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ユキア・サガ 航海① 海賊忍者とネフシュタンの魔片 第1巻  作者: ユキロー・サナダ 【ユキア・サガ(ハイ?ファンタジー)連載中!】
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6.神約暦4015年4月5日 海賊ユキア初陣!

海賊忍者のユキアの初陣です!

思わぬ展開になっていますので、楽しんで頂ければ幸いです。

今後は基本週6回アップをしていきますので、よろしくお願いします。★★★からが続きとなります。


 潮風を帆にはらんだ聖エレミエル号は、クレブリナ海賊団に襲撃され、アトラス海に投錨している。

 蒼然たる大海原で、ぽつりと立ち往生していたーー。

「案の定、こういう展開か……」

 聖エレミエル号の船尾楼に近い甲版上の片隅で、私は腕を組み呟く。

 光沢の美しい褐色の革で覆われた細長い円筒を背負い、腰には一振りの剣グラディウスを佩いている。

 もしも誰かかが私を観察すればーー、

 銀狼の獣人だけにその体躯の均衡が取れた筋肉は、しなやかで秀麗。

 反射神経や瞬発力が優れているに違いないと感じ、若さを雄弁に語る白銀の毛並みの煌めきは、幻玉プラティリータ(ぷらちなしんじゅ」)を彷彿とさせるだろう。

「レイ、去れどお主の目許は、何だか嬉しそうに見えるでござるよ?

 オイラの気の所為でござるか?」

 側にいた背の低い黒猿の獣人は、私を見上げ、にっこりとほほ笑む。

 猿軽獣人特有の体格で、だらりと下げた両腕は長く、、やや両膝を曲げた両脚は短い。

 逞しい筋肉を誇る肉体は剛力と素早さを兼ね備えている、

 腰の後ろに少し長い短剣シーカと、同じく短剣ソードブレイカーを交差させ装備している。

 黒檀の毛並みが、幻玉ニゲルアダマース(ブラックダイアモンド)さながらに輝き、若々しい。 

「ザザ、お主の方は面白がっていろようにしか見えないが」レイも口元を緩めた。

「さっくり、60人前後でござろう。

 我らがパークス国主の嫡男様が、この程度のこの数の海賊如きに背中を向けることは。有り得ないでござるよ!」

 「そうだな……、若様は弱き者を見捨てることは出来ぬ故。

 然りながら、時と場合にもよりとおかんがえいただきたいものだ。

 まさか、リスボアを出港した初日に、行き成り海賊の襲撃に巻き込まれるとは、想定外だったが」

「時にレイ、この場合我らは如何すべきでござろう?」

 ザザは、両手を腰に伸ばし二振りの短剣の柄を握り締めた。

「ザザ、今にも参戦しますって嬉しそうにするのはよさぬか」

 レイは困った顔で相棒を窘めた。

「未だ、我らがこの船に乗船していることを、若様に悟られてはならぬ。

 よいか、そのそも我らの任務は、掟破りの国抜けをされた若様追い、その目的を掴んだ上で、パークスに戻るよう説得すること、

 まずは事態がどう動くか、見極めさせて頂こう」

「従わねば殺せ……という厳命でござったな」

「国抜けは重罪、然もこれで二度目。

 国主のご嫡男という立場でなければ、本来説得無用の任務故、癒し方あるまい」

 私とザザの目線の先に、独眼の眸緋きユキアの姿があった。

「そんなことより、若様は本気で海賊になるお心算なのか? 

 国抜けの目的はそれなのか?

 仲間はいない、船も無いというのに?」

 私はそれが気になってはいるものの。真意の程は計りかねている。

「お心算じゃなくてもうなっておられるでござる」ザザは軽快に笑い「仲間がいなじゅても、船がなくても、でござる」

「ということは、若様に国に戻るよう説得するのは、難しいかもしれぬ」

「オイラも同感でござる。若様は何事にも一途な方でござるから」

 我らは、若様が一度本気で決意したことは、簡単に翻意しないことを熟知していた。

 若様が、国抜けのきっかけとなった蟄居の原因は我等も知っている。

 我らも、若様の国の蒼氓を思う熱い気持ちを痛いほど得心していた。 

「国主との論争は、若様の方に理があったと思ったし、応援したかった」

「オイラもそうしたかったでござる。オクトーや、ロクネも同じでござる」

 あの日桜舞の間にいた多くの者達が、新国策には二の足を踏んでいたに違いない。

 対して新国策に賛同する者は、国主ソウガ様、ナツヒ様、リビ様、デーン殿、ラピス殿の一派のみ。

 列強国同様世界の表舞台で華美な生活をして生きていきたいと、思う者もいたやもしれぬ。

 なれど、それはおそらく少数派だったろうと、今日の時点では考えられている。

 私は侍忍者として、若様の弟君のナツヒ様の実力は、多くの者と同じく認めていた。

 されど。その席次については国主の意向が実現したものだと、国中の者が理解している。

 実際、ナツヒ様の実績についても、国主が次男様を着実に成長させる為に、ラピス殿を片腕として補佐させ、任務も慎重に選択実行した結果だから成功率が高いのは当然のこと。

 その経験に育てられて、ナツヒ様の実力は周囲から一目置かれるまで成長された。

 逆に、若様が残した任務成功実績は、全て本人の実力と努力の賜物だと、家臣団で認めぬ者は一人としていない。

 若様が嫡子だという事実や、義を重んじ、平和と蒼氓を大切にする人間性、隻眼という致命的な欠陥を微塵にも感じさせない実力と実績を重視している者達もいる。

 コウザン様、ルーナ様、グラディウス様、老師がその筆頭株だった。

 国抜けという過去の罪はあったが、それでも次の国主には若様をと応援している。

 然し、それが4人の重臣に対し、互礼の儀まで国主が隠していた要因に相違あるまい。

 それは、若様も認識していた筈。

 なれど、4人の重臣達の懸命な執り成しがが実り、蟄居が説かれる寸前で、再び若様は国抜けに走ってしまった。

 その真意が、海賊になるという事だけなのか私は断定できぬ。

「海賊になって、若様は何をなさるお心算なのだろうか?」レイは自問する。

 ザザは「うーん、オイラには見当もつかぬでござるなぁ」

 国抜けという重罪を二度も犯しているにも関わらず、それでもまず若様の目的を掴んだ上で、国に帰るよう説得せよという国主の底意も、私には読み切れぬ。

「国主は何故、若様の目的を掴むことに拘っておられるのだろうか?」レイは思慮深く「私にはどうもそれが府におちぬ。説得して連れ戻った後、ご本人から訊き出せばとはおもうが……」

「オイラもそれを考えたでござるが、若様から訊き出せないことを、国主はお考えになっておられるという事でござろう」

 我らは、若様の言動の真実を知りたいと願っていた。


※※※※※


「お前が海賊だって?」海賊達はゲラゲラ大笑いして口々にオレをからかう。

「子の家業をなめてんのか?ガキにゃ無理だぞ。え?」 と鼻で笑う者。

「そぉーいうこった。ま、まずは見習いからってとこか」とオレを見下す奴。

「海賊って言うからにゃ、船は持ってんのか? まさか、この船がおめぇのだっていうんじゃないだろうな」お道化た調子の輩。

「おい、仲間勿論いるんだろ? どこだ? どこにいるんだ?」と馬鹿にする馬鹿。

 でもオレは何を言われても、全く気にならない。

「まー、実は船も仲間もこれからなんだけどさー」

 オレは、これはチャンスだと思う。面白くなってきた!

「ちょうどいいから、悪いけどお前らのあの船を行きがけの駄賃に頂こうか♪」

 ニヤニヤしながら、海賊船を指さす。

 突拍子もなく挑発だとしか思えないだろうオレの発言に、誰もが耳を疑い、聖エレミエル号の甲板上は、帆が風にはためく音と涛声が、はっきり耳に入る程静まり返った。

 でも、海賊達の怒号が飛び交う迄、それはほんの3分も続かない。

 船長をはじめ乗組員、乗客は、万事休すとばかりに、蒼褪めて凝りつく。

 命知らずに見えるであろう、たった独りのオレが、きっと血祭りにされると想像しているに違いない。

 巻き添えにならないように、戦々恐々としている、

 「おいおい、お前ら大人気なくからかうな」

 ファルカンは眠そうに涙を滲ませ欠伸した。

「今の時代、海賊になんか誰でもなれる。

 中には、国から免状(ライセンス)貰って、海賊稼業に入った連中もいるくらいだしな。

 だが、船はねぇ、仲間もいねぇじゃ、さすがに海賊とは認められねぇだろ。

 俺達の船をお前に暮れてやる気もねぇし、どうだ小僧、俺達の仲間にならねぇか?

 さっきはオレの仲間を倒してくれちまったが幸運はそうそう続かねーぇぞ。

 俺達の仲間になれ。そうすりゃすべて解決だ。俺もお前もな」

 ファルカンは仮狂う仲間達を、手を挙げて制し、余裕の風格で持ち掛けた。


※※※※※


 ザザは「俺もお前もな」ファルカンの声真似をすると「かーっ、めっちゃ腹立つでござる! 何が俺もお前もな、でござるかっ! 人さらい、金品狙いの海賊のくせにっ! でござるよっ!」両拳を握り締めた。

 私はザザの物真似に思わず吹き出し「その通りだが、その気になればこんな手緩いやり方はしないだろう」と冷静に判断し「奴らは海賊だ。今この甲板が血の海になっていてもおかしくない。やけに紳士的な海賊じゃないか」

 若様が海賊を名乗ったのは謎のまま。

 されど、その言の葉を簡単に覆すことはない。

 それができるなら、国主に論争を挑む綱渡りはしてはおらぬ。

「若様がファルカンの仲間になることは、絶対にないでござる」ザザはキッパリと言った。「てことは、闘いは避けられないってことでござる。やっぱり我らもどう動くか決断しなくてはならなくなってきたでござるな」

 私も相棒に賛同。「確かに、若様が海賊を名乗られたことも含め、国抜けの真の目的を掴まねばならぬ以上、海賊達の出方によっては、このまま傍観す訳にはいかぬ」

「若様が本気になれば、心配は無用だと思うでござるが、乗客と乗組員を背負っての戦いでござるから、ちと骨が折れる仕事になるでござろう」

「お主の言う通りだ。若様はその者達を守ることを前提に闘わなくてはならぬ。

 ことは簡単に進むまい。よって化成する必要がある。

 されどまだ()()()()()()()()()()()()()()()故、私とお主の存在に気づいてはおられぬ。

 然りながら、これ以上術を用いれば、露見してしまう故、武術のみで闘うしかあるまい」

「了解でござる。それにしてもパンを頬張りながら、海賊相手に喧嘩とは、さすが若様っ!」

「今は然様なことに感心している場合じゃあるまい、」

 私に睨まれたザザは、やらかしてしまったと、自分の口に両手で蓋をする。


※※※※※


 おれはファルカンに即答した。

「オレの船のこととか、仲間のこととか心配してくれて有難う。

 でも、自分の心配をした方がいいと思うなぁ」

 オレには焦ったり、慌てたりする必要はない。敵が何人いようとも……だ。

 乗客と乗組員をどうするかが問題だな。

 それがなければ、ファルカンと黒鉞の巨漢、魔女を始末すればそれでこと足りる。

 そんなオレの態度が人を喰った態度に見えたのだろう。

 九尾の狐ーー結び目のある9本の縄をまとめた鞭ーーで、甲板を左右に叩きつけ、1人の海賊がオレに近付いてきた。

「ちっ!  テメエは頭がおかしいんだろ?

 1人運よく倒せたら、俺たち全員がヤられるとでも思ってんのか?

 クレブリナ海賊団に、ガキが1人で楯突こうとは、無謀もいいところだぜっ!」

 クレブリナ海賊団が掲げるジョリーロジャー 、ーー海賊旗ーーに描かれているのは、クレブリナ砲を✖2本に交差させた上に曝頭(しゃれこうべ)だ。

 男はそれを胸に入れ墨している。

 潮焼けした肉体はよく鍛えられ、引き締まっていた。

ーーん? 何か問題でも? と顔に書いて、オレはその男に笑みを返す。

「ちっ!丸腰のテメエに俺が得物をもってっ闘ったら仲間に笑われてしまう。

 素手で遊んでやっから、さっさとかかってこい!」

 男は大人気なく中指を突き立ってて怒鳴り、仲間に九尾の狐を預けた。

「や、鞭を使っても俺が勝つけどさ」オレは恬然(てんぜん)としている。

「ちっ!」男は(いき)りたつ。「ふざけたクソガキがっ!

 いい加減にしやがれっ!」

 のほほんとした態度を崩さないユキアに、男はいら立ちを隠さない。

 怒気をあらわに指を鳴らし、オレを睨む。

 海賊襲撃騒動の間、一言も口を開かず黙して、ファルカンの横でただならぬ威圧感を放っていた魁偉の男が刺青の男に釘をさす。

「おい、ディアス、貴様勝手な真似はするな。

 船長は今はまだその少年と、商談中だろうが。

 その邪魔をする気なのか?]

 丸太の如き腕を袖なし短衣に通し、がっちりとした広き肩の上に、巨大な黒い(まかかり)を担ぐ姿には迫力がある。

 鉞はその刃先まで、黒鳥の羽根の如き美しい光沢を放っていた。

 ファルカンは「コーサ、いいじゃねぇか」含み笑いを浮かべ「ディアスが頭に来たのもわからなくもない。

 その小僧は既に俺達の大切な仲間を倒し、自ら海賊を名乗ったんだ。

 小僧が奇しくも言った通り、海賊同士の戦いで後に引くわけにはいかんだろ」と諭す。

 コーサがディアスから険しい両眸を外すと、ファルカンは面白そうに提案する。

「聖エレミエル号の乗客、並びに乗組員諸君、これから楽しい見世物(ショー)を始めよう。

 それが諸君にとって、それが諸君にとって思わぬ幸運をもたらすかもしれん。

 今、ここに船がなく、仲間のいないやった1人の海賊だという少年が、俺達に挑むという・

 そこでその勇気ある少年の希望に付き合ってやることにした。

 もし、少年がオレの仲間を、そうだな……3人倒せたら金品も食糧同様見逃す。

 女をとらえるだけで引きあげてやろう」

 乗客や乗組員達はオレが惨殺されると予測して、尚且つこの新たな局面に口を挟む余地はないと認識しているようだな。

 3人とはいえ、屈強の海賊相手に何を考えてるのか分からない丸腰のオレがーーたとえ武器を持っていたとしてもーー勝てる訳がないと人々の顔容(かんばせ)に明記されていた。

 だが、オレはファルカンに抗議する。

「ん? ちょっと待った。オレはキラって女の人を引き渡す気はない。

 その条件を出すのはまだしも、勝手に話を進めてもらっちゃ困るんだけど?」

 誰もこのオレが、漆黒の闇という絶望に食い尽くされそうになった、悲愴な経験をしていたこと等、想像もできない。

 レイとザザを除く船上全ての者が、オレの事をイカれた馬鹿だと思っている。

「まぁ、その商談はまず3人を倒してからだな」とファルカンはニヤリ……。


※※※※※


「私が、キラ・ユ・ガイアです。目的が何かわかりませんが、同行します。

 だからファルカン船長、この船から引きあげてください」

 金糸で縫い取りされた純白の煌めく絹法衣で、細身だが女性らしい魅力あふれる身体を覆い、艶麗、明眸皓歯の絶世の美女が、オレに歩み寄り、凛凛とその姿を現す。

 どこまでも限りなく(しろ)い、()()()()()()、対照的に、少し波打つ美しく長い黒髪。

 柳眉の下、切れ長で爽やかな双眼には深い透明感と輝きを放つ、蠱惑的な黒藍色の瞳。

 すっと通った鼻筋と、ふっくらとした薄桃色の唇。

 その美貌に嫣然と笑みを浮かべ、細く皓い手でオレにそっと触れた。

「有難う。あなたのその心魂は汚れない美しさを持っている。

 正義と勇気、そして決断力。

 あなたは素晴らしい稟質を兼ね備えている。

 そんなあなたに、緋眼と緋髪はとても素敵よ」

 振り向いたオレは一瞬驚いた後、笑みが零れる。

 プロシュート・クルード・グリッシーニをご馳走してくれたのは、この女性だったからだ。

 ファルカンは「お前がガイアか。 名乗り出てくれて何よりだ。探す手間が省けた」キラを厳しい目で直視した。一呼吸おいて、横に座っている魔女に一言、二言、囁く。

 魔女は口を開かず返事もしない。(いちい)の杖を握った手が外套(マント)を開いて、その先端をピタリとキラに向けた。

 顔半分を覆っていた薄布を取り、口紅が映える唇にうっすらと微笑みを描く。

 長い髪が隠した額の隙間から、魔術師の証し五芒星の宝飾が光彩を放っていた。

 気高く妖艶な面立ちをしている。

「貴殿が」キラが静かな口気で「オロアルマダ帝国の海軍提督私は知っている」

 ーーやっぱりそうだったのヵとーーオレは一驚したがーー人命を尊ぶ器の大きい勇将だと耳にしていました。「何故海賊になったのかはしりませんが。目的は金品より私でしょう? さぁ、貴殿の船に向かいましょう」

 キラに促されたファルカンは「おい、お前のいつものその手に騙されないぜ_」

「成程ね、やっぱり海帝か」キラは運材といった調子で「ティターン海やアトラス海で、各国の海軍や海軍賊と派手にやりあってみたいだけど、正体不明の人物なんでしょ?」

「ご名答、オレの本意じゃないが、お前を奴に引き渡す」

 ファルカンは自らを嘲るように吐いた。

「奴の正体は俺も知らん。何の目的でお前を捕えたいのかも、全く知らねぇ。

 だが俺は、お前を手土産に奴と組む。俺と同じ企図をもった海賊は他にもいた。

 事実そんな連中に、今迄何度か抵抗もせず捕らえられていった。

 今もそうしようとしているみたいだが。

 然し、お前は海帝に引き渡せされる寸前で、姿を消していなくなってしまうらしいな」

「神に御業が私を救ってくだっさたの」キラは十字架をきった。

 「神? そんなものはどこにもいねぇ! 

 もしいたら、俺が海賊なんぞに身を落とすことはなかった」

 ファルカンの両眼に翳が宿った。「そんなことより、俺は他の間抜けな海賊とは違う。

 お前がどんな法術を操って、今迄逃亡出来たのか知らんが、このジゼルの目をかいくぐれるのか?」

 ファルカンは魔女をちらりと見た、

 オレは、ファルカンが宿した翳に、悲壮な思いが隠されていると感じた。

 メシア教カットリチェシモを国教とするオロアルマダ帝国の元海軍提督が、どうして神を否定するんだ……?

「お前を捜す海賊があちこちにいる中、俺はついてるぜ。

 神がいるなら何故お前をオレに引き渡す?」

 ファルカンは両手を天に向かって手を広げ戯ける。

「哀れな……」キラは嘆息を零す。「神は御旨のままに何事をもなされる。

 人間に、その真意を易々と理解できるものではない。

 何故、海帝と手を組みたいのか分からないけれど、私を利用する他に手段がないとは。

 矜持を失った者に掛ける慰めの言葉を私は持ってない」

 キラの瞳には、悲しみが潤んでいた。

 ファルカンは」何故、海帝と組もうとしてるんだ? オレにはそれが引っ掛かる。

 でも、そこにどんな理由があろうと、キラって女の人を引き渡すことは出来ない。

 させない。オレがここにいる限り。

 オレは宣戦布告する。「神は人としての誇りと誠実さを失った者にも、目を向けてくださっている。

 それに気付かないファルカン、お前は今日オレに(つまずく)く」

 「おいおい、またお前か?」ファルカンはあきれ果てた表情で「小僧、俺がどうやってお前がに躓くのか、是非教えてくれ」

「ユキア、あなたの気持ちはとてもうれしい」ファルカンを無視してキラは話を遮った。

「でも私に為に闘う必要はない。私はあなたにも他の皆様にも迷惑を掛けたくないの」

「あー、俺はキラの為に闘う必要はないよ。オレの為に闘う。オレにとって好機(チャンス)だから」 

「好機って」キラは有り得ないとばかりに「ユキア、本気であの海賊船を奪う気なの?

 あなたは今、一人も仲間がいない。たった独りでしょ? 武器だって何一つ持ってない。

 あなたの言動が、他の皆様に危険を及ぼすことを、今は真摯に考えるべきでしょ?」

 オレだってキラに窘められなくても、そんなことはわかっている。

 けど、いくら頭でわかっていても、ファルカンにキラを差し出すことは、死んでもオレには無理。

 オレはなり立てほやほやのだけど、海賊だ。

 確かに武器も装備してないし、船も無いし、仲間もいない。

 その代わり、千幻万朧の忍術と、剛強無双の武術がある。

 国抜けした以上、それを駆使することに躊躇うことはしない。

 聖エレミエル号はオレの船じゃないけど、海賊のオレがともに旅をしている船。

 てことは、この船をした者は如何なる故由があろうと、敵以外の何者でもない。

 ましてやそれが海賊なら、ここから一歩たりとも引くことは出来ない。

 それにキラには、グリッシーニの恩がある。

 オレにとって、例えば誰かに1週間の寝食を面倒を見てもらったことと、或いは誰かにパン1個貰ったことは、同じ恩だ。

 人の心のこもった恩はいつだって最高で、温かい。

 それ以外の価値基準を、俺は必要としてないから。

 だからこそ、キラにその思いを言葉にすることは無粋だし、オレの『義』に反する。

ーー闘う理由がオレには十分揃っていた。

「もし万が一、俺が3人を倒せなかったとしても、その時はキラがここにいる皆を救ってくれる。

 だからオレは、安心して闘える。

 悪いけど、俺もあいつらと同じ海賊なんだ。今日は海賊としての初陣ってとこさ」 

 どうして、こんな危険で物騒な時にそんな顔でいられるの? キラが訊きたそうにしてるので、オレは何も言わず、微笑んだ。

 キラは困惑してオレに伝えるべき言葉を一心に探している辞色で、

「もとより私は、いつでも彼らの船に乗る覚悟はできています。

 でも、ユキアが勝っても、負けても、ファルカンの気が変わらないと、誰にも断言できない。

 ここにいる罪なき人達の保証は、相手が海賊である以上、無いに等しいのよ?

 だから、ユキアが彼らと闘うことに、賛成はできない」

 口を噤み頭を振った。

 ファルカンのがキラを向かって「おい女、小僧が言う好機とやらを奪う権利は、お前にはない。

 心配するな。小僧が倒れても最初の商談に戻るだけだ。

 お前は俺達の船に乗る。金品は頂くが、誰にも危害は加えない」

 ファルカンは、キラを人差し指で指差し、

「いいか、大事なことは、見世物を開催すると決めたのはお前じゃない。このオレだ」

 そう言って己の親指で自分を指さす。

 警告するファルカンに同調して「そうだ! そうだ!」と海賊達が煽り始めた。

 キラは眼前で展開されている事態を、自分の力で代えることは無理だと悟ったのか、愁眉を開くことは出来ず肩を落とす。

「ユキア、あなたが勝利すると信じたい。言っても無駄だろうけど、無理はしないで」

 「有難う。心配しなくても大丈夫だから」ぶらりお散歩でも行ってくるかという語感で「んじゃ、ファルカン、そっちの面子(メンバー)を決めろよ。 

 強い奴がいい。サクッと済ませて、次の商談に進めよう。

 キラを引き渡す気は全然ないから」

 怒声を叩きつけてくる海賊達を無視して(スルー)して「よし! 相手が決まるまでの間オレは神に武運を与えていただける様に祈りを捧げさせて頂こう」十字架をきり緋隻眼を止めた。

 3人の対戦相手は、我も我もと立候補者が多すぎて、どうやら簡単に決まりそうにない。


※※※※※


「神よ、どうかこの闘いのご加護を願います、アーメン」周囲に届かない声、無声音でオレは静かに短い祈りを捧げた。

 それから、右手の人差し指、中指揃えて立て、薬指と小指は握り親指で抑え「伝」と無声音でーー印を立てるとは、このようにして片手をかたちづくることをいう--「音遁、聲波ノ術」術を唱えた。

 片手を面前祈るユキアの姿は、戦場にいつものからすれば奇異に映ったことだろう。

 ましてや術を発動しているとは想像すらできてない。オレの祈りは術を発動して続く。

「レイ、ザザ、任務中悪いんだけど、見ての通りだから、力を貸してくれないか?」

 無声音の届く筈のない、援護を願う、ユキアの祈り。

 二人の獣人は吃驚(びっくり)して互いに見合わせ「はっ!」無声音」で返す。

 オレは早速指示を出す。

「まずは、乗客と乗組員を退避」させたい。それから海賊船の大砲を使用不応にした後に制圧。

 海賊は全て追い払う。レイやザザは、自分達の存在にオレがいつどうやって気付いていたのかを、しりたいにちがいないが、今はそれどころじゃない。

 レイがオレに「退避は海賊達の目に触れぬようにいうお考えでしょうか?」確認してきた。

「うん。霧で隠してくれ、乗客、乗組員が船内へ移動する跫音はオレが消す。

 退避完了後、船内への昇降口を封印したら、ザザは海賊船の制圧に向かってくれ。

 10数人は船で待機してると思う。

 大砲の発射準備も完了している筈。それは全て使えないよう細工すること。

 敵の数がすくないからと、油断は禁物だ。

 ファルカンの一党は、海軍時代から今日まで海帝艦隊を含め、無敗を誇っている猛者揃いだ。

 奴らの命は絶対奪うな。海に追い落とせ。海賊船のボートを与えてやればいい、

 船内の食糧も樽ごと海に放ってやれ。

 レイはこっちに残ってオレの援護を頼む」

 ザザは「了解でござるっ!」待っていましたといった体で従う。

 一方レイは「ガイアさんは船内へ向かってくれそうにには思えませぬが……」懸念を示す。

 オレは「霧が、甲板のほぼ中央の船尾寄りにいるオレとキラの姿を隠す時間があれば、船尾の乗客、

乗組員は全員退避させられる。

 キラが今直ぐ強引に拉致されることはないだろうから、霧がオレの後ろにキラの姿を消してしまったら、何とか説得して退避させてほしい」と命じ「オレが3人を倒したら、作戦開始という事で二人とも頼んだ。

 それ迄、海賊どもが暴れ出すことはない。3人を倒した後は、出来るだけオレが時間を稼ぐ。

 海賊達も霧が晴れるまで、動きが取れなくなる。

 霧を晴らす時機は、オレが指示するから、待っててくれ。

 この任務の報酬は、海賊船に積み込んであるだろうお宝で払う。

 おそらくは海帝への手土産として、それなりに用意してると思うな。

 もしなかったら、その時はごめんなさい」

 オレは素直にペコリと頭を下げてしまって、ハッと気づく。

 オレ、今祈ってるんだった。ヤバイ、ヤバイ、やらかすところだった。

「私にはそのようなお気遣いは無用です。必要ありませぬ」レイが辞退すると「同じでござる」ザザも同調。

 二人の」本来の任務を考えれば、その回答は当然だと、オレも納得。

 レイとザザは、パークスが掟を破ったオレに放った追手だもんな。

 海賊に任務の邪魔をさせる訳にはいかなから、加勢せざるを得なくなっただけのこと。

 父ソウガは、蟄居解除の噂がオレに届いているのを知ってた筈。

 にも拘らず、国抜けしたオレの真意を掴みたいに違いない。

 既に国抜けして未だ行方不明のロックとオレが仲良かったから、結びついtいるのではないかと考えているのかも?

 或いは、それはないと思いつつ、母タラサの一件の真実をオレが掴んでるのではないかと、疑念を抱くに到ったのかもしれない。

 兎に角、オレの目的を把握した上で、レイとザザに国に戻るよう説得させ、内容次第で蟄居どころか幽閉という腹心算だろ。

 だから、オレと仲に良いレイとザザがこの任務に選ばれたんだろうし。

 無論説得に応じないなら、「殺せ」と一言付け加えて。

 それでもオレは二人と共に戦えることが嬉しくて、感謝の思いで胸が熱くなった。

 でも、この闘いが終われば、今度は二人の元仲間と対峙しなければならない。

 追われているオレの立場からすれば、海賊襲撃という緊急事態は静観し、追手から逃れることを優先すべき。

 それを前提とするなら、ファルカンの仲間になるのは、最善の一手かも?

 二人は簡単にオレに手が出せなくなる。

ーーだけど、オレの心魂はそれが出来る鋼の鎧を装備していない、

 だから、人の苦しみや、誰かの悲しみが、その心魂にいとも容易くグサリと深く強く突き刺さってしまう。


※※※※※


 若様の命令通り、私は霧でこの辺りを隠さなければならない。

ーー準備をしなければならぬ。

 雲一つない碧落(へきらく)を、私は見上げた。

「天候を操る術に熟達している者は、それを操っていることを誰にも悟らせはしない」

 私の父であり、パークス重臣達を除く、筆頭家臣で一等上忍を務めるロイ・ネブラの(おし)えだ。 

 今この天候で、行き成り霧隠れノ術を仕掛けるのは不自然。

 私はそう判断し、両手を胸の前で広げ、それぞれの人差し指と親指を繋げて丸い円を作り、無声音で「在」と唇を動かし、ーー印を組む、結ぶとはこのように両手で形作ることを言う--、次に握り締めた左の人差し指を立て、それを右手で握ると「裂」と印を続けて結ぶ。

「雲遁、龍雲ノ術」と無声音で術を唱えた。

 すると、一陣の風が音もなく聖エレミエル号を、すーっと、吹き抜けていく。

 丸天井には、次々と龍の形をした巨大な積乱雲が現れ始める。

 龍雲は絡み合い、陽光を遮断していく。辺りは少しずつ薄暗くなっていった。

 こうして、私は霧隠れノ術を発動をするための準備を終える。

 海賊との闘いは避けられまい。

 私はそう判断し、闘いに備え次の一手を決定した。

 まずは、闘いの舞台を用意するとしよう。


※※※※※


 祈りを捧げるユキアの姿を、少し後方から私は黙って静かに見守っている。

 十字架をユキアがきった時は、カットリチェシモか他宗派は別にして、私はΩの一員として、同じメシア教を信仰する者として嬉しくなった。

 カットリチェシモだったらもっと嬉しいな。

 と願いつつ、ふとあることに気づく。

 ユキアの口の動きが時折止まるのだ。

 よく考えてみると、右手の指を立てて祈るメシア教の宗派なんてない。

 もしかするとユキアは祈っていないのかも?

 あれは、まさかとは思うけど印かもしれない。

 でも彼らは、海滅時代に絶滅した筈。

 私は、永い永い人生を背負って生きてきたから、印を結ぶ武人の存在を知っている。

 それなりの知識はある。

 世界中にいる様々な法術士が術を発動する時、一部の例外を除き、術式の詠唱や記述が必要だった。

 それらとは違い、世界中の殆どの人が伝説や、神話の中での法術とされているものがある。

 その法術は、稀少な法術士達が守り続け、術の発動に術式の詠唱も記述も必要としていない。

 私は、その伝説や神話が語り継ぐ、神秘の法術を操る術士の一人なのだ。

 その為、あらゆる術に関して精通している。雲に覆われた暗い空を見上げ、双瞳をユキアに戻した時、私は確信した、

 あの一陣の幻妖な風と、それ連れてきた頭上低く垂れた黒灰色の雲の群れ。

 この二つの現象は、きっと何らかのきっと何かの法術によるものではないか、と。

 あれは祈ってるんじゃなくて、術を詠唱してるんだ。でも、武器は装備してないのに、武具を装備している姿は、武人だとしか言えない。

 印らしきあの右手と、海賊を1人蹴り倒した武術は、やっぱり絶滅した筈の者達を思い起こさせるけど……。

 私の祖先も、その絶滅した者達の血脈。

 現代にも、術を操る武人はいるが、極めて少数な上、その修行鍛錬に膨大な時間を必須とするから年齢は若くない、

 ユキアみたいな少年に、術を操り、武人としての技を体得している者が存在するのは、有り得ないことだった。

 もし、ユキアが絶滅した者達の継承者なら、この闘いを勝ち抜く可能性は十分にある。

 ユキア、あなたは忍者なの?

 私の瞳は今、好奇心と期待で、キラキラ輝いて見えるだろう。


※※※※※


「神に祈りは届いたか? お前の対戦相手が決まったぞ。

 希望者が多くてコーサが困ってたぜ。そろそろ始めようじゃねぇか」

 ファルカンは、闘いの銅鑼(ゴング)を鳴らすのが楽しみでウズウズしてるのが丸見え。

「さぁ、闘いの時だ!」コーサに頑丈そうな顎を少し上げた。

 コーサは一人一人順番に指さして、闘いの舞台に上がる許可を与える。

 選出外の海賊達が、中央大帆柱付近の散乱物を舷側に集め、闘える場所を用意した。

 指名を受けたものは、コーサが指差した通り順番にオレの前に出揃う。

 最後に指名を受けたのは、胸に入れ墨をしたあの男、ディアス。

「ちっ! 馬鹿が粋がりやがって。副船長の命令がなきゃ、今直ぐ俺がぶっ倒してやるが、順番は俺が最後だ。

 それ迄、テメエが倒れないように、今度は俺が祈ってやるぜ」

 ディアスは十字架をきって、オレを憎々し気に睨みつけた。

 3人の中に選出されなかった海賊達は、不満たらたらで、中には嫌味ったらしく、ディアスに倣って十字架をきる者も。

 血走った眼をユキアにぶつけて、首を親指で書ききる身振りをする奴もいた。

 オレは「よーし! ()るか。()()()()()()()()()()()()()()()()

 その方が面白いだろ?」緋隻眼を開き、真っ直ぐ前を向く。

 気の抜けた物言いとは対照的に、オレはその緋隻眼から激しい闘気を開放する!

 ディアスは怒った野獣の如き低い唸り聲を発し、他の二人は殺気迸る血眼をオレに突き刺した。


ーー十字架をきって祈ったディアスとそれを真似た海賊達の祈りは神に届いた。


 信じがたいほど呆気なく、あっという間に。

 1人目の海賊は両手の指を鳴らし、ユキアに近付いてきた。

「おーいいねー! やる気満々だなぁー!」

 と言い終わらないうちに、左腕を思い切り振り上げて「おらぁーっ!」その拳をオレの顔面目掛けて、真っ直ぐに撃ち抜く左直突き(ストレート)

 が、ほぼそれと同時に左拳を突き出したまま、膝から前のめりに頽れてしまう。

 男は海賊達に抱えられて、そこから離れた。

 魔女のジゼルが駆けつけて男の状態を調べ始めたが、魔術医として船医も兼任しているのだろう。

 二人目の海賊は倒れた仲間に目もくれず、気迫の(こも)った血相で、まずは素早く3発、左の短突き(ジャブ)

 短突きで間合いを図ったその直後「うらぁーっ!」と切れのある満身の右直突き!!

 それは、オレの頭部を吹っ飛ばす勢いだったが、またしてもその攻撃を放った瞬間ーー違うのは左か右かというだけでーー1人目と同じ有様で即座に失神させてやった。

 この闘いを観戦していた乗客、乗組員、海賊は。一体全体何が起こってたのか判然とせず、一様に呆然としているが、オレは仕方のない事だと思う……。


※※※※※


「四阿羽黒龍柔拳術、影月。いつもながら凄まじい程見事な切れだな」

 私とザザは若様が何をしたのか分かっている。

「さすがは若様でござる。ディアスは怪訝そうに口がぽかんと空いたままでござるよ」

 ザザは両手で口を押えて肩を揺らし、必死で笑いを堪えていた。

「そう言えば、お主も若様の影月で気持ち良さそうに眠ったことがあったな」

「ウキッ! そんなこと忘れたでござるよ! 影月を喰らったら記憶が飛ぶでござるからっ!」

 黒猿の獣人は眦を吊り上げる。

「すまぬ。からかう心算はない。あの時若様はお主が相手故、力も6割程度であったが、今回は手は抜いておられぬ。海賊どもも度肝を抜かれていること相違あるまい」


※※※※※


 我が海賊団の副船長コーサは、仲間が既に3人小僧に倒されていても、全く動揺してない。

「船長、奴は格闘士だ。とはいえまだ若い」と冷静に判断している。

 オレは自分片腕で副船長のコーサに「武術で技を身につけると、誰しも腕試しをする。

 若けりゃなおさらだぞ」

 「だが、コーサは眼底から鈍光を放ち「少年がどんな技で倒したのかわからんのは、気にいらねぇ。 

 ディアスはそれこそ元格闘士だ。奴は強い。だから3人目にしておいた」

 俺は「お前ならそうすると思っていたぜ。」葉巻の家塗りを吐き出す。

 「口の悪さや態度から、想像し難いが、ディアスは闘いに関しては緻密に計算する男だ。

 これまでにヤられた連中とは別格だから俺も少年がどう戦うのか、興味深い」

 おそらくはディアスの頭の中はヤられた仲間と小僧との闘いが、脳内映像で何度も再生されている筈だ」

 俺達の目線はディアスに向けられていたが、共に揃って眉間の間に立て皴を刻んでいる。

 俺達はディアスの勝利を疑ってないが、小僧の技が歴然としてない為、嫌な予感もあるからだろう。

 何れの戦いも、小僧の動きは極めて僅かだった。

 一人目は、左拳の直突きをその外側にかわしただけ。

 二人目も、3発の短突きをすべて見切り、右拳の直突きをその外側にかわしただけ。

 然し、小僧がこの小さな動きをした途端、仲間達は失神させられてしまっている。

 頭蓋骨の内壁で脳が激しく繰り返しぶつけられなければ、完全に意識が絶たれ、全身の力が抜けてその場に沈んだりはしない。

 それ程までの攻撃が凄まじい威力を誇る攻撃は何なのか?

 俺達も乗客、乗組員も誰一人としてその答えを出せないでいる、

 だが、ジゼルが手掛かりを一つ発見した。

魔女はディアスにも届く声で「その少年徒者じゃない! 二人共顎が砕かれているーー折れているのではなく砕かれはているのだーー魔術で骨は接合して直した」

 と言いながら、元の位置に座った。


※※※※※


 ディアスは激しい怒気を纏い「ちっ! クソガキ、海賊ごっこはもう終わりだ!」両脇を締めて右拳を肩の高さに、左拳は顎の前におき、正中線を隠し斜に構えて、戦闘準備完了。

 といった体だ。

 オレは、一人目、二人目のときと同じく、肩の力を抜き、両腕をだらりと下げて、右足を前に立ち防御体勢はとらない。

 明らかに、修羅場を搔い潜ってきたことを物語るにたる、ディアスの構えと殺気!

 まぁ、こっちはそれどころじゃない生命戦を戦ってきたけどな。

 オレは顎を引きディアスはの方を見ているが、緋隻眼は相手を見透かすように、その背後を見るが如く、茫漠とさせていた。

 聖エレミエル号は静まり返っている。

 そよ吹く風が、船の帆と語り合って生まれるはためく連続音。

 ゆったりとした波浪が奏でる旋律。

 それらが、否応なしに闘いの緊張感を際立たせていく。

 海賊も、乗客も、乗組員も、今から始まる闘いを見逃すまいとオレ達を凝視している。

 オレは、ディアスの構えと右回りの軽快な足運び(フットワーク)を見て、相手が本物の武人、格闘士だろうと看破。

 一人目の海賊は、左腕を大きく振り上げ肘を引いた時点で、闘いについては腕力任せの素人だと、すぐにわかった。

 もしオレが正攻法で闘う気だたら、相手がおおきく腕を振り上げた時、その懐に入って息もつかせず、拳を二、三発叩き込んでいただろう。

 拳を突く時は左右共に体の側線ーー左右の脇から腰までの線ーーより後ろに腕を帆いてはならない。

 だけど、素人は拳に勢いと力を加える為、一人目のような動きをしてしまう。

 二人目の海賊は、素早く短突きを3発連打してきたが、その構えは両脇の開いた八の字の型だったから単なる手打ちで威力は然程ない。

 四発目にキレのある右拳の直突きえを放ってきたが、この時のテンポもまずかった。

 三発の短突きを出した腕を引いた後に四発目の直突きを撃ち込むのでは遅い。

 ドン! ドン! ドン! ドーン! という連撃ではなく、

 ド! ド! ド! ドーン! でなければだめなんだよなぁ。

 つまり、三発目を突いた腕を引きながら、四発目を撃ち抜くのが正解。

 一人目も二人目も、拳を突くのも、脚で蹴るのも、拳や脚に力を良い、というものではないことを知らないんだろう。

 俺からすれば、二人の海賊は武人ですらなっかった。

 でも、ディアスは違う。

 

ーー来る!!


 ディアスは行き成り遠い間合いから一気に踏み込んで距離を潰し、素早く続けざまに数発激射する右拳の短突き!

 然しオレは、ディアスが必ずしも命中(ヒット)させようとしていないことを見極めてた!

 ディアスは俺との間合いを測り、自分にとって最良の距離をとろうとしている!

 とはいえ、その一発、一発には喰らえばそれなりのダメージを与えてくるだろう、込められた激しい闘気!

 オレは摺り足で動きそれを見切る、全弾完璧に。

 ディアスは直ぐ様。左下段蹴り(ローキック)

 爪先が甲板すれすれに這う如く始動して、鋭く、速く、美しい弧を描く。

 オレは、下段蹴りの凄さを知り尽くしている。

 オレの脚から破壊して、動きを封じようって魂胆か。

 下段蹴りは、蹴り技の中で地味だと思われているが、威力、効果共に決して甘くない。

 敵の軸足の急所を狙い撃ちして、蹴り続ければ、蓄積された痛手で脚を踏ん張れず、相手は、体重を乗せた攻撃を出せなくなる。

 のみならずその結果、敵の防御意識が下半身に集中し上半身の防御意識意識が散漫になれば、中段蹴り、中段蹴り(ミドルキック)、上段蹴り等の動きが大きく、威力段違いとなる大技も命中し易い。

 故に、戦場で闘う為に磨かれた四阿羽黒龍柔拳術には、その対応策があった。

 オレは、ディアスの攻撃に対して、淀みない動きで右足をたたみ、敵の左脚にこちらからぶつけて防御(ブロック)すると同時に、そのまま前方に力強く踏み込む。

 ディアスの左脚は弾き飛ばされ、ユキアは敵の左に回り込んだ。

 下段蹴りに対するこの防御技は、レイとザザ以外船上にいる誰一人として知らないもの。

 これを、四阿羽黒柔拳術の逆弾(さかはじ)という。

 想定外の防御技魅せたオレに、ディアスは素早く後退して体制を整え、軌道変化(フリッカー)させ右拳の短突き(ジャブ)で弾幕を張る。

 オレは相手にせず突っ込まない。

 ならばとばかりに、ディアスが中距離から叩き込む左拳の鉤突き(フック)

 少し仰け反って(スウェー)、あっさりと交わすオレ。

 間髪容れず、ディアスは渾身の力を乗せた中段蹴り!

 左足が空気を切り裂く音が聞こえてくる程、キレとバネのある蹴りが猛然とオレに襲い掛かった。

 が、オレは、観戦している者達が驚く技を魅せる。

 驚くだろうがオレはディアスの中段蹴りに向かって一歩前に踏み込みーーこの動きにより相手の攻撃の遠心力を削り、その威力を潰すーー左の掌でディアスの攻撃を受けつつ右腕で抱え、勢いよく押し出して放り投げる。

 片足で立っていたディアスは、身体の均衡を乱され後方に下がり、どすんっと尻餅をつく有様。

 この防御技は四阿羽黒流柔拳術、逆止(さかどめ)という。

 まさかオレが一歩前に踏み込み、ディアスの左脚を捕まえに行くとは、思ってもみなかっただろう。

 普通は両腕で防御(ブロック)すると筈だと計算する。

 けど、オレがそれをしたら、一瞬動きが止まってしまうから、そこに何らかの攻撃を叩き込みたっかったんだろうな。

 悪いけど四阿羽黒流柔拳術は、命がけで闘う戦場での経験則が生んだ究極の武術だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 オレは、そう思量して、何も言わず、静かにディアスを見ていた。


※※※※※


 「まずいな」予想外の情景に、コーサの顔貌(がんぼう)は頭上低く垂れている曇天と同じだ。「攻めてるのはディアスだが、闘いを支配しているのは、あの少年の方だ」

 オレは、小僧を刮目していた、

「いや、これ程の男だったとは驚いたぜ。どうやらディアスの勝てる相手じゃねぇな」

 外套の物入から、ルム(ラム)酒 を取り出し喉を鳴らして飲み、オレはニヤリ。

 無様な姿をさらしてしまったこと、攻め込める隙を見つけられないこと、二人の仲間を倒した技が、未だ不明なことも重なり、苛立ちと焦りが丸見えのディアスは「ちっ! クソっ! オレを見下すんじゃねぇぞっ!」怒り狂ってユキアに突撃していく。

 そんなディアスを目にしたコーサは「残念だが勝負は決まった」と呟き嘆く。


※※※※※


 ディアスは、キレのある短突きを二発飛ばし、振り下ろして叩きつける下段蹴り!

 全弾命中したかと見えたが、オレの神技的防御技術により 全て不発。

 が、ディアスの猛攻は止まらない。

 右拳の短鉤突き!

 左拳の下突き!

 全てオレがかわすと、ディアスは素早く反転、ドンピシャの瞬間をとらえ「ハッ!」と気力を練りこんだ、必殺の右裏拳!!

 今度こそ命中したと見えた見事な連撃(コンビネーション)だったが、オレは全てかわす。

 然し、ディアスの攻撃はそれでも止まらない!

「うおおおーっ!」咆哮をあげ気魄と気合が漲った一撃!

 腰は鋭くキレ、確り肩が入り、体重がずっしりと乗った、あらん限りの力で撃ち抜く左直突き!!


ーーその刹那


 目にも止まらない速さで、オレは僅かに軸足の右膝を曲げて沈み込み、ディアスの左拳を正に紙一重で見切り、同時に後ろ足を引く。

 右股関節を起点に、曲げた右脚を伸ばしていき、そこに乗っていた自らの全体重を、右拳へ瞬時で移し、ディアスの伸びていく左腕の脇から、その顎の激突させるべく逆撃の凄烈な下突き!!

 ディアスの目から映像が、耳からは音声が、ぷっつりと完全に途絶えてしまったようだ。

 ほんの1秒も満たない熾烈な技。

 オレはその後右腕を元通りだらりと下げる。

 海賊三人を討ち倒したのは、たった1発の下突き。

 口から噴き出した泡に混じって鮮血が流れるディアスを、仲間達が抱え連れ去る方へ、ジゼルも向かう。

 オレは確信していた。

 おそらくディアスの顎骨は、他の二人よりも粉砕されている筈。

 それだけディアスの放った左直突きの威力が、他の二人より強かったことを示している。

 逆撃は、相手の威力が強く大きい程、こちらの攻撃の威力があがる。

 ディアスが弱かった訳ではない。

 過去オロアルマダ帝国の闘技場では、命がけで闘って生き抜き、大きな怪我を負ってないのがその証拠だ。

 実際、ディアスが魅せた技、連撃の凄さは、目にしていた者達全てが認めていることだろう。

 でも、闘いの間そもそもディアスの視線は常にオレに向かい、自らが放った左腕の脇の下等視てない。

 というより視えない。

 その死角から、忍び込んで襲い掛かってくる猛撃を、技を撃っている最中に自ら視認するのは不可能。

 更に、闘いを観戦をした周囲の者達の多くの目にも映らず、見破ることが出来ない早技。

 ディアス程の猛者が眠ったのも無理はない。

 これで、オレが能天気な大馬鹿者ではないと、多少なりとも認めてもらえたかな?

 

 ※※※※※


 緋い隻眼が燃え熾る火炎さながらに煌めく若様は、強い!

 この闘いを目撃した者達には、神がかって見えるほどに。

「またしても影月でござる」肩を大きく揺らし、笑いを堪えているザザ。

 私がこれまでに見た中でも、技が冴えていた。

 「影、則ち死角から拳が三日月の弧を描き刺し貫く突き、四阿羽黒流柔拳術、影月、か」 

 私は若様が隻眼であるにも関わらず、繊細な技術を完成させていることに、感動すらあった。

「ザザ、笑っている場合ではない、作戦開始だ」


※※※※※


 ディアスを倒した俺は、「神に感謝の祈りを捧げよう」

 ファルカンに届くよう宣言し十字架をきって、緋隻眼を閉じる。

「ご加護に感謝を捧げます、アーメン!」

 無声音で祈りを捧げ、胸の前で左右の人差し指と中指を絡め、薬指と小指を立ててあわせ「闘」と素早く印を組みつつ口を動かす。

 続けて今度は全ての両手の指を、右手に親指で左手の親指を押さえ握り合わせ「皆」と印を組んだ。

 次に両手の人差し指と中指を立て、残りの指を握りこみ目の前で「八」の字に形作りーーこれを刀の印というーーすぐさま両手の形はそのままに、右手の人差し指と中指を、左手の親指、薬指、小指で作った穴に差し込むーーこれを結の印というーー。

 それから両手の形は崩さず、左手は顎の前に置き、立てた右手の二本の指で左肩から右肩まで一気に空を切るーーこれを一字を斬るというーー。

 動きを止めず、今度は切った一字の左端から五分の一当たりの空を縦に切るーーこれを二字を切るというーー。

 切った一字の少し下に一字を切るーーこれを三字を切るというーー。

 切った一字の左端から五分の二辺りの空を縦に切るーーこれを四字を切るというーー。

 切った三字の少し下に一字をを切るーーこれを五字を切るというーー・

 切った一字の左端から五分の三当たりの空を縦に切るーーこれを六字を切るというーー。

 切った五字の少し下に一字を切るーーこれを7字を切るというーー。

 切った一字の左端から五分の四辺りにの空を縦に切るーーこれを八字を切るというーー。

 最後に、切った七字の少し下に一字を切ったーーこれを九字を切るというーー。

 オレは「雷遁、威炎槌(いかづち)二ノ術」と無声音で術を唱えた。

 もう一度十字架を切り緋隻眼をゆっくり開く。

 レイの術でどにんよりと鈍色に濁った暗空に、龍の鉤爪の如き蒼白い閃光が駆けた。

 後を追って、重低音の雷鳴が轟く。

 ファルカンは苦虫を嚙み潰した貌で「お前は変わった祈り方をするんだな。神への感謝か?

 無意味だと思うが、それはまぁいい。三人との勝負、誉めてやろう。

 俺の仲間の中に、ディアスを素手で倒せる奴はそう多くない。

 お前がどんな技で三人を倒したのかは、謎だがな……」

 見世物の時間ショータイムは10分と続かなかった。

 オレが腕も胆力も本物だってことに、気づいてくれたらしい。

「先刻まで、小僧呼ばわりしてすまなかった。

 ユキア、お前は海賊を名乗るにふさわしい実力を、確かに持っている」 ファルカンは頭を下げ謝罪した。

「だが、お前は船も無く仲間もいない。

 改めて言うが、どうだ、俺達と一緒に海賊稼業をやらないか?

 うちには、ここに入りカーサやジゼル、ディアス、船を守らせているペロの他に、根城に残ってる幹部達がいるが、お前をうちの幹部として迎えたい。

 悪い取引じゃないと思うが、不足か?」

 ファルカンは再びオレを仲間に誘った。

 年齢、素性、敵、味方関係なく、人物を自らの目で判断し人材を求めるこの男が、オロアルマダ帝国の海軍提督だったという将としての器は、大きく本物だとオレも思う。

 俺みたいな若造に、非礼をきちんと詫び、頭を下げるのは、なかなかできることじゃない。

 キラがこの男を評価した内容は、オレも知っていたが、それは本当なんだろう。

 でも、海帝と組む為に1人の女性を差し出そうとするやり方は、容認できない。

 何故そんなことをして、ファルカンは海帝と組む必要があるんだ?

 オレにはどうにもそれが引っ掛かる。

「コーサッ!」ファルカンは興奮気味に「こりゃいい拾いものだと思わねぇか?

 1番最初ユキアが蹴り倒したデスマヨは、ユキアに幸運があったからだと考えていた。

 両手にパンを持ったまま、上段蹴りで倒す何て芸当は超一流の格闘士の技で、ユキアのような若者が簡単に放てる技じゃねぇ」

 コーサはルム酒でのどを潤すファルカンに「確かに」短く答えた。

 ファルカンは機嫌よく話し続ける。「見世物は10分と続かなかったが、一人目のマローは、まだ運が残っていた可能性があった。

 二人目のナバハを倒し、そうではなかったことを示した。

 ユキアは三人目のディアスと闘い、一発も攻撃による痛手を負わずあっさり倒したことでその実力を証明した。

 然もどうやって倒したのか判明することなく、謎を残したまま。謎は今も解けてない。

 コーサ見ろ。ユキアは息も乱れてないぜ。その真価は底知れないぞ」

「成程、それで三人だったのか」コーサは一つ頷き「船長の言う通り俺達の誰一人としてユキアがどんな技を使ったのか不気味な謎を残したままだ。情けないことだぜ」

 嵐を呼ぶ呼ぶ扉を百雷が激しく叩き、二人の会話を聞こえにくくして邪魔する。

 上空は、かなり低い暗灰色の密雲が広がり、覆っていた。

 然し、二人がそれを気に掛ける素振りはない。

 が、ジゼルは眉を顰め暗天を見回している。

 でも、それがオレやレイの術によるものだと見抜けてはいない。

 オレが、クレブリナ海賊団を追い払うために、レイやザザと作戦展開していることを、三人とも気が付いてないのが、有り有りと窺える。


 作戦は三つの要点があった。 


 ①乗客と乗組員を海賊達に気付かれることなく、船内に退避させること。

 ②海賊船の大砲を一時使用不能状態にした上で、船を制圧すること。

 ③クレブリナ海賊団全員を海に追い払い、撤退させること。


 この作戦を成功させる為に、先ず①と②を俺達は成功させなければならない。

 それにはレイとザザが作戦を成し遂げる時間を稼ぐ必要がある。

 そう考えて、オレはファルカンとコーサの会話に加わることにした。

「あ、海賊になったばかりだから、この近海、

 アトラス海、ティターン海の海賊勢力の情報とか、海賊家業のこととか詳しく教えて欲しーなー。

 今後どうするかは、それを訊いてからってことで」


※※※※※


 私は若様の命令をまず一つ果たす為、秘術、龍雲の時と同じく、在、烈裂と印を結び、左手人差し指を親指横原につけ、残った指を軽く握って指を揃えた右の掌の上に乗せ「前」と印を結んで繋げ、左手の親指を握った右手を残った左手の四本の指で包み「陣」と続け、刀、結を結び、三字を切る。

「霧遁、霧隠れノ術」無性音で術を発動。

 海面からもわもわと靄が立ち上り、聖エレミエル号の四囲の見晴らしが、瞬く間に閉ざされていく。


 靄が聖エレミエル号の甲板に届いた時には、その姿は霧へと変貌していた。

 霧はさらさらと舞い踊り、船に絡みつき濃く深く辺り一面を覆い尽くしていく。


※※※※※ 


「珍しいな、この時期にこの辺りで、こんな深い霧を体験したことはない……」ファルカンがぼやく。

 コーサは「嵐の前のまえぶれか?」としかめっ面だ。

 瞳を閉じたジゼルの前には、櫟の杖がゆらゆらと浮かんでいる。

「風の強い息吹は感じない。嵐にはならないと思うけど……」

 その物言いには、激しい雷鳴が暴れる中、風が温和しいのは面容だと感じているのか、どこか何かを

 訝しむ響きが含められていた。

 霧はあっという間に、乗客や乗組員達が肩を寄せ合っている船尾楼付近を、白い帳ですっかり覆ってしまう。


※※※※※


 ファルカン達から前方に確認できるのは、辛うじて、オレと後方にいるキラのみ。

 然程時間もおかず、キラも霧で隠れてしまうだろうと、オレはファルカン達との距離を敢えて近くする為歩み寄る。


※※※※※


 オイラは若様のご指示通り、安全に乗客や乗組員を船内に移動させなければならないでござる。

 霧でもうファルカン達は視えなくなったから、今がチャンスでござるな。

 オイラは胸の前に両手を出し、それぞれの人差し指と親指を立て、他の指は握り込んで左右の手を合わせ「臨」と無声音で唱えたでござる。

 その後両手の先刻同様立て、他の指は全て絡めて「者」と続けたでござる。

 左右に立てた人差し指に中指を絡め、薬指と小指は握り込み、親指を伸ばした手と手を合わせ「兵」と繋げ、結運を組み五字を切ったでござる。

 「木遁、樹籠荘ノ術」と唱えたでござるよ。

 術が発動し、甲板や船尾楼付近から、にょきにょきと樹々が生え出て。その枝と枝が隙間なく絡み合い、結び重なっていく。

 奇態な現象に乗客や乗組員も恐れをなし、言葉を失い声も出ない。

 樹々は彼らをすっぽりと覆い隠したが、その内部はぼんやりとした淡い黄色の光に満たされ、視界が開く。

 その幻想的な光源は、樹々それ自体でござる。

 樹々の光耀(オーラ)でござるな。

 乗客や乗組員達は、この突然の出来事に皆顔を合わせ。吃驚する許り。


※※※※※


 私は聖エレミエル号の船長に、自分とザザが、若様の仲間だと伝えた。

 これから起こる闘いに備え、安全確保の為船内に避難し、海賊達を追い払う迄、乗客や乗組員をまとめ動かないよう依頼する。

 私とザザは、耳を劈く激雷の轟音に紛れ、まず乗客を船内に誘導していく。

 その中には、武人や術士の姿もあった。

 彼らは私とザザの視線を避け船内に向かう。

 総勢60名以上の海賊相手に勝ち目はないと、自らの命を守ることを優先した者達だ。

ーー若様の爪の垢でも煎じて飲ましたいものよーー私は肺腑で悪態をつき見送った。

 乗客の移動後、乗組員も移動させていく。

 彼らの憔悴しきった姿を見て、私とザザは若様の心魂の熱に触れ、勇気づけられている。

「この闘い、絶対に負けられぬ!」

 銀狼の獣人の瞳に静かな闘気が満ちていく。

 乗客、乗組員の退避はすべて完了。

 私は、船内への昇降口に封印札を張った。

 札の中央には『封』という文字が墨で記されている。

「陣、在」印を結び「隠遁、封閉堅弐ノ術、急急如律令」術を無性音で唱え刀、結と繋げ五字を切った。

 皓い封印札は、段々透けて消滅してしまう。

 然し『封』という文字だけはそこにそのまま残っている。

 これで、船内へ入れる昇降口は封印された。

 私が術を解くか、死亡しない限り、この昇降口は外からも中からも、開けられない。

 それを確認したザザが伝の印を立てて「解」術を解くと、樹々がするすると甲板や船尾楼といった辺りに吸い込まれ、そこには元通り霧が周囲を囲う。

 私はそれを届けると、無性音で「散っ!」ザザに指示を飛ばす。

 ザザは船縁から勢いよく跳躍し、白霧の壁中に突入する。

 その方向には、海賊船が錨を下ろしていた。

 若様の作戦は、まず第一関門を突破し、次の段階へと進む。


※※※※※


 海賊船の船尾楼付近に、オイラはすっと音もなく降り立ったござる。

 商船を装ったこの船は、高い船首楼と高い船尾楼を備え、船体は黒いでござるな。

 金銀の装飾、帆柱四本の大型コッカ船でござる。

 船体は商船らしく積み荷の積載容量を増やす為その横断面は、横に張り出した形状でござるな。

 されど、その所為で、一斉射撃すると船体傾斜の復元力が弱いので、大砲の数は少ないでござろう。

 オイラはは双眼を閉じ、耳も塞いで、鼻の神経に意識を集中させ、くんくん臭いをかぐ。

 硝石、硫黄、木炭等が混ざり合った火薬の不快で、特殊な臭いを、オイラは感知したでござる。

 やっぱり、左舷の二門が砲撃準備を完了してるでござった。

 臭いの元のいる海賊に忍び足で近づくオイラ。

 背後から海賊に忍び寄り、右上前腕をその首に巻き付け、左腕は右腕手首辺りを挟み、左の掌で敵の後頭部を前に倒し押さえつけギリギリと締め付けていくでござる。

 抵抗し(もが)いていた海賊は、程無くして意識を失い、両腕をだらりとさせたでござった。

 そのまま大砲の脇へ運んで寝かせておくでござる。

 残りの一門にいた海賊も、同じ手順で眠らせ、大砲の脇に運んだでござる。

 それからオイラは大砲の影に身を潜めるでござった。

 目を閉じて集中し、注意深く周辺の気配を探ろうと、陣、在、と印を組んで刀、結の印を繋げて一字を切り術を唱えたでござる。

「音遁、探波ノ術」

 例によって放出されっチャクラの波動に触れ、次々と海賊達の存在が明確になっていくでござる。

 どうやら、船首楼近辺の大砲首位周囲に1()3()()()海賊がいるのがわかったでござる。

 そのうちの一人が、残っている海賊達を仕切っているファルカンがいっていたペロでござろう。

「心配することは何も無いよう、

 あっちは船長と副船長、船医の魔女、ディアスも乗り込んでいるんだからぁ。

 安心して大丈夫だよう」

「でもペロさん、この深い霧はマジで気味が悪いっすよ……」

「なはははは、幽霊船が現れる前触れだったりしてね」呑気にペロは笑ってるでござるな。

「甲板長、脅かさないで下さいよ、俺そういうのダメなんです……」

 海賊の一人が本音を漏らすと、ゲラゲラと笑い声が上がったでござる。

「おい、モリノ、お前、お前の風の魔術でこの霧を何とかできないのか?」海賊が訊いたでござる。

 蒼茫の海原に風がなくなった時に備え、風の術を操る術士がどの船にも1人はいるでござった。

 風を起こし船を進ませる為にでござる。

「オレの魔術でそれが出来ていたら、とっくにそれをやってるさ。

 これだけ深い霧を拭い去るには、嵐を呼べるくらいの術がないと無理だよ。

 その代わり、今度はその嵐に困ることになるぜ?」

 モレノって奴は、お手上げといったとこでござるな。

 されど、幽霊船の伝説は数多存在していて、海賊や船乗りなら誰もが知っているでござる。

 それが出現する時には、必ず深い霧が立ち込めることも。

 オイラは、海賊達が心中穏やかではないことを察知したでござる。

 海賊達の話にクスクスオイラは笑っていたでござるが、幽霊船の話はよく聞かされて育ったからほんのちょっぴり不安になったでござるよ。

 そういえば、この霧はいつもより濃密な気がするでござるが……。

 いやいや、こんなことではダメでござるな。

 さっさとことを片付け無ければならぬでござるよ。

 余計なことを考える暇はないでござる!

 オイラはまず撒菱を辺り一面に巻き散らしたでござる。

 それから中央大帆柱に登って、第一接檣ーー帆柱の二段目の柱ーーに足を裏側だけピタリと貼り付け、逆様に立ったでござった。

 丸で、蝙蝠みたいに。

 さてと、では幽霊船騒動をオイラが起こしてやるでござる。

 オイラは、右足の物入から折り紙に似た紙を三枚取り出す。

 慣れたもんで、飛行紙を三つ作ったでござった。

 二つは脇に挟み、一つは右手で持つでござる。

 それから右手の人差し指、小指、親指をたて、中指、薬指を握り「操」と印を立てて、

「隠遁、幻戯ノ術」と術を唱えたでござるよ。

 オイラは左手に持った飛行紙を、海賊達のいる方向へ飛ばしてやったでござる。

 「燃」とオイラが念唱すると、深く濃い霧の中、眼下の海賊達の近くで飛行紙は、ぼわっと燃え上がって灰になった。

「うおっ! かっ、甲板長っ! いっ、今の見ました?」

 白霧に突如、妖しく出現した奇怪な炎に、海賊が1人声を震わせてペロに歩み寄った模様が、オイラに伝わってきたでござった。

「み、見たっ! 火の玉! 火の玉だったっ!」

 別の海賊が、声を(ひそ)めながら怯えているでござるな。

 オイラは、右脇に挟んでいた飛行紙を一つ再び飛ばしして「燃」と念唱したでござる。

 それは先刻と同じく燃え上がってぼわっと揺らめき消散したでござった。

「なはははは。見ましたよぉ。ほんとに火の玉だったねぇ。凄いですねぇ」 

 ペロは楽し気でござるな。

 もし、目の前に幽霊が現れても、この男は面白がって会話しそうでござる。

 これじゃあ敵が来ても、攻撃されない限り、仲良しになってしまいそうでござるな。

 こんな男に、留守中の船を任せても大丈夫なのでござろうか?

 オイラはそう思ったでござるが、ファルカンは信頼してるのでござろう。

「甲板長、幽霊ですよっ! もう幽霊が来てます! ヤ、ヤバいですよ!」

「おいおいマジかよっ! 怖ぇーよっ!」

「あ、こ、腰が抜けた……」

 幽霊に憑りつかれ魂を奪われると、その仲間となり彷徨する魂魄になってしまうでござる。

 海賊達の間には、伝染病となって恐怖が拡散していくでござる、ペロ1人を除いて。

 我ながら、良策だったでござるな。

 オイラは悦に入り、最後の飛行紙を飛ばしたでござる、

 そのまま左腕を伸ばし、ぐっとこぶしを握り締め」爆」と念唱下でござった。すると今度は、

ーーバンッ!!

 大きな音をたてて燃え上がり、飛行紙はボロボロと灰になったでござる。

 「来たーっ! 幽霊船だーっ!」到頭海賊の一人が叫ぶ。

 海賊達は、小さな悲鳴を上げ大混乱。

 この騒動も、轟雷の激音が搔き消して、聖エレミエル号のファルカン達には届かないでござる。

 海賊達のうち8人は我も我もと押し合いへし合いして聖エレミエル号に乗り移ろうと、渡し橋に殺到したでござった。

 されど、恐慌してたことと視界が悪かったことも重なって、そこにあると思って渡し橋からずれたところに」脚を踏み込み次々と落下したでござる。

 ペロを除く4人の海賊は船内に逃げ込もうと昇降口にある船尾向かって走ったでござった。

「ぎゃーっ!」

「痛ぇーっ!」

 撒菱が海賊達のサーンダリ(サンダル)を貫いて」刺さり転倒しててしてしまうが、次は全身に容赦なく鉄の棘が襲い掛かって逃げれないでFござる。

 鉄器には数種の薬草を煎じて調合した、様々な神経に障害を与える毒を、たっぷり塗布してるでござる。

 間もなくこの4人は聲を上げることも、指一本動かすことも出来なくなってsまうでござっろう。

 僅か10数分でのこの仕事に、オイラはひとまずほっとしたいところであったでござるが。「ウキッ」と一つ舌打ち・

 まだペロが残ってるでござる。

「みんなー、どーしたのーどうなってるのー?」

 ペロはゆっくりと仲間の悲鳴があがった船尾方向へ歩いているようでござる。

 「あー! 痛ぁ、なんか踏んだよー」

 どうやらやっと撒菱を踏んだようでござるな。

 ところが、慌てる風もなく」あれまーお前たちどーしたのぉ?」

 倒れた仲間達に声を掛け、初めて見たであろう小さく奇妙な鉄器を、脚から引っこ抜いているでござる。

 ペロは漸く、船が何者かに襲撃されていることに想到し、激しい怒気をバリバリ放射しているのが、オイラにも届く。

 一面に撒菱が散乱していて足の踏み場はない筈だが、ペロはそれでも一歩一歩、ドシンっドシンっと進んでいるでござる。

「いでぇー、あでぇー」足を踏み出す度に感じる痛みに声を上げながらでござった。

 あれ? 妙でござるな。いい加減毒が効いてる筈でござろう。

 オイラは子を顰めたでござる。

「あれー、目が、めが、チクチクして来たなー」

 不意にペロは立ち止ったでござったが……・

 もういい加減倒れてくれでござる! オイラは思わず両手を合わせて願った。

ーードッシーンッ!! 終にペロが昏倒した。

 オイラは音もなく帆柱から一回転して降り立ち、ペロが倒れた方向に首を回す。

 霧が邪魔して視界が船尾付近で途切れてしまう辺りから、丸太の如き足が飛び出していたでざった。

 オイラはペロに近寄って驚愕したでござるよ。

 何んと8フィートを超える、ファルカンやコーサよりもでかい男でござった!

 成程この体躯を考えれば、毒の巡りにも時間がかかるというもの。

 若様に教えてもらった話では、世界のどこかに、旧約聖書に記されている巨人族が、ひっそりと隠れ住んでいるという事でござった。

 もしかすると、その血脈を継ぐものかもでござるな。

 剃った禿頭に極太の首、間違いなく特注品でござろう水夫服はどこもかしこも筋肉ではちきれんばかりに隆起しているでござる。

 想像を絶する超怪力が秘められていることを直感して、オイラは警戒したでござった。

「闘、兵」と印を組み、刀、結と繋げ三字を切った。

 右手を背後の回し、親指を短剣の刃先の上で薄く滑らせ、その親指を眼前で振ると、傷口から血飛沫が舞う。

「時遁、口寄せノ術」と術を唱えた。

 濃霧が広がるオイラの前方の空間が、怪異にも渦巻き歪みどんどん拡大していくでござる。それが約20フィートの円になって、眩い金色の閃光を鋭く放つ。

 直ぐ様ーーそこから黄金の毛並みが美しく耀く獣が躍り出てきたでござる!


 そこに降り立った途端金糸の縫い取りが鮮やかな黒装束を身に纏い、酒に酔っているのか真っ赤な面相をしているでござる。

 立派な鬚がよく似合い、豊かなたてがみをなびかせている金猿でござる。

 体長は軽く10フィートは超えている。

 金猿は幻界に生息する稀少生物、幻獣でござるよ。

 幻獣は獣人とは違い、亜人族ではない。亜人族がヒト族同様、手足や指を持ち同じ体形で二足歩行ーー稀に複数の足で歩行する種族もいるがーーするのに

対し幻獣は神からその口を開かれたので、人語を話し、法術を操り、桁違いな法力を有しているが、その姿は元の獣のままでござる。

 但し、術で人の姿に変化する幻獣もいるでござるな。

 旧約聖書民数記に登場するバラバのロバも神が口を開き人語を話したが、それは一時的なものであって、幻獣ではないという若様の話でござった。。

 幻獣達には、神から特別な祝福をを与えられた『聖獣』が存在し、君臨しているらしいでござる。

 伝承によれば、その頂点に立つ聖獣たちの長は、大洪水で国々を涼めるレビアタンや、大地震で国々を飲み込むベヘモトを、はるかに凌駕するらしいでござる。

 小さきものであり、大きなものであり、弱そうな物であり、強そうな物であり、その目は千里先まで見ることができ、影も見逃さないという話でござったな。

 でも、それ以上の詳細方法は残ってない為、謎に覆われた、伝説となっているでござる。

 その一歩で、幻獣達の間の中には、神に反逆した堕天使達に追従する者もいたでござった。

 彼らは『魔獣』と呼ばれ、基本的には魔界で生息している。

 その数は聖獣を大きく上回ると、若様から話がござった。

 幻獣ゴクウ・ソンを長とするする一族の他には存在してないでござる。

 ゴクウが、ザザの祖、サスケ・ヴォラーレと血盟の契りを交わしたことから、それはヴォラーレ家の嫡流に代々受け継がれてきたでござるよ。

 ゴクウはあらゆる仙術を操り、雲に乗って青天井を自由自在駆けたと伝られているでござる。

 なれど、サスケ以外、ゴクウを口寄せした者は、その没後誰一人としていないでござるからな……・

 オイラは、自分が必ずゴクウの力を借りられるものとなる為、奮励努力してきたでござる。

 されど、その姿を目にすること、その強力な術や技の力を借りることは今回もダメだったでござる。

「やっぱり、ゴリクでござるか……」

 オイラは少しがっかりでござった。

金猿ゴリクは早口の銅鑼声で「口寄せされて出張ってきたら、目の前に黒猿の獣人がおるから訝しんだが、そこもとはやっぱりザザか。

 ()()()()()()()()()? 何の用向きじゃ? 

 それからやっぱりゴリクかとはどういう了見かこたえか!? すぐ答えよ!」ザザを問い詰める。

 「あ、い、いや、口寄せに応じてもらい、感謝でござる」

 オイラは慌てて取り繕う。

「何が心から感謝でござるじゃ。この戯けがっ!

 どうせゴクウ様のご尊顔を拝謁出来るやもしれぬと、血迷っておったに相違あるまいよ」

 ゴリクは胸を張り腕を組んで、

「未だ所業中の身で思い上がるのも程々にしておかぬか、

 我が金猿ソン一族を口寄せできる血盟は、そこもとの血ヴォラーレ家しか持たぬが、それは古の武人サスケ殿のお陰じゃ、

 深くサスケ殿に感謝し、サスケ殿のような武人を目指し努力いたせっ!」

「きもにめいじてござる」とオイラ。

 ゴリクはうんうんと喜んでいる。

 実はオイラのことが可愛くて仕方がないというのが、誰でも一目でわかる笑顔で。

 ザザもニカッと笑う。

 常にオイラは、ゴクウを口寄せしたいと思い願っているでござるが、ゴリクや、その前に口寄せしていた、ゴカイ、ゴウン、ゴガン、ゴハマを含め、金猿一族が大好きでござる。

 両親は幼い時に英霊になり、老師クーゴに育てられてきたオイラにとって、老師や孫一族は身内同然の大切な存在でござる。

「変化の理由は説明が長く上、今は時が切迫してる故、改めてという事に欲しいでござる」オイラは真剣に「用向きでござるが、この船の船首手前から、隣の客船に打ち込んでいる渡橋を向こうの船に気取れられないよう破壊して、左舷側で砲撃準備完了している二門の大砲を含め、念には念を入れて全ての大砲を一時使用不能に細工して欲しいでござる。

それと、そこに倒れている大男と同じく倒れてる海賊達を全員海に投げて、この船に積載されているボートをすべて海に掘ってほしいでござる。

 他の海賊8人が既に追い払われているでござる故、仲間の救助はそ奴らがするでござろう。

 それに、船内の食糧や飲み物も樽ごと投げ与えて欲しいでござる。

 この船に残っていた全て片付いたと思うでござるが、船内の確認が未だでござる故、オイラは念の為そっちへ向かうでござる。

 最終目的は、この船の完全制圧でござる」

「ふむ。色々と訳ありか。急場とはいえそのような雑用を我に命じるとは……。

 今回は貸しじゃ、よいなザザ。

 クイーンズティアラ産の蜂蜜酒で手を打とう。

 どうじゃザザ?」ゴリクが注文を付けてきたでござる。

 ソン一族酒豪揃いなのは、今迄口寄せして来た金猿達を見て、オイラもよく知っているでござる。実際ゴリク達金猿は、酒に酔ってるみたいに、いつも真っ赤な貌をしている。

 ちょっと酒臭い時もあったほどーー特にゴリクーー。

 でも、いつだって全然酔っ払いじゃないでござるからな。

 術も技も超一流でござった。

 オイラは、もっともっと修行が必須でござるな。

 よぉーしっ! 頑張るでござるよ!

 そんな思いを抱き「了解でござる! ではお任せしたでござる!」ザザは踵を返し船尾方向へ撒菱を飛び越え駆けだす。


※※※※※ 


 ゴリクはザザの後ろ姿を見届け「さて、一仕事するか?」胸毛を抜き取った。

 それを息を吹きかけて勢いよく飛ばし「猿影」術札を使わず、印も組まず、ただ術名だけで、一本一本の胸毛が金色の風船になって膨らみ、パンッと弾け、ゴリクそっくりの小猿が次々と出現!

 全部で10頭の小ゴリクのうち1頭は、その体長と同じくらいの長さの鋸を担いでいる。

 小ゴリクた達は、ゴリクの脇に分かれ整列。

 ゴリクは懐中から掌大の真っ赤な巾着を取り出すと、その口を開いて甲板上に散乱している撒菱に向けた。

 撒菱は音もたてずに巾着の中に吸い込まれ、ゴリクはその口を締めて、懐中にしまう。

 どういう秘密が隠されているのか、怪奇なことに撒菱を全部吸い込んだにも関わらず、巾着は膨らみもせず、その大きさは最初と同じ。

「よし、これで撒菱はザザのもとへ戻ったろう」ゴリクは満足げににっこり。「それっ! かかれ!」号令すると、小猿の1頭はゴリクと共に渡し船へ。

 2頭は大砲を使用不能にする工作に向かう。

 3頭は食料と飲み物を運び出す為船尾の昇降口へとへと急ぐ。

 4頭は倒れた海賊達を移動させ始めた。

 言葉にしなくとも、小猿達はゴリクの考えが以心伝心している。


※※※※※


 オイラは昇降口から船内に侵入したでござった。

 船内は二層構造になっているでござる。

 オイラは船内に海族は残っていないと予測しているでござるが、探波ノ術は封印してチャクラは温存。

 この後に待っている闘いに備えて。

 床に手をつき跫音や物音を探ったでござる。

 人の気配はないが、念を入れ、調理室、武器・弾薬庫、綱・帆布庫を方端から調べていく。

 やっぱり誰もいないでござるな。

 オイラは「よし」と一つ肯んじて、最下層に急ぐ。

 そこに降り立った途端悪臭にオイラ鼻と口を塞いだでござった。

 ここのは食用家畜の飼育区域があったでござる。

 牛、豚、鶏がいたでござった。

 さらに、食料庫もここにあったでござる。

 水を保存している樽。

 葡萄酒、麦酒、ルム酒、蜂蜜酒ーー然もクィーンズティアラ産ーー等の酒樽。

 ビスケットや干し肉、塩漬け肉、その他の積み込んでいたでござった。

 海賊は拿捕した船や、近隣沿岸の港町を襲って食料えお奪うのが常だから、これだけの飲食物を備蓄してるのは珍しいでござるな。

 されど、蜂蜜酒の樽はいくつか残して、ゴリク殿に贈るでござる。幸先が良いでござるよ。

 オイラもファルカンの名は知っていたでござる。

 これだけ食料を積み込んでいるのだから、聖エレミエル号から食料を奪わないと言ったあやつの言葉に、偽りはないのでござろう。

 なれど納得できかねるでござるな。

 略奪した船に乗っている人々の命を奪わないという決断は、ファルカン達が危殆に直面することを招く大きな原因になるでござろう。

 それは海賊行為の罪を自ら白状しているいうなもので、生き残った証言者達の口を塞ぐことはできないでござる。

 おまけに賞金首となって、各国の海軍や、海軍賊、賞金稼ぎ達の標的(ターゲット)となるのは必定。

 オイラにはファルカンの真意が見えないでござる。

 それに、危局に直面することを覚悟の上で、ファルカンがとらえようとしている、ガイアさん、海帝に引き渡すのが目的?

 なに故、海帝はガイアさん狙っているのでござろうか?

 ガイアさん、一体何者でござろう?

 オイラはそんなことを考量しながら、海賊の探索を続けていたが、どこにもその姿は見当たらなかったでござった。

 船内の探索を終わりかけ、最下層の最深部つまり船首に近付いた時そこに重々しい錠が取り付けられてる扉を発見したでござる。

 その扉の向こうを確認しようと、オイラが開場する術を唱えようとしたーーその時。

 若様やオイラ、レイのような忍者でなければ感知することのできない聲が微かに耳に触れたでござった。

 まさか、本当に幽霊がいるでござるか……?

 幽霊船騒動を時運で仕掛けたくせに、オイラが怖がってちゃ世話ないでござるな。

 オイラは冷静に考え直し、照れ隠しに頭を掻いたでござる。

 一つ咳払いをして、裂、在と印を組み刀、結と続け、一字を切った。

「隠遁、解如ノ術」と術を唱えてから、伝の印を立て、錠を二回軽く叩き「解」と念じたでござる。

ーーガチンッ!

 錠が音を立てて外れ、オイラは扉を開いたでござる。

 その中は明かり一つなく、真っ暗でござった。

 目を凝らして、暗闇を見ているとそこには堅固な牢があった。

 ここに捕らわれているということは、海賊の仲間ではないということでござろう。

 あの聲もここからのもので間違いないでござるな。

「誰かそこにいる出がざるか?」牢の奥のほうで、何かが動いている気がしたでござった。

 オイラの目も慣れてきたのか、ぼんやりと何かが映ったでござる。

 目を細めて、じっとそれを観察する。

 それは、目玉、だった。

 丸い四つの目玉が横一列に並び闇の中から、ぎょろり、とオイラに目を剝いているでござる。

 オイラは、その不気味さに思わず腰が抜けそうになったでござるがーー。


※※※※※


 ★★★舞い踊ってさらさらと流れる白霧の中、若様とガイアさんの方へ船尾から歩を進めていた私は、ふと立ち止まった。

 ファルカンと若様との商談はまだ続いている。

 直ぐに会話は終わりそうになく、近海の海軍や海軍賊、その他の海賊の情報を若様は上手く訊き出そうとしておられる。

 私は、若様が一見何も考えていない様態であっても、実は頭の回転が速く、観察力、洞察力に優れ、鋭敏さと決断力を備えた英邁な人物だということを、熟識している。

 それ故、若様の時間稼ぎに全く不安はない。

 仮に話が決裂して、結果闘うことに今なるのは、ファルカン達も避けたいところだろうと、私にも見抜けていた。

 この深い霧の中では、同士討ちする危険性が高い。

 その上既にガイアさんの姿も隠れている筈故、視界が開くまで闘いを避けるべきだという答えは、誰にでも出せる。

 回避できぬであろうこの後に待つ闘いで優位に立つ為にも、今できることを敏達に行っておくのが肝心だ。

 まず、あの女性を退避させねばならぬが……。

 私は右腰の後ろに装備している革製の道具入れから、二つ折りの皓い紙を取り出す。

 それを広げると、翼を広げた鳥の形にも、両手を横に伸ばした人の形にも映る。

 これを足下の甲板に置き、者、在、前と印を結び、刀、結の印へ繋げ九字を切って「陽遁、鏡影変化ノ術」と唱えた。

 続けて伝の印を立て、その日本の指先で折り紙に軽く触れ、チャクラを封入しながら「キラ・ユ・ガイア、急急如律令」と念唱し、飛行紙みたいにその女性がいる前方に飛ばす。

 折り紙は鳥さながらに羽搏き、白霧に消えた。

 程無く私の元に戻り、その前で翼らしきものをふわふわと上下させている。

 私が「キラ・ユ・ガイア急来如律令」と再び念唱すると、それはもこもこと雲となって膨らみ、白霧と同化してしまった。

 が、ほぼそれと同時に、そこにはキラ・ユ・ガイアさんの写し身が、幻映となってゆらゆらと出現した。

 術は成功したが、私はその麗貌(れいぼう)に目を見開き仰天してしまう。

 その人物と瓜二つの存在を私は知ってい故に。

 それが何を示唆しているのか、私に知る由もない。

 今は、作戦の遂行を急がねばならぬ。

 私は、摩訶不思議な宿縁に動揺しながらも、思考を切り替える。

 気配を殺し、ガイアさんの幻映と共に本物のガイアさんの背後に忍び寄った。

 ご本人は、若様とファルカン達の会話に耳を傾けているが、別の何かを思案しているようにも見える。

 左手人差し指を唇に当て、右手で軽くガイアさんの肩をとんとんと触れた。

 ガイアさんは、少し吃驚したという感じで振り向くと、息を吞んでいる。

 突然もう一人の自分が出現したのだから、その反応は無理もない。

 だが、聡明な女性らしく、何かを悟ったのか、嫣然として一笑する。

 それから幻映に、片目で瞬き(ウィンク)した。すると幻映もそれに倣った。

 その反応に、ガイアさんは好奇心が溢れる瞳を耀かせた。

 私は、ガイアさんに手招きして、幻映と共に若様から距離をとる。

 こちらの聲がファルカン達に届いてはならぬ。

 ガイアさんは私に意図するところに、見当がついているのだろう。黙って従った。

「私は、レイ・ネブラと申すもの。ユキア・ヴェルス様の味方です。ここには彼の者を残しまする」

 幻映に向かって首肯し「ついてきて下さい」とガイアさんを誘う。

 「それはできません」ガイアさんはきっぱりと拒絶した。「私には乗客や乗組員の皆さん、ユキアやあなたの安全を確保する義務という責任があります。私のことは心配しないで、大丈夫だから」

 私は想定していた通りの返答に現況を一部明かす。「乗客と乗組員の皆さんには既に船内に退避して頂いています。

 船内への入り口には私に術を施しました。海賊に侵入されることはありませぬ」

 「せれは良かったありがとう」ガイアさんは皓い歯を見せ「でもこの騒動の原因は、私。いd¥四だから、私はここを動かずいざという時は、海賊達の船に向かわなければならないから」

「申し上げにくいのですが、海賊達と闘いに突入した際、ガイアさんに退避して戴けた方が、我らはより持っている力を発揮できます」

 その丁寧な言葉と裏腹に、私の戦時における意志は時に冷厳で、鋭い。

 「場合によっては彼の者にあえて斃れてもらうやもしれませぬが、もとより私に術であなたの幻映故、命はありませんから安心して下さい」

 ガイアさんの幻映は私の話を理解して、心配なさそうににこにこ笑っている。

「彼の者が斃れれば、海賊どもはガイアさんのことをあきらめざるを得ませぬ」とレイは補足した。

「成程、確かに私があなた方の足を引っ張る訳にはいかないのは、よくわかります。でもやっぱり私は見届けなければならない」

 ガイアさんは頑なに私の説得に応じない。

 「では提案します」私はこの謎めいた美女の覚悟を感心しつつ認めた。

「船尾楼甲板に上がって頂けませんか?そこからは、霧が晴れれば全体が見渡せます。

 そして、霧が晴れなければ闘いが起こることことはあり得ませぬ。

 その理由の説明は不要でしょう」

 私の言葉に、ガイアさんはこっくりすると、

「但し、ガイアさんの周りを私に術を決壊を張ります故、闘いの決着がつくまで、そこから動かぬよう願いまする。

 結界の外は見えますが、外から中は見えませぬ。

 この甲板上には、ガイアさんは存在しないということになりまする」

「そんな結界術が存在するの!? 信じられないような話だけど、彼女がそこにいることを考えれば」ガイアさんは幻映に一度首を回して「申し訳ないけれど、そうさせて頂くことにしましょう。

 でも、あなたたちが明らかに劣勢になって、命の危機が発生した場合、結界から出ます」

 ガイアさんは幻映に握手を求めて、相手の手を祈るように両手で包む。

「ありがとう」

 と幻映に伝え、私の後を追い船尾楼甲板に上った。

 幻映に礼を言うガイアさんに私は感動して、心が、ぽっ、と温かくなる。

 私は固く信じた。

 ガイアさんは、心優しく勇気のある女性だと。自らの命を賭けることも厭わない。

 腰に革袋から、私は四枚の黄札を手早く取り出して「では結果を張ります」ガイアさんに告げた。

 ガイアさんは思案顔で「その前に訊かせて。あなた達は何者なの? ほかにも仲間はいるの」?」

「理由は存じませぬが、若様」と言ってから私は困却したが「ユキア様は海賊になられたようです。仲間は他に一人います。海賊船の制圧に向かってます」

「じゃあたった三人なの? でも、あなたっともう一人の仲間はこの船でユキアと共に行動してなかった。

 私と食事したのはユキアだけだった」

 私は少し沈思してから「私と仲間がこの船に同乗していることを、諸事情からユキア様はご存じない筈でしたが、お見通しだった由。三人の海賊との戦いが始まる直前に、我らに手を貸すよう、お求めになられました」

「諸事情? 直前? でもどうやってユキアはあなたたちに協力を求めたの? 私は側にいたけどそんな動きは全くなかった」

「まずは、この現況を解決しなければなりませぬ。故に、海賊達を撃退した後、ユキア様に直接お尋ねください。では、結界を」

「そうね、わかった。あなたたちに神のご加護がありますように」十字架をきり、ガイアさんは祈りを捧げてくれた。

 私はガイアさんの正面に立ち、その四方を囲む為一枚ずつ手裏剣ーー掌にすっぽりと入る大きさで周囲に刃を備えた銀製の武器。色は全て黒く焼き入れをして炭をこびりつかせている。これによって錆びない上に、飛距離も伸びる。形状は十字、星型、その他多種多様のーーを投げるがごとく術札を、ぴったり5フィートの正方形に配置した。陣、在、者から刀、結へと素早く印を結び九字を切る。

「隠遁、透籠結界ノ術、急急如律令」

 私が術を唱え念じると、ガイアさんは足下からすーっと消え始めた。

 ガイアさんは切れ長の双瞳を大きく見開き、肩を竦め、消失していく自らの下半身に驚嘆している。

 1分も経たないうちに、その姿は完全に見えなくなってしまった。

 姿を隠したガイアさんは「私は透明人間になったの?」

「いいえ、ガイアさんは消えたのです」私は微かな笑みを浮かべて、説明を付す。

「結界は張られました。 

 四方に配置された術札が囲んでいる外に出ない限り、ガイアさんは消えたまま。

 ユキア様と私、もう一人の仲間だけが、ガイアさんの結界地点を知っています」

「ありがとう。最後に一つだけ訊かせて」ガイアさんの聲には、その答えを強く求める響きがあった。

「ひょっとして、この霧と雷はあなたたちの術なの?」

 私は、その鋭い指摘に一瞬動揺したが、

「ご賢察の通りです。この霧は私が、そして雷はユキア様が。では……」

 素直に回答し、白き霧の中に、ふっ、と姿を消す。

 私は、天候変化が術によるものだと察知したガイアさんの慧眼に驚く。

 海帝から狙われ、我らの術を見破ったガイアさんは、何者なのだろうか?

 徒者ではあるまい。

 責任感が強く、勇気もあり、心優しき人物だし、悪い人間には思えぬが……。

 術を初めて見破られた私には、

「まだまだ修行が足りぬ!」

 という父の厳しい聲が聞こえた気がした。

 私は、ふと頭に浮かんだ案に足を止めると、向こう側が透けて見える正方形の術式を、革袋1枚取り出す。

 右手人差し指から、チャクラを術札に封入しながらーー音遁、聲波ノ術、急急如律令」ーーと祖紙に書いて念じる。

 銀の文字が一文字ずつ浮かんでは消えた。

 私は術を封入したその術紙で飛行紙を作って、ガイアさんのいる結界をめがけて飛ばす。

 誰かが私を見れば、楽し気な微かな笑みを浮かべていることに気付くだろう。


※※※※※


 

 
















読んで頂きありがとうございます。

駄作ですが、批評も含め、ご感想を頂けると喜びます。

これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m

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