【変動─2】
何もかもが幸せなこの世界。
最高としか言い様がない。
夢じゃないと信じているが。夢でも覚めないでほしい。
俺は光二に聞いてみた。
「…俺と一葉の関係って…どうなってるんだ?」
ぎょっと驚かれた。
少し経って、ズレたメガネの位置を手で戻してこう言った。
「…恋人同士じゃないのか?」
「なーに?じーっと見ちゃって」
「…可愛いなと思って」
「………」
一葉は俺の腕に、ぎゅうっと、身を預けた。
「歩きづらいぞ」
「いいの」
時は夕方。帰り道。
俺は一葉を愛してしまってるらしい。
「らしい」としか言えない。自分の気持ちに嘘はつきたくないが、今はつきたかった。
わからないんだ。本当に、これが俺の気持ちなのか、どうかが。
でも、俺は
「なあ、一葉」
一葉が、一葉だけが
「んー?」
好きなんだ。
「するか」
「え?」
一葉の顎を持ち上げ、キスをした。
「…むっ…ぅ…ん……」
あからさまに場違いな事を考えてた気がする。
ああ、キスってこんなに長く続くのか。と。
苦しくはなかった。
甘い。
表現の仕方がおかしいけど。これは甘いんだ。
唇を離した。
「…………はう……」
赤面する一葉が可愛らしくて、愛らしくて。
思わず抱きしめてしまった。
強く。限りなく強く。
「は、恥ずかしいよ……見られてるよ……」
それでもいい。見られててもいい。むしろ見せてやるんだ。
観客に見せつけてやれ。俺達の心を。
小柄な少女は少し涙目だったけど、それが逆に魅力を醸し出していた。
幸せな、未来を─────
◇
「…まだ起きないのか?錐斗は」
「…う、うん。なんでだろ…」
主催者がグースカ寝ててどうするんだ。そう思った。
快晴な空の朝。
俺はベルを鳴らした。
反応はない。もう一度。
……まあ、どうせあいつの家なんだから、大丈夫だろう。
思い直して、家の中に入っていった。
慣れないことはあまりしない方がよかったな。
…引き返しても無駄か。
とりあえずあいつを起こさないと。
だが、部屋の扉を開けた時には予想外の光景が広がった。
「っ……!?」
床には…錐斗が転がってて…
もう一人。宮原がいた。しかも寝間着で。
宮原は錐斗にくっついて。二人はぐうぐうと寝ている。
ただひたすら、驚くしかなかった。
とりあえず、話は起こしてからだ。
「…おい、錐斗。朝だ、起きろ」
ゆさゆさと揺するものの、起きない。
「勉強会だろう。勉強するぞ」
そう言ったら確実に起きないと気づいたのは、後になってからだった。
がくがくと揺らすものの、やはり起きない。
どうしたものかと考えている途中
「………ん…」
錐斗の横で寝てた宮原が目を擦りながら、起きた。
「……………」
半目でこちらを見た。
宮原はむにゅむにゅと口を動かし
「……オージくん…おあよー…」
と、呂律が回ってない声で言った。
無視するのもアレなので
「………ああ。おはよう」
と、返してあげた。
一分くらい固まっていると、宮原はかっと目を見開いた。
やっと気づいたのか…。
「ちっ……ち…ちがうよ!?…あの…ベ…ッドから…お、落ちちゃった…だけだよ!!!??」
単刀直入に言われても困るが、なんとなく理解した。
いや、これだけ理解したって、全ては理解出来ない。
「…よくわからないから、最初っから詳しく話してくれないか…」
宮原は一度、自分の家に行って着替えて、すぐに戻ってきた。
そして事情を聞いた。
「錐斗の家に泊まったこと」を……。
「…さっきのはほんとにちがうからね!ベッドから落ちただけなんだからね!だから、内緒にしてね…」
しつこくこんなことも言われているが…。
「…肝心の錐斗が起きないのだが…」
問題はそこだった。
錐斗が起きないと勉強会の意味がないだろう。
「……疲れてるんだよ。きっと…」
どこか寂しそうな表情で、宮原はそう答えた。
疲れてる?疲れてるってどういうことなんだ?そう声に出そうとした瞬間
ぐぎゅるううぅ〜〜〜
聞こえたのは、宮原の腹の辺りからだった。
「…だ、大事な話もあるし…外に行かないかな…?」
「金はあるのか?」
「うん。家に戻った時にサイフ取ってきたから…」
そう言ってポケットから黄色のチャックタイプのサイフを取り出した。
俺達は、近くの某ハンバーガーショップにたどり着いた。
「えーと、これと…それと…うーん、迷っちゃうなあ…」
いくらなんでも頼みすぎじゃないのか?とは言えなかった。
「そうだ。コージくんも何かいる?あ、ちゃんとおごるよ。お金ならあるから、気にしないで」
俺は朝食を採ったのだが…そうだな。好意はそのまま受け取っておこう。
「…じゃ、普通のハンバーガーを頼む」
かしこまりましたーとレジの店員は奥へと行ってしまった。
「…よく金が足りたな」
「うんっ。食べ物の為なら何円でも使えるよ!」
…あいつの愚痴話は本当だったのか。毎日付き合わされると…たしかに辛い。色々な面で。
でも、この屈託のない幸せな笑顔が見れるなら…容易いものだな。
二階へ行き、空いてる席に座った。
「いっただっきまーす!」
嬉しそうに何やら大きいバーガーをもくもくと食べる宮原。
あれだけ大きいハンバーガーなら…俺はそれ一つで腹が膨れるのに…。
自分もハンバーガーを食べながら聞いた。
「…で、大事な話とは?」
宮原は手を止め、俯いた。
「……えっとね…昨日のことなんだけど…」
この表情から察すれば大体予想はつく…気がした。
「…昨日、急に錐斗が倒れたの」
その一言で俺は驚いてしまった。
………聞いてない…………!
「…でもね、お風呂から出た後だから…たぶん、のぼせちゃったんだよ」
「のぼせた……?」
…ありえるのか?いや、消去法で考えれば可能性は…。
「それに…すぐに起きたから……大丈夫だよ…」
そう喋る姿は、自分に言い聞かせてる様にも見えた。
「……大丈夫だ。今は…あまり気にしない方がいい」
「……そう…だね…」
そして彼女は、ずっと手に持ってたハンバーガーをぱくりと食べた。
「…残すのか?それ…」
「このハンバーガー?ううん、ちがうよ。これは錐斗の分だよ」
「……三つも食べるのか…?」
「…うん。食べてくれるよ…きっと」
「…………相当に想われてるんだな、あいつは」
「え?何か言ったー?」
「別に。何も言ってない」
今を、楽しむんだ……。
「……撤回するつもりはないのか?」
「……しません」
帰っても、錐斗は寝ていた。
俺が起こそうと叩いても、起きる気配はなく…
「キリトーっ、ハンバーガー買ってきたよー。冷めちゃうよー」
宮原がやっても、起きない。
そのままだらだらと過ごし、遂に夕方になってしまった。
◇
今、俺は一葉の家にいる。
何かプレゼントしたい物があるらしい。
で、居間で待たされてる訳だ。
「…おまたせ!」
やっと来た一葉は、両手を後ろに隠している。
…明らかだな。
「はいっ、コレ」
渡された物は……暖かそうな長いマフラー。
でっかく
「K」の文字が刺繍されている。
「もうすぐ、クリスマスでしょ?その時に、寒くならないように……Kっていうのは、キリトのK」
そういえば…クリスマスか。もうそんな時期なんだな。
「ほらっ…ペアルック」
そう言うと、もう一つ同じマフラーを俺に見せた。
「…お前も一葉だからKか」
「…だから、ペアルックなのっ!」
「……作ってくれたんだろ?ありがとう」
一葉らしくない、完璧なマフラー。
それほどマジメにやってくれたんだ。
「こんなお返ししか出来ないけど…」
俺は一葉を優しく抱きしめて、頭を撫でた。
「……ん…」
「クリスマス前に、身体を温めなきゃな……」
俺達は、無音で唇を重ねた
─────と思いきや
ぐるん
世界が回った。
「……んなぁっ!?」
がばっと飛び起きた。
そして、がっかりした。
……酷い、本当に。
現実逃避してる訳じゃないが…ずっと夢の中で暮らしたかった。
「…くぅ……」
…ノンキに俺の足に抱きついて寝てる奴もいるし…。
………
……………
…今何時だ?