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ドリームランドに王冠を  作者: 藍家アオ
1-1 星の煌き

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1-1-5 猫の集会

「抜かりなくわしの使いを果たしたようじゃな、夢見人よ。」


「……すまない、頭の処理が間に合っていない。あー……。」


 こめかみを指先で押さえ、思考の断片を繋ぎ合わせようとした。まず、俺はなぜドリームランドに来た?もちろん死んだからだが、なぜ死んだのか。


 あの激しい手足の震え、体内からせり上がった血の味。おそらくは毒か。人生初の体験だった。今日一日を思い返したとき、毒を盛られるような隙があった場面には、一つしか心当たりがない。


「あのギルドの受付嬢か。」


 心底面倒そうに、それでいて手際よく手続きをしていたピンク髪の彼女。あの採血の瞬間か。


 思考のから浮上すると、足元で柔らかい鳴き声がした。見下ろせば、そこにはあの猫がいた。


 小さき体。尖った耳に長いひげ。割れた瞳に四つの足。全身を覆う体毛、揺れる尾。


 もはや忘れかけていた、老人が課した使いの条件を完璧に満たすその姿を改めて見つめ、俺は溜息をついた。


「なるほど。使い、というのは猫への取次だったのか。」


「おお、プルーム様。お久しゅうございます。」


 俺の納得をよそに、老人は深々と腰を折った。これまでの傲慢な態度はどこへやら、猫に対してだけは驚くほど丁寧な口調で接している。足元の猫は、その敬意を当然のものとして受け流し、ただにゃあと短く鳴いた。


「……猫が、異種族なのか?」


「そうだとも。彼らはこちら側の生命体。現世と夢の世界、そしてドリームランド中を自由に移動する者達であり、ゆえに我らが王の使いであるのだ。」


 老人は自慢げに言った。だが、俺の目には、どこからどう見てもただの猫にしか見えない。


「ただかわいらしい小動物にしか見えないな。」


「これ、もっと敬意をもって接しないか。彼らは敬意に欠けた人間を嫌う……はずなのだが……。」


 老人はハラハラとした様子で猫の顔色を伺ったが、プルームは機嫌を損ねるどころか、俺の足首に体を擦り寄せている。


「こほん……。さて、夢見人よ。『夢見の銀鍵』を出すがいい。わしが、そなたに新たなる鍵を授けよう。」


「おお、頼む。」


 俺は意識を集中させ、右手の掌に銀色の光を収束させた。冷たい感触と共に『夢見の銀鍵』が顕現した。老人がおもむろに懐から何かを取り出そうとした。その瞬間、ナイフで刺殺された前回の記憶がフラッシュバックし、一瞬身体が強張った。


「鍵守は試練を果たしたり。ここにその証左を刻まん。」


 警戒は無用だった。老人が取り出したのは、鈍く光る銀の輪だった。彼がそれを俺の掌にある銀鍵に触れさせると、淡い光が溢れだした。


 金属が溶け合うような柔らかな音が響き、銀の輪は鍵の一部へと変質していく。そこに新たに、夕日のような輝きを放つ金の鍵が追加された。二つの鍵は一つの鍵束となり、俺の身体の中へ溶け込むようにして再び消えた。


「ほれ。二つ目じゃ。」


「鍵は増えたが……何が変わったか、まだわからないな。能力は……いや、やっぱりいい。自分で試すことにしよう。」


「ほほ。学習したか。」


 老人は皮肉げに口角を上げたが、その直後、どこからか凛とした少女のような声が響いた。


「意地悪なお爺さんだこと。」


「ん?」


 周囲には見えない誰かの声に、周囲を警戒した。老人の歪んだ顔も、その声には困ったような苦笑いを浮かべる。


「そう言わんでくだされ。」


「大事な大事な鍵守さんなのよ。大切にしないと。」


 老人の視線は足元に——あの猫、プルームに向いていた。彼女の喉が微かに震え、そこから人の言葉が紡ぎ出される。


「にゃあ。どうも、鍵守さん。」


 彼女は丁寧に頭を下げた。プルームの声は、俺の知っているどんな生き物よりも澄んでいて、しかしどこか人間離れした響きを持っていた。


「どうも。……で、どういうことだ? 」


「む、わからんか。鍵の力じゃよ。」


 老人がもったいぶって告げる。


「『夕映えの金鍵』……その能力は、あらゆる言語の理解。」


 そういうことか。この灰色の猫、プルームが人の言葉を話しているのではなく、俺が猫の言語を理解できるようになったのか。望んでいた戦闘向きの能力ではないが、しかし便利で強力な武器となる可能性を秘めた能力だった。


「それだけに留まらないが……すべて説明するのは野暮じゃろう。あちらに戻れば、じきに分かるはずじゃ。」


 老人は意味深に笑い、それ以上は語ろうとしなかった。代わりにプルームが俺を見上げ、尾を小さく振った。


「鍵守さん。今夜はね、私たちの集会があるのよ。あなたにもぜひ来てほしいわ。」


「集会?ああ、もちろん同席させてもらおう。」


「もうすぐはじまるわよ。ほら、門が開いたわ。」


 プルームが視線を投げた先、巨大な門が音もなく開き、黄金の光が差し込んできた。そこから、何十、何百という猫たちが、整然とした足取りでぞろぞろと出てくる。


「ん。なにか、一人……ちょっと違うやつが混じっているな。」


 俺は最後尾に目を凝らした。四足歩行の猫たちの中に、一際目立つ直立歩行の影があった。兎の耳が生えていた。兎人族だ。今日見た受付嬢とは違い、その耳はぴんと立っていた。


「ああ……奴か……。」


 老人が、珍しく心底嫌そうな顔をして顔を背けた。


「奴は、少々やかましい。老人の耳には響きすぎるほどにな。」


 老人はそう吐き捨てると、集会の喧騒を避けるようにどこかへ消えてしまった。


「さあ、鍵守さん。どうぞこちらへ。」


 プルームに案内されるまま、俺は猫の集団へと足を踏み入れた。中央には、一際貫禄のある猫が座っていた。


「ごきげんよう、ナットさん。」


「おお、プルーム。よく来たな。それに、そっちは新しい鍵守か。」


 右目に深い傷跡を持つ、濃い灰色の毛並みの老猫――ナットが俺を睨んだ。その鋭い眼光は、歴戦の戦士のような威圧感を放っている。


「歓迎する。ほら、そこに座れ。では集会を始める。」


「座らせてもらいましょ。鍵守さんも遠慮しないで。」


「失礼する。」


 俺はプルームの隣に腰を下ろした。視界の限り、猫、猫、猫。百匹を優に超える大群の中に、俺と、先ほどの兎人族の女。俺たち二人は異様に目立って見えた。


「今日の議題は二つ。一つはこいつ、鍵守について。二つ目は、月の異変についてだ。」


 ナットの宣言にも関わらず、猫たちの態度は自由奔放だった。隣の猫とじゃれ合ったり、熱心に毛づくろいをしたりと、およそ会議とは思えない空気だ。


「まず一つ目から。といっても、特に何かあるわけではない。紹介、顔合わせといったところだ。ほら、挨拶してくれや。」


 ナットに促され、俺は無数の猫たちの視線を一身に浴びながら立ち上がった。


「ルモアルだ。よろしく頼む。」


 短く、淡々と挨拶を済ませる。すると、広場を埋め尽くした猫たちが一斉ににゃーと返事をした。言葉を理解できるようになっても、それはただの鳴き声だった。人間でいう相槌のようなものなのだろうか。


「よし。じゃ、次。月で起きている事件について……代表者を連れてきてる。おい!ライヤ!」


 ナットが大声で呼ぶと、猫たちの影から一人の女性が元気よく飛び出してきた。


「はいはーい!いやぁ本当にお待たせしました!星間飛行はあんなに大変なんですねぇ。皆さんの星間跳躍が羨ましいかぎりで。あ、どうもご紹介にあずかりました、月からの代表者ライヤ・イヤフロップでございます!」


 彼女は防寒用のイヤーマフのような形の雷を体に装備していた。おそらくは魔道具だろう。そこから覗くピンク色の髪と、ぴょこぴょこと動く長いウサ耳。


「本当はもうちょっと世間話でもしたいところなのですが、油を売っていたらお姫様に怒られてしまいますから。早速本題に入らせていただきますね。」


 ライヤは、腰のベルトに固定していた頑丈そうなポーチを外した。


「前回お手紙でお知らせしたとおり、現在月では三つの重大事変が起こっています。」


 彼女は三本の指を立て、表情を引き締めた。


「一つ。王権の象徴、黄金ニンジンの盗難。二つ。殺人ウサギウイルスの出現および流行。そして三つ。謎の水銀粘性体の飛来。」


 広場のざわめきは収まり、真剣な空気が漂い始めた。


「特に三つ目の水銀粘性体による被害が大きく、対応が急がれます。これに、皆さんのお力を貸していただけないかということで、今回の集会に参加させていただきました。」


 彼女は深くお辞儀をした。その勢いで、ウサミミがぴょこんと跳ねた。


 猫たちの反応はここでも様々だった。興味なさげに欠伸をする者、隣の猫と相談を始める者、黙って考え込む者。


「俺たちの方針は変わらない。興味がある奴だけ行けばいい。」


 ナットが冷淡に言い放つと、ライヤは慌ててポーチを掲げた。


「実際に見るとわかりやすいと思い、捕獲してきました!これです!」


 彼女は猫たちの視線に合わせるように膝をつき、ポーチの封印を解いた。俺とプルーム、そしてナットもそれを覗き込む。他に興味を持った猫たちも近づいてきた。


 中には、液体のように揺らめく水銀のような物体が入っていた。だがそれは自意識を持っているかのように、ポーチの中でぶよぶよと形を変え、奇妙な質感で蠢いていた。


「ほう。こんな奴が、月を侵略しに来たのか。」


「どうやってこれを捕獲したのでしょうか? かなり危険なもののようですが。」


 プルームが問うと、ライヤは誇らしげに胸を叩いた。


「本体と思しき個体は超巨大なんですけど、それ以外にも小型の個体が無数に攻めてきておりまして。そのうちの一匹を殴って気絶させたのです。私の必殺ビリビリパンチで!」


 俺は身を乗り出し、その『水銀の欠片』を観察しようとした。その生命体らしくない生命体が微かに揺らめいた気がした。そのとき――。


「うぷっ!?」


「鍵守さん!?」


 突如、ポーチの中で大人しくしていた『水銀の欠片』が爆発するように跳ねた。それは俺の顔面へと飛びつくと、生き物のように広がり、的確に鼻と口を塞いだ。冷たく、粘り気のある感覚が喉の奥まで入り込もうとしてくる。


 剥がそうとしても、ぐにゃりとしていてうまく掴めない。呼吸能力が奪われ、徐々に苦しくなってきた。


「にゃあ、全然だめ! 滑って掴めないわ!」


 プルームたちが必死に爪を立てるが、水銀は傷一つ負わず、さらに俺の顔を締め上げる。


「ライヤ!どうにかならないのか!」


「こいつ、雷はあんまり効かないんです!この状態、私の魔道具で攻撃したら、鍵守さんまで一緒に殺しちゃう!」


 視界がチカチカと火花を散らし始めた。万事休すか。

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