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【今宵の果てに─3】

懐かしい。


まだちっちゃかった頃…。


あんなこともあったっけ。







初めてここに引っ越した時は…まだ幼稚園に行ってた頃。


あの時は幼かったから、いきなり変な所に連れてかれたって思っちゃって、わんわん泣いた。


今思い出すと…お母さんとお父さんに迷惑をかけちゃってたんだ。過去に戻って

「ごめんなさい」って謝りたいな。



休日になると近くの公園に連れてってもらってた。


結構広くて、サッカーとかキャッチボールとか出来そうな公園。


…すべり台でしか遊んでなかったかな。恥ずかしいや。


何回も何回もすべり台ですべってた。



何回目かすべる時に、視線が一つのものに固定された。


すべり終わった後も、ずっと立ちっぱなしで見ていた。



一人の男の子のボール捌きに見惚れていたのだ。



「よっ……と…」


ポン──ポン──と。


ボールを足でお手玉してるような、その姿はカッコよかった。


ドキドキして、ワクワクして、見てて飽きなかった。


「…それっ……」


何分くらい見ていたんだろう。確実に十分は経ってたかも。



「………ふう………」


男の子は足の動きを止めて、ボールを腕で抱える。




この時、叫んでなかったら一生会えなかったと思う。




「あっ…あの…すごかったよ!」


「んー……?」



いつの間にか男の子に向かって、今までのボール捌きの感想を述べていた。


それほど心が躍っていたのかな。


「そのサッカーボールで…いろいろやって…ほんとーにすごかった!」


「え、ああ………ありがとう」


正面から改めて見てみると…あっちの方がちょっと背丈が大きかったけど、同年代っぽかった。


「おまえ…名前は…?」


「わたし、かずは!みやはらかずは!最近ひっこしてきたばかりなの! あなたは?」


「おれは…さいのきりと。ずっと前からここに住んでたんだ。 みやはら…かずはか。よろしくな」


「うんっ!」



こうして私達は出会った。



それからずっと公園に通い続けて、キリトと遊んでた。



「あ…さいのくんっ!」


「よう、また来たのか」


「うん、さいのくんに会えるかなーって」


「…どうでもいいけどよ、その…さいのくんじゃなくて、きりとでいいぞ」


「わかった!キリトっ!」



後になって知ったことだけど、私とキリトはお向かいさんで、同じ幼稚園に通ってた。



時々からかわれて泣いたり怒ったりしたけれど…楽しかった。




時が経つにつれ私達は大きくなり、小学生(と言ってもまだ低学年だけど)になった。


一緒に勉強とかもした。


「うう〜…わかんねえ…」


「マジメに先生の話を聞いてなかったからだよ……」


「う、うるせえ!大体なんでおまえの方が成績良くておれの方が悪いんだ!」


「キリトはやれば出来るし…頭も良い方だと思うけどなあ…」


あの公園でも遊んだ。


「はあ…ふう……まってよー…」


「鬼ごっこで逃げてるときに『待って』と言われて待つヤツなんていないっつーの!」


「もう……つかれ……あっ!」


───ドシャッ


「って…大丈夫か?」


「ひぐ……びぇえええん!!」


「え……」



本当に


本当に────




全てが懐かしい。




思い出せば思い出すほど、思い出したくなる。



…そうだ。約束はあの時からだった……。



私とキリトはいつものように公園で遊んでた。


かくれんぼ…だったかな。私が鬼で…。


目を伏せて数を数えてた。



「いーち、にーい、さーん…」


遠くでガサガサッって音が聞こえた。


「よーん、ごーお、ろーく…」


数えてる途中で急に誰かが声をかけてきた。


「おい」


振り返って見てみると、よくありがちな『ガキ大将』っぽい体格の男の子がいた。


「な、なに…?」


「ここはおれだけの公園だぞ」



…そんなこと、聞いたことない。



実際にこの男の子が、ここの公園で遊んでるのを見たことがない。


だから、私は思ったことをありのままに言った。


「そんなの、聞いたことないよ。あなたが遊んでるところなんて見たことないし…」



そう、

「思ったことをありのままに言った」のだ。



しかし男の子は、やはり『ガキ大将』だった。



「今からおれだけの公園なんだよ!おまえなまいきだぞ!」


ドンッ


強い勢いで押されて、尻餅をついた。


そして一つの感情が生まれた。



───怖い───



でも、私は『子供』だった。


「…おかしいよ。この公園はあなただけの公園じゃないんだよ?」


怖いから逃げたかったのかもしれない。


だけど『子供』なんだ。おかしいと思ったことは他人が認めるまで、何がなんでも突き通す……。



宮原一葉はそんな『子供』だったんだ…。


「なんだとっ……!」



瞬間、何をされたのかよくわからなかった。



ただ、頬にヒリヒリした痛みがあるだけだった。



たぶん……その時、私は男の子に平手打ちをされたのだ。



どうしても喋ることが出来なかった。


恐怖みたいな感情があるから出来なかった……とか、そういうことじゃなかった。


平手打ちをされて脳に衝撃が走ったせいか、思考回路が止まっていただけ。


さすがにこんなことが起きるなんて…予想してたかもしれないけど、予想してなかった。



頬に手を添え、黙ってることしか出来なかった。



「このっ────」


───二回目の平手打ちがくる。



そう確信した時


「うわっ!!」


目前の男の子は視界の横に消えた…違う、よく見ると『消された』。




" 男の子はキリトに横から体当たりされて視界から消された "のだ。




「おまえ、かずはに何をした?」


「くっ…な、なん…」


「何をしたんだよっ!!」




私は二人の争いを見てるだけだった。



転がって、殴りあって、もみくちゃになって、泥だらけになって……。


それでも私は見てるだけだった。






気がついたら、キリトは倒れていた。


男の子は既にいなくて…。



周りには誰もいなかった。


公園内は静寂が支配していた。



「かずは…」


キリトの掠れた声で、私は状況を取り戻した。


「キリトっ!」


「だいじょうぶか……?」


「だいじょうぶ…だいじょうぶだよ………だからっ……」



私は、泣いてた。


色々な感情が混ざり合って、涙が生まれたのだ。



「…泣くなよ…」


「……キリト………キリトっ……!」


ぼろぼろと涙をこぼしてた。


「なあ……」


咽び泣いていた。




「とりあえず…ちょっと聞いてくれよ…」


「…………」


「17さいになると…人はケッコン出来るんだってな…」


「……そう…なの……?」


「よくわかんねえけど……そうなんじゃないか…」


「…………」


「……おれ…17さいになったら…おまえとケッコンして……どんなヤツからも守ってやるよ………」


「…………」


「……だから……安心して………今は…泣くな……」


「…………」


「………約束するから…………泣くな…………」













俺は風呂場から出て、畳んで置いてある寝間着に着替えた。


大体寝間着はいつも風呂場に用意されてあるんだ。…無い時もあるけど。



(そういや……)



一葉はまだ怒ってるのだろうか?と考えてしまった。だが………


一葉のことだ、どうせケロッと忘れていつもの明るいバカな一葉に戻るだろう。


そう考え直し、部屋へ向かおうとした時



「ただいま」



聞き慣れた素っ気ない声色の持ち主。


まあ……そういうことだ。



「…おかえり」


「ん…?この靴は宮原さんのところの…」


「ああ、今日は泊まり込みで勉強したいらしいんだ。そろそろ試験だからさ」


「そうか」


すたすたすたすた……



…こう……

「変なことはするなよ〜?」とか…なんか…それくらいの一言は無いんですか?


言われてもスルーするが…ちょっと寂しい気がする。


…そう、父親らしくない、ってのが合ってるだろう。


今更

「父親っぽく振る舞え」なんて言っても無駄だよな。



「錐斗」


「…へっ?」


ちょっと驚いた。いきなり声をかけてくるとは。


「今が大切な時期だ。人間関係も勉強も…上手くやるんだぞ」


「は…はぁ」


腑抜けた返事だな。我ながらそう思う。


…いや、当然のリアクションだろう?あまり自分から喋らない父親が、いきなり喋りかけてくるんだから。


驚くのは当然。腑抜けてしまうのも当然。しかも内容意味深な気が…。


(純粋に応援してくれてるのか……)


うん、軽く考えよう。




「さて…戻ろ…────っ!?」



ぐにゃり。



世界がねじ曲がった。


「うっ……」


もの凄い目眩がするのと同時に、嘔吐感に襲われる。


やばい、これは何かがやばい。俺の身体がそう告げている。



「錐斗?」


ああ父さん。なんか凄い目眩がするんだ。


……おかしいな、声を出そうとしても全然出ないよ。


「…錐斗!」


…あれ?一気にウェーブな世界が……



バタン!



いてっ!…ったく、誰だよ?俺を殴った奴は。



………おい。体が動かないぞ…。




……意識も…動かなく……




あーあーあーあー。


テステステス。


俺は賽野錐斗。高二の平凡男子。


ああ、俺という存在は消えていない。正常のはずだ。



…よくわからないのだが、一体俺はどうなっているのです?



麻酔薬でも打たれたかの様にぴくりとも動かない体。


神経を集中させても…いや元々神経を失っているのだから、機能しない五感。


この状態から察するに


───仮死体験してる?


やだよ、そんなの。例え仮死だろうと、死んでも死にたくない。



……死んでるのかな。


死体…って事は目がぱっちり開いたままなのかな。


うう、嫌な光景だ。



…や、俺死なないって。本当に。


死なない……よな?


……………


冗談じゃない!






状況を把握した時には、心臓が止まってしまうんじゃないかってくらい驚いた。


むしろ把握してなかったら心臓停止してた。



「おおおっ!?」



ズサッ!


高速で" 落ちてきた "黒光りした物を間一髪で横に避けた。


ごんっ


横から聴こえる重すぎる音は、恐怖心しか生まれない。…頭蓋骨にクリーンヒットしてたら……うん、考えるのはよそう。



顔を斜めに向けると見知った顔が一つ。


…俺をナニしようとした犯人。


「あっ………」


「なんだそのハンマー的な凶器は!勢いよく降り下ろして───俺を殺す気だったのか!!?」




よく見ると、そいつの瞳は潤んでいて、目元は濡れていて、そんでもって悲しんでるとしか言いようがない顔をしてて、今にも水分不足になるんじゃないかってくらいに涙を流した。



そして飛び込んできた。




「俺が風呂を出た直後にのぼせてしまったらしく倒れて父さんが部屋に持ってってくれてベッドで横になってるところをお前は泣きながら俺の頭を捉えてハンマーを降り下ろしたが避けられた。 俺は相当驚いた。 泣きそうだった。 さあここで一つ目の質問だ。なんであの時ハンマーで俺を」


「殺そうとなんて…思ってなかったよ…ただ、あの時は混乱してて…キリトが死んじゃうかなって…だから叩けば起きるかなって…それで流さんから借りて…」


「はいはいはいはい。俺が死にそうになるとお前はパニクって俺を早死にさせようとするのか。うむ、理解した」


「ちっ、ちがっ」


「二つ目の質問。父さんはどんな感じだった?」


「……普通…? いつも通り、ヒゲがカッコよかった」


「…三つ目。俺の瞼は閉じていたか?」


「ううん…? 閉じてた、けど…?」


「そうか。で、最後。 飛び込んできて俺の首を絞めたのは" 窒息させようとして "やったのか?」


「…あれは」


「お前の言いたいことはわかった。もう大丈夫」


「…う…うぅ……」



…そんなに長く入ってなかった…と思うんだけど…。 のぼせただって?そんなの…嘘だろう?


仮にのぼせて気絶したとしても、あの感覚は、あの感覚だけはどこかおかしい気がした。


懐かしいとでも言うべきか?……違うな、表現の仕方が違う。 正確に言えば、苦しかった…は、そのまますぎるか。



なんだろう?俺─────




「ね、ねえっ」


──邪魔された


「寝る所は…?」


とは言え、それは大事な事だ。放っておけない。


「ああ…」






やっぱり気になるんだ。



気がついたら、俺はこう言っていた。


「なあ、一葉」


「な、何?」


自分でも、なぜこんな事を言ったのか、わからなかった。



「俺、死ぬのか?」



一葉の身体が、誰がどう見ても判るくらいにビクッと反応していた。


本当に、何を言ってるんだろう、俺。


死なない、死なないよ。俺は自答する。


でも、いつかは死ぬんだ。人間なんだから。


────違う、問題はそこじゃない。


俺は…果たして死ぬのか?



一葉は何も喋らない。いや、いきなり

「俺は死ぬのか?」なんて言われたら誰だって喋れない。


それ以前に、拳を握りしめてわなわなと震わせていた。


なんだろう。恐怖からくる震えなのか。怒りからくる震えなのか。どっちにせよ俺のせいだ。謝らなくちゃ。


「あ……ごめん、ごめんな。撤回する。間違えた」


「……………」


泣くのを堪えているかのように、下唇を噛みしめていた。


「そうだ…俺…床で寝るからさ、お前は俺のベッドで寝てくれよ」


「……………」


沈黙。


「……いや…俺のベッドでなんか寝たくないか…。じゃあ……どうするか……」


「……………」


無言。


ただそれだけが、一葉の答えだった。

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