり、その子が大学へ行く金が無くなってしまったのだったそうだ。
頼れる親戚もなく、奨学金を貰って進学しようにも生活にも困る状態だったので進学を諦めて働こうと思っていたのだと言う。
この霊の男は、どうせ残しても仕方が無い財産と思い、自分が援助する事にしたのだそうだ。
彼女は大変感謝し、必ず返すと言ったのだが、自分は、返さなくても良いから、自分が亡くなったら線香の1本もあげて欲しいと言ったのだそうだ。
「あの子はねえ、ちゃんと約束してくれました。あたしがねえ、こんな状態になって、無縁仏
に一緒に葬られるのは仕方ないが、せめて亡くなった事だけは知らせたかったんですよ」
霊が泣くと言うのは変だが、この時この霊はまさしく泣いていたのだ。
「だから、あたしがこの娘の口を借りて言ったのですが、皆気味悪がって聞いてくれないんですよ。だから段々手荒になって、暴れてしまったんですよ」
「事情は判ったが、入り込んだお孫さんの霊はなんて言っていたんだ?」
「へえ、最初は同情してくれましてね、上手く行っていたのですが、段々意志の疎通が出来なくなりましてね……」
「あたり前だ、そんな状態が長く続くとその元の霊の人格が破壊されてしまうのだ!」
「ああ、そうだったのですか、それは悪い事をしました。大丈夫ですかねえ」
そう言ってベッドで寝ている孫娘さんを見ている。
この霊とその娘の間に霊気の壁を作ってあるので、傍には行けないのだ。
俺がこの孫娘さんの霊に呼びかけると、酷く怯えていたが、何回も言い聞かせると、やっと何とか答えてくれた見たいだ。
そして安定した状態になった様だ。
俺は陽子にそのまま寝かせておいてくれる様に頼んで、この霊の事にとりかかる。
「今でも、その彼女の名前や住所は覚えているのか?」
俺がそう訊くと、霊は嬉しそうに
「当たり前ですよ、忘れる訳がありません」
俺は手帳を出して、霊からそれを聞き出し、必ず伝えると約束をした。
霊の奴は喜んでそのまま成仏していった。
やれやれ、これで落着だ。
暫くすると孫娘さんが目を覚ました。
俺は憑依されていた時の記憶を訪ねたが
「何だか、記憶はあったのでしょうが、何だか夢の記憶みたいに、ぼんやりとしか……それも、もう段々忘れて行く感じです」
なら、もう大丈夫だろう。
俺と陽子、それに孫娘さんの3人は隣の部屋で待っている会長と社長の所に戻って来た。
すっかり元に戻った孫娘さんを見て、二人の喜ぶ事……
まあ、自分のやった事で人が喜ぶのは嬉しいものだ。
帰りの車で、社長は「君の能力を活かす様なポジションを考えよう」
そう言ってくれたが、俺は「ボランティアで無いとこの能力が消滅する旨を伝えると」
「それは、判っているよ。私利私欲に使うべきものでは無いからな。ちゃんとそこも考えるよ。
なら良いだろう。桜井くんと一緒なら文句あるまい」
そう言われては文句の付け様が無かった……
その後、あの霊の言った住所を尋ねてみると、そこには違う苗字の表札が掛かっていた。
「なんだ、ガセだったのか。あれ全部ウソかよ」
そう愚痴をついていたら、中から女性が出て来た。
どうも、霊が伝えて来た娘さんとイメージが似ているので、その霊の名前を出して訊いてみると、果たして彼女だった。
話は真実だったのだ。
但し、それは今から10年も前の話で、急に連絡が取れなくなって心配したのだが、あの霊は
「決して自分に連絡しないでくれ」と言うのが援助の条件だったので、したくても約束を守ったのだそうだ。
大学は予めかなりの金額の高座の判子と通帳を貰っていたので、無事に卒業出来たのだそうだ。
卒業の連絡は流石にしたのだが、その頃はもう無縁仏として葬られてしまった後だったのだ。
「ずっと気にしていたのです。今度、その無縁様に行ってみます」
その言葉を聞いて俺達はそこを後にした。
帰り道、陽子が俺に不思議そうに訊いて来る。
「あの、何故、時間が10年も経ってしまったのですか」
「ああ、亡くなるとね、時間の観念が希薄になるのさ。時間にあくせくしてるのは、俺達生きてる人間だけなのさ……
それを聞くと陽子は可笑しそうに笑うのだった……




