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【今宵の果てに】

一葉は見事に元に戻った。


いつもの明るさとバカさを取り戻してくれたのは嬉しい。


うむ、嬉しい。


いや、ある意味で言えば嬉しくない。



「あの…キリト?」


「…なんだ」


「恥ずかしいからあまり言いたくなかったんだけど…」


「ああ」


「…ちゃんと考えた上での発言だからね?」


「わかったからさっさと言え」


「………おかわり」



リビングの場でこの会話を何度繰り返したことか!


白米のご飯(ふりかけ付き)だけなのに五杯も食うか?普通。


今度はウチの炊飯器が腹を空かすぞ?



…飯を盛り付けた茶碗+鮭ふりかけを渋々と一葉に渡した。


「あれ?さっきまでのりたまだったのに…」


「………」


俺はまるで昔のからくりお茶汲み人形の様に戸棚から目当ての品を取り出し、のりたまふりかけを一葉に渡した。


「…あ…その…別に…鮭がイヤだって言ってるんじゃなくて………ゴメンね」


怒りを通り越して呆れる…ってよく聞くけど、呆れを通り越したら…?とか考えた。



「お前は本当に何をしようとここに来たんだ?ウソはつかないでくれよ、頼むから」


もくもくと食べながら考え込む一葉。


いや、考え込むって…考え込む事か?



一葉は微妙に俺の視線から目を背け、小声で言う。


「……べ、勉強……」


「躊躇ってた」の間違いだった様だ。



「俺はウソはつくなと言ったはずだ」


またこちらを向き、一喝。


「ちゃ、ちゃんとキリトに教えたよ!」


「ほう、何を教えてくれたんだ?」


「え……それは………」


あー…とかうー…とか唸っている。



ふ、自分の行いを思い出してからものを言うべきだったな。


ぐーすかぐーすか寝てた奴が反論出来る訳無いさ。と優越感に浸っていた時



「だ…大体っ、教えてもらおうなんてそんな考えが甘いの!『勉強会』なのに『キリトに勉強を教える会』みたいになってた様なモノじゃんかっ!」


ずばり言われた。


「ぐ……っ」


こ、コイツめ、こういう時に限って人の急所を……!


図星すぎて何も言えん…。



どうだ!と言わんばかりに胸を張る目の前のバカ。


バカなことやってないで、さっさと食っちまえよ……。


…って、既に茶碗の中身は空だし…。



一葉に負けたせいか、鬱になった。



「…ごちそうさまっ♪ ふう、もうお腹一杯…」


…パンパンに膨れて、ブクブクに太っちまえ…。


そう心の中で嘆いてたら、一葉に聞かなくてはいけないことを思い出した。


かと言って、喋りたくないほど鬱な状態なのだが……しょうがない、一応大事な話だからな。



時計をちらっと見てから、一葉に言った


「もう10時過ぎたけど、帰らなくてもいいのか?」


もちろん、

「帰らなくてもいい」なんて言われる訳が無いと思っているので、その後の対処は考えてない。



でも一葉の返事を聞いてから思うと、考えた方が良かったかもしれん…なんて思った。




「…帰りたくない」




俯き気味にそう答えた少女は、どこか悲しげで…何よりも俺の心を飛び跳ねさせた。


「…え…なっ、なんで」


「……怖いから…」



───『怖い』───。



この言葉の真の意味がやっと解った様な気がする。


これほどまでとは思わなかった。



一葉は本当に怖がっているんだ。


それも、常人が恐怖する感情の、何倍も何倍も何倍も、一葉は怖がっている。


いつもの一葉なら、こんなことは絶対に有り得ない。



恐らく原因は………夢……?




一葉の家は向かいにあるから、帰る分には遠くない。


一葉の母は毎日忙しいから帰りが遅いと聞いている。


つまり



たった今、一葉が帰宅して体感するものは───孤独。




「…泊まるんだろ?」


コクリ


一葉は無言で頷いた。


「お前の母さんは…まだ仕事か?」


「たぶん…今日は特に、遅いと思う…」


「電話番号は」


「あ……うん……」




俺は一葉から母親のケータイの番号を聞いて、電話機に言われた通りの番号を押す。



「……お手洗い、借りてもいい…?」


「ああ」



待つこと10秒…。



[はい]


応答した人物の声で解った。紛れもなく一葉の母さんだ。


「っと…賽野ですが─────」












「う………」


なんてワガママだろう。


「…っく……」


キリトに護られっぱなしだ。


「……私のっ………ばかぁっ……」



怖いなんて感情…いらないのに…。


こんなところで……。


こんなところで………!


「………う…う……ああ………!」


必死に声を押し殺す。


本当は泣き叫びたい。


この感情全てを解放したい。



大粒の涙がぽろぽろと落ちてゆく。



この涙の一つ一つが不幸で出来ていたならば、私はずっと泣き続けるだろう。



涙を流すことで嫌なことを忘れられたならば、どれだけ嬉しかったのだろう。



幸せがいつまでもいつまでも、日常の中にあり続けたなら……………。













「はい…一葉は今、電話に出れなくて。……すみません。………明日にはたぶん……はい、わかりました。……さようなら」


がちゃ


「ふう……」



俺は今まで、一葉の母さんと話していた。


一葉がウチに泊まる件について…。



そんな話でも一葉の母さんは優しかった。


二つ返事で済ませてくれて、その上一葉の心配をする。


まあ当たり前かもしれない。


けど、あの人は特別な優しさを持っているのだ。


それはもう、かのマリア像ことマザー・テレサみたいな優しさ…。


何か違うか。



そんなことを思っていると、一葉が戻ってきた。



…まだブルーな気持ちしてますって顔だな。


「快く承諾してくれたぞ、お前の母さん。あんなに優しいとこっちの気分も晴れ晴れとするよな。 だからさ、お前も元気出せって」


「………うん」


口では肯定するものの、やはり表情は変わらなかった。



むう……凄く気まずい…。



「……俺、部屋で寝る所とか準備してるから、お前は風呂でも入ってこいよ。ちゃんと沸いてるぞ。バスタオルも風呂場にある。 ああいや、別に覗こうなんて思ってないさ。安心しろ」


「……………」


返事が返ってこないのは、ブルーな気持ちのせいか、はたまた覗かれるとでも思っているのか…。



………どっちもか?


「…あー…その…そう、着替え…寝間着も用意しておく。俺が昔に着てたヤツだけど…サイズが合わなかったら言ってくれよ。 ……じゃ、じゃあ俺部屋に行くから」


そして、早足で逃げ…じゃない、早足で部屋へ向かった。



決して逃げた訳じゃない。どうすれば良いか解らなかったのでその場から一端放れただけだ。


…例え今の行為が『逃げ』だったとしても、俺の選択は正しかったんだ。


そう信じることにした。






寝間着を探してる途中、今更だけど、気づいた。



「寝間着を用意するって…風呂場に行くのか…」


そんなことに気づいただけで、顔が真っ赤になる輩は一人だけ。


…そう、正しく俺だ。



…………



「何を意識してるんだっ!?俺は!」


自らの手で、自らの髪をわしゃわしゃと乱した。


「…いてっ!」


激しすぎたせいか、髪の毛が何本か抜けた。



今日の俺はなんだか俺らしくない。


「…俺もバカだな」


自分に呆れながら、探すことを再開した。




中学生の頃に着ていた寝間着を見つめながら、考えた。


(体格差で言うと…今の一葉は、中学生の俺か?)


…それは無いか、と思い、他の寝間着を探す。



(ってか、昔の俺はこんなに小さかったんだな……どこら辺の時期で成長期だったんだ?)


思い出にしみじみと浸っていたところで、" その事 "に気づいた。


(…そう言ったら…一葉も小さかったんだよな…)


さっきの寝間着をもう一度見つめ、考えた。


(いや…仮にも一葉は女だしな…成長期とか色々そういう面では……ううむ…)



…なぜこんな悩む必要の無い事で悩んでいるのか…と気づき、ほぼ決めつけで決断を下した。


(ええい!もうこれで良いじゃないか!合わなかったら他のにすれば良いんだし!)



手に取ったのは、中学生時代の寝間着だった。




寝間着を持って、風呂場へ向かう。


途端、どうでもいいのかどうでもよくないのか、よくわからないことだけど…



(父さんにはなんて言えば…)



父さんを忘れていた。


考える。


(…どうせ明日の朝早くに出ていくんだし、別にいいか…)


だがあっさりと終了した。



そうだ、父さんと言えば一葉の────と思ったところでふと気づくと、いつの間にやら風呂場に着いていたらしい。


また今度でいいか。




────さ、あとは置いてくだけ……の予定だった。



曇りガラス戸の向こうから声がした。


「……キリト…?」


言わずとも解るだろう。風呂に入ってる一葉だ。



どくん、どくん



心臓の鼓動が早くなるのを感じた。



「ちがっ、違うぞ!寝間着を置こうとしただけで絶対に俺は覗こうとなんて───」


瞬間、視界に入った物のせいで、声がだせなくなった。口が固まった。


「あ…やっぱり…あのね…」


蝋で固まった人間の様に───本当に固まった。


「さっきのことだけど……本当に」


そう、体が動かないのだ。超能力でも掛けられているのかと思ってしまうくらいに、動くことが出来ない。


「キリトには感謝してるよ……私…」


そして…瞳でさえ動かすことが出来なかった。


「…何も出来なかったから…」


つまり瞳の先は…ある物に固定されているということだ。


「ごめんなさい…って言いたくて…あと」


そのある物が何かと言われれば答える事は出来る。しかし答えたくもない気持ちが生まれる事だって、ある。


「……ありがとう……って……」


これは人間の性と言うモノなのか、果たして俺の性と言えるモノなのか…。


「キリトのお陰で…いつも通りに、明るくなれそうだから…」


待て、グダグダ言ってもしょうがない。とりあえず力ずくで体を動かせば一件落着になるのだ。


「……キリト……」



超能力が解けたかの様に、俺は止まっていた体の回路を働かして、ピンクのシロモノを視界から消す努力をして、その上に寝間着を置いた。



「一葉」


「…え?」


「正直なんて言えば良いのかわからんのだが、先に言える言葉だけを言っておこう」


「う、うん…」


「すまなかった」


「…な…なんでキリトが」


「それだけだ。寝間着は置いといたから。じゃあ」


「え………ええっ?」


無表情で、部屋に向かった。

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