2.神約暦4015年1月2日 Ω臨時総会
謎の組織『Ω』の登場です。
勘の良い読者の方なら、彼らが操る法術が何かはお判りになると思います。
メンバーの殆どが、その世界では有名な方々です。
彼らと主人公のユキアがどう絡んでいくのか、お楽しみに。
小さな聖堂に、一人の男がいた。
頭巾帽子フード付きの流れるような純白の綸子法衣が体を包んでいる。
目深に頭巾帽子をかぶっているので、面貌を全て視ることができない。
鬚には白いものが全く視えてないので、老人ではないようだ。
綸子法衣の左肩には『Ω』の文字の中にシンボルがある。
その中心に、古の騎士団が用いた縦と横の長さが同じで、末広がりになっている十字架が金糸で刺繍されているのが目に立つ。
男は黙々と熱心に、グリュープスの羽ペンを走らせている。
【 悠遠の昔、神と、選ばれた義人ノアとの間に結ばれた契約があった。
その後世界は、ノアの大洪水に比肩する大洪水に再び襲われてしまう。
大使徒ボアネルゲスと聖者達、永遠の時間を旅してきた12人は、神に祈りを捧げた。
神は、義人ノアと交わした契約を思い起こされた。
ーー水が洪水となって肉なる者をすべて滅ぼしことは決してない(創世記第9章15節)ーー。
すると、永久に続くと思われた大豪雨と大洪水は去り、蒼穹には神が壮麗な契約の虹(同9章18節)を架け、命を得た者達を祝福された。
だが、世界の大陸は大洪水の咢に食い千切られ、曽かつての雄大な姿は見る影もなく、残骸さながらの島々が点在するのみ……。
神の憐憫れんびんがすくった命も僅か……。
その中には、人知れずひっそりと地底で生きてきた者達がいた。
然し、それはヒトではあったが、異形の亜人像く達だった。
大洪水に追い詰められ、地上に逃れてきたのだ。
絶海の孤島という峻厳な生存環境の中、生き残りを賭けヒト属対亜人族の悲劇的な闘いーーインクブス・ベッルムーーの幕が開いた。
2度目の大洪水は、生き残った人々によって「天泣」と名付けられた。
なんとなれば、大洪水の一因となった大豪雨は、雲一つ見えぬ晴れ渡った大空から降り注いできたからである。
人は皆、大豪雨を神の涙と悟ったのだ。
それからそれ以前の歴史は、緩やかに忘れられ、当時の文明が海中に滅した事実から天泣以前を海滅時代と称し、それ以降は神の契約履行を歴史に残す為、神約時代とした。
天泣から4000年以上の年月が流れ、陸地が頭を出し、数多の島々が出現。
大・自・然・に・優・し・い・クリスタッルムを核として、世界に国家が続々と誕生した。
国々が国土拡大、国力増強を競い合う一方で、その間隙を突き海賊や山賊が猛威を奮い、無力な蒼氓そうぼうの貧しく苦しい生活を、脅かせ続けていた。
ヒト族と亜人族の血で血を洗う戦争は収束していたが、未だその溝は深い。
ヒト族も亜人族も皆、宗教に救いを求める。
信仰は篤く、重税を奪い取るだけの国より、神を心の拠り所とするしかなかった。
超古代の歴史と文明も失われた人類のこの新時代は、乱世の只中にあって喘いでいる。
今や、天泣と呼ばれた大洪水は忘却の彼方へと追いやられ「レビアタンの咆哮」と名を変え、神話として語り継がれるようになっていた……。 】
ーー大使徒とか、大賢者と仲間達から呼ばれている私は、ここまで書いて羽ペンを原稿の脇に置き、息を深く吐き出し、腕を組む。
私の背後には、黄金に燦然と耀くΩの紋章が見える祭壇。
眼前には、レオン王国産、桃色ピンクの大理石で造られた半円卓が広がっている。
私は、半円の直径の中心で、背凭れの高いふかふかの肘掛け椅子に座っていた。
同じ椅子が、半円卓の円周に沿って、11脚等間隔に並んでいる。
全部で12席。
それぞれの席の前に、クリスタッルムの六角錐柱がゆっくりくるくる回転し、重力に逆らってふわりと浮かんでいる。
小聖堂の四囲を装飾しているステンドグラスが、様々な美しい色彩をこの空間に注ぎ、幻想的な煌めきでクリスタッルムは乱反射していた。
小聖堂内はアエルーー正式名称はアエルクリスタ。室内を温めたり、冷やしたりするクリスタッルム器機の1つーーで、冬の冷たい空気をぽかぽかにしている。
幾つかの高級香料を調合してつくられた、聖香油の芳香が仄かに踊り、気韻に満ちていた。
昨年12月30日のこと。
私の夢に主がお越しになられ、
「あなたに天の鳴き声が聞こえた時から、もう4000年以上の年月が通り過ぎ越した。
あなたはこれからこの世界で起こることを、その手で書き残しなさい」
と啓示を受けた。
「主よ、それはいつまでですか?」
「その時が来れば分かる」
心を一瞬で温めてしまう優しい微笑を、主は私に与えてまばゆい光の中へと去って行かれた。
私は、これまでの生涯でたった2回だけ書物を書いたことがある。
何れも大変苦労した記憶が、まざまざと甦った。
主の啓示を受けてから3日経ったというのに、まだこの程度しかかけてない己が嘆かわしくて、1つおおきなため息が漏れてしまう。
私の書いた2つの書物を、言語学者、考古学者、神学者でさえも、主から兄とともにボアネルゲスと呼ばれた、ヨハネによって書かれたものではないと否定する者達がいる。
確かに、私が書いたものとは少々内容が違うところもあり、仕方のない事だろう。
然し、私にとってそれは全く問題がない事、
私が伝えたかったのは、それらの書物を書いたのが自分なのだ言うことではなかったからだ。
ーーこれらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであることを信じる為であり、また信じてイエスの名により命を受けるためである。(ヨハネによる福音書第20章30節)ーーこれこそが、私の望みだから。
Ωの構成員の中には、非常に優秀な文筆家サウロ・コエーリョがいる。
主がなぜ彼を選ばず自分に命じられたのか?
大賢者と継承される身であってもわからない。
然し、私はこれまでそうであったように、これからも主に忠実でありたい。
ーーヴ、ヴーン……。
空気が振動する音と共に、私から見て右端のクリスタッルムが白銀の光を煌煌と放つ。
その席には私と同じ頭巾帽子付き綸子法衣を纏った人物が現れた。
言うまでもなく、それは実体ではない。
クリスタッルムの波動と人間それぞれが持つ波動を利用した立体映像なのだ。
「やぁリオ、まだ少し時間が早いようだが」私が懐中時計を確認すると会議開催時間までまだ40分もあった。「何かあったのかな?」
やはり頭巾付き帽子をかぶっている所為でその相貌の全てが見えない。
然し、胸元迄届いている立派なりっぱな鬚は、真っ白だった。
老齢の人物だと判る。
が、肉体は背筋がまっすぐに伸びていて、綸子法衣の上からでもわかる筋肉美があった。
「はい、この後のΩ臨時総会の前に、お話背させて頂きたいことがあります。
大賢者ボアネルゲス様は、いつも総会前は早めに着席されていることを知っていましたから」
リオは右脇から革製3方金の聖書を取り出して開き、何回か頁ページを捲めくっていく。
姿勢が美しいことも相まって、一連の所作はとても優雅だった。
「ボアネルゲス様の書の第13章14、15節が気になっています」
そこには次の通り書かれていた。
ーーそして、モーセが荒れ野で蛇を挙げたように、人の子も上げられなければならない。
それは、信じる者が皆人の子によって永遠の命を得るためであるーー。
「主がこのように仰せられたことを考察しますと、その蛇、則ちネフシュタンの魔片を魔遺物とする賢者サン・ジェルマンの見解を再検討する必要があるのではないかと。
つまり、主がネフシュタンのように主がネフシュタンとご自身を準えておられるのですから、聖遺物の可能性もある、ということになります」
「成程……。確かに君の指摘することはもっともだと私も同意する。
賢者サン・ジェルマンがネフシュタンの実在を報告したのは4年前の定例総会ーーΩの12人の構成員による10年に1度の活動報告会議の事ーーの時だったね。
彼は、列王記の記述を典拠に、それが魔遺物だと主張してたよな?」
「仰せの通りです。」リオは1度聖書を両手に取り、開きなおしてから頁を何回か捲り該当箇所を朗々と読み上げる。
「聖なる高台を取り除き、石柱を打ち壊し、アシェラ像を切り倒し、モーセの作った青銅の蛇を打ち砕いた。イスラエルの人々はこれをネフシュタンと呼んで、これに香を焚いていたからである」
私は施策に沈んでいる韻律で「然し、神はそのネフシュタンによって、人命を救って下さっている……」
リオはまた聖書を開き直して頁を捲った。
「民数記第21章の4節から9章にそれは書かれています。 読み上げましょうか?」
「いやその物語は不思議千万な話だから私もよく読んだものだ。
わずか6節の物語なのに、謎だらけだからね」
「それらの謎を含め、賢者トバル・カイン、賢者サウロ、賢者キラ、調査・研究・追跡を行っていることは、前回の定例総会で決定したことですから、御存知の事と思いますが……」
リオは聖書を閉じて、少し右脇に寄せた、
「3日前に賢者キラから重大な報告が入り、私と賢者とバル、賢者サウロ、賢者キラ、以上4名の緊急提議により今日の臨時総会となった訳ですが、どうやら、砕かれたネフシュタンの魔片について、そのうちの1つの現存は、ほぼ間違いないとのことでした」
私は、半円卓左肘を立て、その掌に左頬をのせ、リオの報告に応じた。
「君が私と話したいというのは、ネフシュタンが魔遺物であれば、Ωのこれまでの掟によって破壊しなければならないが、逆に聖遺物であるならば、これもΩの掟により保護しなければならない。
で、どうするべきか? というところかな?」
「ご賢察の通りです」
リオが答えた直後、私の真正面のクリスタッルムがに皓透色ーー透き通った白ーーの不可思議な閃光が煌めいた。
そこに現れた人物は、私やリオと同じ綸子法衣を着衣してるが、その描く曲線は女性のそれなのは一目瞭然。
「キラ、君やマリアの美貌を目にすることが出来ないのは残念だと、総会の度に思ってるよ」
私は気さくに声をかけた。
リオが爽やかに言う「Ωの総会では綸子法衣を着用して、頭巾帽子を目深にかけるのが、我々の掟ですから仕方ありません。
我々がΩの総会に出席する際に、その姿と面おもては、絶対に誰にも見られてはなりませんから。
世界中の構成員は、総会が開催となれば、皆人の目のつかない場所から参加しています」
「大賢者ボアネルゲス様」キラはリオの話が切れる時期を見極めたのか質問をしてきた。「お元気そうで何よりです。リオが席についてるってことは、ある程度話は終わってるってことかな?」
然し、キラが言い終わらないうちに、まだ光が閃いていない9本のクリスタッルムが、次々と色取り取りの光を放射していく。
数世紀ぶりの臨時総会だから、他の構成員も何事かと考えているのだろう。
いつもより出席する時間が早い。
残念ながら、キラの問いに私が答えられぬまま、リオが構成員の立体映像を確認してしまった。
「これより、Ω臨時総会を開催する」
と宣言してから、正式に出席者の確認を進めていく。
「大使徒ボアネルゲス様」
「α、主の平安」
出席確認は席次純に行われ、総会の司会進行は席次2番目の者と決まっている。
席次1番目の者は、必ずαと宣言してから。構成員それぞれに伝達されている合言葉を言わなければならない。
この合言葉は総会の度に変更され、全員のそれを知っているのは、私とリオだけ。
合言葉は私が常に決定し、リオから構成員に伝えられる。
席次は、私の位置が1番で、以降右端の1人目が2番、左端の1人目が3番、右側の2人目が4番、左側の2番目が5番……という順になる。
「賢者、リオナルド・ダ・ヴィンチ」
席次2番目の者には、Ω創設者の私が声を掛ける。
「主の憐み」とリオが応答。
リオは世界的な名声を得ている美術家であり、発明家、加えて軍事技術者ーー海滅時代のルネサンス期に、チェーザレ・ボルジアの軍事技術者だったーーでもあった。
一般にレオナルドと呼ばれているが、リオナルドが正しい。
現在は、リオ・ダ・トスカーナという名で活動していて、彼の正体を知る者はΩの厚生委員以外にいない筈だ。
リオが再び出席確認を続ける。
「賢者、ニコラ・フラメル」
「主の祈り」
主の術、則ち〇〇〇を会得した愛妻家。
「賢者、ロジャー・ベーコン」
「主の慈しみ」
海滅時代に、脅威博士地呼ばれ、偉大な聖導師と目されていた男。
その博識は、リオや、二コラに勝るとも劣らない。
「賢者、ライムンドゥス・ルルス」
「主の優しさ」
ルルスの聖典の著者として有名な人物。
「賢者、マリア・バルヨナ」
「主の栄光」
トリビコスーー3つの放出口を持つ蒸留器アレンピックーーや、マリアの水浴と呼ばれる20重鍋、ケロタキストという還流装置等、錬成具の発明家。
ユダヤ夫人と呼ばれることも。
「賢者、ヤバル」
「主の名誉」
家畜を買い、天幕を建て住む者の祖。
家畜を飼育する者達の守護聖人。
「賢者、ユバル」
「主の御声」
竪琴や笛を奏でる者の祖。
エルフォエルフ族の祖でもある。
音楽家や吟遊詩人達の守護聖人。
「賢者、トバル・カイン」
「主の知恵」
あらゆる素材で様々な武器や道具を作る者の祖。
ナーヌス族の祖でもある。
全ての職人達の守護聖人。
「賢者、サン・ジェルマン」
「主の正義」
海滅時代に死ねない人間と某国の皇帝から呼ばれていたことは有名。
「賢者、サウロ。コエーリョ」
「主の博愛」
海滅時代末期の世界的に有名な作家。
「賢者、キラ・ユ・ガイア」
「Ω、主の勝利」
出席者の最後の席に座する者は、必ずΩと宣言してから合言葉を口にしなければならない。
キラは海滅時代の人気女優で、歌手、絵本作家でもあった。
構成員全員の出席が手順通り確認されると、私は徐に頷いた。
それが合図となって、リオが臨時総会の意図を説明する。
「今回の臨時総会は、私と、賢者トバル、賢者サウロ、賢者キラの緊急提議によるものです」
リオは少し間を置き、提議内容について話し始めた。
「前回の定例総会の時に、賢者サン・ジェルマンからその実存を示唆していた、ネフシュタンの魔片は現存することがほぼ確実となったこと。
もう一点、アトラス海やティターン海で現在1番勢力がある海賊艦隊の首魁、未だ正体は不明、謎の人物『海帝』が、魔遺物『ギデオンのエフォド』(士師記第18章7節)を入手したとの情報が信頼できる筋から入った。
海帝が何故、魔遺物を入手しているのか? まだ判然としてない。
以上2点を本総会で議論したい」
「我々Ωの構成員は」二コラが落ち着いた低い声に微かな難渋の音を含めて「主の再臨の準備の為、聖遺物と幻玉を保護管理」する任務に就いている。
魔遺物のついては、万が一にもルチフェルルシファー復活阻止の為、それを入手して破壊しなければならない。
もう一つの市小屋は、レムス法皇を陰から支えることだ。
従って、ネフシュタンの魔片は早急に入手して破壊しなければならない。
だが、ギデオンのエフォドは、相手が海帝だけに入手は極めて難しい仕事になるな……」
リオがため息混じりに告げる。「二コラ、ネフシュタンの魔片も海賊の手にあるらしいのだ」
「聖遺物、魔遺物、幻玉は」サウロが重々しい波動を発しながら「所有者、或いは装備している者に、強力な何らかの能力や効果を与える。
だから国家を筆頭に、海賊、山賊、トレジャー・ハンターがそれらを入手すべく血眼になって追いかけている。
今後は我々だけで仕事をするのは困難だろう」
「で、ネフシュタンの魔片を所持している海賊とは、誰なのですか?」
サン・ジェルマンが誰に訊くということなく、質問を投下した。
「ウルティオー海賊団のウィル・フライって奴よ」キラがはきはきと答える。「元々はクィーンズティアラの海軍に所属していたみたいだけど素行が悪く、数人の仲間達と追い出されるようにして、神聖ロムルス皇国に出奔したらしい。
だけど、結局、その海軍でも素行の悪さが問題になって、今は神聖ロムルス皇国の海軍賊として、主にティターン海で海賊稼業に励んでるそうよ」
サン・ジェルマンはキラの話を耳にしても、
「海帝を相手にするよりは楽そうですね。
ネフシュタンの魔片は魔遺物ですから、何とか奪取して破壊したいところですが、我々だけではやはり難しい仕事になりますね」
誰にというわけではなく、ぼそぼそと零した。
「サン・ジェルマン」私は問いかけた。「君は列王記の記述に主眼を置き、ネフシュタンの破片を魔遺物と考え、これにネフシュタンの魔片と名付けたようだが、民数記や私の書いた福音書にある主の言葉も、それぞれ十分に考察したうえで、その結論を出したのかね?」
サン・ジェルマンは「勿論ですとも.。大使徒ボアネルゲス様の福音書は、私の愛極暑の1つです」と即答した。
ここまで沈黙していたΩの席次第4位ロジャーが質す。「では、ボアネルゲス様の福音書第3章14節。15節と、民数記第21章4節から9節に関して君の所感を訊きたい」
「基本的に、何れもそこに書かれている通りに解釈しています。
福音書に関しては、ネフシュタンが多くの民を救ったように、主も自ら御父の御旨に従い十字架に上げられ、数多の民を救うものとなることを表明されたのだと。
民数記に関しては謎が多く、安易に判断を下せませんが、モーセが上げたネフシュタンには神の御力が備わっており、その御力が民を救ったのだと考えていますが、何か問題でも?」
サン・ジェルマンは、ゆっくり首を傾げた。
「君は、主を魔遺物と同列に看做しているのか?」
二コラの問いは穏やかだが、発した言葉は明らかにサン・ジェルマンをとがめる響きがあった。
「主はネフシュタンの存在を知っておられた。
もしネフシュタンが君の言う通り魔遺物ならば、御自らそれと準えるだろうか?
君が先刻口にした通り、ネフシュタンには神の御業が宿っていて、正にその御力がモーセの民を救ったのだ。
こうした点を考察すると、僕にはネフシュタンが聖遺物だという可能性を排除できない」
重要な論点を理路整然と堂は道破した二コラの慧眼に、リオは敬意を示したかったのだろう。
二コラに向かって、大きく点頭した。
然し、ルルスが懸念を提示する。
「ネフシュタンが偶像崇拝の対象となっていたのだから、何らかの魔力が宿っていた可能性も消去することはできない。
だから、現在は魔遺物になっているかもしれないと、私は気にかかる」
小聖堂は、甲論乙駁に陥ってしまう。
聖遺物として対処すべきなのか?
魔遺物として対処すべきなのか?
激しい議論が続く中、透明感のある温かい声が、小聖堂内を爽やかなそよ風になって通った。
「今はどちらでもよいではありませんか?」
マリアは冷静に優しく提言する。
「まずはそれを入手して、どのような特殊能力、効果を備えているのかを見極めたうえで、結論を出せばいいよろしいかと」
私は彼女に賛同することにした。
「賢者マリアの言うところが現時点では妥当だと、私も思う。
私の一言に「その通りでごわすっ!」口下手なトバルが膝を叩く。
「ですが、実際に入手するのは簡単ではないでしょう。
何か良い策でもあればいいのですが……」話す言葉が美しい旋律となるユバルの声に、
「海賊が相手じゃ、儂らが全員で動いても難しい仕事になるじゃろうし、その場合それぞれの個人任務も、全員一度止めてしまうことになるじゃろうから、難問じゃのぅ……」
ヤバルが苦渋に満ちた語韻で続く。
ロジャーは腕を組みながら「我々が、神話や伝説の中にしか存在しないとえられている幻の法術を操る術者だとしても、海賊、山賊、武術士、法術士を相手に、直接戦闘になるのは出来るがけ回避するべきだが……」嘆息をついた。
キラが一呼吸おいて「大賢者ボアネルゲス様と、10人の賢者の皆様に提案させて頂きたいことがあります」
私は、どうぞと右の掌を見せた。
「私達はこれまでたった12人の構成員だけで、任務の全てを対処しようと努力を惜しみませんでしたが、実情は常に人手を必要としている状況です、
賢者サン・ジェルマンが総会でネフシュタンの魔片の実存を示唆してから、その現存情報を掴むまで約6年もの年月を必要とし、その形状や大きさ等は未だに定かでないのが、それを証してます。
ですが、国家、海賊、山賊、トレジャーハンターが、聖遺物、魔遺物、幻玉の入手に動いている今、それらの持つ特殊能力、効果の悪用による被害を逆賭しますと、まだ発見されてない聖遺物、魔遺物、幻玉の探求或いは奪取・破壊はいずれも急務です」
キラは首を動かさず、一同の反応を窺い双瞳だけを流している。
Ωの構成員達は、キラの話の続きを静かに待っていた。
キラは、一段と力を入れた語勢で話を再開。
「私と、賢者リオ、賢者トバルはトレジャーハンターとして、世界最大規模の傭兵・冒険者ギルド『聖ミカエル』に加入しています。
その人脈の中から、私達Ωのことは伏せたうえで、腕の立つ者を見出し。案件ごとに契約を交わして雇い、任務を片付けていくというのはどうでしょうか?」
リオはこの案を事前に知っていたのだろう。透かさず、
「賢者キラに反対する者は?」
全員に問いかけ、反対者の挙手がないことを視認すると、「では、賢者キラの提案を採用、決定する」厳かに宣した。
キラは、自分の発案が採用され、ほっとしたのか、小さく吐息をついている。
※※※※※
Ωは、私が創始したのだが、これまで歴史の表舞台位に出たことはない。
その存在と、組織の掟、任務を知っているのは、構成員以外にたった一人。
ラティウム都国の国家元首で、メシア教カットリチェシモの頂点に君臨する歴代のレムス法皇のみ。
が、その法皇のでさえ、組織の存在を知ってはいても、円識があるのは私だけなのだ。
Ωの構成員間については、新入会者が割った時だけ、全員頭巾帽子を外し、顔容かんばせを見せ、自己紹介するのが習わしだ。
最後の入会者、キラ。ユ。ガイアが入会儀式を超えてからすでに4000年以上経過している。
Ω12名の者達が操る秘術は、神話や伝説を彩る幻想だと認識されている。
それ故に、Ωの構成員は信じられないほど、永い人生を旅してきたのだ。
我々には、基本的に老いも死もない。
総会では引き続き、今後の役割分担について、継続、変更も含めた選任が行われている。
ネフシュタンの魔片の奪取には、リオ、トバル、キラに決定した。
ギデオンのエフォドは、相手海帝で強大な為、二コラ、ロジャー、マリアが協力することに。
その他にも様々な任務が、一人一人全員に確り与えられていく。
私はその中で沈黙している。
私は遠い遠いはるか昔の記憶を甦らせていたのだ。
緋眼、緋髪の外つ国人で千奇万幻、無敵無双の傭兵部隊の長の事を。
キラが、傭兵という言葉を出したのが、記憶の呼び水になったのだろう。
その男とは、時のレムス皇帝の紹介で、出会った。
聖ペトロ大聖堂の祭壇の前で。
「世界の影となり、この心魂に『義勇』の旗を立て、世界平和に挺身する国を建国する」
男はいとも簡単に言い切った。
Ωも、主イエスの再臨による世界平和を目的とし、人知れず活動をしている。
相通じる志をもつ緋い外つ国人との出会いに、心から感銘した私は、自らの正体を明かした。
男は驚きもせず、疑いもせず、
「世界は広く神秘に満ちている。
あなたが1日も早く、あなたの主と再会できることを、私は祈りまする」
不器用に十字架をきって祈りを捧げてくれた。
正に、真の、義の武人。
この日私は自ら男に洗礼、堅信、初聖体の秘蹟を授けている。
私は姿勢を正して十字架をきった。
ーーどうかキラの前に、あの男のような者が現れますように、主の導きとご加護と共に。
私達の主、イエス。キリストによって、アーメンーー。
私が祈り終えると、リオが今回の総会で決定したことを、総括して全員に丁度話し終えたところだった。私はいつも通り、構成員全員に祝福を与え、臨時総会を閉会する。
1人になった小聖堂で、私はあおの緋い外つ国人と交わした約束を、明瞭に思い起こしていた……。
読んで頂きありがとうございます。
駄作ですが、ご感想を頂けると喜びます。
これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m