悪の誓い
天界の罰は、悪意ではなく愛から紡がれた罪によって、冥界の主に下された。天界の玉座を継ぐべき光輝く存在、創造神唯一の愛弟子が消えた。天界のすべての者にとって、証拠は明白だった。彼女の神聖な加護を破れ得るのは、冥界の神の原初の邪悪だけである。彼らの怒りは迅速で、戦いが影の領域を飲み込んだ。
しかし、創造神はより深い真実を見ていた。彼はかねてから、自分の弟子の心が悪の神――彼女が逃れられない禁断の引力――を求めてやまないことを知っていた。それは彼を苦しめたが、彼はあえて知らぬふりをし、彼女の秘密を守った。冥界の主もまた、彼らの性質の間にある深淵を理解していた。深遠で無言の絆は存在したが、彼は彼女の光に冷たい拒絶で応え、自分の本質の腐敗から彼女を守る盾とした。
彼の変わらぬ拒絶と光と闇の越えられない溝に絶望し、王女は悲劇的な取引を行った。彼女はある隠された悪意に自分の命を差し出し、彼との隔たりを埋められる姿へ生まれ変わることと引き換えたのである。彼女の死は、彼だけが犯し得た殺人に偽装された、意志による犠牲だった。
神の軍勢が降り立った時、創造神は介入した。苦戦する悪の神に、彼は心痛む真実を明かした。戦争も憎しみもすべて、彼が退けた一つの愛に起因しているのだ、と。彼への刑罰は、牢獄ではなく巡礼だった。玉座を奪われ、彼は一つの使命を帯びて、人間の転生の輪の中に投げ込まれた。その使命とは、転生した彼女の魂を見つけ、護り、故郷へと導け、というものだ。
冥界の主はそれを受け入れた。しかし、一つだけ揺るぎない条件をつけた。
「私は彼女を見つけ、確実に帰還させる。だが、決して彼女と結婚はしない。」
それは、彼の生涯にわたる拒絶の、最後の痛ましい響きだった。創造神は、弟子の犠牲と暗黒の神の決意の両方を尊重し、同意した。
こうして、永遠の探索が始まった。人間の肉体に転生した悪の神は、復讐心に燃える天界からの容赦ない試練に耐えながら、幾多の人生をさまよい、再び失う運命にあるたった一つの魂を探し続けた。
ローズという名の少女
新たな人間としての生の六年目、彼はある例外的事態に遭遇した。ローズという名の少女である。彼女の執着は即座で、かつ絶対的なものだった。天界の王女の痛むような献身とは違い、ローズの愛着は静かな所有欲だった。彼女は距離を置いて憧れはしなかった。ただ、不安を覚えるほどの確信をもって、彼の傍らに自分の場所を当然のものとして主張したのである。「あなたは私のものになる」彼女はそう宣告した。願望としてではなく、既定の事実として。彼女の瞳には、天使の輝く悲しみは微塵もなく、ただ深く、静かな決意だけが宿っていた。
王女の愛が重荷だったのに対し、ローズのそれは動揺だった。それは何も要求しないのに、彼を完全に無防備にした。彼女は神でも悪役でもなく、彼が演じる孤独な少年を見て、恐ろしいほどの単純さで、彼は自分のものだと決めたのである。永劫の時の中で初めて、彼の使命は複雑になった。彼をそのような確信をもって主張する、静かで執着する人間の少女には、明らかな神聖な光はなかった。しかし、彼女の揺るぎない集中の中に、彼はかつて天界の後継者と自分を結びつけていたのと同じ引力の反響を感じた。彼の探求は今、第二の、より不可解な疑問を含むことになった。ローズはただの奇妙な人間の子供なのか、それとも宇宙の最も予期せぬ答えなのか?
天界の侵攻は、宣告も理由もなく、ただ冥界を殲滅するために開始された。
その日、七つの魔城を治める大魔王たちは、それぞれの用務で領地を離れており、そして冥界の絶対的な支配者である悪の神自身も、その玉座にはいなかった。
守るべき主も、戦うべき将も不在の冥界は、無防備なまま神々の槍先に晒されることになる。天使の軍勢がなだれ込み、魔族は蹂躙され、古より地に巣食う魔物たちは光の刃によって浄化され、数多の邪悪な存在は、一瞬のうちに灰と消えていった。
――しかし、その絶望の極限に、彼は現れた。
虚空を裂くようにして冥界の主が帰還し、その身にまとう漆黒の神気で天の光を押し退け、わずかに残った配下たちを影の中へと救い出したのである。だが、その犠牲はあまりにも大きく、彼自身も深手を負っていた。
息をつく間もなく、彼は眼前の光景に凍り付く。
予想していたのは、熾天使や罰の神々の軍勢だった。しかし、玉座の間を埋め尽くしているのは、それらよりもはるかに高位な存在――天地創造の時より続く五柱の「創造神」その人々であり、そしてその中心には、全ての理を司る「全父」が、悠久の時を感じさせる静謐な眼差しで、彼を見下ろしていたのだ。
他の四人なら……
悪の神は瞬時に戦力を計算する。炎の神、水の女神、死の神、大地の神。それぞれに対抗する術はある。激闘にはなるが、倒せない相手ではない。
だが、創造神だけは別だった。
彼だけは、万物の設計図を描いた張本人であり、その前では自分でさえ、彼が描いた一つの「結果」に過ぎない。創造主に造られた剣が、創造主その人に刃を向けることなど、原理的に不可能だった。
そして、宣告が下る。声の主は、法と秩序を司る創造神の一柱だ。
「悪の神よ」
その声は、感情を排し、ただ事実を宣告する調子だった。
「今この瞬間より、汝の存在は天界の管理下に置かれる。汝は天の定めた法に従い、その意志に沿って行動することを義務づけられる。もしこの決定に背き、法への反抗を企てるならば――汝が今そうしているように天の秩序を乱すならば、その法そのものが汝を分解し、無に還すであろう」
重い沈黙が広がる。
傷ついた体が、微かに震えた。
「……法?」
その声は、自嘲と怒りと、どこか虚ろげな諦めが入り混じっていた。血と埃で汚れながらも、二十代半ばの青年のような鋭い美貌を保つ悪の神が、ゆっくりと顔を上げる。全身に走る深い傷が痛みを訴えるが、彼の瞳だけは、漆黒の焔のように燃えていた。その一瞥には、言葉さえ要らないほどの破壊意志が込められており、見る者に宇宙の終焉を予感させるほどの危険な輝きを放っていた。
「ふざけるな……」
吐息と共に零れた言葉は、すぐにかみ殺されるような怒りに変わる。
「それが……天界の……答えか……!」
胸の傷から鮮血が噴き出し、膝がガクンと折れそうになる。それでも歯を食いしばり、悪の神は全身の力を振り絞って立ち上がった。床に滴る自身の血を踏みしめ、天を睨みつける。
「俺は……!」
発せられた声は、絶対零度の空間のように冷たく、すべての感情を殺し、ただ破壊のみを希求する滅びの兵器のそれだった。
「俺こそが、この冥界を統べる唯一の主だ! 俺こそが、お前たちがそう呼ぶ『悪の神』だ! この俺が……お前たちの法になど……!」
その主張は、完結しなかった。
玉座から、ほんの一筋の気配が放たれる。それは力でも威圧でもない。もっと根源的な、世界の「在り方」そのものをほんの少し修正するような、微かな調整の意志だった。
「――ッ!?」
悪の神の目が見開かれ、次の瞬間、その瞳の光が急速に薄れていく。膝の力が完全に抜け、彼の体は前に倒れこんだ――しかし、地面に叩きつけられるわけではなかった。
その体は、倒れるというより、屈服するように、深々と頭を垂れる「礼」の姿勢を取ったのだ。額が冷たい石の床に触れる。
その視線の先には、巨大な玉座に坐り、一切の動きも表情もなく、ただ沈黙のまま全てを見届けている創造神――全父の姿があった。
玉座の間は、水を打ったような静寂に包まれた。
勝者の天使たちからも、敗者の魔族たちからも、一切の声は上がらない。
ただ、漆黒の衣に身を包んだ冥界の主が、無言のまま玉座に平伏している情景だけが、新しい神話の一ページとして刻まれていく。
(第一章了)
この調子で、第二章「誓いと転生の扉」へと進みましょうか?軽小説らしく、キャラクターの心情や世界観の説明を織り交ぜながら、物語を膨らませていきます。
悪の神は玉座に座り、静かに茶を啜っていた。それが彼の唯一無二の贅沢であり、数少ない心の落ち着く瞬間だった。
深々と頭を垂れた悪の神からは、津波のように血が流れ出していた。彼はかすかに唇を開き、そう言った。
「……天の法に従おう」
その一言は、冥界全体の魂に深い傷痕を刻むように響き渡った。
突然、底知れぬ静寂が冥界のすべての民を包み込んだ。
主の口から聞こえたその言葉に、誰もが凍りついた。
魔神の一人が、我を忘れて声を上げる。
「どういうことです、我が主? あなたはあの……!」
問われた悪の神は、依然として全父たる創造神を見つめていた。
その眼差しを受け、創造神はかすかにため息をついた。まるで二人だけで、目だけで長い会話を交わしたかのようだった。
そして創造神が静かに問うた。
「子よ……覚悟はできているのか?」
「子……はあ」
悪の神は、宙に浮いたまま、自らが創造した広大な領域へと降りていった。それはほぼ宇宙規模にも及ぶ、魔族と天界兵の戦いを止めるために張られた結界だった。
そもそも、この戦いは天使たちから始まった。
天使たちは冥界全土を封じ込める巨大な結界を展開し、ほぼ全軍を投入した。その主目的は悪の神の殲滅だったが、状況は彼らの想定を大きく外れていた。彼は冥界にはおらず、遥か遠くの宇宙にいたのだ。
それでも自らの領域が侵されたため、彼は最も危険な経路である「虚空」を急ぎ抜けざるを得なかった。
虚空から現れた彼は、以前とはどこか変わっていた。どこからともなく戦場に乱入し、単身で五柱の創造神と戦い続け、天界兵は魔神たちを釘付けにして主を助けさせず、戦況は膠着していた。
そしてその後、創造神自身が現れた。
兵士たちさえ驚愕する中、創造神はたった一撃で悪の神を圧倒した。
こうして、今この状況に至ったのだった。
ただし、神々と天界軍によるこの突然の冥界侵攻の真の理由は、すべての魔族と邪悪な存在たちにとって意外なものだった。
九柱の創造神のうち、五柱だけがここに来ている。残る四柱は天界に留まり、中でも一柱は、天界にいるある人物のために冥界への攻撃に同意さえしなかった。その人物が誰なのか誰も知らないが、その女神が拒否したのは恐怖からではない――彼女が望めば天界全体さえ一掃できる力を持ちながら、彼女は「違った」のだ。
ここに来ている神々の中で最年少は水の女神。彼女の主目的は、前回悪の神に殺されたことへの復讐だった。創造神としての誇りを取り戻すために、彼女はそれを成さねばならなかった。
彼女の四人の兄弟姉妹もそれに同意し、彼らは皆、悪の神の敵であった。
二番目に若い炎の神は、全永劫にわたるエネルギーを司る者。
そして残る三柱の中には、かつて悪の神に殺されかけた死の神もいた――あと一歩で消滅するところを、突如として起きた未だに不明な事件によって救われた。人々は、悪の神が敗北を恐れて戦場から逃げたと言うが、真の理由は依然として謎のままであった。
残る二柱の神々は、本来邪悪でもなければ、悪の神に対して個人的な恨みも抱いてはいなかった。彼らがここに来たのは、ただ一つの理由――最愛の妹が「誰か」を守ってほしいと懇願したからである。
一人は「蒼焔王」。怒りと原初の邪悪そのものの力を操り、混沌そのものを具現化するような存在だ。もう一人は四番目の姉妹、「自然の女神」。彼女は今や最年少の創造神だが、もし死の神と水の女神が悪の神の手にかかって死ななければ、彼女より年長だったはずなのだ。
こうして、創造神五柱が冥界に揃い踏みを果たした。しかし、この突然の侵攻の真の理由は、天界だけが知る秘密として闇に葬られたままだった。
創造神は空中を漂うように降りてきた。その神気は、あらゆる宇宙の根源的な法則を、永劫に感じさせるように放射していた。さらに降り、すべての者の驚愕の中、平伏す悪の神の真前に、自ら腰を下ろした。
唖然とした沈黙の波が、集った軍勢――天界と冥界の双方を――覆い、その後、慌ただしい囁きが広がった。全父は一体何をしている? これは何かの策略か?
しかし、なぜか創造神の眼差しには、眼前に倒れた神に対する深く、痛切な憐憫しかなかった。何が本当に起き、悪の神が今何をしようとしているのか、知る者は創造神だけだったのだ。
彼はかすかにため息をつき、血に染まる悪の神を見上げた。不気味なほど温かい声で、尋ねた。
「……我が民を救うために、天の法に自らを縛ろうというのか?」
その言葉は、冥界の住人たちを絶望の深淵に突き落とした。主は我々を見捨てるのか? その集合的な思いは、どんな刃物よりも深く魂をえぐる傷となった。
だが、彼らは再び主の隠された本心に気付き、驚きを覚えた。
悪の神の額に、突然冷や汗が走った。彼の秘密の動機が、たった一人、騙すことのできない存在に見抜かれたのだった。
ここにいる誰一人として、最高位の天使から最も卑しいインプに至るまで、悪の神がそのような犠牲を払うことなど想像していなかった。今も、そしてこれまでも。
配下の最も忠実な者たちのうち、数名が動いた。
「我が主……なぜ、そんなことを?」一人が覚悟を決めて囁いた。
悪の神は創造神を激しい怒りの眼差しで睨み、唇に呪詛を煮え滾らせた。
「お前は……!」
しかし悪の神が何かを言う前に、創造神はそっと顔を背け、玉座へと浮遊し戻り始めた。
「……私のお茶の時間だ」
彼はささやかな用事を片付けるかのように、そう告げた。
悪の神は、この「正しさ」を全面に押し出した態度に、我慢がならなかった。重いため息とともに、怒りを飲み込んだ。
だが、邪悪な仮面を保つため、彼は古くからの癖に逆戻りした。
「民を救う?」彼は冷たい笑いを強いて唸った。「何の戯言だ。俺は極悪非道の邪神だ。人間も塵同然、配下も道具にすぎん。そんなことが俺にできると思うか……?」
突然、背後から一人の影が進み出た。
ルゥである。悪の神に代わって冥界を統べる悪魔王であり、悪の神に次ぐこの地最強の存在だ。ルゥは、他の数人の古参の悪魔たちと共に、ただ微笑んでいた。
彼らは倒れた主君に近寄り、深々と頭を下げた。屈服ではなく、揺るぎない忠誠を示して。
「我々は、いつまでも主と共にあります」ルゥの声は、静かで明確だった。
悪の神はむっとした様子で彼らを軽く押しのけ、尊大で冷たい態度を崩さない。
「誤解するな。俺は悪だ。生まれながらの悪党だ。あの感傷的な老いぼれと同じだと思うなよ」
彼は去り行く創造神の方へ、顎をしゃくって示した。
だが突然、彼の肩の力が抜けた。もう一度ため息をつき、真実を――しかし全てではない――口にした。
「……お前たちが死んでしまったら、俺はどうやってあのじいさんに復讐すればいい?」
配下たちは今、主の新たな一面を目の当たりにしていた。これまで冷徹で超然としていた冥界の支配者が、傷つき、そして自らの民を守るために天の法に縛られるという決断を下したのだ。
すると突然、悪の神の身の回りの世話を長年担ってきた侍女たちが、彼の傷ついた姿を見て駆け寄った。彼女たちは彼を支えようと手を伸ばすが、彼の体は傷の織物と化しており、痛みの激しさに思わず声を荒げてしまう。
「痛い!何をする! この傷だらけの姿が見えないのか!」
確かに彼の全身は、深く重い傷に覆われていた。創造神との一戦の代償は、彼の神体をも容易に損なうほどに大きかった。
侍女たちは慣れた手つきで彼の裂けた衣を脱がせ、清潔な正装へと着替えさせた後、一歩下がって言う。
「主よ、いつでもお呼び出しをお待ちしております」
悪の神はその言葉にほのかな温もりを感じたが、すぐに背を向け、嘲るように言い放った。
「誰がお前たちを呼ぶものか。使い物にならぬ弱さなら、とっくに始末していたわ」
しかし、これらの侍女たちはそう簡単には引き下がらなかった。彼女たちの熟知した眼差しの下で悪の神が汗ばみ始めるのを見て、彼はついに折れた。
「……わかった。勝ったと言え」
小声で、「くそじじいめ……」と呟き、その怒りを創造神に向けた。周りの配下たちは、そんな主の馴染みの強がりに、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
やがて悪の神は城を出て、外へと向かった。
彼は元来、孤独を好む男だった。だが、配下の軍勢は執拗に彼の後を追う。
「悪党だと言っただろう!付いてくるな!」彼は憤慨して言った。
配下たちは一斉に答える。「はい、主よ! あなたは極悪の邪神、冥界の神、我らが主です!」
彼らは外にいたため、その様子は誰の目にも明らかだった。
その時、一見小さな少女のように見える、純粋な神性を持つ者が、笑いをこらえきれなかった。このお嬢様は、天界の者だった。
「プッ……へへへっ!」
彼女は悪の神の振る舞いを見て、くすくす笑った。
「あの人、悪役ぶってるの?頭おかしいんじゃない?」
神の口からそう聞こえ、集まった者たちが顔を上げると、そこには最年少の女神——水の女神・シュイが立っていた。
しかし、彼女の性格は、悪の神に殺された後に少し変わっていた。父である創造神によって力と命は取り戻されたが、復活後の彼女は以前とは異なる、どこか子供じみた無邪気さと残酷さが混ざり合ったような性格になっていた。
全父が娘に声をかけた。「シュイよ」
まだ笑いを堪えている彼女は、ふと我に返り、「はい、父上!」と答えた。
創造神は言った。「あの悪の神が向かう世界を知っているだろう。……危険すぎる任務だ」
「え?」父の言葉に、彼女は驚いた。父の表情は、いつになく深刻だった。
しかし、彼女の表情は次第に変わり始めた。
「……それって、もっと……楽しくなるってこと?!」
水の女神は笑みを浮かべた。彼女の目は、危険な好奇心に輝いていた。
周りの神々は、哀れむような、あるいは呆れた眼差しで彼女を見つめた。
父は真剣な口調で続けた。「あの世界には多くの無辜の民が住んでいる。彼を見張ってほしい。彼がどんな混沌を解き放つか、誰にもわからない。この件について、我々が真に信頼できるのはお前だけだ」
水の女神は言いかけて止まった。「必要でしょうけど……でも彼は……!」
彼女はうつむき、ふと過去を思い出した。悪の神に殺された、あの時のことを。かつての恐怖と屈辱が、蘇ってくる。
すると突然、胸の奥で激しい感情が燻り、燃え上がった。
ふむ……前回のリベンジをする時が来たようね……へへ。
彼女の瞳に、遊び心と復讐心が混ざり合った危険な炎が灯った。
「わかりました、父上! あの邪悪な子は私に任せてください!」
水の女神は高らかに宣言した。
「水の女神として、きちんと彼の面倒を見ると約束します!」
悪の神は彼女を一瞥し、内心で思った。この女、元からこんな調子だったか? 最初からこのレベルの間抜けだったのか?
創造神は悪の神へと視線を戻し、静かに告げた。「……これが、私が与えられる全ての時間だ」
その言葉で、悪の神はもはや猶予がないことを悟った。彼はゆっくりとうなずく。
そして、配下たちすべての方を向いた。浅い息を吸い込み、彼の佇まいが一変する――途方もない威圧感と、漆黒の神気がその身から迸り出た。次の瞬間、冥界全体が終わりなき重苦しい闇に包まれ、彼の触知可能な怒りが空間全体を満たした。
彼の両目は純粋な深紅に輝き、長く美しい髪――紫、黒、紅が絡み合う妖しい色合いが、この世のものならぬ光を放ち始めた。これは創造神としての悪の神の真の姿であり、その闇は一瞬にして永遠そのものをも凌駕する勢いで広がった。
彼はそこにいる全ての者に向け、決定的な響きを持つ声で命じた。
「何が起ころうと、俺が戻るまで、お前たち全員が生き延びろ。わかったな?」
主の圧倒的な威圧の下、全員が嬉しそうに、しかし畏怖を込めて頭を下げ、「はい、主よ!」と声を揃えて応えた。
突然、闇が揺らぎ、金色の光の柱が幾筋も降り注いだ。そして瞬く間に、無数の天使たちが降下してきた。しかし、誰もが驚愕したのは、彼らが運んで来た巨大な「門」の存在だった。それは純粋な神聖さを放ち、一つの世界に匹敵する価値を持つ、紛れもない至高の神器である。
天界兵によって運び込まれたその大扉が、全ての者の前に現れた。
悪の神はその穏やかながらも圧倒的な神気を見上げた。天使たちの中に、少しばかり風変わりな外見の女性がいた。その神気は、他の創造神に匹敵する、いやそれ以上にも感じられた。なぜ一兵士に、こんな神気が? 彼は一瞬疑問に思ったが、すぐに意識は「門」と、それを運んだ天使たちへと引き戻された。
「随分と仕事が早いな」
彼は乾いた口調で言った。
「俺の従者にならないか?給料は良くしてやる」
天使たちは無言のまま、微動だにしなかった。意志のない人形のようだ。
この門は「転生の扉」と呼ばれる、神々だけが通ることのできる特異な通路である。
悪の神は転生の扉を見つめ、内心唸った。
ほう……デザインはなかなか良い。細部の彫刻から発せられる神気の調整まで、職人技と言える。
彼は思わず、この門の造形美を認めてしまった。
すると突然、すぐ傍らから別の声が響いた。
「すっごくかっこいい!こんなの初めて見た! うん、ほんとにかっこいい!」
悪の神がその声に振り向くと、そこには水の女神がいた。いつの間にか、すぐそばに立っている。
「お前、ここで何をしている?」
悪の神は彼女の神聖な気配に煩わしげに、眉をひそめて尋ねた。
「え? どういうこと?」
水の女神はきょとんとした顔をした。
「父上が私にあなたの面倒を見るようにって言ったじゃない!」
周りの神々や天界兵が慌てて水の女神に説明した。監視対象は悪の神その人ではなく、彼らが向かう「世界」の民々なのだと。なぜなら、彼は極悪の邪神であり、気ままに振る舞えば世界全体を地獄に変えうる災厄だからだと。
水の女神は「オーケー……」と理解したように呟き、続けた。
「じゃあ、私はあなたの“上司”みたいなものってことね。さあ、ついてらっしゃい、アシスタント!」
彼女は内心、復讐のチャンスとばかりに意気揚々としていた。
(さあどうだ、前回は私を殺したけど、今度は私の番よ。毎日こき使ってやるからね。へへへ……)
「は?」
彼女が自分を上に立つ者かのように振る舞うので、悪の神は彼女の態度に呆れ、「役立たずの小娘が」と吐き捨てた。
水の女神は聞き逃さなかった。
「はあ?!よくそんなこと言えますね! どういう意味ですか! 私は女神ですよ! そんな侮辱を! 私は最強の神々の一人です! 偉大なる水の女神です!」
彼女は顔を真っ赤にして怒り、ぷんぷんと腕を組んだ。
しかし突然、彼女の背後から声がかかった。
「……本当に?」
その声に、彼女は完全に驚き、即座に振り向こうとした――しかし、ほんの一瞬、遅すぎた。
長く豊かな黒髪をたなびかせる女性が、一撃で彼女を昏倒させた。
謎の人物によるこの不意打ちで、水の女神は意識を失い、崩れ落ちた。するとその直後、彼女の魂が肉体から抜け出し、幽かに輝きながら空中に漂い始めた。
この襲撃者は天界兵の一人でありながら、同時に水の女神にとって非常に重要な人物でもあった。その一撃は強烈で、女神の魂を肉体から強制的に引き剥がすほどの威力を持っていた。
魂を失った肉体は、もはや空っぽの器にすぎない。彼女の魂は抜け出たものの、意識を持ったまま宙に浮いている。畢竟、彼女は女神だ。何度死のうとも、完全に消滅することはない。
水の女神(の魂)は目を見開き、混乱した。
え? なんで? 私、死んだの? でも、どうやって? さっきまで……待って、私は殺されないはず。それに……!
彼女は背後からの攻撃を思い出した。あれは誰? 確かめなきゃ。
彼女は下を見た。広大な戦場では、天界兵と悪魔王、魔神たち、そして創造神と冥界の主との間で、依然として大規模な衝突が繰り広げられていた。
魂のまま浮遊しながら降り、辺りを見回す。最も危険な存在が、まるで彼女を丸ごと飲み込もうとするかのように、真っ直ぐに見つめていた。冥界の神である。
うっ!彼女はその視線にひるんだ。だが、それは彼が恐ろしい外見だからではない。むしろ……二十七、八歳ほどの整った顔立ちをした男性で、例の悪魔的な魅力を放つ瞳は、どんな女性の心も揺るがせうるものだった。
本当に、この男性に私が面倒を見る必要があるのね……
水の女神は、自分自身に今起きた状況を一瞬忘れかけた。
突然、彼女の魂の背後から声がかかった。
「彼を護るために来たのであって、戦うためではなかったのでは?」
その声には強い威圧感が込められており、水の女神は冷や汗をかいた。深呼吸をして振り向き、どう返答するか必死に考えた。
そこにいたのは、長く深い黒髪を持つ、息をのむほど美しい女性だった。彼女は「禁じられた強さ」を持ち、創造神でさえも互角に戦える――例えば、天界第五位の力を持つこの愚かな水の女神が、警告もなく一撃で静かに倒されたように。
しかし、なぜだろう? 天界兵も他の神々も、この女性から彼女を救おうとはしない。
水の女神は息を整え、突然深々と頭を下げた。
「先生、すみません!ただあの邪悪な奴を懲らしめてやろうと、ちょっと楽しんでただけなんです! 前に偶然にも私を殺したあいつを!」
この女性は現在の天界の統治者――至高の指導者であり、水の女神が創造神である父によって復活した後に師事した人物だった。
女性は静かに言った。「そう……私は少し別の反応を期待していたのだが」
ふと彼女は冥界の主を見た。かすかにため息をつく。
「ここで待っていなさい」彼女は弟子にそう言うと、冥界の主のもとへと歩み寄った。
彼に向けてほのかな、理解を含んだ微笑みを浮かべ、軽く首を垂れて挨拶する。
「冥界の主、ご無沙汰しております」
しかし、彼女が話しかけている相手の心は、まったく別のところにあった。
(早くしろ。こんな茶番に付き合っている暇はない。あのじいさんの茶会も永遠には続かん。どうやって彼女のもとへ辿り着けばいいのだ。)
彼はどこかへ――誰か、とても重要な存在のもとへ急いでいた。
「さて、主よ。必要なものはすべて準備いたしました」
天界の統治者は彼の傷を見て、もう一度ため息をついた。
「承知いたしました。私はあなたに対して何の手出しもいたしません。あの世界では、あなたの思いのままにお振る舞いください。仮にあなたが何かをなさろうとも、私にそれを止める力はありませんから」
そして彼女は身を乗り出し、彼にだけ聞こえる声で何かを囁いた。
冥界の主は、天界の統治者自身からのその申し出に、明らかな動揺を隠せなかった。
「よかろう。その条件を受け入れよう」
彼は答えた。その合意を知る者は三人だけ――冥界の主自身、天界の統治者、そして創造神のみである。
突然、前方で水の女神の魂が叫んだ。
「先生!あの邪神と取引を?! あなたは彼がどんな存在か、そしてあの人が……!」
何千年も前、冥界の主は天界の聖域で水の女神を殺した。それは天界全体に悲嘆をもたらした大戦だったが、冥界の侵攻によるものではなく、全く別の、今ではごく僅かな者だけが記憶する事情によるものだった。
水の女神の思考は駆け巡った。ダメ! 先生は私だけのものよ! まさかあの邪悪な男の側に立つなんて!
「それじゃあ私は?私は……!」
彼女は最愛の師に裏切られたと感じ、目に涙を浮かべた。
「先生……天界をも裏切って、あの人と一緒になるため?まさか恋愛関係?! そんな……先生、どうして?!」
それを聞いて、彼女の師はからかうように微笑んだ。
「そうね。彼、とても魅力的だし、強さもなかなかのものよ。全父の二割ほどの力には匹敵するわ。試してみる価値はあるかも。強者の喧嘩に首を突っ込む向こう見ずな恋人が欲しかったし、最後には彼が私のところへ勝ち誇って帰ってくるのも悪くないわね」
彼女は首をかしげて続けた。「ふむ、なぜだと思う?」
しかし水の女神は真に受けた。
「なるほど、力に惹かれたんですね!確かに私も昔、彼に惹かれたことがありました。ただ彼が若すぎたから手を出さなかっただけで……確かに、愛に年齢は関係ないです! 先生、応援します! 頑張ってください!」
待てよ。 水の女神は突然気づいた。今は天界と冥界の大戦の真っ最中だ。師がそんな敵との恋愛を真面目に考えているはずがない。
周りの者たち、創造神を含むすべてが、三人のやり取りを静かに見守っていた。
突然、水の女神はあることに気がついた。先生は私をもう一度殺した。ということは……彼女は冥界側について、私たちを倒そうとしている? でも先生は私の大切な師なのに……
涙を流しながら彼女は叫んだ。「先生、私は先生が私だけのものだと思っていたのに……どうして私を、天界さえも捨てるの?」
そこにいる者たちは水の女神の性格をよく知っていたので、ただ静かにこのドラマを見守るだけだった。
彼女の師は少し考え、軽く言った。
「まあまあ、論理的に言えば……これはあなたにとって、何かを学ぶ良い機会かもしれないわね」
水の女神は驚愕した。どんな知識ですって? 確かに私は言葉が下手で、気になる男の子に話しかけると、いつも逃げられちゃうけど……って、まさか! 勉強?! 先生、冗談でしょ?
いや待って、先生はあの邪神と恋愛関係にあるんだから、もしかして結婚の話?
彼女は自分自身についてだけが知るある現実から目を背けるため、必死に考えを巡らせていた。
「ダメですっ! 先生、私がいるじゃないですか!」
突然、師はため息をつき、手を掲げた――無言の合図だ。
その合図と同時に、大勢の天使たちが一斉に前進した。
水の女神は事の重大さに気付いた! 飛び去ろうとし、一瞬は成功しそうになった――しかし、前方に待ち構えていた数人の天使たちが魔法の武器を起動させ、彼女の魂を拘束した。
周りの全てが白と黒のモノトーンに変わり、色彩が失われた。
「これ、何? 後悔してるってば!」
それでも、ここから逃げ出さなきゃ! そうだ、あれを使えば……
彼女は状況を打開する秘策を考えた。
「先生、私こんなに素直で可愛くて強いのに、どうしてこんなことするんですか?!」
「……そう?」天界の統治者は振り返り、天使たちに静かな命令を下した。
「彼女を連れて行きなさい」
その命令で、天使たちは捕らえられた女神の魂を連行し始めた。
彼女は天界の統治者である。その命令は絶対であり、疑問の余地なく遂行される。
「オーケー……行けばいいんでしょ? でもどこへ連れて行くの?」
水の女神は考えた。しかし、こんな退屈な方法で去りたくはなかった。
「先生、聞いてください。あなたが決めたなら行きます。でも、私もあのカッコいい扉を通っていくべきじゃないんですか?」
師は冷徹で鋭い眼差しで彼女を見た。
答えは、「いいえ」。
「でも先生! あれ、すごくカッコいいんです! あれで行きたい!」
「ダメです」
「でもカッコいいんだから、なぜダメなんですか?」
水の女神は扉へのこだわりを捨てようとしなかった。
しかし、彼女の真の目的は別にあった。それを口実に天使たちから逃れようとしていたのだ。
だが、それが逆効果となった。天使たちはより強力な手段で彼女を目的地へ送り届けることにした。彼らは彼女の魂を、「魂王の燈」と呼ばれる強力な神器の中に封じ込めた。それは創造神自らが作り出した、女神の魂さえも閉じ込めることのできる代物だった。
師は最後に助言を添えた。
「勇敢にやりなさい。もし任務を早く完了できれば、あなたを迎えに人を遣わしましょう」
「どういうことですか? 任務について何も聞いてないのに!」
しかし、彼女がさらに抗議する間もなく、天使たちは彼女を連れて消え去った。
さて、全ての注目は冥界の主へと集められた。
悪の神だけが残っている。彼らは悪の神を見つめる。
悪の神は巨大な魔法陣の中心に、一人立っていた。
その真正面には、転生の扉がそびえ立つ。
天界が冥界の邪神に下す最終宣告。天界の兵士たち全員が、冥界の主に向かって一斉に唱えようとしていた。
悪の神は、騒がしいものが大嫌いだった。彼が一片の指先を微かに上げると、全ての喧噪はぴたりと止み、重い静寂だけが残った。
彼は転生の扉へと歩を進めた――しかし、その体に明らかな異常が生じていた。肉体が灰へと崩れ始め、砕け散り、血が雨のように降り注いでいるのに、彼は自らが解きほぐされていく形態にすら、一片の関心も示さなかった。
その視線は扉に釘付けになり、血走った瞳には、痛いほどの切望がゆらめいていた。まるで彼だけが覚えている、誰かの面影をそこに見ているかのように。
天界の陣営から、最終宣告が下された。
「今この日より、汝は天の法に縛られる。これを受け入れることこそが、汝の唯一の道である、冥界の主よ!」
それを聞いて、悪の神の唇が歪んだ。それは暗く、底知れぬ嘲笑を湛えた微笑みだった。
「宿命……か」
彼は皮肉たっぷりに、その言葉を繰り返した。
一歩を踏み出す。彼の長い黒髪には、深紅の縞が走り、血のように赤い光の中であでやかに輝いた。
彼が声にしたのは、ただ一言だった。
「覚えておけ、天界よ。それは素晴らしい日となるだろう……もし俺があの世界で、彼女を見つけられたならな」
そして彼は振り向いた。天の軍勢を最後に見渡し、未完成の約束と呪いとして、最後の言葉を空中に残した。
「だが、もし見つけられなかったら……いったい誰が、どれほどのことを――」
彼の両目が、零れた血のように、純粋で恐ろしい緋色に燃え上がった。
その文は完結することはなかった。
彼は、消えた。
彼の誓言の余韻の中に、深遠な沈黙が神々も人間も、全てを包み込んだ。
遥か上空、天使の軍勢に紛れて二人の影が見守っていた。一人は自然の女神。彼女はベールを下ろし、傍らで動かず、遠い記憶に沈むもう一人の女性を一瞥したが、答えはなかった。
「姉様」
自然が囁き、それから記憶の底から彼女を引き戻すように、声を強くした。
「姉上、本当にお会いにならないのですか?川の流れのように、幾星霜が過ぎたことか……真実を、彼に伝えるべきでは?」
その言葉の裏にある意味は、二人だけが分かち合う秘密だった。
もう一人の女性は、長い、息をも忘れるような間を置いた。
「彼自身に、己が真実を見つけさせなさい」
ようやく口を開いた彼女の声は、月光のように柔らかく、しかし山々のように揺るぎない重みを帯びていた。
間を置き、静かで絶対的な確信を込めて、彼女は付け加えた。
「彼は私のもとに帰ってくる。今、何者を演じていようと、どんな衣を纏おうと、今は何と名乗っていようと……彼の魂の本質は、この手で形作ったもの。その真実を、誰も書き換えることはできぬ……私から奪うことも」
自然の女神は悟った。言葉なく、彼女は姉の手を取った。二人は共に姿を消した――光の中へと溶けていく影のように、その退出は黄昏の訪れと同じく、静かで誰にも気づかれないものだった。
間もなく、天界の兵士たちも去り、その聖なる光は傷ついた大地から遠ざかっていった。
だが、冥界は……
混沌そのものであるような沈黙の中に取り残された。
主の最も忠実な僕たちの、絶望的な努力によってのみ、かろうじて脆い秩序が保たれていた。この領域は今、彼の別れの誓いの冷たい影と、万物の礎さえも揺るがすことを約束した、忘れがたい脅しの残響によって、束の間の安定を得ているのである。
創造という壮大な織物のなかで、無情な手によって運命の糸が紡がれるとき、そこには一つ、反抗的な結び目が存在する。これは英雄の輝かしい勝利の物語でも、悪役の暗き墜落の物語でもない。これは糸それ自体の物語である――犠牲の深紅と永遠の拒絶のくすんだ灰色に染まり、今、新たな夜明けの予期せぬ金色にふれられた一筋の糸の物語である。
悪の神の誓いは、彼が始めなかった戦争の廃墟に、彼が主張すらしえなかった愛のために建てられた碑であった。それは彼の錨となり、聖典となり、彼の存在の揺るぎない法となるはずだった。彼は、影の巡礼、孤独な探索の生涯で測られる静かな贖罪を予期して、その償いの旅へと乗り出した。
彼は、白黒の世界に一条の陽光を見いだそうとは夢にも思わなかった。
ローズは継続ではなく、矛盾である。彼女は失われた旋律の柔らかく哀悼に満ちた反響ではなく、彼の運命の弦を横切って響く、明るく不協和で、まったくもって人をとりこにする新たな和音なのだ。彼女の揺るぎない瞳の中に、彼は守らねばならない王女の亡霊を見るのではなく、理解しえぬ一人の少女の鮮烈で差し迫った現実を見る。彼女は彼の力ではなく、彼の自己の定義そのものに挑戦を突きつける。子供の微笑みが最大の脅威であるとき、悪の神とは何なのか?新たな始まりという恐ろしくも美しい可能性に直面したとき、永遠の誓いとは何なのか?
この物語は、自らの約束から築く牢獄と、時に決して予期しえない形で現れる神秘の鍵を探求するものである。これは、神の勅令よりも大声で叫ぶ心拍の間の沈黙について、たった一筋の頑固な光が暗黒の永遠を再定義しうる方法についての物語である。
この章を閉じるとき、最も心を打つ旅とは、往々にして私たちが思い描いた目的地から遠ざかり、かつて夢見ることを敢えてしなかった地平へと向かうものであることを思い起こしてほしい。悪の神は今、そんな道を歩んでいる。厳かな誓いを片手に、小さくて、しつこい手をもう片方の手に握りしめて。
彼らがどこへ向かうかは、めくられるページだけが語るであろう。彼らの証人となってくださり、感謝いたします。
作者 藍井すずき




