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ドリームランドに王冠を  作者: 藍家アオ


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1-1-3 入隊

 彼女らの視線は鋭かった。さもありなん。眼前で狼に殺されたはずの人間が、次の瞬間にはけろっと生き返っていたのだ。誰だって警戒するだろう。しかし、俺にはその警戒を解く手段がない。なぜなら、俺自身もこの現象をよく理解していないからだ。


「ああ。死んでいたぞ。」


 肯定の一言に、フラモとモラ・リトの間に困惑が見てとれた。


「どういうことだい?」


「どうも、厄介なことに巻き込まれているみたいでな。死にきれない体になったようだ。」


 夢の世界、謎の老人、そして魔道具。説明しがたい、非現実的な事実を俺なりに言葉にした。


「へぇ……よくわからないけど、そんなもんなんだよね。ボクも、なんでこうなったかわからないし。」


 モラ・リトは自らの骨の身体を軽く叩き、共感するように言った。彼も俺と同じように、死ねない体を持っているのか。


「その道のセンパイとして、困ったときはボクを頼ると良い!」


「助かるな。」


 やはり世界には多様な人がいるものなのだと再認識した。このような特殊な状況に陥っても、似た境遇の相手がいるのは案外心強い。運命的な出会い、というやつか。


 ふと気になったことがあったので、彼らに倣い一つ問いを投げた。


「早速だが、俺も質問をしていいか?」


「なんでも聞いちゃって!」


「今日は、なんでここに来たんだ?水晶洞窟に用があったのか?」


 森の奥深くには、一つの迷宮がある。煌く水晶が無数に散乱する洞窟だ。狼たちの住処でもある。この森に入る多くの者は、そこが目当てだ。彼女らもきっとそうなのだろうと当たりをつけていたが、フラモのはっとした表情を見るに、なにやら事情があるようだった。


「ああ!そういえば、猫ちゃんのこと忘れてた!」


「今日の依頼は猫探しだったのかい?」


「そう。プルマリア家の飼い猫が一匹逃げちゃったって。その猫を見つけて、追いかけてたらこんなところまで……。」


 依頼というのは、迷宮探索隊なる組織に届けられたものだろうか。しかし、これほどの実力がある、大貴族の娘がまさか猫探しとは、随分とのんびりした組織なのか、それとも何か事情があるのか。


「まずいよ、もう日が暮れてきちゃったよ。こんな危ない森の中でか弱いネコチャン一匹、無事でいられるのかな。」


「不安を煽るようなこと言わないでよ!」


 そう考えながら、慌てふためくフラモとモラ・リトを眺めていると、いつの間にか姿を消していた男が戻ってきた。


「あ、ぺっくんが戻ってきた。どこに行ってたの?今大変なことに……おや、もしかしてそれは?」


「この子ですか。火消しの際にちらりと見えたので。」


 その腕の中には、小さな白い猫が一匹、抱えられていた。


「あっ!その猫!私が探してた猫ちゃんだ!ペクーロ、ありがとう!」


「どういたしまして。」


 男は静かに頷くと、抱えていた猫をフラモへと預けた。


「ぺっくん。こちらはルモくん。ルモくん、こちらはぺっくん。」


「モラさん。その紹介方法では情報量が少なすぎますよ。」


 男からは丁寧な印象を受けた。修道服を着ているからだろうか、彼からはどこか孤児院のシスターと似た雰囲気を感じた。


「ルモさん。私はペクーロと申します。私の本分は放浪ですが、今は縁あって迷宮探索隊第三分隊で便利屋のようなことをしています。皆さんと一緒にいることは少ないですが、どうぞよろしくお願いします。」


「よろしく頼む。」


 ペクーロの挨拶に応えると、彼はにっこりと笑みを浮かべて手を差し出した。こちらも手を出して握手を交わした。不思議な人たちだ。今まで会った人間たちは、孤児院の人々を除いて、俺のことを極端に避ける傾向にあった。彼らのように敵意のない人間は珍しい。


「あっ。」


「おっと。」


 猫はフラモの制止を待たず、その腕から軽やかに飛び上がると、俺の肩へと飛び移った。柔らかい重みが肩にかかり、喉を鳴らす微かな振動が伝わってきた。


「おや。このネコチャンはルモくんを気に入ったのかな?」


「む……。」


 ちょっぴり不満そうに、フラモは口をへの字に歪めた。


「フラモちゃん、嫉妬かい?ネコチャンが羨ましい?」


「そっちじゃない!」


 からかわれたフラモが、モラ・リトの肩を叩いた。その力が強かったのか、はたまたスケルトンの耐久力に難があるのか、モラ・リトの身体がばらばらに散った。カタカタと音を立てながら組み上がる。蜘蛛のような形になった。沈黙が場を支配する。地を這うモラ・リトを、フラモは無言で蹴り上げた。ギャーという滑稽な悲鳴とともに、再び彼はばらばらになった。とにかく、彼の不死性の一端を見た気がした。


「とにかく、これで依頼は完了。早く戻って、飼い主を安心させてあげないと。」


 モラ・リトの再生も一段落し、フラモが戻ろうと進みだしたとき、スケルトンの白い手がその肩を掴んで引き留めた。スケルトンの逆襲か?


「そういえば、フラモちゃん。第三分隊うち、絶賛隊員募集中じゃなかったっけ?ルモくん、どう?」


「え?確かに人数は少ないけど、別に……むぐ。」


 モラ・リトがフラモの口を骨の手で強引にふさぎ、小さな声で何か話していた。内緒話のようだ。聞こえないふりをしておこう。


「フラモちゃん。この子、絶対何かあるよ。たぶんだけど、このままにしておいたら危険だ。」


「それは……いつもの勘?」


「そう。私もちょっと気になっていたし、ちょうどいいわ。」


 モラ・リトの確信に満ちた言葉を受け、フラモは一瞬だけこちらを見た。そして、大きなため息を一つつくと、こちらへ向き直った。


「こほん。まあ、確かに隊員は欲しいわ。なんてったって、第三分隊は私たち三人しかいないんだもの。」


 彼女の瞳には好奇心のほかに、同情心、憐みのようなものが見えた。


「それで……ああもう、いつになっても慣れないわ。」


 彼女は意を決したように声を張り上げた。


「ルモアル。迷宮探索隊に入隊しない?」


 それは誘いだった。迷宮探索隊の名は、誰だって聞いたことがある。迷宮を開拓する探索者たちが集まる探索者ギルド。そこに属する探索者たちが作り上げる組織がクラン。迷宮探索隊はクランの一つであり、もともとは国家が運営していた歴史を持つ古きクランだ。


「迷宮探索隊……。」


「結構自由な職場だよ?特に、第三分隊は。ねえ、ぺっくん。」


「そうですね。私は特に我が儘を聞いてもらっています。ただ飯食らいの自覚はありますが、それでもちょっとした小言を言われるくらいですので。素晴らしい職場ですよ。」


 モラ・リトとペクーロは、俺を説得するように言った。いや、本心も含んでいるだろう。自由、という言葉は俺の心をくすぐった。それに、迷宮を攻略し、鍵を集めるという、あの謎の老人が提示した目的を果たすには、これ以上ない提案に思えた。


「十中八九、足手まといになるぞ。」


「ははは、ここに一級足手まといのスケルトンがいるよ?もう一人増えたってどうってことないよ。フラモちゃんは強いからね。」


 懸念点は、俺を引き入れるメリットが彼女たちに無いことだ。俺は戦闘能力もなく、せいぜいちょっとした雑事がこなせる程度の能力しかもっていない。


 謙遜ではなく事実を告げたつもりだったが、モラ・リトは陽気に励ましてくれた。


「モラはさておき、ルモアル。あなたはまだ若いでしょう?成長する余地がある。」


「何歳?」


「二十だ。」


 年齢を告げた途端、フラモの顔が驚愕に染まった。


「私より年上なの!?」


「そんなに驚くことか?」


「まー、結構若く見えるね。」


 外見の変化は、自分ではわからないものだ。未だに孤児院のシスターに子ども扱いをされるのは、そのせいだったのかもしれない。


 とにかく、本題に戻ろう。


「迷宮探索隊は、迷宮の踏破を目指しているんだよな?」


「そうだよ。その名のとおりね。」


 迷宮の攻略。おそらく俺一人では成し遂げられないその目標と、迷宮探索隊という組織はこれ以上なく合致しているように思えた。


「なら、こちらから頼みたいくらいだ。ぜひ入隊させてくれ。」


 天啓のように舞い降りてきた好機。特に俺のような人間には、こういったチャンスはなかなかない。見過ごすという選択肢は最初からなかった。


「おお、ヤッター!後輩ができたぞ!」


「めでたいですね。」


 モラ・リトは両手を広げて喜びを示し、ペクーロは静かににっこりと微笑んだ。


「じゃあ、改めてよろしくね、ルモアル。」


「ああ。こちらこそ、よろしく。」


 差し伸べられたフラモの手を握る。大貴族の娘なのに、ずいぶんとフランクだ。


「ようこそ!迷宮探索隊へ!お給料は微妙だけど、そんなにお仕事もないからね。」


 自分だけ握手をしていないことに気が付いたモラ・リトは、フラモから俺の手を強引にとり、ぶんぶんと上下に振り回した。


「給料が低いのはモラだけだよ。」


「ええっ!?」











 夕闇が迫る森の帰り道。拠点で生活する必要があるとルモアルに教えると、彼は森の中に作った寝床を解体するといって再び森の中へ戻った。少し心配だが、彼の不死性を見た後だと何も言えなかった。本当は手伝いたかったが、不思議な彼には自分だけでいいと止められたし、それに猫探しの依頼主が待っている。私たち三人は先に第三分隊の拠点へ戻ることにした。


「ごめんね、ムチャ言って。」


「いいわよ。信頼してるもの。」


 モラが無い眉を下げるように言った。彼の勘は、ここぞというときで何度も助けられてきた。いまさら疑うようなことは無い。だからこそ、モラの言う彼の危うさは、静かに私の胸をざわつかせた。


「いやあ、しかし。不思議な子だねぇ。」


「そうね。魔力が無くて、死んでも生き返って……。」


 ちっちっち、と彼は細くて白い指を振った。


「いやあ、そこじゃなくて。まあ、確かにそれもすっごく不思議だけどね。」


 モラが気にかけているのは、ルモアルの能力ではないようだった。


「あの子、一回も笑わなかったでしょ?」


 はっとした。そういえば。


「渾身のギャグも披露したのに。」


「……。それは、モラのギャグが面白くないからじゃない?」


「ええー?」


 魔力が無いというだけで、森の中での生活を強いられてきた彼の人生を考えると、胸が締め付けられる。貴族であろうとなかろうと、能力の優劣による差別は避けられないのか。過去の自分と重なる彼の境遇に共感を抱いた。成り行きでルモアルを第三分隊に誘ったけれど、仲間になったからには、彼の助けになれればいいなと心から思った。

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