1-1-9 決戦『砂鉄の竜骸』2
俺の声に反応した二人は、阿吽の呼吸で左右に分かれた。挟撃だ。フラモは白く赤い髪を揺らして剣を振るい、モラ・リトは骨を鳴らしながら棒で小突く。モラ・リトによる連撃は、さほど効いているようには見えなかったものの、狙いどころが良かったのかスライムの巨体をよろめかせることに成功していた。
「長年培ってきた技術ってやつさ!」
バランスを崩した変異種スライムの横面に、剣を振りかざしたフラモが迫る。
「はあああ!」
一閃。力強い一撃は、模造とはいえ竜の頬を切り裂くに至った。
痛みにのたうち回るように、竜の頭部はぶるぶると震えた。
「やったかな?」
「モラ・リト。その言葉は、あまり良くないらしいぞ。」
猫から得た知識をスケルトンに授けると、案の定スライムが意地を見せた。
「棘の弾!」
スライムは砂鉄の棘を弾にして飛ばした。広くもないこの空間を、跳ね回るようにして反射する。数が多く、避けきれない。スライムの放った棘が俺の腕を捉えた。食い込んだ棘の先端から砂鉄が浸食し始め、激痛が走る。
「ちっ!」
傷口を見る。気味悪く砂鉄のスライムが蠢いていた。体内から食い破ろうと侵食する。
そのとき。
『不 遜 な』
胸奥で、『夢見の銀鍵』が脈打った。重く異質な声が脳内に響いた。
『粘 性 体 ご と き が』
『夢見の銀鍵』が俺の意思とは無関係に顕現した。
『夕映えの金鍵』が束から外れ、俺の手に収まった。脳に電撃が走り、なにかをつくり変えるように知識が流れ込んできた。
竜のような牙が迫る。その喉奥に向けて、握った『夕映えの金鍵』を突き出した。
鍵の先から、黄金の魔力が溢れだす。それは俺とスライムを繋ぐようにしてまっすぐに伸び、バチンと強烈な破裂音を発した。
空間が、歪んだ。
一瞬にして風景が変わった。
夕日が差す、黄金色の大地。橙の光が一面を染め上げ、輝く金の平野が広がっていた。砂鉄を纏うスライムと俺だけが、その世界にいた。
「これが。」
隠されていた鍵の力。結界の展開。強制的にスライムをこの空間へ引きずり込み、同時に俺はこの世界から多大な恩恵を受けていた。あらゆる基礎能力の強化。思考が研ぎ澄まされ、体が軽い。これ以上なく有利な状況だった。
「さっきのようにはいかないぞ。」
こちらから仕掛ける。強化された脚力で距離を詰めると、もう一つの能力を解放する。
スライムが足元に砂鉄の棘を生成した。
「結晶よ!」
その言葉を発すると同時に、透明な水晶の結晶が地面から召喚された。砂鉄の棘と結晶がぶつかり、せめぎ合い、轟音と共に両者もろとも砕け散った。
「はぁっ!」
鉄の棒を振りかぶる。強化された膂力が乗った一撃は、竜のスライムの頬に直撃した。衝撃が腕から全身に伝わる。しかし、手ごたえがある。
「まだ、まだアァッ!!」
棒の先端から結晶を生成する。鋭い先端が竜の頬を食い破った。バリバリと音を立てながら結晶が侵食を続け、角がどろりと溶けるようにして崩れた。
「どうだ!」
スライムは大きく体を揺らした。融解が広がり、竜の頭蓋はその形を維持できなくなるかのように、どす黒い水溜りとして金の地面に伏した。
「やった……。」
初めて感じる、大きな手ごたえ。手の中の金色の鍵を見下ろす。
「魔道具に頼り切りだったが……。しかし、これなら俺も戦え——。」
ばっと、視界が黒に染まった。
「なっ。」
油断した。そうだ、こいつはスライムだ。地に崩れ落ちたと思っていたスライムは、俺の足元で静かに再集結していた。融解は偽りだった。体を一度液体に戻したスライムは、俺が結界に安堵した瞬間を狙い、再び竜の頭蓋をかたどった。気が付いたときには、すでにその口の中にいた。
竜が顎に力を込める。口内を満たす砂鉄が皮膚に食い込む。支えとして構えた鉄の棒が、軋み、折れた。上顎にかかる重みが一気に倍増する。
「ぐっ……。」
均衡が破れる。がちんと音を立てて、竜の口が閉まった。押しつぶされながら、飲み込まんと蠢く口内で、折れた棒を喉奥へ突き刺す。痛覚を持たないスライムは反応しない。脱出口をつくるため、牙を引き抜き始めた。一本、二本、そして三本。固く鋭い牙が手のひらを裂き、血が流れる。構わず引き続けた。ブルリとスライムが揺れた。
その隙に、体をねじ込ませる。
竜の口内から脱出すると同時に、夕日の大地から、元の洞穴へ。結界が解除された。維持の限界に達したようだった。
「ルモアル!」
フラモの声が狭い洞穴に響いた。
「気にするな!仕留めろ!」
流れ落ちる血よりも、今は止めだ。
「了!燃えろ心臓!」
フラモの鼓動が早まる。今までとは次元の違う量の魔力が、加速する心臓とともに生成されていく。髪は半ばまで紅に染まり、頬の傷跡すら赤く光った。第三階層を彼女の魔力が満たし、空気が焦げる匂いがした。剣に付与魔術を施すと、彼女の身長の二倍はあろうかという炎が立ち上る。
「ルモくん!これを!」
モラ・リトが鉄の棒を投げてよこした。槍を投げるような、真っすぐで力強い軌道だった。受け取る、のではなく、その勢いに手を添えた。
「オオォッ!!」
狙うは竜の喉奥。二人分の勢いを乗せた鉄の棒は、風を切る音と共にスライムの咽頭へ深々と突き刺さった。スライムは壁に貼り付けられるようにして一瞬硬直した。
「完璧!後は任せて!」
そこへフラモが踏み込む。炎が剣に凝縮される。さらに強まる熱。剣が振るわれた。斬撃と爆発。立ち上る黒煙。強烈な爆風が洞穴を揺らし、俺の体をも吹き飛ばしそうになった。
煙が晴れる。
砂鉄は散り、星屑だけが地面に残っていた。
フラモが振り向いた。
「やったね。」




