異世界探訪 2
「達也さん、どうかなされましたか?」
怪訝な顔をした陽子が人の顔を覗き込む様に、俺の顔を見ている。
俺は、そうか、陽子は事態がきっと飲み込めていないのだと理解をし、今この世界の霊から話掛けられたという事を説明した。
そして、俺はこの話しかけて来た霊が守護霊等では無い事を瞬時に悟った。
それは、判りやすく言うと、守護霊の本体はあの世にあり、この世にあるのは、端末みたいなものだからだ。
だから本体がこの世に居る事は殆ど無いのだ。今回のひいばあちゃんや陽子の守護霊みたいに、異世界が見たいからと、
ワザワザこの世に降りて来る霊等ほとんどいないのだ。
だが、この霊は本体そのものだった……つまり成仏していない霊なのだ。
俺はそれを判ったうえで、彼女に尋ねたのだ。
「頼みとは、いったい……」
俺は宙に浮いてる彼女に聞き返した。
「ちゃんと聞く前に、場所を移しましょう。この道端じゃ具合が悪い」
俺達は近くの日比谷公園と思しき公園のベンチに座った。
そして、女性だから、若しかしたら陽子も話に加わった方が良いと考えて、俺は右手側に座っている陽子の左手を俺の右手で掴んだ。
訳がわからずキョトンとしている陽子に向かって、霊力を送り始めた。
最初は面食らっていたが、やがて直ぐ理解したらしく、自身も目を瞑る。
「いいか陽子、もうすぐ、色々な霊を感じ始める事が出来ると思う。感じ始めたら俺に言ってくれ」
そう頼んで更に霊力を送ると陽子は
「ああ、何だか目を閉じているのに何か感じます。段々ハッキリとしてきます……なんか人の様です。人がハッキリとしてきました。」
何とか陽子にも見え始めた様だ。
「判ります!達也さん、私、霊を感じる事ができます! 凄いです!」
興奮している陽子を俺はなだめながら
「今から俺とこの霊と話すから聞いていてくれ」
そう頼み込み、話を続ける。
「それで、頼みってなんだったのですか?」
その霊は俺が色々とやって、機先を削がれたと思ったのだが、それでも話始めた。
「実はわたしの彼氏を探して欲しいのです」
「彼氏? どういう事ですか?」
あまりの以外な頼みに俺は面くらった。なんせ俺は探偵じゃあ無いのだ。
単なる霊能者なんだから……
「あの、落ち着いて話して欲しいのだけど、彼氏って言うのはやはり魂の状態なのかな?」
俺は基本的な事から聴き始めた。
陽子が何か言いたそうだ。
「陽子、話さなくても心にきちんと思うだけで通じるから……そう語りかける……心でね」
すると、それを受けて陽子は
「あのう、横から話に入って申し訳無いのですが、貴方は何故亡くなったのですか、そこから説明して戴きたいのですが?」
なるほど、さすが陽子は頭が良い、基本的な流れを理解している。
訊かれて霊魂の彼女は
「すいません。わたしは生前は村上香織と言う名前でした。実は今年のお正月に、上越にスキーに行きまして、その帰りにスキーバスが事故に合いまして、大勢の方が亡くなったのです。
その時にわたしと彼も死んだのですが、身体から魂が抜けてみると、先程までわたしの隣で死んでいた彼の身体も魂も居ないのです」
俺はその香織と言った娘の言っていた事を反すうしていた。
「その彼氏は確かに死んでいたのかい?」
そう訊かれて、香織という娘は
「それは間違いありません。というのは、わたしは即死では無く事故直後は未だ意識があったのです。それでその時隣には彼が横たわっていて、わたしが口元に手をかざしたら、もう息をしていませんでした」
「それで」俺はここは事務的に訊いていく。
「その後直ぐ私も意識を無くして、気がついて見たら、魂が抜けていて死んでいたのです」
「その時はもう彼氏は居なかった?」
「はい、姿形も無かったのです。
じっと聞いていた陽子は
「達也さんいいですか?」
「ああ、いいよ、言いたい事を言ってみな」
そう俺が言うと陽子は
「じゃあ、本当に亡くなっていたかどうかは確認してないのですね」
「でも、確かに息をしてませんでした」
「でも。それは仮死という事もあるわね」
それを聞いて香織という娘は
「もし、生き返っていたら私の事を放って置かないと思うのです」
確かにそうだ、俺だって同じ状況だったら、陽子の事を第一に考える。
う〜ん、これは確かに考えないとならないな。
俺は、訊いた事を整理してみた。
1.バスで交通事故にあって、車体から放り出された。
2.少なくとも事故直後は香織さんは息があった。
3.その時、横に居た彼氏は息をしてなかった。
4.その後香織さんが亡くなって、魂が抜けて見ると、彼氏の身体が消えていた。
ふむ。なんだ簡単じゃ無いか
「その、魂が抜ける間に、彼氏の遺体が片付けられたんだよ」
すると、香織という娘はかぶりを振って
「それは無いです。未だ何処も、誰も駆けつける前ですから」
「そうか……じゃあ、彼氏は息を吹き返したが、息が止まっていた影響で、脳をやられて、
記憶がおかしくなり、ふらふらと何処かへ歩いて行った」
「わたし霊の状態になってから、辺りは随分探しました。でもいませんでした」
そうか……意外と難題だな……
俺がそう思っていると、ひいばあちゃんから連絡が入る。
本当はちょっと違うのだが、言い方が他に無いのだ。
ばあちゃんは、俺を通じて様子を傍受してたらしく、事情を判っていた。
「これは現場に行ってみないと解らないが、香織という娘に現場の様子をちゃんと訊いた方が良いぞい」
「そうか、判ったよ」
俺はひいばあちゃんのアドバイスに従って、現場の様子を訊いてみた。
「あのさ、事故当時のことをしっかりと覚えているかい?」
「はい、多分大丈夫かと……あくまでも自分で見た範囲ですけど……」
「うん、それでいいけど、まず、バスから放り出されたのはどのくらいの人数が居たの?」
「良く、判りません。わたしと彼は確かです」
この時俺はある考えが閃いた。要するに彼女は狭い範囲の情報しか持っていないのじゃ無いかと言う事だ。
それはそうだと思う。神じゃ無いのだから全ての事情を分かってるという事は無いのだと……
俺は婆ちゃんにその現場を見て来てくれる様に頼んだ。
彼女から現場を聞くと
「関越高速で、群馬から埼玉に入ったあたりです」
やはりそうだ、昨年俺達の世界であった事故がこの世界ではもっと以前に起きていたのだ。
「ばあちゃん、こちらから行って左側だけ見てきてね」
俺はそう頼み込んだ。
陽子が「どういう事ですか?」
と訊いて来たので、「ほら、この世界は反対だからさ」と言うと
「ああ、なるほど」と一応は納得したみたいだ。
暫くしてばあちゃんが帰って来て、俺に情報をくれる。
現場からでも情報を送れたのだが、確実を求めたのだそうだ。
「うん、お前さんの考えに間違いは無い様じゃな」
俺は、有難い様な有難く無い様な感覚だった」
困惑している香織という娘に俺はきちんと説明し始めた……
「まず、彼氏は今でも生きていると思う。これは後から調べれば判ると思う」
「当日は激しい雨が埼玉では降っていた。その為高速ではスリップ事故が当日は多かったそうだ」
俺は自分の世界で起きた事故と状況が同じだと確認をした上で推論を展開する。
「おまけに、運転手は過重労働でろくに休憩を取っていなかった為現場で運転を誤り、ガードレールにぶつかり、壁にぶつかり勢い余り壁を乗り越えて高速の外に転落した」
「その勢いで二人は外に出されてしまう。奇跡的に外に出されたのは二人だけだった」
「まあ、その他の人はバスごと潰されたりしているのだがね……」
ここで、陽子が「達也さん、どうしてそんな状況迄判るのですか?」
と尋ねてくるので、俺は
「それは、俺がこの世界の霊とネットワークを築いて必要な情報を収集したからさ」
そう言い切ってしまう。
当然、良く解らないという感じで口を半開きにしている陽子を尻目に推理と説明を続ける。
「さっき、俺の連れの霊に現場を確認して貰ったのだが、現場は崖になっていて、バスは高速の盛土の土手の下に転落をした」
「そして、二人はその外に出されてしまう……」
「この時、最初は二人並んでいたのだ。君が彼氏の呼吸を確認したのもこの時だ。だが、
この後、君は息を引き取る」
「そして、ここが大事なのだが、霊魂が魂を抜け出るまでには、病気等で死期が近づいて、
出やすくなっている状態でも30分〜15分は掛かるんだ」
「今回の様に、急な事故の場合は身体も魂も慣れていないので、自分が死んだという状況を理解するタイムラグが生じるんだ」
「君の場合も当然これが起きて、時間が掛かってしまった。その間に彼氏は息を漉き返す」
「この時点で、彼氏の意識は戻っていない、君も未だ体内に魂が入ったまま心臓が止まっている状態で、運が悪い事に体重の軽い君はバスより遠くに飛ばされている。言い換えれば崖に近いという事さ。判るかな?」
ここまで一気に話してしまったが、何とか理解してくれた様だ。
「雨は依然と激しく降っている。地盤も弱くなっている……」
「じゃあ、香織さんは崖の下に……そんな!」
気が付いた陽子が悲鳴に近い声で叫ぶ。
「崖の下に落ちた君はやがて魂が抜けてみると周りには誰もいない。しかも運の悪い事に、
最初の救急車が来ていて、君の彼氏を乗せて行ってしまった後だった」
「その後、更に崖くずれが起きて、君の遺体は埋まってしまったという訳さ」
「確かめてごらん、君は行方不明になってるハズだから。そして彼氏は今でも君を探しているそうだよ」
そこまで訊いて、香織という娘は、信じられないと言った感じで
「でも、わたし、彼の家迄行きましたけど、いませんでした……」
「それは実家には居ないだろうさ、彼は君を探す為に現場近くに部屋を借りて、そこで暮しているんだから……今でもね」
霊魂が泣くというのは知らないが、恐らくそんな感じなのだろう。
その後、俺は陽子に一旦元の世界に戻して貰い、再度この世界のその彼氏の部屋近くに連れて来て貰った。
それは、陽子はその世界に行ってしまうと、普通の人間で、テレポート等は出来ないからだ。
香織という娘の霊はひいばあちゃん達に連れて来て貰った。
俺は、その部屋の呼び鈴を押して暫く待っていると、ドアが開き色白の好青年が顔を覗かせた。
「はい、何か御用でしょうか?」
そう力なく言う彼氏に俺は
「始めまして。あの、あなたは村上香織という娘をご存知ですか?」
そういきなり訊いてみたのだが、彼氏は
「香織をご存知なのですか? 彼女は無事だったのですか?」
俺の胸元を掴みながら興奮状態で俺に食って掛かる。
「ちょっと待って下さい。香織さんは残念ながら、バスの事故で亡くなっています」
俺は、そこで、さっきの事故のあらましを説明して、納得して貰った。
ここまでは前座だ。誰でも出来る。この後が俺しか出来ない事なのだと気合が入る。
「騙されたと思って俺の手を掴んで下さい」
そう云われて、怪訝な顔をしていたが
「お願いします。悪い様にはしませんから」
俺のその一言で狐に摘まれた様な顔をしながらも俺の手を掴んでくれた。
俺はその手を通じて彼氏に霊力を送る。
反対の手は陽子が掴んでいる。
「目を瞑って下さい。少しすると貴方が逢いたい方を感じる事が出来ます」
俺は更に霊力を送り込むと、彼氏の顔が輝きはじめる。
「香織? 香織なのか?」
俺から見ると彼氏の目の前に香織さんが居るのだ。
「はい、あなた、わたしは此処にいます」
「うん、感じるよ。ちゃんと声も聞こえる……」
二人共目には涙が溢れている。
彼氏は瞑った目からも涙が溢れ出る様にその頬を濡らしている。
香織ちゃんも同じで泣いている。
そして二人はしっかりと抱き合っているのだ。
「あれ、ちゃんと実感出来ているのですかね?」
なんて陽子が感心しているが、そんなのは二人には、大した問題じゃ無いのだろう。
二人は既に心で通じて話が出来るらしい。
どうやら、彼氏には霊能者としての素質があったみたいだ。
それに、信じれば誰でも見える様になるのさ。
俺はその能力を発揮する手伝いをしたみたいだ。
俺達はその場を去る事にした。
どうやら、彼女は一旦成仏して、彼氏の守護霊として再び降りてくる覚悟を決めたそうだ。
彼氏は霊能者として、その腕を磨いて欲しいものだ。
その様子を見て陽子が
「近々、この世界の組織があの人に接触するでしょう。ちゃんとボランティアするでしょうね」
俺は二人に散々礼を云われて、恥ずかしかったが何とかなって良かったと思っている。
「じゃあ、今回はもう帰りましょうか?」
そう陽子が言うので帰る事にする。
初回から、ハードな案件だった。
それにしても、俺の能力の向上ぶりは我ながら凄いと思う。
陽子もひいばあちゃん達もそれには驚いていた。
異世界に来ても、結局は人と人との繋がりが大事だと教えられた次第だ。
色々な情報が手に取る様に判ったのも、この異世界の霊達が俺に協力してくれたお陰だからなのだ。
俺はこの世界を去る前に、良くお礼を言うのだった……
その後、彼氏の努力で埋まっていた行方不明の遺体が見つかり、懇ろに弔ったそうだ。
何しろ、これで香織ちゃんも、成仏して、この世に戻り二人で幸せに暮らすだろう……
すると、陽子が横から
「そう言うのも一緒に暮らす、というのですか?」
そう訊いてくる。
なんだよ、イイ話で締めようと思ったのに……
「個人的な見解だ。俺達に当てはめてみな?」
そこまで言って、やっと納得したみたいだ。
さて、次はどうなるか、お楽しみだ……




