【変動】
ところで
明日は休日だからぐっすり眠れる。と思いきや、起きたその日には平日だった。なんて経験をした事があるだろうか?
人間の勘違いというか、思いこみというか。
まあそんなのはどうでもいい。
とりあえず、言いたいことがある────
「ね、どうしたの?」
「え?いや何でもない」
───経験者がいるならば、すぐに俺と変わってくれ。
目が開くと、そこは見慣れた風景だった。
いつもの…学校の登校ルート。
そしてなぜか無意識の内にすたすたと学校の道を辿る俺。
横には制服姿の一葉。
ってことは…。自分の姿を見てみると、やはり制服を着ていた。
さっきまで俺は寝てた。もしかしたら、これは夢なのか。と思い、頬を抓ってみた。
痛い。
いやいや、こんな三流の漫画方法じゃ起きれないんだ。もっと衝撃が必要なんだ…。
俺が近くの電柱に思いっきり頭をぶつけようとした時
「…キリト?」
「…え、あ…」
果たして、偶然なのか。この世界─夢の世界の一葉は俺を止めた。
「学校、遅れちゃうよ?」
「…わかってる。今行く」
「なんか、今日のキリト体調悪そうだよ?ふらふらしてて…」
「考えごとしてるだけだから…気にするな」
どうせ夢だし…その内終わるだろう。そんな考えが甘かったんだと今更気づく。
もう学校の前まで来てしまった。
これは夢じゃないらしい。
「…おーい」
って、あれ?試験…?
「……キリトー」
うーむ、試験なんてあったっけ?
「………はぁ、やっぱり、まだしてほしいのかな」
まあどうでもいいか、試験なんて元々必要ないイベントだ。俺にとっては喜ばしいこと──────
ちゅっ
たしかに、確実に、絶対、俺の左の頬からそんな擬音が聞こえた。
「えへ、やっぱり恥ずかしいね」
周りの生徒達は言った。
「はあ…今日もかよ」
「ほんと、ラヴラヴだなー…」
「でも、慣れないよな……」
だが、俺の耳には届かなかった。
「おま……なっ……何………!?」
鞄を落とし、左手を頬に添え、右手の人差し指をふるふると震わせながら、一葉に突きつける。
そりゃあ驚く。いきなりされたんだから。いやコイツだったらどんな時点でされても俺は驚く。
「え?ぼーっとしてたから…まだ…してほしいのかなって」
「え……ええええ!!?」
ゴンッ!
今度は頭の方から聞こえた。というか痛い。
「ほらほら、いつもみたいにアツくやってないで、さっさと入れ」
俺を殴った張本人…宍戸響子はそこにいた。
二度目の衝撃…。あの女はチョークを俺の頭に目掛けて投げた様だ。
「…ったく、いつまでも腑抜けたツラして宮原のことを考えてないで、授業に集中しろ!!」
周りがどっと笑った様な気がする。一葉の席の方向ではボンッと何かが破裂した様な…そんな音が。
正直、周りの状況なんて気にしてられない。
今の俺の脳は朝のことしか考えていないのだから。
朝の一件から察するに、これは夢なんだろうけど、感覚とか時間とかが妙にリアルすぎる。ってことは…なんなんだ?
三度目の衝撃が頭に走る。今回はもの凄く痛かった。
「……廊下で腑抜けてろ」
俺は素直に教室を出た。教室内では笑い声が聞こえる。
夢なのか、夢じゃないのか。 今更そんな話はどうでもいい。
俺と一葉の関係がオカシクなっている!
なんだアレは?あんな大胆で積極的だったか?アイツは!
そうだ。俺は…普通の俺だよな?俺も積極的だったりしないよな?…その…一葉をああしたりこうしたり…しないよな?
いやいやそれこそありえない!ってか俺は何を考えているんだ!落ち着け!とりあえず深呼吸!
「すうー、はあー、すうー、はあー」
よしOK。
で、結局…やはり気になるのだが
これは果たして夢なのか?
時間は昼休み。
俺はあの後、
「腹痛がするので休ませて下さい(仮病)」と言って保健室でまるっきり休んでた。
そして四時間目終了のチャイムが鳴ったと同時に
「治りました。ありがとうございました。さようなら」で抜け出してきた。
怪しまれることも無く終わったと思うのだが、大丈夫だろうか?
とりあえず、何か食べないと、と思い、いつも通りに制服のポケットから財布を取り出し、" 買いに行こうとした "
やっぱこうなるのか…。予想通り、一葉が俺に話しかけてきた。
「…屋上、行こう?」
「……は?」
その時は気づかなかった。
「何か約束した覚えはないけど…そうか。愛の告白ってヤツか」
「…もうそれは通用しないって、キリトが一番わかってるはずだよ?」
まさか、こんなことになっていたなんて。
「……ね?」
一葉が手に持ってた物を見ていれば『まだ』逃げれたかもしれない。
「はい、あーん♪」
「……………」
今となっては逃げれない。
「……?」
「あの…ごめん……えーと……」
素直に口を開けることも出来ないし。何を言ってやればいいかわからなかった。
いや、ツッコミ所は沢山あるから、とりあえず…
この風景、だれがどう見てもおかしいだろう!?
なんで一葉が手作りの弁当を持ってきて、俺と一緒に屋上で食べるんだ!しかも
「あーん」ってなんだ!
「あーん」って!!
「……見た目、悪かったのかな……それとも…毎日食べさせちゃって…辛いのかな……」
ザクッ
鋭い何かが、俺の心臓に突き刺さった…気がする。
一葉が悄気ている姿を見ていると、途轍もない罪悪感に包まれた。
「……あ、あーん」
「…食べてくれるの?無理しなくてもいいんだよ?」
「…あーん!」
悲しげな表情から、一瞬で、にこっと、本当に嬉しそうな表情に変わった。
そして、箸の先にある食べ物を俺の口の中に入れた。
ん…これ、なんだ?玉子焼き…っていうか、ポイントはそこじゃない。
この甘くて濃厚な食べ物の名前なんて、今の俺にはどうでもよかった。
ポイントは………味!
「……うまっ!!!」
本当に舌がとろけそうになるくらいやばかった。あれが日本の食べ物なのかと思うと、あまり信じられない。…誉め言葉か?これ。
というか、一葉がこの最高の料理を作ったなんて、考えられなかった。
「…いつもと同じだけど。嬉しいな…」
「もっと、もっとだ!!」
一葉の声なんて既に届いてない。
数分間だけど、最高な幸せの時を過ごした。
「もぐもぐ…うん、一葉は最高のお嫁さんになるなもぐもぐ」
「キリトにだけなら…最高のお嫁さん、だよ?」
「もぐもぐ……ふむ…もぐもぐ…今の一葉なら結婚出来るぞもぐもぐ」
「……食べ物で評価してない?」
「もぐもぐ…そんなことはないぞもぐもぐ……もぐもぐこのニンジンも美味で食べやすいしもぐもぐ」
「…ま、いっか♪」
本当に幸せだった。
…何か忘れてるかもしれない。
でも、思い出したら、この幸せが終わってしまいそうな気がして…頑なに、心を閉じた。