1-1-4 キャット・ダイヴ
不思議で愉快な三人組と別れ、森の中に潜めた寝床を解体した。随分と長い時間をここで過ごしたが、また戻ってくることはあるのだろうか。血に染まり破けた服も一緒に処分し、孤児院のシスターから餞別に貰った服に着替えた。薄く耐久性に難があるため、街に顔を出すときにしか着ない服だった。
森を後にした俺は、彼らに教えられた場所へ向かっていた。もはや空は暗く染まり、月明かりだけが夜道を歩く助けだった。指定されたのは、俺のよく知る街だった。孤児院のある、今でも年に一回の頻度で通う街だ。
街の名はアヴェンツィンドロ。金木犀と舞踏の街。この森から近い場所にある、俺の故郷だった。フラモ達の拠点はアヴェンツィンドロの二つ隣の街にあるようで、遠征から帰る途中にここを経由しているのだと語っていた。
街へ入ると、ふわりと華やかな金木犀の香りが広がっていた。この街の香りは、いつも懐かしい記憶を思い出させる。
「探索者ギルドか……。入ったことは無いが、確かこの辺りに……。」
彼女たちは、探索者ギルドにて待つと言っていた。探索者ギルドの建物は白く大きく、わかりやすい。すぐに目的の場所は見つかった。
窓から光が漏れ出している。扉は閉まりきっているが、騒がしい声は外まで聞こえてきた。探索者ギルドは、こうして夜間には酒場としての一面ももつ。扉を開けると、熱気と酒の匂いが押し寄せてきた。
探索者たちはテーブルにつき、己が戦友と酒を飲み交わしていた。飯を喰らい、今日の獲物は手強かった、それでも生きて帰ってこれたと楽しそうに話している。多少乱暴な雰囲気もあるが、しかし、ここでは誰もが笑顔だった。
この宴会の奥では、ギルドの職員たちが忙しそうに働いていた。受付で探索者の対応をする者、提供する酒と飯をつくる者がせわしなく動き回っていた。
「ああん?懐かしい顔がいるじゃねえか、おい!」
喧噪の中で、一際大きな声が近づいてきた。にやにやと笑みを浮かべた大男だった。
「どうしたんだぁ?お前みたいな無能が、まさか探索者ギルドに用事でもあるのか?」
酒精を孕んだ息が顔に吹きかかる。どうやら彼は、俺のことを知っているようだった。俺は彼のことを知らないが、この街では、俺は悪い意味で知られている。きっと彼も、俺の噂を知っている一人なのだろう。
彼の大声は、この騒がしさの中でも、ちょっとした注目を集めてしまっているようだった。好奇と嘲笑の混じった視線を周囲から感じた。
「そうだ。迷宮探索隊を知らないか?待ち合わせをしているんだが……。」
「迷宮探索隊ぃ?はっ、無能は嘘も吐くんだなぁ!迷宮探索隊ってのはなぁ、エリート様なんだ!だから、お前みたいなやつが関われるわけねーだろって……ん?」
大男の肩に、ひたりと白い手が添えられた。彼が振り向いた先には、不気味な笑みを張り付けた骸骨が。
「ぎゃぁ!スケルトン!?」
見たことのあるスケルトン——モラ・リトは無言でただカタカタと骨を鳴らした。
「あんまりうちの隊員を馬鹿にしないでくれる?」
こつこつと靴を鳴らしながら、フラモが歩いてきた。腕を組み、顔と態度で不満をアピールをしていた。よく見ると、フラモとモラ・リトの服は似たデザインだった。迷宮探索隊の制服なのだろうか、彼女たちをみた探索者たちは一様に驚きを浮かべていた。
「ひっ、本当に探索隊!?しかも、だ、第三分隊!?ゆ、許してくれ、許してくれ!」
俺に絡んできた探索者は顔を青ざめ、うわごとのように謝罪を繰り返しながらギルドを出ていった。一瞬静まり返った酒場は、しかしすぐにざわめきを取り戻した。
「ボクたちの勇名が、轟きまくっているようだネ。」
「どちらかというと、悪名じゃないか?あんなに怖がっていたが……。」
モラ・リト達は過去に蛮行でも働いたのだろうか。一日に満たない付き合いだが、彼ならやりかねないとも思えた。
「あんまり真に受けちゃだめだよ?」
「酔っぱらいの戯言だろう。そこまで気にしていない。」
魔力無き身に生まれてから、このような理不尽な絡まれ方をするのはそう珍しいことではなかった。雨が降るのと同じように、ほんのすこし面倒だと感じる程度に慣れていた。
「そう。ならいいのだけど。さ、よく来たわね。ルモアル。迷宮探索隊に入隊するにあたって、探索者ギルドに加入する必要があるわ。」
「探索者登録だね!」
フラモ達に連れられ、にぎやかな酒場スペースを抜けて受付へと向かった。ペクーロが受付嬢となにやら話していた。
「……じゃあ、それでお願いします。」
「はーい。」
カウンターにいたのは、見るからにやる気のなさそうな女性だった。ピンク色の髪に、垂れ下がった兎の耳。丸眼鏡の奥にある瞳は、重たげな瞼に半分ほど隠れている。
「お、出来るって?」
「はい、できますよー。とっても面倒ですけど。」
受付嬢は自身の性格を隠そうともせずに、大きくあくびをした。ごそごそと棚を探り、小さななにかを取り出した。採血用の穿孔針だった。
「ここに指を置いてくださいねー。ちょっとちくっとしますけど。」
「これでいいか?」
差し出された針に指を押し付けると、微かな痛みとともに少量の血が指から落ちた。
「はいじゃあちょっと待っててくださいねー。」
彼女は重い腰を上げるように立つと、のそのそとした足取りで奥の部屋へ消えていった。
「態度はちょっとあれだけど、仕事は早い人だね。」
フラモが小声で囁く。その言葉に合わせるように、奥からプレートを刻む音が響いた。
「聞こえてますよー。耳だけは良いので。」
「あら。ごめんなさい。」
フラモは苦笑しながら、俺と顔を見合わせる。しばらくして戻ってきた彼女は、銀色のプレートをカウンターに置いた。
「はい。これが探索証になりますー。名前はこちらで刻みますねー。ということで、お名前は?」
「ルモアルだ。」
カツカツと名前が刻まれる金属音はすぐに止んだ。プレートが差し出される。表面には、剣と盾の紋章と『探索者ギルド探索証』の文字が書かれていた。裏返してみると、俺の名前が刻まれていた。
「これで間違いありませんかー?」
「ああ。大丈夫だ。」
「では、これで登録は終了ですー。気を付けてお帰りくださいー。」
彼女はそれ以上の会話を拒むように、カウンターに突っ伏した。
「ありがとう。」
俺たちはギルドを後にした。次にフラモ達に案内された場所は、彼女たちが宿泊している宿だった。木製の洒落た宿で、金木犀の香りに満ちていた。
「ボクたちはここに宿泊しているんだ。明日までだけどね。良い宿でしょ?」
「ソリスの宿か。確かに、貴族が泊まるような良い宿だな。」
ソリスの宿は、街でも一、二を争う最高級の宿だった。遠くから眺めたことしかない、豪華でいて華美過ぎない門構えに圧倒された。
「流石、詳しいね。」
俺の言葉にモラが感心したように頷いた。薄暗い森とは真反対ともいえるまばゆい宿に足を踏み入れることに、落ち着かなさを感じた。
「予定では、明日の早朝にここを出て、拠点に戻る……だったんだけど。道中にちょうどいい迷宮があるんだよね。」
「ああ!『星屑の洞穴』だね。」
フラモ達は宿のロビーで、これからの予定について話し合いを始めた。
「出現モンスターはスライムオンリーの、初心者向け迷宮!行くっきゃないね。」
「そんな迷宮があったのか。」
スライムはあらゆるモンスターの中でも、与しやすい相手だと言われている。子供でも倒せるようなモンスターだ。魔力の無い俺は苦労するだろうが、それでもこれ以上ない修練の場となるだろう。それに、初心者向けの迷宮であれば、踏破すら可能かもしれない。迷宮が攻略できれば、新たな能力が手に入る。
「『星屑の洞穴』でルモくんを特訓だね。」
「そういえば、ルモアルは自分の武器を持ってる?」
フラモの問いかけに、自らの装備を思い返す。
「ナイフはあるが、とても戦闘向きではないな。」
それは護身用というよりは、森で獲物を解体したり、枝を削ったりするための道具だった。
「獲物も用意しようか。短剣が良いのかな?」
「せっかくだし、どんな武器が向いているのか探したっていいんじゃない?」
「私は、格闘術しか扱えないので……。」
ペクーロはそう言って、静かに厚みのあるこぶしを握って見せた。彼に教わるのは、さすがにハードルが高い気がした。
「ボクは棒術なら教えられるよ!」
「私は剣術かな。」
三人の提示した選択肢を吟味する。
「さあ、ルモくん!誰を選ぶ?」
俺に戦闘術の知識は無い。ゆえに、選考基準はほとんど勘のようなものだ。そして選んだのは……。
「じゃあ、棒術が良いな。」
「おおっ、まさかボクを選ぶとは!やっぱりいい目をしてるねぇ。」
モラ・リトが顎の骨を鳴らして歓喜した。棒術を選んだ理由は、ただ森の中で枝を振り回した経験を思い出したからだ。スケルトンから棒術を教わるというのも、なかなか面白い経験になるだろう。
「ま、向いてないと思ったらすぐに止めて、フラモちゃんなりぺっくんなりに教わればいいよ。」
「ああ。贅沢な環境だな。」
「へへ、それほどでも、あるかなぁ?」
モラ・リトは照れたように笑った。その横で、ペクーロが静かに歩み寄ってきた。
「私は少し、聖教会に用がありますので。数日離れます。」
「あいよー。気を付けるんだぞ。」
「はい。皆さんも、無理はしませんよう。」
ペクーロは一礼すると、夜の中へと静かに消えていった。
「ようし、じゃあ明日に備えて寝るとするかぁ。」
「しっかり休むのよ。特にルモアル。」
宿の廊下で二人と別れ、俺は割り当てられた客室へ。ふかふかのベッドを触ると、孤児院時代を思い出すとともに、忘れていた疲れが噴出した。
休もうと腰かけると、正面の窓の外になにか動く影が見えた。フラモが探していた猫だった。
「ああ、ちょっと待て……。」
猫が前足で窓をひっかく。俺が鍵を開けた瞬間、猫は勢いよく飛び込んできた。慌てて抱きとめた瞬間に、体がふらりと揺れた。バランスを崩し、床に手をつくようにして腰から倒れた。
「……あ?」
何かおかしい。
「がはっ……。」
不意に口からあふれ出したのは、血だった。視界は歪み、体中が燃えるように熱い。もはや体を支えられなくなった手が、折れるようにして力を失う。仰向けに倒れた俺の腹に、何かが乗った。
窓から差し込む月明かりが、雲に覆い隠された。
「抜かりなくわしの使いを果たしたようじゃな、夢見人よ。」
俺は、また夢の世界にいた。




