エピローグ
あれから三年が経ちました。
田山さんは結局、転職してこの街を出ていきましたが、私は今も役所で働いています。べつに何か状況が根本的に良くなったわけではありません。たしかに疫病禍は終わり、マスクの人も徐々に見かけなくなりましたが、この街の高齢化の進行は変わらずで、私の職場では若手の離職が止まりません。万国展は盛会に終わりましたが、役所は未だに、疫病禍でさらに背負う羽目になった多額の借入の埋め合わせに誰に増税すべきかで喧々諤々の議論を重ねています。
しかし人は、心の持ちよう一つで見える景色を一変させる生き物なのかもしれません。
万国展の成功を機に、たしかに街には観光客があふれるようになりました。街なかの居酒屋や百貨店は、今はどこもかしこも外国人が引っ切りなしに訪れて、近来になく賑わっています。
そして、夏。―今年は、久方ぶりの市長選がありました。
増えすぎた外国人への不満や不安も逆巻く中で、市長にとっては、自ら一貫して推し進めてきたこの街の“開国”施策への初めての審判となりました。現職不利との下馬評も飛び交う中で、市長は観光で得た収益を、この街の次のステージを描く新規産業の育成に大胆に投じることを約して、すったもんだの末に再選されました。これに伴い、長らく市長を支えて続けてきた本田局長も副市長へと登用され、今は二人とも新たな民意の風をはらんで意気軒昂と、街の再起をかけた新たな政策に二の矢、三の矢を番えるべく作業を進めています。
斯くいう私も、実はこの夏、しばらくは役所に残ると心に決めて、その新たな作業に加わりました。先々のことはよくは分からないけれど、自分のこれからの仕事が、未来への単なる方便に終わるのか、それともこの街の明日にとって少しでも意味を持つのか、それも所詮は自分の心持ち一つのような気がして、もう少しだけ、この街で頑張ってみようと、そう思ったのです。




