「リアナ姫の身代わりなんて無理です!──なのに冷血王が優しくて心が追いつきません」
第1章 召喚と運命の始まり
いつもと変わらない帰り道だった。大学のキャンパスを出て、夕暮れに染まる街を歩いていた澪は、ふと空に目をやった。そこには、見慣れた青い空ではなく、二つの月が淡く輝いていた。
目をこすっても、それは消えず、次の瞬間、まぶしい光に包まれた。冷たい風が頬をなで、足元がふらつく。
「……ここは、どこ……?」
見知らぬ場所、豪華な城の前だった。
「あなたが、巫女姫リアナの身代わり、月宮澪さんですね」
優雅な声が響き、振り返ると、一人の青年が立っていた。黒髪に紫の瞳、まるで氷のように冷たい目を持つ彼が、アゼル王だった。
「この国の未来のために、あなたを花嫁として迎え入れる」
澪の運命は、今、大きく動き出したのだった。
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城の中に足を踏み入れると、豪奢な調度品が並び、壁には古の戦いを描いた壮麗なタペストリーがかかっている。
しかしその華やかさとは裏腹に、澪の胸はざわついていた。ここは私の世界じゃない──そう痛感するばかりだ。
「あなたは異世界から召喚されたと聞いている。戸惑うのは当然だろう」
アゼルは静かに歩み寄り、冷たくもどこか寂しげな視線を澪に向けた。
「私は王、アゼル・ヴェルディナール。この国の未来を担う者だ」
「……王様」澪は声を震わせながらも、その威厳に背筋を伸ばす。
「リアナ姫はこの国の守護者であり、私の花嫁であるはずだった」
アゼルの声が沈み、続けた。
「だが彼女は……突然、姿を消した」
その言葉に澪の胸が締めつけられる。
「あなたはリアナ姫に似ている。だから、身代わりとして召喚されたのだ」
「身代わり……ですか」
澪は自分が何者かの代わりだと知り、複雑な気持ちに襲われた。
「だが、命までは奪わぬ」
アゼルは冷たい声でそう言ったが、その瞳はどこか哀しみに満ちていた。
「私に、何かできるでしょうか?」
澪は小さくつぶやいた。
「できる限り、この国のために」
それが澪の、異世界での新たな始まりだった。
第2章 仮初の花嫁
王宮での生活は、澪にとってまるで夢のようだった。豪華な広間、白い大理石の廊下、細やかに装飾された窓ガラス。すべてが異世界の絵本のように煌びやかだ。
だが、心の奥底には不安があった。ここでの私は、リアナ姫の代わり。身代わりの花嫁。それを受け入れるのは簡単ではなかった。
「おはようございます、姫様」
朝の光が差し込む部屋に、優しい声が響く。澪の専属メイドのリリスだった。長い銀髪と深い緑の瞳を持つ彼女は、王宮のすべてを知る数少ない味方だ。
「今日もお疲れ様です、リリスさん」
澪は微笑みながら返した。リリスは澪の小さな不安を察してか、静かに頷いた。
「リアナ様とは違うあなたですが、どうかご自身のままでいてください」
リリスの言葉に澪は胸が熱くなった。
*
日々は規則正しく過ぎていった。王妃としての礼儀作法を学び、宮廷の儀式に参加し、そしてなによりも王・アゼルとの距離を少しずつ感じるようになった。
彼は相変わらず冷たく、言葉少なだが、時折見せる柔らかなまなざしが澪の心を掴んで離さなかった。
ある日、城の庭で二人きりになったときのこと。
「君は、どんな夢を持っているのかね?」
アゼルの声は珍しく穏やかだった。
「私は……元の世界に戻りたい気持ちもあるけれど、ここであなたやこの国のためにできることがあれば、頑張りたいです」
澪は胸の内を素直に語った。
「そうか」
アゼルはしばらく黙った後、静かに言った。
「リアナがいなくなってから、誰も王妃の役目を果たせなかった。お前は違うと信じたい」
その言葉は、冷徹と噂される王の、澪への唯一の期待だった。
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第3章 真実と疑念
澪は毎日、王宮での生活に慣れつつあったが、胸の奥に消えない疑念が芽生えていた。
リアナ姫はなぜ突然姿を消したのか──その真相を知りたいという思いだ。
ある夕暮れ、澪は王の側近である老騎士、セルヴィンに呼ばれた。
城の図書室で待つセルヴィンの前に座ると、彼は静かに語り始めた。
「リアナ様は、ただの花嫁ではなかった。彼女はこの国の魔力の源と深く繋がっていた」
セルヴィンの言葉は重かった。
「その力が、王家を守り、国を繁栄させていたのだが……」
老騎士は続けた。
「リアナ様は、自らの力を制御できず、深い苦悩を抱えていた。王様もまた、それを理解し、彼女を守ろうとしていた」
澪は息を呑む。
「姿を消したのは……何かから逃れるためでしょうか?」
セルヴィンは目を伏せて答えた。
「その可能性は高い。王家の権力を狙う者たちが動き出していたのだ」
澪の胸は締めつけられ、同時に覚悟が決まった。
「私が、守らなければならない」
そして、アゼル王が冷たく見える裏には、守りたいものがあったことを知る。
翌日、澪は王に問いかけた。
「アゼル様、リアナ様を失って、どんなに辛かったか……少しでも知りたいです」
王は一瞬だけ目を閉じ、やがて静かに言った。
「……お前には話そう。俺の過去も、痛みも」
二人の距離が、一歩近づいた瞬間だった。
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第4章 心の距離
アゼル王は澪を城の高いバルコニーに誘った。
そこからは、二つの月が静かに輝き、遠くには城下町の灯りが瞬いている。
「話すと言ったな」彼は深く息をついた。
「俺はずっと孤独だった。リアナを失い、国のために感情を殺してきた。誰にも心を許さず、冷酷な王として振る舞った」
澪は静かに頷き、彼の言葉を受け止める。
「でも、お前が来てから変わった。お前は俺に、暖かさを思い出させる」
アゼルの瞳が初めて揺らいだ。
「リアナじゃない。澪、お前を見ている。お前という人を」
澪の胸は高鳴った。
「私も、あなたのことを知りたい。名前じゃなくて、心を」
二人の間の冷たい壁が、ゆっくりと崩れ始めていた。
その夜、澪は眠れなかった。
――私はこの異世界で、ただの身代わりではなく、一人の人間として愛されるのかもしれない。
そう思うと、不安よりも希望が大きく膨らんだ。
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第5章 陰謀と失踪
城下町の空気が冷たくなる頃、澪は異変を感じ始めていた。
王宮の影に、何か暗いものが蠢いている――。
ある晩、警備の目をかいくぐり、謎の影が澪の部屋に忍び込もうとした。
だが、彼女はそれに気づき、咄嗟に逃げ出した。
「助けて……!」
叫び声はかき消され、澪は混乱の中で城の迷路のような廊下を走り抜けた。
翌朝、澪の姿が消えていることが判明し、王宮は騒然となった。
アゼルはすぐに捜索隊を編成し、必死に澪を探した。
彼の冷徹な態度は消え、唯一の焦点は彼女の無事だけだった。
数日後、森の奥深くで疲れ果てた澪が発見された。
彼女は誰かに狙われた理由を知らなかったが、城に戻ると真実の扉が開き始めた。
陰謀の黒幕は、アゼルの異母弟――王位を狙う者だった。
「王の花嫁がいなければ、俺の時代だ」
その野望を知り、澪は自分の役割の重さを再認識した。
アゼルは澪の手を強く握りしめた。
「お前を守る。絶対に離さない」
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第6章 告白と誓い
城の大広間。煌びやかなシャンデリアの光が二人を照らす。
長い闘いと試練を乗り越えた澪とアゼルは、ようやく互いの気持ちを素直に伝える時を迎えていた。
「澪……俺は、もう隠さない」
アゼルの声は、かつての冷たさとは無縁の温かさを帯びていた。
「お前は、身代わりでも偽物でもない。お前はお前だ。俺が心から愛する人だ」
澪の目から涙がこぼれ落ちる。
「私も……あなたの隣にいたい。あなたのすべてを受け入れたい」
二人は静かに近づき、指を絡め合った。
「これから先、どんな困難があっても、俺はお前を守る」
澪は深く頷き、声を震わせて答えた。
「私も、あなたを信じて歩んでいく」
その瞬間、二つの月が輝きを増し、二人を包み込んだ。
王と花嫁の絆は、永遠のものとなったのだった。
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第7章 戴冠式と未来
澄み渡る青空の下、王宮の広場には多くの人々が集まっていた。
今日は澪の正式な戴冠式の日。王妃として、国民に認められる晴れの舞台だ。
「澪様、おめでとうございます」
祝福の声が飛び交う中、澪は堂々とした足取りで王の隣に立った。
アゼルは静かに微笑み、彼女の手をしっかりと握っている。
その時、使者が一通の手紙を届けた。
「リアナ姫からの遺言です」
澪が手紙を開くと、そこには温かい言葉が綴られていた。
《アゼル、そして澪へ。私の願いはただ一つ、二人が幸せに歩むこと。未来はお前たちの手の中にある。》
澪は涙をこらえ、アゼルに微笑みかけた。
「リアナ様の想いも受け止めて、これからも共に歩んでいきましょう」
アゼルも深く頷き、声を震わせながら言った。
「お前がいるから、俺は強くなれる」
二人は人々の祝福に包まれながら、新たな未来へと歩み始めた。
異世界の月影の下で紡がれた、二人の愛の物語は、これからも続いていく──。
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この物語を書いている間、澪の視線の先にある光をずっと探していました。
“選ばれなかった”彼女が、“ちゃんと見つけられる人”になること。
それはきっと、どこかで自分自身にも重なる物語だったのかもしれません。
あなたにとっての「大切な人」を思い出すきっかけになるような、
そんな物語になっていたらいいなと思っています。
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ここまで読んでくださったこと、心から感謝しています( . . )"