【今宵の果てに─4】
もう夜は遅い、けど───
俺はリビングでぼーっとしてた。
ちょっとの間だけ、一葉を直視したくなかったから。
あの後、一葉がやっと
「キリトのベッドでいい」と喋ってくれたおかげで、俺が感じてた重い空気は開放された。
機嫌も直りつつ───
「…床で寝るの?」
優しい声で、一葉はそう言った。心配してくれてるのだろうか。
「別に…予備の掛け布団はあるから大丈夫だ。気にするな」
「でも……」
「あ、もしかして俺に襲われるとでも思ってるんじゃないだろうな。だからトイレで寝てろと…」
「ち、違うよっ!」
よかった。やっと…完璧に戻った。
なんだか、このいつもの光景が微笑ましくて…小さく笑ってやった。
「すぐには眠れないから…ちょっとだけ、勉強しない…?」
その発案は急にくるものだった。
眠れないのは俺もだが…勉強とはあまりにも…。俺がそう言おうとした時
「うん……勉強しよう!一応、まだ勉強会は続いてるんだし…」
まだ賛成も反対もしてないのに…。
ああ、俺に選択の道は存在しないのか。そう思った。
勉強してれば眠たくなる。そう、眠たくなる。
だが今日は別だ。なぜか…勉強しても眠たくならない。
俺の運命は最初っから決まっていたらしい。悲しいな…。
そんな最中、一葉がこう言ってきた。
「さっき…昔のことを思い出してたんだけど…」
昔…どれくらい昔のことなのだろう。
「昔って?」
「私とキリトが出会った時から…」
…はて?
そういえば俺は…どこでどうやって、一葉と出会ったんだ?
記憶力には自信がないからな…。と自分に言い訳するしかなかった。
「キリトがボールを…あの…リフティングって言うのかな?」
「え?リフティング…」
ああ。と小さく呟き、思い出した。あの時か。
それから…俺は一葉の思い出話に付き合った。
途中、勉強はどうしたんだ。とは思ったものの、
熱心に話している一葉の嬉しそうな表情を見て、どうでもよくなった。
「『結婚してやるから…』って。…ふふっ…」
「あ、あれ?俺そんな事言ったっけ?」
「言ってたよ。傷だらけの顔で。マジメに」
「…まああの時は小さかったからな。 今すぐにとは言わない。いつでもいいから忘れてくれ」
「…えー?…でも…ちゃんとした約束だよ…?」
「あのなあ……17で結婚出来るとでも思ってんのか?っていうか俺は20で結婚するつもりだから。理想はぶち壊したくないしな」
「あー、ひどーい!」
思い出話は案外、楽しかった。
気がつくと、一葉は横になって…正確には丸まって寝ていた。
寝息をたてながら、すうすうと。
…本当に勉強はどうしたのかと。
俺はため息をつき仕方ないなと思い、一葉をお姫様抱っこした。
腕にかかった…しっとりと、少し濡れた栗色の髪が柔らかくて、気持ちよかった。
どっかの童話みたいに、キスでもしないと起きないんじゃないかってくらい、幸せそうな寝顔だった。
そしてベッドに寝かせてやった。
「幸せだよな?一葉……」
返事が返ってこないというのは解ってても、小声でそう言った。言うしかなかった。
それでも、天使の寝顔は崩れない。
崩れないからこそ、どこか悲しい気持ちになってくる。
一葉の寝顔を見ていると、悲しみの感情しか生まれなくて…。
俺は部屋を出た。
それで今に至る。
特にやることも無いから呆けているのだ。
しかし…時間を無駄にしてる様な気がして…。
なんでもいい。何かしたい。そう思ったらパッと案が出てきた。
───散歩───
今の俺にはこれしか考えられなかった。
どれかと言うと、朝・昼・夜の中では夜が好きな方だ。
夜の空は暗いけど、綺麗に光る月が見れる。
そんな理由だけで、好きなんだ。
「今日は満月か……?」
パッと見、満月。
型が足りない様な…そう思う。でも月は満月だった。
【今宵の果てに得られるものは なんでしょう?
それが真心とするならば 煌びやかに活きるでしょう
月の下で過ごす小人 木々に囲まれ 幸寝旅】
これは小さい頃に読んだ詩。
その時は意味がまったくわからなかった。
もちろん今でもわからない。
大人になったら理解出来るだろう。と、信じている。
もう随分遠くまで来たかな。そろそろ帰るか。
途中で何かが起きる事も無く、無事に家に着いた。
父さんは…もう寝てるか。
リビングの電気を消し、自分の部屋に向かった。
目の前に広がる光景はなんと言えば宜しいのか。
地獄絵図よりもうちょっと軽めの単語は無いものかと、俺の脳は必死に検索している。
大した被害は無いが、困ったことに俺が今まで使用(勉強)してたノートが" 潰されてめちゃくちゃになっている "
とりあえずベッドから落ちたと思われる一葉を元に戻しておいた。
せめて起きろよ…!俺のノートのHPが無くなる前にさあ…!
コイツ寝相悪いのか…とか思いながら散乱していた筆記用具などを片づけた。
本当にやる事も無くなったので、俺は部屋の隅にあった掛け布団を取り出し、乱暴に床に置いた。
改めて思うことだが、この部屋は狭い。
(俺、コイツに潰されたりしないよな…)
そんな不安もあったけど電気を消して寝てみれば、意識が無くなると同時に不安はかき消されていった。
この話は短い様で長いんだな。作者ながら、しかも今更になって、そう思いました。 10話くらいに分けて投稿して終了。って予定してましたけど、あくまでもそれは『予定』で…orz 長い話で読み辛い作品ですが、それでも読んでくれてる皆様に感謝です。