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ユキア・サガ 航海① 海賊忍者とネフシュタンの魔片 第1巻  作者: ユキロー・サナダ 【ユキア・サガ(ハイ?ファンタジー)連載中!】
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5.神約暦4015年1月5日 新国策 後編

漸く第5章です。

ユキアが掟を破って国抜けする背景を、途中にユキアの幼少期の物語を挟んで、

前編・後編にわけた後編です。

お楽しみいただければ幸いです。

 漆黒の闇に、オレが初めて襲われたあの日から、約8年の歳月が過ぎ去っていた。

 あれからオレは、忍術、武術の修行鍛錬に死にもの狂いで刻苦奮励して、与えられた任務をすべて成功させている。

 でも、リビの本性を未だに国主へ話せずにいた。

 言えば、何かが壊れるような気がするから。

 今日に至るも、ナツヒは父とリビの裏切りを知らない。

 それが、弟にとって良い事なのか、悪い事なのか判断が難しいからだ。

 いつの日か、それを知らせる時が来るかもしれないが……。

 ナツヒは、侍忍者として順風満歩に歩んでいる。

 その邪魔になるようなことはしたくない。

 母タラサは今もまだ行方は掴めていないらしく、月の者と根の者で構成されて小隊が数組、現在も捜索を続けられているとのこと。

 ただ、彼らは母を追っているとは思っていない。

 母と一緒に国抜けした一等上忍を追っているのだと思っている。

 国主からは、「その男と行動を共にしている者がいたら皆殺しにせよ」と命令されているという。

 ムルベルがグラヴィスから得たという情報だから、まず間違いない。

 一方で、国主の嫡男が国抜けをしたという事件は、実際のところ前代未聞で、その後のオレに今も尚重くのしかかっていた。

 それが現在、互礼の儀を行う桜舞の間の席次において、ナツヒと23もの差となって証している。

 オレの任務がナツヒに劣っていた訳ではない。

 寧ろそれは、問題なくオレが勝っていたが。

 父はオレと違い、自分に黙って従って、コツコツ地道に実績を積み上げてきた次男を、誰よりも信頼しているのだろう。

 ナツヒが最年少で家臣団に入り、然も一気に席次4位へ登れたのは。無論国主の意向と、一部重臣達の忖度があったからこそだ。

 オレは席次27位だが、国抜けという重罪を犯した身でよくここまで挽回してると思う。

 けど、オレにとって大切なことは席次ではない。

 それは、パークスの蒼氓の明るい未来であり、人としての『義』だ。

 その観点から、国主の新国策を認めることは絶対に出来ない。

 だけど、弱冠15歳で席次4位の座を得ている重臣ナツヒは、国主の代弁をする為に、オレに対しダメ押しをする。

「古に時代に、国祖ユキムラ公の御父君マサユキ公も、一族郎党を敵。味方の二つに割って闘い。我がヴェルス家の命脈を守られた。

 それは『幸村武伝』にユキムラ公自ら書き遺しとるのを、兄者も知っとるじゃろうが」

 今のナツヒは、母タラサを喪いその悲しみを受け入れられず、べそをかいてオレの寝台に潜っていたころの幼い子供ではない。

 許りか、この国では俺よりも高い地位にいる権力者の一人なのだ。

 唯々諾々と国主の方針に従う弟ナツヒがもし、実は父やリビに裏切られたことを、今知ったらどうなるのだろう?

 それでも、オレに同じ言葉を繰り返せるだろうか?

 オレはその懐疑の念を脇に置いて、

「領土の為ならば、或いはどこかの国を乗っ取る為ならば、パークスの同胞が、互いで血を血で洗うことになっても、ですか?」

 ナツヒは言葉に詰まって、口を真一文字に結んでいる。

「何の咎も無い他国の蒼氓の生きる地に、彼らの血が染まることになってもですか?」

 古の時代に繰り返し起こった悲劇で、自論死闘性を主張するパークスの重臣ナツヒに、オレは努めて冷静に問い返す。

 本音としては、一括してやりたいが、相手は弟であって弟ではない。

 この国の席4位の重臣なのだから。

 然も、その背後には国主が構えている。困惑の体のナツヒを、横隣のラピスが補佐する。

「若様、我ら忍者は古の海滅時代、それは当たり前の事でした。

 それこそが雇い主の信を得る近道だという事は、当時の歴史が語っています。

 たとえ、敵・味方に判れようとも任務を果たす。

 それが真の忍者ではないでしょうか?」

「それが正道だとは思えません」」ユキアは一歩も引かない。「必ず起こる悲劇や不幸を、目的や結果で取り取り繕っても、そこにはパークスのあるべき未来と、同胞の幸せは、絶対にないからです。

 自らの刃で命を落とした仲間の血が染まる地で、我等が幸せに生きていけるのでしょうか?

 それに乗っ取った国の蒼氓はどう扱うのですか?」

 ユキアの言の葉には、人間としての熱い血通っている。

 パークスの国家体制は、今更言うまでもなく、近隣諸国とは違う。

そもそも傭兵稼業でーー勿論パークス国内の異形・産業もあるがーー国家経営している国なんてパークス以外にない。

 デーンが口槍を入れてきた「若、言いたいことは理解できるが、ではまず第一に、我が蒼生の暮らしを営む土地が不足しつつある件について、国主にそして我らに代案はあるのかのぅ?」

 まずは確信を衝き、

「レオン王国、オロアルマダ帝国を乗っ取ることが他国の列強国と我がパークスが肩を並べる早道だと、若にも推断できる筈じゃ

 然し、これに関しては、慎重に且つ迅速に成し遂げなければならない一方で、そう簡単ではないことを、ソウガ様も覚悟されておられる。

 まさか、外つ国人を皆殺しにする訳にはいくまい。当然共存していくほかに道は無かろう。

 但し、あくまでも我がパークスに臣従することが前提となるが」

 オレのような抗弁は、国主やデーン達には想定内だったらしい。

 特に困った様子も見せていない。

「お言葉ですが、質問に対して質問で返せれるのはどうかと? もう一度申し上げます。

 自らの刃で命を落とした同胞の血が染まる地で、我らが幸福に生きていけますか?」

 ユキアは、新国策に対する最大の懸念を、改めて強く突き返す。

「もし、我が同胞の中に、仲間の血を自らの手で染めた地で、列強国の華美な暮らしを求めて幸せになれると思う者が言うなら、その者達が国主の新国策の為に動き、そうでない者達は、これまで通りの国策で動いていく。他にもありますが、まずはこの代案、如何でしょうか?」

 オレの代案・正論を後押しして、老師クーゴがきっぱりと言う。

「儂はこれまでの国策とパトリア島での暮らしに大満足しとるでござるよ。

 今更、外つ国で生きる気はないでござるっ!」

 最古参の重臣、老師と尊称されるクーゴ・マゴの一言には重みがある。

 この年齢不詳の人物は、不死の術を会得していると信じている者も多い。

 国主ソウガには、一番扱いに困っているという噂もあるが……。

 その発した言葉に異論に対し、父が(まなじり)をあげて激昂し、怒気も顕わに口を開こうとした、その機先を制し和かな声が流れる。

 御三家、女当主、ルーナだ。

「列強国と肩を並べ、この小さな我が国の国土パエリア等で隠れるようにひっそりと生きていくのではなく、我が民草に新たな世界をお与えになること、そのお心は、誠、有難き事。

 ですが、若様の言葉にも一理あり、老師のお気持ちも得心できます」

 さすがだなと、オレは感心しきり。

 国主の新国策に、やや前向きな評価をしつつ、オレと老師へ配慮して、この場を沈めてしまった。

 ルーナは落ち着いた声で続ける。

「レオン王国にしろ、オロアルマダ帝国にしろ、列強大国に数えられるだけあって、(まつりごと)軍備(いくさぞな)え、経済、何れも我が国より上です。

 ですから、生中なやり方では、短期間で乗っ取るのは困難でしょう。

 仮に強引に成し遂げたとしても、難問が立ちはだかって、行き成り国家経営に今きゅくすることになります」

「メシア教カットリチェシモ」オレが一言。

「若様の慧眼の通りです」ルーナはユキアに優雅な微笑みを魅せた。「何れの国を乗っ取るとしても、

 周囲にはメシア教カットリチェシモを国教とした国だらけです。

 ですが、我がパークスには国教と呼べるものは性器にはなく、敢えて申し上げるなら、神道とシャカ密教の混合宗教が主体となっています、

 わが国にはそれ故極めて少数ですが、メシア教カットリチェシモや、プロテスタンテ、ケルズ教、タオ教、アガスティア教等を信仰する者も存在することはご存知でしょう。

 彼らのお陰で、聖術や、精霊術の研究も、陰陽座の新術開発部で行われていることは申すまでもない事です。

 先日その部門を引く要る老師が、精霊術の火石竜子(サラマンダー)の口寄せに成功したことは、我がパークスの忍術に、新たな可能性を与えています」

「で、何が言いたいんじゃ?」

 不機嫌な面魂を隠そうともせず、父ソウガは、虚空に炯々と光る眼眸を突き刺している。

「申し訳ございません。

 本題に戻しますが、例の二つの国のいずれかを乗っ取っても、同時に我等はメシア教カットリチェシモを国教とする列強国、或いはクィーンズティアラのようなメシア教多宗派の国々を全て敵に回す可能性が残ります。

 その辺りはどうお考えでしょうか?」 

 デーンが応答した。

「乗っ取る地の時機にもよるがラティウム都国と国交を結び、メシア教カットリチェシモの布教を受け入れる。

 『幸村武伝』で、国祖ユキムラ公が書き遺しておられるらしいが、神道とメシア教カットリチェシモのは共通点があるらしく、ユキムラ公はメシア教カットリチェシモに入信していたという。

 従って、ラティウム都国との国交が正式に結ばれれば、さしたる問題では無かろう。

 さらに言えば、乗っ取った国の蒼生を治めるには、メシア教カットリチェシモを禁ずることは出来ぬ」

 然し……とオレは考える。結局のところパークスの同胞同士が外つ国の軍で闘うことになる蓋然性は残ったまま。

 狙いを定めている、レオン王国、オロアルマダ帝国に送り込まれた部隊同士が戟をかわすことはない事はないが、クィーンズティアラや場合によってはガリアス王国に送り込まれた部隊と、仲間同士が闘う可能性は抹殺されていない。

 誰の部隊がどこに出陣するのか明言されてないが、両国に配属された部隊は貧乏くじを引かされたも同然。

 もしガリアス王国が参戦してオロアルマダ帝国を背後から付けば、クィーンズティアラにも勝機はあるだろうけど。

 だから、結局ガリアス王国のも部隊を派遣しなければならない、

 なんとなれば、もしもクィーンズティアラとガリアス王国が、まず両国一斉にオロアルマダ帝国へとなだれ込んだ倍、オロアルマダ帝国が敗北する可能性が高まるから。

 それを見越して、ガリアス王国に部隊を向かわせておけば、結果的にオロアルマダ帝国領内で、領地を報酬として求めることもできるだろう。

 でもそれは、パークスという国自体が、真っ二つに割れて闘うのと同義だろっ!

 オレは、それを看過することは出来ない。無理だ!

「レオン王国、オロアルマダ帝国いずれかを将来乗っ取ることを前提に、クィーンズティアラを含めすべての国に部隊を送り込むという戦略はやはり見直しが必要です。

 ルーナが逆賭している通り、この軍にガリアス王国が参戦した場合、オロアルマダ帝国が敗北しても、その領土を得るには、ガリアス王国にも部隊を派遣しておかないかなければなりません。

クィーンズティアラとガリアス王国連合軍が、オロアルマダ帝国を陥落させた場合、両国に対し結果的にオロアルマダ帝国領の一部を、戦果報酬として成獣出来るからです。

 その現実から導き出せる未来はーー」

 オレは敢えて、一呼吸を入れた。一同に確りと事の重大さを認識してもらう為に。

「外つ国人の軍によって、パークスという国が二つに分断され、骨肉相食む共食いの世界です。

 最悪それこそ共倒れになってしまうことも、予見できます。

 部隊の指揮権が他国に握られている以上、それが絶対にありえないとは、誰にも言えない筈です」

 桜舞の間を重く粘りのある空気がずっしり満たしていく。

 然し、父ソウガは声を立てて笑った。

「ユキア、ルーナも認めた通り、お前のお前の代案にも一本筋が入っていることは認めてやってもいい。

 じゃがのぅ。お前の代案は結局のところ、この国を二つに割ることになるじゃろうが。

 他に代案はないんか?」

 実のところ、オレには二つの代案がある。

 でも、国主の野望が透けて見えているこの状況で、今は何を言っても無駄だろうな。

 だから、ここは何とか新国策を一旦見直す方向にもっていき、その上で皆が代案を出せる場を改めて設けるという事にしたい。

 それなら、国主も皆の具申を無視できない筈。

 だけど父は追い打ちをかけてきた。

「ユキア、もっと自分の足下をよく見てみよ。

 お前の言う共食い、共倒れの危機は、儂の新国策以前に、今もう起こっとることじゃろうがっ!」

 確かにその通りだった。

 その現実は、この国の未来に暗影となって忍び込んでいるのは間違いない。

 父は追撃してくる。

「放置しておけば、このパークスで蒼生が争い闘いへと発展する未来は、お前には読めんか?」

 それでもオレは、新国策を認める訳にはいかない。

 何の咎も無い外つ国の蒼氓達の領土を乗っ取るという暴挙、利己的な行為は赦されない。

 自国の問題を他国に持ち込むこと自体、間違ってるだろ!?

 然も、部隊が国内から外つ国に代わるだけで、仲間同士が争う構図は、そのまま変化はないにだから。

 ユキアは両手をつき低頭したまま国主に進言する、

「代案はいくつかあります。

 ですが、ここで表明させて頂く前に、今回の新国策についてはご再考して頂くことをどうか約してください。

 そして、家中の家臣の皆様にも代案を考えて頂き、日を改めてそれを持ち寄って検討してみては如何でしょうか?

 パークスの同胞同士が闘うことに『義』を見出すことは出来ません。

 あってはならないことであり、それを回避する代案が。家臣団に求めてられているのです。

 それは、神がパークスにに与えた試練なのかもしれません。

 然し神は、それを乗り越えられるよう道を備えて下さっている筈です」

 昨年12月20日に、陰陽座をオレとと共に卒座した、母ルーナにそっくりな美貌と、お揃いの綸子法衣を着こなす美少女ロクネはじめとする、同世代のユキアと仲間意識を持ってる一等上忍達は末席で並んでいた。

 オレの献言に目を輝かせていたが、論争相手が、国主だから心配顔になっている。

 父が刺々しく「その神とやらは、メシア教カットリチェシモの神か?」

 ヴェルス家でただ一人、売れだけがメシア教カットリチェシモを信仰していた。

 それを父はよく思ってなかった。

 オレれが、国抜けの重罪を犯した直後から、その信仰に入ったことが気に入らないらしい。

 パークスの国内に、メシア教カットリチェシモをの教会はない。

 だからオレは洗礼の秘蹟をまだ授けられてなかったが「そうです」と答えると父はふんっと鼻で笑った。

 そんなことを気にせずに、オレは構わずに話を本題に戻す。

「国祖ユキムラ公が敢えて祖国ヤマトを遠く離れ、このパトリア島に建国したのは、同胞同士が、敵・味方に判れてまで互いの血を流すことではなく、義のある国に勝たせる戦略、戦術を用いて平和を求めていたからでした。

 それは、古の悲劇を繰り返さない為、則ち仲間同士が刃を交えることを二度と起こさないという、一心一念から、ユキムラ公がだされた答えだっやのではないでしょうか?」

 静まり返った桜舞の間で、リビが毒を吐く。

「そこま国主に逆らうなら、また国抜けして好きにすればよかろうに」

 皮肉をたっぷり含んだ冷酷な声が、オレの心魂を(えぐ)る。

「黙れっ!」父ソウガがリビを大喝した。「お前が口出しするな!」

 リビは、邪気を漂わせた双眸を一度父ソウガにぶつけ、そっぽを向く。

 ソウガはそれを無視して「ユキア、代案があるならなぜ今言わんのか?

 今日のような時にそれを申すのが、それこそ家臣の務めじゃろうが!?

 お前ひとりの都合でまた日を改めてというが、いつからお前は儂に指図できる立場になったんか?」

 今言ったところで、オレ一人の意見になってしまう。

 この30人の家臣団の中で、一体何人がオレに賛同してくれるか計算が出来ない。

 それどころか今の雰囲気では、国主の顔色を見て反対する者の方が多いだろう。

 そうなれば万事休す。

 だからこそ、他の家臣の中からも代案を出させ、一度新国策を最低でも保留とし、代案を提議し、検討する場を持ちたい。

 そんなオレの肺肝は見破っているとばかりに国主は論断する。「もうよい。ユキア、下がれ。国の舵を握っているのは、儂じゃ、

 儂の采配に従えぬ者に用はない。もうお前は闘わなくてよい。

 龍鳳館で蟄居を命じる。二度と儂の前に顔を出すな」

 オレを一見もせず、胸中を窺わせることもなく、その口調は淡々とした、感情に見えない命令。

 それが父の決意の堅さを物語っていた。

「わかりました……」オレはもはやここまでと、潔く一礼して桜舞の間を後にする。

 その後ろ姿に、リビの人間味の無い、毒蛇が笑っているかと思しき目槍が、ぐさりと突き刺さっているのを感じた。

 コウザンがソウガに向き直り「ソウガ様、蟄居させるほどの罪とは思えませぬ。

 若はパークスに必要で若手の中では、最優秀の人材ですぞ。

 若が言うように家臣一同で代案を持ち寄ってみるのも、今が良い機会とは言えますまいか?」ユキアをかばいその進言を評価する。

 老師クーゴが珍しく難しい面差しで「ここに並んでおる29人のうち、誰1人代案を出せぬというのも情けない話でござろう。

 儂も真剣に熟考してみるでござる。

 国主、その時はこの老人の声に耳に傾けて下さるでござるか?」有無を言わさぬ語り口で貫く。

 瞑目し腕を組んで二人の話を聞いたソウガは「好きに致せ」と言った後、眉を吊り上げて声を荒らげた。「じゃがのぅ。これだけは言っておく。儂の新国策もユキアの蟄居も撤回はせんっ!」

 ソウガは立ち上がり「デーン、ナツヒ、後は頼む」とその場を託しーー例年の慣行では国主の国策発表の後、宴のなるのだがーー、リビを伴い足早で桜舞の間から立ち去った。

 響動きが起こる中、国主とリビの姿が消えたことを確認して、ロクネ、オクトー他、若き2人の一等上忍達は、急ぎユキアの後を追う。


※※※※※


 皮肉にもリビが言い放った通り、オレは()()()の国抜けをするか否かの岐路に立っていることに気づく。 

 すでに()()国抜けしている身で、蟄居の命を受けたということは、今度こそフィニスで幽閉されることになるかもしれない。

 もし仮に、それを一時的に免れたとしても。、蟄居の身のオレに出来ることは何も無い……。

 この国には、もう俺の居場所はないのか……。

 オレが城下に出て自嘲していると、仲の良いロクネや、オクトー達がやって来た。

 ロクネ達はどう声を掛けたらいいのか分からないのだろう。

 口を開きかけては閉じている。

 沈黙のうちに龍鳳館へと足を進める5人の若者達を追う声がした。

 細身だが筋骨隆々のその武人の声は、闘いの場における裂帛の気合を除けば、常に穏やかな、四獅王グラビィスのものだとすぐわかる。

「ユキア、お前は間違っていないと儂も思う」

 グラヴィスは熱く断言した。

「良いかユキア、今ここで卑屈になってはならぬ。

 お前はパークスに必要な人間じゃ。

 今だけを見たり、考えたりするな。

 如何に苦しい時でも、どんなに辛い時でも、その先にこそ未来があることを忘れるな」

 グラヴィスは緋隻眼の奥底まで見透かすように、じっと覗き込み「ソウガ様は、必ず、儂と老師、コウザン、ルーナで執り成す。安心して待っておれ」ぬくもり溢れる笑みを残して踵を返した。

 オレの緋隻眼は滲み、その背中を見送る。

 グラヴィス、コウザン、ルーナ、そして老師の心は、ありがとうという言葉さえ軽い。

 でも、父やリビ、それナツヒ達と、自分との間を隔てる溝が、より深く、より広がって行くのを、オレはもう食い止めることが出来なかった。

 同時にその背後で、あの夜初めて触れた冷たい漆黒の闇が、再び怪しい蠕動(ぜんどう)を始め、孤独な心魂をじわじわと染めていく。

 絶望ーーに取り囲まれてオレは力なく立ち尽くし、憔悴していた。

 闇はきっと、悲しみを塗り潰して消し去る為に生まれてくるんだろうーー。


※※※※※


 ーーユキアが蟄居を命じられ2ヵ月と数日経った、3月のある日の早朝のこと。

 ナツヒは12畳の畳が敷かれた居間に入る。

 部屋の右奥手前の自分の座椅子に座り、大きな欠伸をして、一つ背伸びをした。

 調理場からみそ汁やだし巻き玉子の香が届き「今日の朝餉は和食か」

 ふと、正面の座椅子の主がいないことに胸騒ぎがして、侍女に声を掛ける。

「兄者に朝餉が整ったと知らせてくれ」

 侍女の一人が「承知致しました」ユキアの居室へと向かう。

 兄者が、俺に遅れて朝餉の席に着くことは滅多に無い。

 昨年12月21日以来だ。

 その前日は、毎月12月に行われる陰陽座の卒座式で、式の後、共に一等上忍として卒座したロクネ達仲間ーーユキアを含めこの日一等上忍として卒座した4人は、老師が目かけた者達で、全員、花菓水廉洞で修業を赦されている。そのことをソウガ、リビ、ナツヒは知らないーーとの宴で炎酒ーー苺酒のこと。光の当て方によって、炎が燃えていると錯覚することから炎酒と呼ばれる、高級酒ーーや梅酒を飲み過ぎて二日酔いになってしまったらしい。

 あの日は、兄者も余程嬉しかったんじゃろうな。

 確かに俺にもその気持ちはわかる。

 陰陽座は、上忍になって卒座すると、任務もある程度選択できる上、小隊編成もーー最低2名から5名ーーも自由に行えるし。

 任務成功させ実績を積み一等上忍になれば、その年度の12月に陰陽座を卒座出来る。

 通常中忍を目指し20歳で卒座していく。

 ユキアは17歳、オクトーは一昨年16歳、ロクネ達と仲間二人の者達は16歳での卒座だった。

 兄者と仲が良かった、今は国抜けして行方不明のロックは一昨年16歳で卒座している。

 俺は、既に重臣で国家席次は第4位だけど、先日の任務成功によって、遂に一等上忍に昇格していた。

 兄者より1年早く、16歳で今年12月に卒座出来る。

 このことを父ソウガは我がことのように欣喜雀躍した。

 蒼生の中には、中忍に届かず卒座出来ない者もいる。

 こうしたものの中には、諦めず中忍を目指すか、文官を目指すか、国内事業・産業に従事するか、何れかの道を選ぶ。

 一等上忍として卒座するのは例年1人も出ないのが普通なんだよなー。

 でも、昨年までのここ2年で6人も一等上忍として卒座してる。

 昨年みたいに、1年で4人も輩出したのは史上初だという話だし。

 これまでの卒座最年少記録は16歳。

 黄金世代と呼ばれるその6人に自分も加わるのかと思うと、ホッとした気持ちと、席次4位の重臣として負けられないという熱情が、俺の心中に沸々と湧く。

 でも、……それは簡単なことじゃないしなぁ。

 俺が6人と肩を並べる点、もしくは勝る点があるとすれば、口寄せノ術だけじゃし。

 そんな思いを巡らせていると、侍女が蒼褪めた顔で、1通の書状を俺に手渡した。

「これが若様の文机の上にありました。お姿は見当たりません」

 兄者の蟄居を解く為に、コウザン、ルーナ、老師、グラヴィスが連名で働きかけていて、漸くそれが実現しそうだと、小耳にはさんでいる。

 今ここで勝手に館を抜け出せば、その話も危うい。

 俺は急ぎ、書状を開いた。


『 ナツヒ殿 


  一等上忍昇格、本当におめでとう。

  最年少記録で陰陽座の卒座も確定し、不詳の兄としては、心から嬉しい。

  外つ国の強力な召喚術士は、幻獣のみならず、武器や法術具も現出させる。

  ナツヒの口寄せノ術は、それと同等の力を持つ、パークスでも強力無比の術だ

  自信を持って術に磨きをかけ、口寄せできる対象を増やせれば、とオレは期待している。


  ナツヒ、すまないがオレは国抜けする。

  これがまさに三度目の正直だが』


 ここまで飛んで俺は血の気がすぅーっと引いていくーー・


『 二年前の、オレにとっては二度目の、ナツヒとっては初めて決意をした、あの日が昨日のことの

 ようにオレの脳裏に今も鮮明に甦る。

  今では、良い思い出だ。

  国抜けを決意したオレに、「理由も聞かずに俺も一緒に行く!」と言ってくれた時、どれほど

 俺が嬉しかったか、言葉にするのが難しい。

  心強さもあったし、兄弟の絆も感じた。

  結果、突如として高熱に苦しむことになってしまったを救う手立てを発見できず、翌日にはパーク スに戻ることになってしまったが』


 この一件は俺も確り記憶している。

 国抜けを一緒にしたまではよかったが、俺が翌日原因不明の高熱に襲われ、兄者は国抜けを自ら諦めて、オレの為にパークスに戻った。

 ことがことだけに、また、国抜けして1日しか経っていなかったこともあり、重臣5人とリビだけが集まっていた。

 国主の後継資格を持った者が、二人共国抜けしたことを、もし国中が知ることになれば、国主の資格を問われかねない大問題だから、その時点では重臣とリビにしか、国主も話せんかったんじゃろう。

 兄者は、

「ナツヒは無理矢理連れ出しました。

 それが災いとなったのか、ナツヒは原因不明の降雨熱に襲われtsます。

 全て、ボクの所為です。申し訳ありません」

 父ソウガは怒り狂って「お前は何という事をしてくれたんじゃっ!!」謝罪する兄者に殴る蹴るの暴行を繰り返した。

 でも兄者は、オレの方から一緒に行くと言ったことを、最後蹴り倒された時でさえ一言も漏らさんかった。

 さすがにこの時の国抜けの件は、国主の意向によって闇に葬られた。

 ある意味、俺が重臣として席次4位にいられるのは、兄者のお陰かもしれない。

 おれはリビの本性を知り嫌気がさしていたし、そんなリビを信用し、大切にしてる国主にも不信感があった。

 だから、兄者と国抜けをする決意をした。

 その後、あの時の本心を今も国主に言えてない。

 今後もそれを口にすることはないじゃろう。

 そんな俺を人はどう言うかわからんけど、今は席次4位として責務がある。

 今更それを身勝手に放棄することは出来ん。

 俺は、書状の続きを再び目を戻す。 

 

 『然し、今はそれで良かったと思っている。

  既に席次4位の重臣ナツヒに、オレの願いを託ることが出来るから。

  知っている通り、俺は国主の新国策を受け入れることは出来ない、有り得ない。

  例えば、オレはもしナツヒと別動隊で、敵、味方になってもお前を斬れない。

  そんなことをしてまで、新たな土地を求めるくらいなら、この国から出奔して自由に生きていった 方がいい。

  たとえ、パークスの刺客に狙われることになったとしても、それならば、オレの信じる『義』を通

 す為、本意ではないが同胞とも闘える。

  わかっているとは思うが、オレは隻眼ではあっても強い。

  今のオレと互角に戦える者が、パークスに何人いるだろうか?

  いないとは言わないが、少なないことは国主もご存じの筈だ。

  パークスからオレに追手が放たれることは覚悟の上。

  だから手加減はしないし、国抜けを後悔することも無い。

  話を本題に戻す。

  ナツヒに託したいのは、互礼の儀でオレが日を変えて提議しようと考えていた代案ついて、だ。

  それは二つある、

  パークスの国土パトリア島は、その四囲を浅瀬が広範囲に広がっている。

  これを活用しない手はないだろう。


  代案その壱


  パトリア島の北西部ラーディックス家領と南西部スペース家領の沿岸は浅瀬に加え岩礁地帯が広がっている。

  ここをラーディックス家領リュンクス山を崩し、土砂を入手して埋め立てるといいだろう。

  海に広い土地が生まれる。

  同時にリュンクス山を崩した場所を整地すれば、そこにも土地が出来る。

  一石二鳥の妙案と思うがどうだろう。


  代案その弐


  パトリア島の北東部のマリス家領と南東部の国主領直轄危沿岸にも、浅瀬が広がっている。

  然し、ここに岩礁地帯は少ない。

  そこで、少ない岩礁地帯とマリス家領のルーペス山から、石材を切り出しまずは確りと基礎を設ける。

  それから、同山やフィニス村のパーウォーの森、第壱案で確保できるリュンクス山の木材を伐採して、基礎の上につまり海上に頑丈な木材の土台を建設すればよい。

  その上に、家屋を建設したり、生け簀や養殖場を確保できる。ルーペス山から石材を切り出した場所は、リュンクス山同様、整地すれば新たな土地となるだろう。

  木材を伐採した場所には、必ず植林すること。

  第壱案も第弐案も同時進行できる筈。

  順調にいけば、人口が4倍に増えても問題ないだろう。

  

  絶対に忘れてはならない厳禁事項として、パークスの聖域、サナーレ山の樹木や石材を用いてはならない。


  以上が、オレの代案だ。これをナツヒに託す。

  国主は、直観力が鋭い方だから、オレの入れ知恵だと見抜くかもしれない。

  然し、ナツヒの実績として、新国策と同時進行することだろう。そういう方だから。

  

  お互いにまだ若い。

  もしかうjするとこの先の人生において、オレとナツヒが再会し、力を合わせることもあるかもしれない。

  そんな日が来ることをオレは心から願っている。

  本当は、喉まででかかっている重大な話もあるが、立つ鳥跡を残さずという。

  だから、ここに書き遺すことはしない。

  今はただ、ナツヒの健康と平和、幸福を心から願おう。


  どうか、身勝手な不詳の兄を赦して欲しいと切に祈念しながら、筆をおく。

  

  すまない。


                                        ユキアより』 

 

 最後まで読み終わる前に、俺の双眼から、ぼたぼたと音をたて涙が零れ落ちた。

 兄ユキアのパークスに対する熱い思いが、弐つの代案に溢れている。

 実現すれば、確かに今の人口が4倍に膨れ上がっても問題はないだろう。

 兄の、パークスへの温もりのある心に、オレを信じて見事で素晴らしい代案を託してくれた信頼に。

 兄の底知れない能力に嫉妬する、情けない自分の悔しさに。

 涙が滂沱と零れ落ちていく。

『重大な話』とは何なのかも、気になって仕方ない。

 今更ながらに、兄ユキアのいない現実が寂しい。

 何の相談もせず、勝手に出て行きやがって!

 と胸中では悪態を吐くも、必ずまた会える日が来るじゃろうと、俺は自分に言い伝えた。


ーーでも、オレはパークスの重臣としの一人として、兄の掟破りを見過ごすことは出来ない。

 侍女に「朝餉はいらん、登城する」と伝えすぐさま支度して龍鳳館を飛び出し、昴城へ向かう。

 兄の国主に報告し、追手を放つためにーー。


 

 

 


 

読んで頂きありがとうございます。


駄作ですが、ご感想を頂けると喜びます。


これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m

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