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ドリームランドに王冠を  作者: 藍家アオ
1-1 星の煌き

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1-1-7 『星屑の洞穴』

「……お、起きた?」


 目が覚めると、視界いっぱいに白々とした骸骨の顔があった。飛び起きそうになるのを抑えて、ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。部屋の中には、俺とモラ・リトしかいない。


「ベッドが気に入らなかった?それとも、今世紀最大級の寝相の悪さ?」


「……はあ。いや、ここで死んだだけだ。」


 モラ・リトはカチカチと顎を鳴らし、驚いたように目を丸くした。


「なんと!暗殺者でも入り込んできた?」


「いや、まあ、似たようなものか?毒を貰ったようだ。」


 うーんと考え込む仕草をしたモラ・リトは、どうやら俺と同じ結論に至ったようだった。


「毒か……あの受付嬢かな?どうしてルモくんを狙ったんだろう?フラモちゃんなら、まだわかるんだけど……。」


「俺も、あまり心当たりはない。」


 人の恨みを買うようなことはしていない、と思う。十年を森の中で過ごしたがゆえに、人と関係を築けていない。犯人の動機(ホワイダニット)は闇の中だった。


「昨日だけで、一生分死んだ気分だ。」


「大抵の人は一生に一度しか死ねないからね。その分ボクたちはお得だね!」


 モラ・リトは愉快そうに笑いながら言った。お得かどうかはさておき、死んでも蘇ることができる、という意識が俺の行動を大胆にしていることは間違いなかった。


「死んだ経験がもたらす視座もある。決して無駄じゃないさ。さ、行くよ。荷物をまとめて。そうだ、これ、制服ね。」


 差し出された迷宮探索隊の制服は、白を基調とし、鮮やかな青色のアクセントが走る神秘的な意匠だった。フラモやモラ・リトの着ていた服と同じだ。細部の仕立ては体に馴染むようにされていたが、どうやって採寸したのだろうか。ペクーロは修道服だったことを思うと、ある程度の自由は許されているのだろう。





 ソリスの宿を出ると、その先でフラモが待っていた。


「すまない、遅れた。」


「フラモちゃん、おはよー!」


「おはよう。」


 フラモは短く挨拶を返し、歩き出した。移動は徒歩だった。俺はもちろん、徒歩以外での移動などしたことはないが、貴族やエリート探索者は馬車や飛竜便を使っている印象があった。


「馬車?飛竜便?そりゃ、使うこともあるし、迷宮探索隊の他の分隊には、隊所有の馬だったり飛竜がいるけど。うちの隊は四人しかいない上に、設立したてで実績もないから……。」


 フラモは遠い目をしている。どうやら予算事情は切実なようだ。


「まあまあ。ルモくんという、サポート人員その二も入隊したわけだし。第三分隊の躍進はこれからだよ!」


「サポート人員じゃなくて、戦闘要員が欲しいんだけど!ルモアル、あなたは迷宮を踏破できるくらいまで、ちゃんと成長するのよ。」


「善処する。」





 俺たち一行は一年中雷が降り注ぐ『カルヴェンキオロ雷鳴高原』近くの草原を歩き続けた。目的地である『星屑の洞穴』はもう近い。川のせせらぎが聞こえる場所で一時休憩を挟んだ時、フラモが不意に真剣な面持ちで話しかけてきた。


「ルモアルは、さ。自我が無いって言われたことない?」


「自我が無い?いや、そう言われたことは無いな。」


 突飛な質問に首を傾げる。フラモは俺の目をじっと見つめてきた。


「本当?」


「ああ。それどころか、この上ないほどに自我があると自負していたけどな。」


 己の思うがままに生きてきた。誰に何を言われようとも、自分の持つ芯を大切にしてきた。故に、彼女の、俺に同情するかのような視線は理解できなかった。


「どうしてそんなことを?」


 俺の問いに、フラモは足元の草をいじりながら視線を落とした。


「……寝る前にさ。ベッドに入って、布団をかぶって、目を閉じると。いろんなことが頭に浮かぶじゃない?」


 彼女はそう語り始めた。その経験は、理解できるものだった。


「私にとっては、あの時間は反省の時間なんだ。それで、ルモアルは第三分隊に入ってくれたけど……本当は嫌だったんじゃないかって。断り切れなかっただけなんじゃないかって、思っちゃって。」


「なるほどな。」


 彼女なりに、俺を強引に誘ったことを気に病んでいたようだった。


「それほど考えてくれていたのはうれしいが。心配は無用だ。迷宮探索隊に入隊したのも……。」


 あの老人の頼みを聞き入れ、この胸に使命を宿し、死を繰り返す生き方を受け入れたのも。森で過ごすことを選んだのも。孤児院を出たのも。きっと、この世界に生まれてきた事さえも。


「俺がそうしたいと思ったからだ。何も気にする必要はない。」


 フラモは再び、じっと俺の目を見た後、はあと息を吐いて勢いよく立ち上がった。


「さあ行こう。迷宮は近いんだろう?」


「ええ、そうね。ねえ、やっぱり剣術にしない?いつでも教えるよ?」


 なぜか川遊びをしていたモラ・リトを呼び戻し、再び歩き出す。日が真上に上る前に、目的地に到着した。木々の中、一つの洞穴が大口を開けるように佇んでいた。『星屑の洞穴』だ。






 洞内は水晶が微かに発光し、その名の通り星屑を散りばめたような美しさだった。そこに現れたのは、半透明に澄んだスライムだった


「『星屑の洞穴』は全三階層。一階層はモンスターは少なめ。二階層から増える。種類も多くなるよ。で、三階層がボスのいる階層だね。」


 手本を見せると意気込んだモラ・リトは、死闘を繰り広げたものの、無様にもスライムに敗北していた。


「も、モラ・リト。大丈夫か?」


「いやぁ、行けると思ったんだけど。」


 スライムに敗北したスケルトンは、頭蓋骨だけとなってもなお笑っていた。スライムはモラ・リトの大腿骨を体内に取り込み、ゆっくり消化しようと試みていた。手を突っ込んで、力任せに取り出してモラ・リトに返す。彼はやはりカタカタとうるさく音を立てながら、元の姿に戻った。


 おもちゃを取り上げられたように怒ったスライムが、俺に向かって飛び掛かってきた。が、そのスピードも威力も、ドリームランドで猫たちと戦った『水銀の欠片』の比ではない。


 手に持った鉄の棒を振り抜き、ボールを打ち返すようにスライムを叩き落した。バチンという音と共に壁に叩きつけられたスライムは、そのまま弾けて粒子となった。その跡にスライムゼリーが残されていた。迷宮のモンスターは討伐すると死体は残らず、代わりに戦利品を落とす。探索者たちはこのような戦利品や、迷宮内で発見したアイテムなどをギルドに売ることで収入を得ているのだった。スライムゼリーを拾い、背嚢にしまう。


「ボクの本分は魔術なんだ。棒術は、接近戦になったときに杖で応戦するために必要だった。だから、どっちかという防御に長じている。ルモくんには、ぜひ、すぐにでもボクを超えて、応用までやることを考えてほしいな。」


 スライムに敗北した棒術の師は、それでも高尚に教えを説いた。





 その後も、スライムを相手に実践を繰り返した。緑色の風スライムが放つ風弾を最小限の動きで躱し、間合いを詰める。


「そこ!」


「ふっ!」


 棒を突き出し、連撃を加える。動くスライムを手玉に取るように空中ではじくが、まだ一撃の重さが足りない。何回も攻撃を加え、ようやく倒すことができた。


「器用だね!だけど、ちょっと力が足りないかな?もっとお肉を食べよう!食費は隊が出してくれるからね。」


 モラ・リトがタオルを差し出すタオルを受け取り、汗を拭った。


「これで一階層か……。二階層が思いやられるな。」


「そんなことないよ。ルモアルはうまくやってる。二階層からは私たちも補助に入るよ。」


 すでに十体以上のスライムを討伐した。火炎、岩、水――。魔力を持たぬ俺にとって、敵の属性に合わせた棒術の捌きは良い修練になった。


「ここだね。ここを降りると、二階層だよ。」


 一階層から二階層へ続く階段を下る。薄暗い階段で、火炎スライムからフラモの火魔術に話題が移った。モラ・リトが、自分の事でもないのに自慢げに言った。


「フレイムハート家は妖精と契約した一族なんだよ。」


「ええ。授かった特性は『炎の心臓』。その能力は……あ、スライムだね。」


 噂をすればなんとやら、二階層で初めて接敵したのは火炎スライムだった。前方からこちらへ這い寄ってきた。その数は多く、五体は居るように見えた。やはり二階層になると、難易度が上がるようだ。


「ちょうどいいんじゃない?フラモが戦いなよ。」


 モラ・リトの言葉に、フラモが一歩前に出た。腰に帯びた剣を抜き放ち、先頭の火炎スライムを斬り飛ばした。真っ二つにされたスライムは少し動いたのちに、粒子と化した。フラモは、その自信の通り剣術にも長けているようで、目で追いつけないほどの剣さばきだった。あっという間にスライムは数を減らし、残り一匹となった。


「おお……。」


 そのまま最後の一匹も、と思ったところで、フラモはスライムと距離をとった。何かするようだ。彼女が胸に手を当てると、ドクンと空気を震わすような鼓動が洞穴内に響いた。周囲の温度が劇的に上昇した。


 フラモの髪が、燃え上がるように先端から鮮やかな赤に染まっていく。瞳は薪をくべた炉のように烈火が揺らめいていた。身体から発せられる魔力は、見て取れるほど濃密で圧倒的だった。


「スライム相手には、出力が過剰だから。ちょっとだけね。」


 髪の先端が少し染まった程度で、彼女はその鼓動を抑え込んだ。


「『炎の心臓』、その力の一端を見せてあげる!」


 :剣を地面に突き刺すと、両手を広げたフラモは、燃えるような魔力をその手に集めた。嵐の前の静けさのように、一瞬静まり返った魔力は、次の瞬間爆発するように勢いを増した。渦を巻く炎が現れる。


『炎の翼』(フレイム・ウィング)!」


 その炎は一つの形を成した。火の鳥を模したその魔術は、洞窟の天井を覆わんばかりの翼となって飛翔した。


 激突と爆発。強烈な爆風にさらされながら、俺が見たのは、戦火の中に立つフラモのどこか狂気的な横顔だった。


「なにがちょっとなんだい?やりすぎだよ、フラモちゃん!」


「あ、あれ?おかしいな……?」


 二階層中のスライムを一掃してしまったフラモが、我に返ったように首を傾げた。


「ルモくん、大丈夫だったかい?」


「ああ。それにしても、フラモは本当に強いな。魔術もそうだが、剣術も一流なんだな」


「へへ、ありがとう。」


「ダメダメ、そんなに褒めると、まーた調子に乗るんだから!」





 スライムのいなくなってしまった二階層を後にして、俺たちは三階層に向かう階段を下った。いよいよこの迷宮の主と対面する。だが、俺の心の中には一つの確信があった。あの『水銀の欠片』よりも強いことは無いだろう、という確信だ。初心者向けの迷宮で、あれほどの脅威が出現するはずがない。


 階段を下る道中、俺はふと気になっていたことを口にした。


「二人は、魔道具を使わないのか?」


 モラ・リトとフラモは互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「ボクは使えない、が正しいかなぁ。この体になってから、顕現させようとしてもできないんだ。魔術も同じ。」


 その答えを口にするモラ・リトは、どこか寂しげだった。


「どんな魔道具なのか、聞いてもいいか?」


「うん。ボクの魔道具は、三日月を模したネックレスだよ。とても綺麗なんだ。」


 モラ・リトはそれ以上を語らなかった。本当はどんな能力があるかなど知りたかったが、聞くことはできなかった。


 そしてフラモは……。


「私の魔道具は……他の人に貸しているのよ。」


「そんなことができるのか。」


 彼女も、頷き微笑みを浮かべるだけで、あまり語りたがらなかった。


「さ、いよいよこの迷宮の主にたどり着いたよ。」


 遺跡然とした重厚な人口の扉を開けて、この迷宮の主が待ち受ける部屋へと足を踏み入れた。


「たどり着いたんだけど……なにもいないね。」


「ほかの探索者が倒したばかりなのかしら?」


 だが、そこには静寂だけが満ちていた。

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