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ドリームランドに王冠を  作者: 藍家アオ


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2/6

1-1-1 ようこそドリームランド

 視界が戻る。灰色に濁った空が広がっていた。


「体は……万全だな。」


 死はもうこの体に残っていなかった。着ていた服は血に染まっているが、体には傷一つない。それどころか、不気味なほど軽く、調子が良い気さえする。ただ一つ、胸の奥に微妙な違和感があった。


「魔道具、か……。」


 遠くから人の声、そして狼の鳴き声が聞こえた。風を切り裂くような高音の遠吠えだ。狼たちがまだ近くにいるようだ。立ち上がり、辺りを見回すと、木々の隙間に影が見えた。


 近寄ってみると、一人の女が孤軍奮闘しているのが見えた。赤い髪を振って、懸命に狼の攻撃を剣で叩き落している。俺よりも若く見える女の戦いぶりに感心していると、その背後に、風を纏い肉迫しようとする影があることに気が付いた。あのままでは、首を嚙み切られてしまうのではないか。


 どうにかできないかと考えたとき、万全なはずの身体に残る違和感と思考が結びついた。魂をなぞり、『夢見の銀鍵』を顕現させる。使ったことが無いはずなのに、こうすればいいと理解できた。あの爺さんの言っていた通り、魔力が無くてもこの魔道具は姿を現した。掌に冷たく脈打つ銀の質感が、あの世界は夢ではなかったと語っていた。


 その狼に向かって、銀鍵を投げつけた。まっすぐに飛んで行った鍵は、跳躍した狼の腹部に直撃した。


「キャン!?」


 大したダメージにはなっていないようだったが、驚いたオオカミは飛びのいてこちらを睨んだ。


 交戦していた女もちらりと目線を俺に向けたが、すぐに相対する狼との戦闘に意識を戻した。彼女の周囲で火花が散り、激しい魔力の衝突音が鼓膜を叩いた。


 鍵は狼に命中したのち、光の粒子となりすぐに俺の手元に戻ってきた。やはり魔道具は不思議だ。しかし、この魔道具にはこれ以上戦闘に役立ちそうな能力は無い。これじゃ、狼一匹すら倒す力はないだろう。


「ガルゥ!」


 渾身の奇襲を邪魔され、殺意を膨らませた狼が飛び掛かってきた。魔術を使う狼のようだ。緑がかった旋風が視界を覆った。


 正面からこの狼に立ち向かえる力は、俺にはない。なんとかなれと希望を込めて、もう一度銀鍵を投げつけた。しかし、今度は難なく避けられてしまった。


「ちっ。」


 やはり一発目はまぐれだったか。幸運は二度は続かなかった。風の加護を受けた獣の動きは、俺の動体視力を容易く置き去りにした。


 鍵を構えて突き付けた。急所、すなわち喉元を狙った一撃だったが、それすらも身をよじって躱した狼は、すれ違いざまにその爪を振るった。


「しくった……やはりセンスが無い、な……。」


 真横を通り過ぎる影。続けて、熱い衝撃が走る。狼の爪が俺の腹を切り裂いた。膝をつき崩れ落ちる。


「いくよ!避けて!」


 女の声が響く。俺を裂いた狼の意識は、すでに女の方へと向いていたようだった。何匹かの狼を仕留めた彼女の周囲では、魔力が熱を持ち渦巻いていた。


 零れ落ちる血を押さえるように腹に手を当てた。女の持つ剣に魔力が集中していた。付与魔術によって強化された斬撃を放つのだろう。そのまま地に伏せる。


「はああ!」


 彼女は力強い声とともに、剣に炎を纏わせた。そして、一閃。すさまじい熱量が大気を焼き、爆風が視界を染め上げた。これは、確実に仕留めただろう。


 森で火の魔術はいただけないが……ああ、だめだ。意識がまた……。


「ありがとう。助かっ……って、大丈夫!?」


 狼の爪で裂かれた腹部からは血が流出し続けていた。駆け寄る彼女の声が遠のき、意識が薄れていく。


 まさか、こんなにも早くやられてしまうとは。一度目よりもずっと熱い感覚の中で、俺は、二度目の死を迎えた。











 再び、夢の世界へやってきた。粘着質な闇と、不気味にそびえたつ門の群れ。その中心で、相変わらず老人が不敵な笑みを浮かべて座っていた。


「おぬし、ちと眠りすぎではないか?」


 老人は愉快そうに肩を揺らした。立ち上がり、手の中にある銀の鍵を見つめた。正直、期待外れだ、という思いが思考の端に浮かぶ。


「……。」


「早速鍵を使ったか?どうともならなかったじゃろう。それは現世と夢の世界(ドリームランド)を行き来するための鍵であり、新たな鍵を生むための鍵じゃ。こちらで異種族の頼みを聞くか、迷宮を攻略しなければ、戦闘にうまく作用する能力は無い。」


 飄々と老人は語る。その眼光は、しかし、鋭くこちらに向けられていた。そんな魔道具で、俺にどうしろと……。


「……不満に思ったか?贅沢じゃのう。魔道具が使えるようになり、死をも克服したというのに。いったい何の文句があるというのじゃ。」


「……。」


 老人の正論は、重く響いた。今まで俺は、誰かに助けられて生きてきた。その施しに不満を抱いたことなんてなかったはずだ。それなのに、今はこうして怪しげな老人に毒づいている。曲がりなりにも魔道具を手に入れて、変わってしまったのか、俺は。酷く視界が揺れるような錯覚に陥った。


「……ああ、すまなかった。爺さんの言う通りだよ。」


「謙虚たれ。王は我らに過ぎたるを与えず。さて、せっかく来たのだ。お主にこの地を案内したいところじゃが……。」


 老人は立ち上がり、周囲に並ぶ巨大な門の一つを指さした。その門の先からは、現世とは異なる未知の気配が漏れ出している。


「おぬしはあちらにて、未だ鍵を手に入れておらぬ。故にこれらの門をくぐること能わず。」


「……爺さん。悪いが、俺には力が無い。迷宮を攻略するなんて、夢のまた夢だ。」


「ほほ。夢で上等。夢は、いずれ現実を塗り替えるもの。しかし、魔力無しとは相当のハンデ。それを背負って迷宮を踏破できるのなら、確かに苦労はせぬな。」


 老人は顎鬚を撫で、意地の悪い笑みを深くした。


「安心せよ。抜け道がある。二つほど、な。」


「正直、このままではあんたの力になる事すらできない。抜け道だろうと構わないぞ。」


 今の俺にはえり好みをする権利などないことはわかっている。


「なに、誰に咎められるというわけではない。主流ではない、という意味での抜け道だ。一つ目は……このわし。」


 老人は自分を指さした。


「何を隠そう、わしはお主と同じ世界の住人じゃった。しかし……それはもう、長い時間をこちらで過ごした。魂は徐々にこちらへ浸透し、そして……気が付いた時には、わしは彼らの仲間入りを果たしていた。後天的に異種族となったのじゃ。」


「異種族……その、異種族というのは一体?」


「異種族とは、おぬしの世界ではないどこかから生まれた種族の事だ。それ以外に、大して違いはない。不思議な特性を持つ者達もいるが、それはおぬしの世界だって同じだろう?」


「その通りだな。」


 翼を持つ者、鰭を持つ者、魔力を持たない者。狭い世界で生きてきた自負がある俺ですら、実に多様な種族を今までに見た。


「その異種族の助けとなることで、新たな鍵が生み出されるという話はしたな?そして、わしは異種族である。すなわち、わしの手助けをすれば鍵を手に入れることができるはずじゃ。」


「なるほど。確かに、抜け道らしさはあるな。」


「そうじゃろう。さて。わしからの頼みは、実に簡単なことじゃ。」


 老人は不意に声を潜め、俺の顔を覗き込んできた。その双眸は、何かを見透かすように爛々と輝いていた。


「おぬしらの世界には、すでに我らの同胞が紛れておる。そのものを見つけるのじゃ。……そうだな、声を掛けるだけでよいじゃろう。それだけで、異種族はおぬしが使いであると気付くはずじゃ。」


「見た目は人なんだよな?どうやって見つけるか……。」


「ああ、説明不足じゃったな。」


 老人は、その特徴を一つずつ、指を折りながら丁寧に、しかし熱を込めて語り始めた。


「小さき体。尖った耳に長いひげ。割れた瞳に四つの足。全身を覆う体毛、揺れる尾。それが、使いである。」


「……。」


 頭の中でその姿を反芻してみるが、これというものは浮かばなかった。


「……爺さん。俺にはちょっと難しいみたいだ。皆目見当も……。」


 俺が言い終えるよりも先に、老人の腕が霞んだ。説明など不要だと言わんばかりの、あまりに流麗で無慈悲な動作だった。


「さあ行け勇者よ!」


 老人の懐から伸びた冷たい銀光が、迷いなく左胸を貫く。


「が……!くそっ、他にやり方があるだろう……!?」


「ははははは!」


 激痛が走る暇さえなかった。視界の端に写る燐光を捉えながら、水底に沈むように、夢の世界を後にした。













 しまった。私は眼前に横たわる青年の亡骸を見つめていた。


 近くの迷宮から溢れ出ていた狼と交戦になったはいいものの、その数が尋常ではなかった。戦闘を続けているうちに迷宮探索隊の仲間たちともはぐれてしまった。本当に手いっぱいだったのだ。それで、背後からの奇襲に気が付かなかった。青年の存在にも気が付かなかった。森の中だというのに、焦って火の魔術まで使ってしまった。


「ごめんなさい……。」


 この青年は、そんな間抜けな私を助けようとしてくれた。実際、そのおかげで私はこうして怪我一つなく生きている。


 青年の白い髪は血に汚れていた。どうすればいいのだろうか。目の前で人が死んだことなんて、初めてだ。どうすればいいのかわからなかった。


 心臓が大きく鼓動していた。燃える木々に囲まれて、このまま焼かれてしまいたい気分だった。


「せめて、綺麗に……。」


 土に汚れたその顔を拭おうと、顔を覗き込む。その瞬間だった。ドクン、と鼓動が聞こえた。私のものではない。じゃあ、誰の……?


 死んだはずの青年の瞼が開く。その紺色の瞳と目が合った。


「え?」

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