【勉強会─2】
疲れからきてるのか、呆れ気味に俺は言った。
「おい…」
「なんだ」
「もう7時だぞ…」
「そうか」
「………」
当たり前だろ?
自分の苦手、嫌いな教科を深〜く勉強してるとダルくなるって現象が起きるのはさ。
それが起きないお前はロボットか!
…何を言っても通用しないな。
俺は一刻も早くこの空気から逃れたいんだ。
よし…作戦Bだ。
「…紅茶入れてくる」
「とりあえず終わらせてからだな」
…誰か助けてくれ。
一葉はさっきから瞼を閉じて頭がカクンカクンってなってるし…。
…なんだコイツ、何しに来たんだ。
「……くぅ……」
ん?寝るために来ましたって?
「…ぅん…にゃ……」
幸せそうに寝てるバカ面した猫口女……。
「…なあ光二、今日はお開きに」
「とりあえず終わらせてからだな」
という訳で俺の勉強を終わらせるためにも、このバカをデコピンで起こすことにした。
べしっ!
「うひゃわあっ!?!?」
奇妙な叫び方だ。
女ならもうちょっと可愛らしく叫べよ。
「きゃあ」とか
「ああん」とか。
…後者はおかしいと思った。
「最後まで手伝ってもらう」
「痛……い………よ……」
カクン
なぜ寝る?
「早くやるぞ」
「…やるのか」
結局、また男二人で勉強。
(………一葉は起こさなくていいのか?)
一葉の寝顔は昔とまったく変わらない。子供のままで…天使のような。
よく見りゃ一葉は童顔だ。
いつもが子供だからな。
容姿も、性格も、何もかも。
……変わらないでほしい、と強く思う。
パタ
意識が保たなくなったせいか、一葉は座ってる状態で倒れた。
(…………ったく)
◇
赤い世界に少女が一人。
…?
ここはどこ?
「ここはゆめのなか」
わたしはどこ?
「あなたはここ」
あなたはだれ?
「わたしはかずは」
わたしもかずは?
「あなたもかずは」
かえりたいよ。
「だめ。あなたもわたしも、ゆめのなかにとじこもっていればいいの」
なんで?
「げんじつにかえったところで、ぜつぼうにおちいるだけなんだから」
ちがうよ。
「なにがちがうの?」
ぜつぼうなんてない。きりとがまもってくれるもん。
「きりと?」
きりと。
「きりとはもう」
やめて。
「あなたはなにもわかってない」
あなたもなにもわかってない。
「こーじくんのいったあのことばを」
いや。
「ちゃんとおもいだして」
いや。
「きりとは────」
いやああああああ!!
「だから、夢の中にいればいい」
……ダメ。
「キリトと一緒にいるのが怖いんでしょ?」
…全然。
「現実逃避はいけない」
絶対に怖くない。
「コージくんを疑うの?」
疑わない。
「じゃあ」
私自身を疑う。
「………」
キリトは怖くなんてない。
「……………」
大好きだから。
「…………………」
消えて。
「─────────」
赤い世界は闇と化す。
キリトの誕生日、忘れてないよ。
子供の時に約束したからね。
忘れることも出来ないくらいの、私の大切な思い出だから。
でも今は、今だけはね。
キリトの誕生日も、あの時の約束も、忘れたいな…って思っちゃってる。
なんでだろう。
本当に……私はバカだ。
キリトにバカって、何度も何度も言われても足りないくらいに………。
よくわかんないけど、涙が止まらない。
怖い、怖いよ…………。
闇の永遠に少女は一人。
ひとりぼっちなんて…。
そんなのイヤだよ。
お願い。
お願いだから…。
助けて、キリト。
「一葉っ!!」
その声はキリト。
わかってる、キリトだよね。
「キリト…?」
だけど目が潤んでキリトが見えない。
「…よかった。やっと起きた…」
視界にある物全てにモザイクがかかってるみたい。
こんなの…イヤ。
「寝ながら泣いてたから恐い夢でも見てるんじゃないかって─────」
見えない、見えないけど、私はキリトに抱きついた。
「…………一葉?」
もう一度キリトを見る。
更にボヤケてる。
どんどんキリトがキリトじゃなくなってく。
「キリト……キリトだよ…ね……?」
「あ……ああ、俺は…俺だ……」
何か温かいものが頬を伝う。
「…見えない……見えないの……!」
そこにあるものがキリトだと信じるために、キリトの温もりを感じるために、力強く抱きしめる。
「…一葉……見えないって……?」
優しい声はキリトの声。
でも今はその声を聴けば聴くほど不安になる。
「霞んで…キリトが…いなくなっちゃう…」
「…………いなくならない」
目の前の温もりが、私の靄を拭いてくれた。
「涙のせいで見えなかったんだろ?」
涙……。
「そこまで混乱するほど恐い夢だったとはな」
「……………うん」
◇
今の状態に気づいた時、顔が熱くなってくのが解った。
俺に全体重を懸けて身体を預けている一葉。これは人なのか?と思ってしまうくらい軽い。
その一葉を、どうにかしないと…。
「と、ところで……そろそろ離れてほしい…のだが……」
これ以上経たせると顔が爆発しそうになるので、俺から言わないとダメなのだ。
俺が何らかのアクションをしない限り、一葉は絶対に離れないだろう。
対して一葉は
「……もうちょっと」
俺の胸に顔を埋めて目を瞑り
「…もうちょっとだけ、このまま……」
蚊が鳴くほどの小さな声で、確かにそう言った。
一葉の体は震えていた。
寒いからとかそんな阿呆くさい理由じゃない。これは恐怖による震えだ。
こんなにも弱気な一葉は…珍しい。
恐い夢、か……。
…そうだな。
断る理由なんか、どこにも無いんだ。
今はコイツを落ち着かせよう。
話はそれからだ。
頭を撫でてやれば落ち着くだろう、と思い一葉の頭に手をやった。
(……柔らかい)
言葉の通り、一葉の髪は柔らかかった。
それでもって、ふわふわしててサラサラしてて…。
髪が撫でて下さいと言ってるみたいで、撫でやすかった。
だが俺が一葉の頭を撫でていたその時、一葉は何かを思い出したように顔を真っ赤にさせて俺から離れた。
そして誰もいない所を向いて手をブンブンと振りながら、何か喋りだした。
「こっ……コージくん!ここ、これ…これはね!ちち違うんだよ!そ、その…ふ…ふかこーりょくっていうか…ああああの………あれ?」
どこか激しくデジャヴを感じるが、気にしないでおく。
というか…コージ?
「光二ならとっくに帰ったぞ?」
「?」
目を?マークにして首を傾げる一葉。状況を理解してない様子だ。……寝てたから無理もないか。
「お前が寝てる間に俺と光二で勉強を終わらせて、光二は帰った。 ちなみに今は9時過ぎ」
「…………」
「…………」
グウゥゥ〜
沈黙を吹き飛ばしたのは、少女の腹の虫。
「………………」
「………………」
…また沈黙。