【試験─2】
あーあ……。
結局は俺もバカだったんだな…。
いいよ、もう。放っといてくれ。頼むから俺を起こそうとするな。
◇
やっぱり、それでも私は…。
がたがたと豪快な音を立てながら、机を蹴る様にして立ち上がる。
あの時の言葉を思い出しながら。
《…宮原、お前は…やるべき事があるだろう…?》
こんな状態で?試験をやれと言うのですか?響子先生。
私はもう、耐え切れません。
私の得意な体育だったけど、
一目散に教室を飛び出した。
行く所は決まってる。
「こ、こらっ!君!戻ってきなさい!」
戻ったら絶対に損することを、私は知っています。
「だからっ……戻れません!」
言った後に少しスッキリとして、その効果が手助けとなった。
いつもより廊下を走る速度が速くなった。気がする。
呼吸が荒くなりだした所で、やっと着いた。
当然の如く、そこにいた先生は私を見て驚いた。
たぶん髪がボサボサだったからとか、そういう理由じゃなく。
「あ…あなた、何をしているの?」
対して返事をする事もなく、風に吐息を切らせながら、ベッドに駆け寄る。
「キ…リト…」
まるで期待通りの死に方が出来たかの様に。それはキレイに微笑んでいる表情だった。
瞬間的に、言葉では言い表せない悲鳴を出して私は泣いた。
「宮原、落ち着くんだ」
肩に手を置かれ、今更落ち着けなんて言われても、意味がない。
「大丈夫だ。錐斗は寝てるだけ」
背中を優しく摩られる。
その温かさはキリトみたいで、キリトじゃなかった。
彼はだれなのか。気づくのは私が泣き止んだころ。
「…試験を放棄したの?」
「放棄せざるを得なかった、としか言えません」
私とコージくんは、今、保健室で尋問を受けている。
対応してるのは、コージくん。
また、私のせいなんだ。
「…こ、コージくんは…」
言う前に
「いい」と小声で囁かれた。
だから口を閉じてしまった。
「彼女の気持ちも考えてあげて下さい。…彼女だけでいいから。俺は、ただ、気になっただけで」
コージくんの口から、私を庇う為の嘘がどんどん出てくる。
だけど私は止められなかった。なんて言えばいいのかわからなくて。
「…お前ら、何やってんだ?」
一文字も聴き逃さなかった。つい体が反応してしまって、声の方向に向かう。
「あれ、俺も何やってんだ?…ここって保健室?」
「き、キリト!大丈夫っ!?」
「うお!な、なんだ急に!?」
◇
事情を聞いてみれば、どうやら俺は試験中に気絶したらしい。
あの女の一撃の当たり目が、それほどやばかったんだろう。
いや、それにしてもだ。
「…試験は?もう終わったのか?」
「正確に言えば、そうだな。時間的には終了している」
あちゃー…と思い、舌打ちして頭を掻いた。
…微妙に嬉しかったが。
「宮原と俺は、途中で放棄した」
「…放棄?放棄って……え!?」
驚いた。
放棄。その言葉を見れば一目瞭然。
一葉は何も言わずに俯いている。
「なっ…なんで」
悲しさが含まれてたから、疑問系で言えなかった。
「……恥ずかしながら、錐斗が気になったもので、試験中に教室を飛び出してきた。でも、体育と英語だけだ」
「…なんで」
二言目にも同じ言葉しか発せられない。
疑問と言うか、疑問じゃない。
「………試験って、特殊な事情でできなかった人は、再度挑戦できるんだよな?」
その問いには保険の先生が答えた。
「…一応。賽野君、あなたはね」
咄嗟だった。
「俺はいいから、一葉と光二に…もう一回やらせてやって下さい」
考えてもいない。咄嗟に出た言葉がそれだった。
試験がやりたくないからじゃなくて、俺の本音。
俺自身はどうでもいい。今更やったところで低い点なんだし。
それ以前に…。
「…宍戸先生には話しておきます。今は昼休みなので、皆さんは教室に向かって下さい」
そこで会話は終了した。
一時間に一教科じゃない制度の学校は面倒くさいな。なんて思い…。
昼飯はまた屋上で食べることにした。
今日は珍しくも俺・一葉・光二、三人の組み合わせだ。
一葉は
「カナちゃんに話したら『いいよ、行ってきなさい』って…」と。あの人は本当にいい人だな。一葉の保護者にでもなってほしいくらいだ。
光二は
「話したい事がある」と。
一葉と光二は既に購買のパンを食べていたので、俺も食べることにした。
「ふむ、バターロールは初めて買ったが、なかなか美味だな。舌の上で踊るように…」
場の雰囲気を必死で変えようとしているのに
「………」って。なんだ、けしからん奴らだな。
「…はあ」
仕方ないからため息をついた。そしたらバターロールが急に不味く感じた。
「…錐斗」
「ん?」
「三人で試験ができる様に、俺がなんとかして教師達に抗議してみる。失敗したら…」
なんてことを言い出しやがる。光二、お前はバカメガネか。
「あのな、俺はいいんだよ。一葉と光二が受けられれば」
本当の事だった。ちゃんとした理由もある。
「それに、保険の先生は俺だけがやれるとか言ってたけど、国語と社会と数学の解答用紙を見れば、絶対に意見が変わるはずだ」
一葉が
「どういうこと?」と口を挟む。
「相当やる気がなかったせいか、名前だけ書いて解答欄には何も書かなかったからな」
どうだ、と威張れることではないのに胸を張る。
二人はぎょっとした目で俺を見る。
「あなたはバカですか?」とでも言いたげな表情を作って。はい、バカです。バカ万歳。
「……本気か?」
「本気も何もないだろう。本当の事だ」
今となってはいい思い出。すっきりさっぱり忘れよう。と考えていた矢先の事だった。
「じゃあ…尚更だよ」
「尚更?」
「うん、尚更」
今度はこっちが
「どういうことだ?」と聞いた。
「キリトはその解答を無かった事にして、最初から最後まで全部やるの」
それは驚きざるを得なかった。
「…俺はやりたくない」
「ダメ!やるの!」
そこである疑問が頭の中で生み出される。
「その前に先生達の許可が出たら、の話だろ?」
「絶対に許可は貰える、いや、貰うよ」
な、なんて頑固な奴だ。考えを変えようとは思わないのか?
「俺もちゃんとフォローする」
微笑ましくもならん。呆れてため息をついてしまう。
…本当に頑固で、バカでどうしようもない。
ああ、バカ万々歳さ。
「賭けだってあるんだからね」
…俺は勘違いしてたのかな。
この二人に感謝すべきだ。