はい、5枚
「はい、5枚。」
俺は受け取るな否や、その細い溝に夢中になった。
さら…さらさら…
丁寧に丁寧に。何度も何度もさすってやると、それはゆっくりその輪郭を浮だたせ、俺はより一層注意深く手を動かした。んー、このカーブがまたいいんだ。
懇切丁寧に形を整えると、俺はカウンターにいる男に声をかける。
「おっちゃん。」
「はい、5枚。」
また増えた。
さっきから、もう1時間は同じことを繰り返している。こういう単純作業は楽しい。余計なことはなにも考えなくて済むから。俺はまた溝をこすり始めると、ふぅっと息を吹きかけた。たまっていた粉がさっと取れて、進むべき道を誤らないようにはっきりした筋が現れる。どうも先ほどのとはまた違う、ちょっとややこしい形だ。
これは後回しにした方がいいだろうか?
否、プロならば逃げてはならん!
俺は目に力を入れて、手先に神経を集中した。ちょっとのブレでも命取りになる。よく見ろ…右、左、右…。
さら…さらさら……ふぅっ
息を吹きかけると、再び粉がぱっと舞い散って、先ほどよりも力強い一本の線が現れる。ここまでくれば後は2~3回軽くなぞるだけだ。
「おっちゃん。」
「はい。5枚。」
1枚完成するたびに5枚もらえるので、俺の手元にはもう50枚近くあった。
これだけあればたとえ失敗したとしても、しばらく楽しめるだろう。次のやつは、細い部分が多い。こういう時は、手を付ける最初の位置で勝負が決まる。俺は慎重に針を下していった。
「にぃちゃん!何してんのっ?」
パキ
「うああああああああっ!!!」
なんということだ!!急に話しかけられたから、手元が狂ってしまったじゃないか!
俺は唖然として、完成できなかった型を見ていた。一直線に横に入ったヒビ。
そんな様子を見て妹は、大げさねぇと肩をすくめる。いやいや、お前のせいだよね。どうしてくれんの。
「あのさぁ、いい年して『型ぬき』なんかにハマってないでさ、もっと出店みたりすれば。さっきからずーっとそこにいるじゃん。ほんと恥ずかしいんだけど。」
妹はいうだけ言うと、少し離れて待っている友達の元へ走って行った。
なんだよ、自分の外聞が悪くなりそうだから文句言いに来ただけかよ。
えーえー、どうせ友達いませんよ。一人で祭りを楽しんで何が悪いんだよ。
俺は今までためた型を、一気に口の中に放り込んで立ち上がった。うっすら甘い味が広がった。
お読みいただきありがとうございます。
型抜きは、一人でも遊べるし止める時は食べられる。
ほんのり甘いでんぷん味。
最近はどうなのだろう?わざわざ食べないかな?