【勉強会】
朝、台所に置いといた食器を洗いながら、思い出す。
あの時の、コージくんと話した時の会話内容を、思い出す。
{宮原、ちょっと訊きたい事があるんだが}
{なーに?コージくん}
{あいつの、錐斗の誕生日はいつだ?}
{えっ、コージくん知らなかったの?}
{ああ}
{ちょっとびっくりだなぁー。キリトの誕生日はね……}
{…待った}
{え?}
{………}
{どうしたの?}
{やっぱり、教えてくれなくてもいい}
{なんでー?}
{…………宮原}
{?}
{……─────}
パリーン!
「わあっ!?」
部屋に響く衝撃音が耳に広がると共に、身体をビクンッと震わせた。
音の発祥地を見てみると
「割れちゃった…」
見事に皿がバラバラに砕けていた。
「これじゃ遅れちゃうよ…」
◇
部屋の中、男二人。
「こ、こうか?」
「違う。ここはこれにこれを────」
教え方は上手い。
上手いけどな。
解らないものは解らないんだよ。
「…答え見せてくれないか?」
「がんばれ、俺はお前を応援してる」
応援してるなら答えを…。
「なあ…」
「どうした」
「疲れた」
「そうか」
「そうかって…」
ポーカーフェイスの悪魔か。
そういえば、と時計を見た。5時36分。
一葉…遅いな。
「手が止まってるぞ」
そんな事言ったらお前だって表情が無くなってるぞ。
「…はい」
心の声でしか反抗出来ない俺って、一体何だろう。
…
……
………
やっぱり解らんって。
光二が何か言いたそうにこちらを凝視してる。
俺に惚れたか、光二。だが残念ながら俺にそんな趣味は無い。
「……………」
…心を読まれている!?
「ああ、そうだ」
そうだって……何ぃっ!!?
「今日、宮原は何か言ってたか?」
読心術を会得しているとは…こいつ、なかなか………え?一葉?
「何かって……何?」
「何と聞かれても困る」
完全に意味不明だ。
「そりゃこっちだって何かと聞かれても……」
「…そうだな、すまなかった」
「別に謝る事じゃ…」
「………」
「………」
俺がおかしいのか?そうなのか?
この沈黙は俺のせいか?なあ、嘘だと言ってくれよ。
……………。
その沈黙は、光二の一声によってかき消された。
「休憩するか」
「そうだな」
俺もコイツも、一体何がしたいんだ?
あ、いや、勉強だけど。
というか、今日の光二は何か変だぞ…。
…まあどうせ休憩時間だし、飲み物でも持ってこよう。
光二もそれなりに疲れてきてるだろうしな。
二つのガラス製コップに、慣れた手つきでボトルの中の紅茶を注ぐ。
コンビニで買った紅茶だけど文句は言わないだろう。
いや、言われても困る。
それにしても本当に疲れた。
自分が言い出したからとは言え…。
数学は特別に疲れる。
決して苦手だからとかそういう言い訳的な理由ではない。
なぜか数学は疲れる。
それだけだ。
ピンポーン。ベルの音。
一葉だな、と思い、俺は玄関へ直行。
ドアを開けたら、そこには艶やかなセミロングの少女がいた。
温かそうな白のセーターに、薄黄色のロングスカート。
手にある物は、まるで女の子が持つ様な可愛らしい桃色の手提げ鞄。
光二の時より表現の仕方が…と自分にツッコみたかったが、これはしょうがない。
あまり認めたくないが、どう見てもコイツの方が見栄えが良いからな。
さすがは女の子と言ったところか。
「えっと…食器を洗ってたらツルって落ちて割れちゃって、掃除してたら遅くなっちゃった…」
鞄を持ってない方の手で、コツンと自分の頭を小突き
「私、バカだね…あはは…」と言い、小悪魔の様な笑顔を見せた。
なるほど、指に巻いている絆創膏はそのせいか。
「バカだな」
微笑を作り、一葉を迎えた。
「飲み物持ってくから、先に俺の部屋に行っててくれ。 ああ、光二はもう来てるぞ」
「うん、わかった」
トコトコと歩き向かう一葉。
ペンギンみたいな歩き方だな、と思ったのは秘密にしておこう。
もう一つ棚からコップを取り出し、紅茶を注ぐ。
ふと時計を見た。6時近く。
もうこんな時間になったのか。早いな、時が経つのって。
………あいつら、いつ帰るんだ?
そんな事を思いながら、茶色のお盆に三つのコップを置く。
そのお盆を運び、部屋へ向かう。
◇
あんなことを言ってしまって、本当に良かったのだろうか?
彼の前でも、彼女はいつでも笑っている。
変わることなく、喜怒哀楽の感情を絶やさない。
これで俺のやれる事は、終わりなのか。
ガチャリ。
「あ、コージ君。ほんとにいたんだ」
声がする方向を見た。宮原がいた。
「俺が必要とされる理由はあるのか解らないが、楽しくやらせてもらってる」
「そんなことないよー。私一人でキリトに教えたら、全然わからないって言うもん、絶対」
「さっき俺と勉強してた時、そう言いたげな顔をしていたが」
「え…そ、そうなの?あは、はは…」
幸せという名の日常の壁は、経てば経つほどでかくなっていく。
その反面、一つの些細な出来事で幸せは一気に崩れて、絶望という名の日常の壁に切り替わる。
だが、絶望も日が経つにつれ、どんどん崩れていく。
そして、絶望が崩れた後、幸せという名の日常の壁に切り替わる。
いつまでも幸せが続く訳が無い。
だから
幸せはなるべく大きく、長く続いてほしいと願う。
◇
「紅茶持ってきたぞー」
「ありがとー!」
「感謝する。丁度喉が乾いていた頃だ」
それぞれにコップを配り、俺も座る。
「…でさ、数学はちょっとの間止めて、他の教科にしないか?」
「何を言っている。数学はお前の苦手分野じゃなかったのか」
「そうだけど…」
「時間はたっぷりあるんだから、ね?コージくん」
「ああ」
「…たっぷりあるのか?もう6時過ぎだけど」
「今日もそれなりに時間は残っているが、明日と明後日もだ」
俺は一瞬、光二の言葉を疑った。
「は…はぁ!?そんなの俺聞いてないし…俺自身も言ってないぞ!」
「だって勉強会でしょ?」
「い、いやだから…それに明日と明後日も学校だろ?その後にやるなんて…」
「え、明日と明後日は…試験休日の土曜日・日曜日で学校は休みだよ?試験は来週の月曜日からだし…でも、ある意味では、時間がたっぷりあるとは言えないかもね」
更に、一葉の言葉も疑った。
が、カレンダーを見る。
今日は…12月16日の…………金曜日。
つまり、テストは来週だから……それってどういう事?
…………………。
「それはそれで危ない!」
「だから、苦手なところは抑えておかなくちゃ」
「大丈夫だ、数学以外のも教えてやるから、明日と明後日に。とりあえず今日は数学だ」
「それじゃあ試験の前に俺の体力が保たない!」
「さて、休憩時間も終わったから再開するぞ」
「人の話を聞け!」
「私もちゃんと教えてあげるから…がんばろ?」
「その『がんばろ?』は『死んで?』に聴こえるのだが…」
「ノートを開くんだ」
「ほら、教科書もだよ」
こいつらは悪魔か…。