11.神約暦4,015年4月5日 名腰 小鴉丸
読んで頂きありがとうございます。
この章から読まれた方は、是非【ユキア・サガ 航海① ネフシュタンの魔片 第一巻 第1章】から読んで頂けますと、幸甚です。
「ところで若様、神聖ロムルス皇国の首都レムスへの旅の目的は何でござるか?」
ザザが問うとレイもオレを注視する。
「ん、仲間になって欲しい男がいる」
「ウキッ! オイラや、レイ、ロクネ、オクトーを差置いて仲間とは、一体其奴は何者でござるか!?」
ザザは目を吊り上げて、オレに詰め寄る。
オレはザザに「まぁ、落ち着けよ。そういうことじゃなくて、レイ、ザザ、ロクネ、オクトーにも仲間になってもらえたらって、オレは思ってたけど、国抜けしてまでとは言えなかったんだよ。
「されど其奴は、我等より先に若様の仲間のなっていた可能性もあったということでござるよっ! 怪しからんでござるっ!」
と全く耳を貸さないザザ。
「もう若様はやめてくれないか? ユキアでいい」
オレがそう言うと、レイとザザは見合って、どうする? 目顔で会話している。
「だってそうだろ。オレはもうパークスの国主継承者じゃないんだから」
「確かに。では、レイはユキア様と」
「さらば、オイラもユキア様と呼ぶでござるが、如何でござるか?」
「うん。その方が嬉しいな。なんなら様もいらないし」
オレが返答しているうちに、レイが急に背筋を伸ばし、「まさかっ!」信じられないといった口振りで「先刻ユキア様が持っていた蒼い透糸……、ロックはレムスにいるのですか?」
「うん。そそ」オレは素直の認めて「ロックは神聖ロムルス皇国の海軍で異例の出世をして、少尉になってるよ。
勿論素性は隠し、術も封印して」
「それは真でござるか!?」さっきとは違って、ザザは満面の笑顔。
「ロックはもう国抜けしているし、その実力は2人も知っている通りずば抜けている。
仲間になってくれるかどうかは、話してみないとわかんないけど」
レイが期待感溢れる聲で喜ぶ。
「ロックが仲間になってくれれば、ソウガ様も我等相手に、刺客の人選が難しくなりましょう」
「然れども」レイの声色は直ぐに不審を含め「国の追手がこれまでに誰一人消息を掴めてないロックの所在を、如何にしてまた何時からユキア様は……?」
「その問いはもっともだ。でも、それはロックに直接聞いて欲しい」
オレは、ロックの同意がないのに、その答えを明らかにすることはできない。
「申し訳ありませぬ」レイはオレの心中を察したらしい。「愚問でした」
「気にすんな。わかってくれたなら嬉しい」
オレは話題を変える。
「レムスに着いたら、この船を売却する。
ロックが売却先について力を貸してくれるんじゃないかと思う。海軍だしさ」
海軍は、神聖ロムルス皇国の民間船情報を、全て掌握していると、オレは推測していた。
新たな話題に、キラが飛びつく。
「ユキア、提案させて欲しい」キラはオレの緋隻眼に視線を重ね「この船を売却するなら、私が買い取りたい。ぜひそうさせてくれないかな?
この船は新造船だから、相応の値で買います。どうかな?」
「この船は3億ドエルンでごわす」ピッコロがその値を公表し「今日話したでごわすが、父さんとボクと姉のカリーナ、仲間達でこの船を建造したでごわす。
ギルド・アルカで」
「聲波ノ術でユキア様も御存知のことと思うでござるが、ファルカン達が2人をとらえた目的は、キラさん同様、海帝でござるよ」
苦々し気にザザは言い捨てた。
「海帝とやらは、この近海で一大勢力を誇っているみたいでござるが、オイラは人攫いを赦すことはできぬでござるっ!」
ザザの言葉には嫌悪感がたっぷり詰まっていて、その相貌は厳しい。
「あっ! 今思い出した!」キラは頭の中に光が灯ったらしく「ギルド・アルカのギルド長モンテ・ブカっていう人物は、世界で最も美しく、世界で最も速い船を建造し、客船、商船、軍艦に至るまで、あらゆる船を建造できる世界一の腕だと評価が高い船大工だと何度か私耳にしたことがある。
噂では、近い将来神聖ロムルス皇国の人間国宝になるって話もある人物よ。
聖エレミエル号も、ギルド・アルカで建造されたの」
「おいどんは、まさかこの船の発注者が海賊だとは思ってもなかったでごわす。
支払いもきちんとしてくれてたでごわすし」
モンテはため息混じりに少し俯いて嘆く。
「納船した際、この船の出向の宴に出席することになり、おいどんとピッコロだけが捕まってしまったでごわす。
幸い他の者達は全員解放されたでごわすが……」
モンテは潤んだ聲で涙を零しながら続ける。
「おいどんの所為で、息子を巻き込んでしもうたでごわす。
じゃっどん、ユキア達が海賊を退治してくれて……。
もし、ユキア達がいなかったら、そう考えるだけで、背筋がぞっとして足が竦むでごわす」
「ごわす、ごわす、本当に有難うでごわす」ピッコロはぶるぶるッと身震いした。
息の合った親子は、2人揃ってぺこりと頭を下げる。
「海帝から助けて頂き、ご馳走も頂き、レムスまで連れて帰っても頂けて、是非おいどん達にも恩返しをさせて欲しいでごわす!」
モンテに続きピッコロも「ごわす、ごわす!」と大賛成した。
「良い考えがあるんだけど」キラがユキアに再び提案する。「私がこの船を3億ドエルンで買い取らせてもらって、それを元手に、ユキアはモンテさんとピッコロ君に、船の建造をしてもらったらどうかな? 世界一の海賊船を!」
「キラ、失礼になったらごめん。
その気持ちと考えは嬉しいんだけど、個人で買い取るには金額が大きいから……。
勿論、世界一の腕を誇るモンテに船の建造依頼できるなら、是非にとも思うけど……」
不意に動き出した魅力のある話に、オレは胸襟で少々興奮している。
が、務めて冷静に判断しようと、自らを制御しているた
でもキラは「普通に考えれば、ユキアの心配も当然だと思う。だけど大丈夫!」懐中から小切手帳を取り出し、オレに表紙を魅せた。
神聖ロムルス皇国の国営銀行、サンクトゥス銀行の象徴、鉤を咥えたグリュープスが両翼を広げている。
サンクトゥス銀行の小切手帳は誰でも持てるものではない。
それを持っているということは、経済力に絶対的な信頼がおけることを意味していた。
無論、世界中の銀行で換金できる。
「私はトレジャーハンターとして、世界中を船で駆け巡っている」キラは懸念を含んだ語韻で「他人の船で仕事してきた。
でも……今日を含めて4回、海帝と組もうとする海賊や、海帝配下の海賊に狙われている。全て船旅の時に。
今回を除く3回は、いつも海帝に引き渡される直前で、神のご加護があって逃亡することに辛うじて成功してきた。
海賊達はいつも私がその船に乗っていることを、知っていたようなの。
今日みたいに。
だから、これを機会に自分の船を持って、仕事をしていくべきかなと思って。
この船は商船だから、もっと速くて攻撃力のある船に改造をモンテさんにお願いしようと思ってる。
兎に角、支払いは直ぐにでも小切手を渡せるから、ユキアはその後、モンテさんとピッコロ君に船の建造依頼ができる」
キラは、気懸りを残しながらも、は前向きにふるまおうとしている。
「間違いなく、キラの渡航情報が事前に漏れてたってことだな」オレ推断する。「確かに自分の船を持つことも一つの方法だけど、情報漏洩の原因の追及も必要だよ? 何か心当たりはあるの?」
「トレジャーハンターの中では、私も名前がそれなりに知られてるの。
世界中の冒険者ギルドに出入りしてるし、だから、私の動きを追っている連中もいるみたい。
同じお宝を狙っている者もいるからね。
にしても、もう4回狙われているから、ユキアの言う通り、一度原因をはっきりさせることべきだと私も思う。
という訳で、この船、買い取らせてもらえるかな?」
キラはルムウベッタ・フォカッチャをちぎって口には放り込む。
オレは、仲間達二人の反応を観察していた。「私は、あなた達に恩返しがしたい!」キラは断固と言う。「実際、この船を買い取ることは恩返しにはならない。
これは単なる商取引だから。
でも、この話が今まとまれば、世界一の船大工モンテさんに船の建造依頼をできるでしょ?」
モンテが話を引き取って、
「おいどんがピッコロと一緒に、世界一速く、世界一美しく快適で、世界最強の海賊船を、必ず建造するでごわすっ!」
丸い目を大きく開いて、円卓に両手をつき胸を張った。「おいどんのことは、モンテと呼んでよかでごわす」ニカッと笑う。
「じゃあ私のことも、キラって呼んでね」
レイとザザに、キラとモンテの熱意が届いている。オレに笑顔を見せた。
それを認めて、漸くオレは決断する。
「キラ、モンテ、ピッコロ、ありがとう。よろしくお願いします」
瞬発的にピッコロが飛び跳ねて席を立つ。
「決まりでごわす! 父さんボクからも提案してもよかでごわすか?」
モンテに興奮して問う。
息子の真っ直ぐな眼に、モンテは何も言わず、こくりと頷く。
「ユキアは『あらラトの聖樹』という伝説の樹の話を、知っとるでごわすか?」
ピッコロがその名を出すと、モンテはにっこり笑った。
息子の意図を理解したのだろう。
「や、知らないなー・
アララトって旧約聖書のノアの箱舟が止まったっていうアララト山のこと?
そうなら、その辺りの樹のことかな?」
「へぇー、ユキアはユキアは聖書をよく読んでいるでごわす」ピッコロはその答えに感心しきり。
「ボクも聖書読まなければでごわす。おっと、話を元に戻すでごわす。
ユキアの言う通りというところでごわすが、ちょっと違うでごわす。
アララトの聖樹とはアララト山の山頂付近の氷雪が、数百年に一度とけた時にだけにしか出現しない、巨大な謎の建造物から入手できる貴重な材木でごわす。
その建造物は一部損壊しているらしいでごわすが、それを形造った建材そのものと、不思議千万なことに、その建造物から生え育った老樹のことを、アララトの聖樹と呼ぶでごわす。
ピッコロは立ったまま一分一秒を惜しむように葡萄酒をがぶがぶ一気に飲み、急いで話に戻る。
「そのアララトの聖樹は、白檀より皓く美しい上、香りも馨しく、」そのうえ柔らかいのに強度の確りした奇妙奇天烈な材木でごわす。
一説によると、それはその辺りに生える樹ではなく、ノアの出身地で生育している種と同じらしいでごわす。
だから、伝説では海に呑み込まれたり、沈むことのなかったノアの箱舟のように、アララトの聖樹で建造した船は、どんなに激しい荒波でも飲まれることなく、どんなに凄まじい嵐でも破壊されず、絶対に沈まないと言われ信じられているでごわす」
オレはピッコロの好奇心をそそる話に、美味しい料理や葡萄酒のことも忘れて、真剣に耳を傾けていた。
「ボク等船大工がアララトの聖樹の売り情報を掴むことは、あったとしても一生に一度だけでごわす。
然もあまりに高価な材木でごわすから、目にすること自体難しくて、幻の聖樹とも言われているでごわす」
ピッコロの面輪に喜色が溢れていく。「それが今! 売りに出ているでごわすっ!」
「ごわす、ごわすっ!」モンテが合いの手を入れ息子の話を裏付ける。
ピッコロは大興奮して、両拳を、ギュ、と握り締め、身震いして叫ぶが如く吠えた。
「3億ドエルンでアララトの聖樹を買い占めるでごわすっ!!」
このピッコロの話は、オレの話をレイとザザの心魂に蘇らせたらしい。
ーー「義の人ノアは神に従って導かれ箱舟で大海原を漂った。そして希望の虹が示された。だからオレも海に出て海から始めようと思ったーー。
「ユキア様、これは瑞祥に違いありませぬ!」レイのキラキラ光る瞳はそう確信していた。「ユキア様が海賊におなりになるご決断された話を、レイは忘れておりませぬ。
ユキア様は義の人ノアが大海原を漂ったようにに、と申されました
今、正に、ノアと縁のあるアララトの聖樹の話があったのは、単なる偶然とは思えませぬ」
「オイラも同感でござる」ザザは珍しく神妙な面持ちで「オイラとレイが国抜けして、ユキア様と共に歩むと決意した選択が間違いじゃなく、正しかったという証に違いないでござる」
明らかに、レイとザザの心魂は昂揚している。
オレも、自分の決断を強力に後押しする、この話に展開に心魂が熱く燃えた。
が、ピッコロの提案を受け入れれば、船の建造費が底を尽いてしまう。
残念だが諦めるしかない。
深くため息をつくオレの底意を読み取ったようにモンテは、
「ユキア、船の建造費は問題ないでごわす。
おいどん達を救ってくれた恩返しを必ずさせて欲しいでごわす。
ギルドもおいどんが話せば、強力してくれるでごわす。
アララトの聖樹で腕を振るえるなら、無償でも手を貸してくれる職人がごろごろいるでごわす!
なんとなれば、不沈の船を建造したという実績が残るからでごわすから。
それは、その後の仕事に反映されるでごわす。
つまり、仕事の受注が倍増するでごわす。
だから、寧ろ礼を言われるくらいでごわす。
どうか、息子の提案を是が非でも受け入れて欲しいでごわすっ!」
絶対に有無を言わせないという強い語調で、おれに説得してきた。
モンテが円卓に額をつけて願うと、ピッコロも両手を合わせて低頭する。
「二人とも頭を上げてよ」オレは申し訳ない気持ちで一杯だったが「そもそもお願いしなきゃいけないのは、オレの方なのに……。
建造費はいつか必ず支払わせて頂くということでどうかな?」
オレは、大波のうねりとなったこの話の勢いには抗いがたく、素直に従うことに決めた。
今日の全ての出来事が、オレには神の御業のお導きだと思えてならない。
偶然の連鎖という一言で片づけてしまえる程、この一日を簡単に忘れてしまうことは、絶対オレにはできないだろう。
と、オレの全身に力が漲り、心魂一杯に温かいものがこみ上がる。
不覚にも、目頭が、じんっ、と熱くなった。
キラが「そういえば」何か思いついたのか、首を少し傾げて「この船にはクレブリナ海賊団のお宝を積み込んでいたんでしょ?
それも私が査定して買い取らせて欲しい。
勿論、あなた達が手放してよいものだけね。これから先もあなた達のお宝は、私が買い取らせてもらうから。
そうすれば、今後のことで考えられる選択肢も増えるんじゃないかな?」
キラのこの商談も、オレにとってはありがたい。
海賊が分捕ったお宝を、表立って取引するのは簡単なことじゃないから。
従って、殆どの場合闇市場に流すことになる。
でもオレは、神聖ロムルス皇国でまだそうした相手がいない。
「キラ、モンテ、ピッコロ、本当にありがとう」オレの心魂には感謝の気持ちが溢れていた。「レイ、ザザ二人のお陰だ。ありがとう」
感極まったユキアは、十字架をきって神に感謝の祈りを捧げる。
「神よ、このようにして今日一日ご加護を頂き、良き出会いと、いくつかの幸運へとお導き下さり、心から感謝を捧げます。
聖母マリア様、あなたの息子の中で最も愚かなこのユキアのことを守り、その願いと祈りを御父やイエスにお執りなしてくださり、心から感謝を捧げます。アーメン」
海の義賊となるべくオレが海賊としての一歩を踏み出した折しも、クレブリナ海賊団との戦いがあった。
でも結果的にレイとザザ、頼りになる心強い仲間を得ることができた。
船一隻とお宝を入手するという幸運にも恵まれた。
のみならず、その両方の買い手が決まった。
それを元手に神聖ロムルス皇国で一番、いや世界一の船大工親子に、数百年に一度しか入手できないアララトの聖樹でオレ達の建造できるという幸運が訪れた。
こんなに幸運が続くなんてことは、もう生涯ないのではないか……、ここで運を使い果たしたのではないかとオレは心の片隅で不安を感じる程。
けれども、全てを素直に受け取り、全てに感謝を捧げようと、オレは思う。
今夜眠る前の祈りは、感謝すべきことが沢山あるから、いつもより長くなりそうだな。
そんなことを考えながら、全員の笑顔を一人一人緋隻眼と心魂に焼き付けた。
オレは感じる。
笑顔と笑顔で結んだ世界には、悪魔も近づけないだろう、と。
※※※※※
オレはもうそろそろ頃合だと判断して「レイもう食事を終えるなら、変化を解けばいいのに」
オレはルムウベッタ・フォカッチャに手を伸ばし「ザザも」促してから、それを口一杯に頬張った。
ゴリクは俺が何の話をしているのか、当然わかっているが、キラ、ナーヌス親子、美人姉妹は、揃って意味不明と言いたげに見える。
レイはざざに目配せして、2人は席を立ち、作戦会議室兼食堂の入り口付近で振り返った。
「では、ユキア様の意う通りに」
銀狼の獣人はオレに目礼して、黒猿の獣人に目で合図する。
2人は同時に伝の印を立て「解」術を解く。
ーーボフンっ!
音が立ち、レイには白靄が、ザザには黒靄が足下から出現して2人をすっぽりと覆う。
今度は何事かと、キラは目を耀かせた。
絶滅していた筈の忍者が操る術を観れるのは、奇蹟と言ってもいいくらいなのだろう、とオレは察している。
キラのドキドキワクワクが、体中から音符になって踊り出ているのは仕方ない。
ナーヌス親子は、二人の貌を並べてポカンと口を開けている。
美人姉妹は、口に手を当てて瞬きを忘れていた。
ゆらゆらと二つの靄が揺らぎ、消えかかると、二人の少年が忽然とその中から現れた。
銀狼の獣人だったレイは、真珠のように耀く真っ白な肌を双瞳の下から皓い龍革の仮面で覆い隠している。
美しく艶光りする長い黒髪は、一つに束ねられていて、切れ長の涼やかな黒く深い瞳は潤んで見え、何処か奇異な妖しさが漂う。
細身だがしなやかそうな身体には白銀に耀く龍革の武具を装備している。
その風姿は、秀麗しい。
黒猿の獣人だったザザは、小麦色に日焼けした肌が健康的で、躯が小さい所為もあって、少年というより、まだ少し幼く見えた。
その童顔は優しそうで憎めない。
然し、ツンツンした短髪と、真っ直ぐな眸が確りとした強い意志の持ち主だと語っている。
鍛え抜かれた肉体は、筋肉が力強く盛り上がり、無駄な部分や、逆に不足しているところが見当たらない。
動き易そうな軽装の黒い龍革の武具を身にまとい、凛々しい容姿だ。
聖術士、魔術士、道士が、何らかの生き物に変身する術は知られている。
が、ヒト族が亜人族の何れかに変身する術を、目にした者はキラ達を含めて世界中探しても、パークスの蒼氓しかない。
その見事な術を初めて知り、キラ、ナーヌス親子、美人姉妹は、興奮と感動で雷に打たれたと思しき有様だ。
かてて加えて、レイの妖しい美しさ、ザザの可愛い子供っぽさに感嘆もしているのだろう。
オレ、レイ、ザザたった三人がクレブリナ海賊団を撃退した現実が、今更だが信じられないという思いもあるに違いない。
面々揃って瞠目していた。
キラがレイとザザを交互に見て「どうして術を解除してから食事しなかったの? 術が発動している間は、法力消費の心配はないのかな?」遠慮がちに質問する。
「それは、私が答えるべきだろうな」レイは淡々と「私は忍者を養成する国家機関、陰陽座に5歳になる年に入座した時から、ずっと仮面で顔を隠してきた、
なんとなれば、我等忍者は、変化ノ術を様々な局面で駆使する。
より完璧に変化して正体を見破れぬようにするには、素顔を誰にも知られぬ方が良い。
されば、私の今の素顔を知る者は、私の父ただ一人だ。
そういう故由で、食事の時も人前では常に変化している。
あなたが言う法力のことを、我等はチャクラと呼ぶが、チャクラの消費は変化の時のみ。
ザザは私に付き合ってくれたのと、ゴリクが一緒だったからだろう」
ザザは、キラにニコッと笑った。
キラは、ザザとコーサ、レイとジゼルの凄絶な闘いを目撃しているだけに、その真の姿を観て大きな衝撃を受けているようだ。
レイがオレに向き直る。
「若様、いつから我等に気付いておられたのですか?」
「あ、レイちょっと待って。オレはレイを手で制し「ローザとランブラは食事まだでしょ? 自分達のはどうしているの?」
「お心を配ってくださり、ありがとうございます」ローザは丁寧に一礼した。「私達の食事はお弁当を用意しているから大丈夫です」
「じゃあここに持ってきて食べなよ。ついでにまだ残ってる料理と葡萄酒も追加でお願いします」オレはペコリして」今後も食事は俺達の食事の最初の給仕が終わったら、ここで一緒に食べることにしよう。
そうすればローザとランブラも温かい料理をここで食べれるし、みんなで食べたほうが楽しくて美味しいから。
それと、オレ達の食事と、二人の食事の内容も同じものにすること。
嫌いなものは無理して食べる必要はないけど。
これは船長命令だから、異論、反論は受け付けない。お願いします」
これには、ローザとランブラも、困惑、当惑を隠しきれないようだ。
けれどもランブラが明るい聲で「料理長、船長命令です!」姉に改まった言い方をした。
ローザは「ではその寛大なお心に感謝させて頂きながら、お言葉に甘えさせて頂きます」深々とお辞儀すると、厨房へと向かう。
程無くして、残っていた料理と葡萄酒、お弁当を用意して戻ってきた。
2人は料理を並べ、葡萄酒を給仕してからお弁当を広げる。
その中には、今夜ユキア達が口にした者は一品もなく、フォカッチャ、塩漬け肉、バナナ、安い葡萄酒が2人で1本だった。
やっぱりな……、とオレは思った。
海の世界では、船長、副船長、甲板長、航海士、操舵手、砲手長、船医、船大工、その他の士官達と、一般乗組員との間には、大きすぎる格差が存在している。
それら全てが、士官以外の乗組員にとって劣悪な環境下にあった。
船上での生活、労働時間、報酬、その他について、ひどいものだという現実を、オレは知っている。
船の料理人や給仕達の船内での序列は、非常に低い。
その殆どが戦闘や事故で、水夫等の仕事に就けなくなった者のなれの果てだったからだ。
オレは聖エレミエル号の船長から、乗組員をこの船に割くという申し出を断った。
それを受け入れれば、聖エレミエル号の一般乗組員の負担が重くなってしまうから。
少なくとも、労働時間、報酬、食事・他、船上生活に関して、一般乗組員達に然るべく対応をするべきだとオレは思う。
実際に船を進める原動力は、一般乗組員達なのだから。
でも彼等が、上官に逆らうことはできない。
すれば、鞭打ちをはじめとする厳しい体罰が待っているからだ。
だけど、こうした苦境、奴隷同様に酷使される労働環境を打破する為に、一般乗組員達が反乱を起こして、船を乗っ取り海賊になるという事件が増えてきている。
あの漆黒の闇という名の絶望は、この大洋を喰らい尽くそうとしているのだろうか?
オレは、もう一度ローザとランブラに願った。「その弁当は仕方ないとして、今後は必ず入れ達と同じものを食べること。絶対だよ!?
ついでに残ってる料理も、一緒に食べよう!!」
「「有難うございます」」美人姉妹は聲を揃える。
それから、十字架をきって、キラと同じ短い祈りを捧げ食事を始めた。
オレはそれを観て、にっこり。
「あ、そうそう先刻レイが訊いてきた件だけど、リスボアで船に乗る前だよ。
探波ノ術でチャクラを周囲に流して、追手を張ってたから」
オレはその時のことを思い出して、ケラケラ笑ってしまう。「黒猿の獣人を発見した時は、危うく吹き出しそうになって、ほんと困ったよ」
「な、なに故でござるかっ!?」
額に青筋を立て、オレに迫るザザ。
「ゴクウに憧れてるザザは、獣人変化も殆ど猿系だろ?
然も緑か黒系の色を好む傾向で二刀流、直ぐわかったよ」
「申した通りではないか?!」レイがザザに眼を尖らせる。「黒猿の獣人はやめておけと!
剣も二振りにするのはならぬと申した!
それでもお主は『だからこそ裏をかけるでござる。若様もまさかオイラがばればれの猿系獣人に変化するとは思わぬでござるよ。得物もだって刀じゃないでござるし!』と宣うていたが」
ザザはがっくりと力なく肩を落として、しょんぼり。
レイの火勢はとまらない。
矛先はオレへと襲い掛かった。
「我等は、ユキア様が変化もされず、リスボア市街を堂々と歩いておられるのを目撃した時は、仰天してしまいましたが!」
険しい目つきをオレに突き刺しながらレイは、
「追手に堂々と姿を晒すのは、喧嘩を売っていると捉えられても仕方ありますまい!」
オレはレイの眼槍を避け、
「どーせ追手が来るのがわかっているのに変化するとかチャクラの無駄だろ。
結局闘ることになるんだから。だったら、探波ノ術で十分だと思ってたんだよ」
「探波ノ術とて長時間発動すれば、チャクラの消費は多くなるのは明白ですが!」
レイは、オレならそうするだろうとわかってはいても、時と場合によると言いたいのだろう。呆れかえっている。
「ザザがわかったから」オレはレイの反論を無視して「銀狼の獣人はレイだと思った。
で、2人が動く任務を考えたら、それは掟を破ったオレを追う任務以外にない。
その任務の内容も、想定内だった」
「成程……、全てお身通しだったと。さらば、クレブリナ海賊団との闘いで援護を求めたら、我等が応じると推断しておられたという訳か……」
「うん。ロックも国抜けして行方不明だし、ロクネとオクトーは御三家の者だろ?
コウザンとルーナに打診するのは国主も出来ればしたくないだろう。
レイとザザの任務の性質上、ファルカン達との闘いを、静観はできないだろうから、手を貸してくれるんじゃないかなと考えた」
ゴリクはザザに聲をかける。「ザザ、なに故気落ちしておるのか?
そこもとの判断にも、我は首肯するところがあった。
よいか、失敗は同じことを繰り返さぬための糧じゃ。何も恥じることはない。
本当の失敗とは、成功を諦めてしまうことじゃと心得よ。
大切なことはの、失敗を繰り返すことを怖がって諦め、挑戦を終わらせないことじゃ。
諦めてしまえばそれ以上の成功はないが、失敗を糧とする心魂があれば、必ずや成功がそこもとを待ってくれておる。
ユキア殿も隻眼という重荷を抱えても諦めなかってことで、今があるのじゃ。良い手本ではないか。
倦まず弛まず、修行に励め!」
ゴリクは蜂蜜酒を一息に飲み干し、ゴブレットを樽に突っ込んで、それを満たす。
「ユキア殿、我はザザの気持ちがわかる。ザザはゴクウ様に憧れ、心から尊敬しておる。
今日は難易度の高い、猿真似ノ術を見事に成功させおった。
この術は古の武人サスケ殿と、ザザの育ての親クーゴ老師、そしてザザしか成功しておらん。
完璧な術じゃった!」
「で、どんな術なんだ?」オレはゴリクに訊く。自分のことのように嬉しい。
「この術にjかかると、標的は術者の動きを鏡写しとなって真似てしまい、その体を操られてしまうのじゃ!」
キラが悔しそうに「すごい術ね! 私も見たかったなぁ」感嘆するとオレが提案「おぉー! それは面白い高等忍術だな! 1度レイにその術をかけてみてくれよ。オレも是非見たいからさ」
「なつ、なりませぬっ!」レイは目の色を変えて、峻拒した。
オレはしみじみと自分に言い聞かせる。
「ゴリクの言う通りだな。挑戦とは新しい扉を開く鍵だ」
ザザは漸く面を上げて、笑みを取り戻す。
キラが思案顔で、「ところで質問をしておいて今更なんだけど、あなた達の話を私も含め部外者が知っててもいいの?」
「うん。問題ない」オレは屈託なく答える。
「私は、ヒト族が獣人族や亜人賊に変身する術なんて全然知らなかった」
キラはオレの返答を得ても、懸念が消えないようだ。
「そもそも術を操る武人なんていないに等しいくらいだし。
武人が操る法術はごくわずかで、法力消費も少なくて済むものばかり。
あなた達のそれとは水準がかけ離れているし」
オレは本音を話す。
「これから先、何処で誰と闘うことになるかわからない。
だから忍術や、オレ達の武術を出し惜しみすることはない。
全力で戦うよ。
パークスも、おそらくそうする筈。
だから問題ないよ」
いつの間にか雲は去り、満天の星夜に皓月。
風と波にその身を委ねた船は、潮の馨をまとい海上に揺蕩う。
オレが問う。
「ところで、レイ、ザザ、パークスの国主から任務を受けたのは2人だけだよな?」
「さようでござる」ザザがその問いの意味が分からないという貌をしている。
「今日、明日にもということにはならぬでしょうが、何れは新たな刺客が迫りくることを避けられませぬ」レイは危機感を漂わせていた。
「オイラとレイが寝返って国抜けしたと判断すれば、次は最初から命を狙ってくるでござろう」ザザは顰めっ面で腕を組む。
「ソウガ様から任務期間は三カ月と申しつけられています」レイは冷静だ。
「それまでにユキア様を発見した場合は任務を完遂せよと。
もし発見できなかった場合はいったん帰国せよと命じられていますので、我等が三カ月以上経っても戻ってこなければ、ザザの申した通りになるに違いありますまい。
我らが寝返ったと判断されなくとも、返り討ちにされたと判断するやもしれませぬ」
キラ、美人姉妹、女性陣は心配そうに眉を顰めた。
「そか」オレは想定内だったが「ーーまぁ、幽霊次第ってとこだなーーと結論を出す。
※※※※※
黒碧の夜天で皓皓と輝く月と、宝石箱をひっくり返したように煌めく星々が大海を旅する佳景を、真鍮枠の船窓が見事に切り取って観賞させてくれる。
帆は大きく」はらみ次の寄港地バルセルンへと、順調に航海していた。
ベルーガ達の燥ぐ姿は見えないが、時折、彼ら特有の話声は耳を掠める。
キラが、幸運続きで機嫌のよいオレに「さっき魅せてくれた、『絆』を持つことの解釈を教えて欲しい」と訊いてきた。
オレは紙一枚と墨筆を用意。
紙の中央に流れるような筆運びで、『絆』と一文字を書いた。
レイが「相変わらず、力強さと美しさを兼ね備えた流麗な文字ですね」と称賛してくれた。
「オレ達の国は、母国語と、ロムルス語を併用している。
これは母国語で『絆』を意味する文字なんだ。
オレは紙をキラに渡す。キラがその文字を魅入ると、オレが解説。
「絆を大切にとか、絆があるっていうけど、それは目に視えるものじゃない。
だから、それを目に視える形に残そうとした。
この文字の左側は『糸』という文字で、右側は何かを何かを半分にする意味を持つ『半』
それで半分ずつにした互いの透糸を持ち寄って、結び合わせ、大切に持ち合うようにした。
そうすれば、結ばれた絆が形になって視える。
子供が生まれた時へその緒を、大事に取っておくのと同じ感じなのかも……」オレは小さく吐息をつき、緋隻眼にあの漆黒の闇が過ぎった様に感じた。
レイとキラはそれに気づいたようだ。
レイの瞳に、どことなくオレを案じるような動きがあったから、キラもそれに気が付いたのかもしれない。
「とっても素敵なお話ですね」
ローザは胸の前で両手を握り合わせ、オレの語りを心に沁みこませているのだろう。静かに目を閉じていた。
「その通りね」キラはしみじみとした語り口で「私も美しい話だと感激した。
透明な糸に色が灯ったりしてたのは、幻想的だった」
「それにしても、今夜の夕餉は最高だった」オレは感心しきり。
この感じだと、ドルチェのも期待持てそうだな。楽しみだ!
キラが改まって「ユキア、いくつか質問をさせtて貰ってもいいかな?」
「うん、いいよ」オレはキラのこういう知識欲が、それを応用する賢さにつながっているんだろうと想到した。
「どうして、レイは四元素属性のうち水と風の二つを操れたの? ユキアやザザ君もそうなの?」
「何かをその一面で観てしまうと、ダメなんだよ。
例えば、小麦を育てるには、水と土が必要だし、水を沸騰させるのは水と火が必要だし、そういう考えを持つことが大事。
酒精は火と水の融合体でしょ?
ザザも水と土の二つを操るよ。だから木遁ノ術を得意としてるし、レイは霧ノ術を自在に操る。
勿論簡単なことではないけどね」とオレが説明すると、
レイが自慢気に「ユキア様は三元素……火、風、土を操り、雷遁の術を操りまする。
されどそれを知っているのは私を入れても、6人しかおりませぬ。
ユキア様のご判断によるものです」
「っていうことは、パークスの誰かと闘う可能性を、ユキアは想定してたってことなのかな?」
キラの抜け目ない問いに、鋭い緊張感が奔り、薄氷の如き沈黙が張り詰めた。
「まぁそんな感じ、忍術にはあらゆる遁法が存在する」オレは何も聞かなかったことにして、話題を変えキラの口を封じる。
「中には 四元素属性とは異なる遁法もある。
みんなの知ってる言葉で言えば召喚術がその一つで、オレ達は口寄せノ術という。
旧約聖書に、イスラエルの初代王サウルが預言者サムエルを口寄せた話がある。
この術は、時空間に関係があるから、時遁に分類されている」
キラは話に流れに逆らわず「ユキアとレイは口寄せノ術は会得してないの?」話題に乗る。
オレは答え辛かったが「んー、残念だけどオレは口寄せはしない。
でもレイは、ザザに負けない強力な口寄せノ術を体得してるよ」
オレはそれだけ伝えて、口を噤む。
「ピッコロ、レイが口寄せする幻獣が何なのか知りたいでござろう?」
自分が呼べる幻獣ではないのに嬉しそうなザザ。
「勿論でごわす!」早く教えて欲しくてソワソワするピッコロ。
「雪龍ビオリス、レンの一族でござる。術でそれはそれは美しい女人の姿で現れるでござる。
キラさんもすごく美しい方でござるが、ビオリス姉妹も美人揃いでそっくりでござる。
あれ? そう言えば、ビオリス姉妹とキラさんはよく似ているでござるな。
レイはそう思ぬでござるか?」
「いや、私もそう感じてた」レイは困惑顔。
実際オレも「どう判ずればよいのか迷っていた」
キラが「雪龍ビオリス一族が人の姿で現れるって本当なの?
雪龍も金猿も同じ聖獣なのよ?
然も、聖獣は魔獣や他の幻獣より、その数はかなり少ない。
ぞのうちの二種類の聖獣を召喚できるものが、ここに2人揃っているなんて信じられない。」大興奮して一気に且つ早口で喋った。
レイがまぁ少し落ち着いてという目顔でキラの葡萄酒杯を満たしていく。
キラはそれでも「ありがとう」レイに伝えそれを半分程一気に飲んでその勢いのまま話は走っていく。
「全くあなた達には驚かされてばかりだけど、そもそも召喚術と言えるあなた達の口寄せノ術も、謎が秘められていると私は考えている。
あなた達は何故召喚術士が稀少な存在なのか、その理由は知ってるんでしょ?」
「知ってるでござるよ。
召喚術は、我等の口寄せノ術同様強力な術なでござるが、その術を操る者は短命になってしまうからでござろう」
キラは自分とビオリス姉妹が似ている、という話題には、今興味はないらしい。
ザザの答えに「そうよ」キラは一度顎を小さく引き「では何故彼らが短命なのかも知っているのね?」
今度はレイが応じる。「召喚する対象との血盟時に、文字通り血の契約を結ぶ際、大量の血液を必要とする故に。
契約対象の力が強ければ強い程、必要とされる血液も量が多くなってしまうことも。
時には、それが致死量に至り、そのまま落命する者もいるとか……。
かてて加えて、、契約後も 召喚時に血液と法力を同時に消費することも、原因ではありますまいか」
「その通りよ」キラは柳眉を寄せ「ヒト族が平均寿命100歳前後なのに対し、木人賊は不明だけど、獣人族、鳥人賊、虫人賊等、魔族と幻獣人賊を除く亜人族はおよそ70歳前後と言われていて、召喚術士達は、亜人族よりも平均寿命が短い。
血液と法力は命の源。
召喚術士は契約対象に己の命を削り分け与えている。
正に命懸けの法術。それだけに強力な術者。
並の術士なら、数人がかりでも相手にならない程だからね」
キラは呆れかえって、言葉を継ぎ足す。
「全ての召喚術士が、術発動時の血液と法力の同時消費の所為で、貧血で短命そうな蒼白い面色になっている。
それなのにザザ君は健康そのものだし、かなり長時間ゴリク殿を召喚しているのに、血液や法力を消費しているようには観えない。
一体全体どういうこと?」
「我等が口寄せするのは、召喚術士と同じく、幻獣だけではありませぬ」レイがキラの質疑にに対し、順に回答していく。
「動物も物も含めて、種々雑多です。召喚士対策にと、吸血蝙蝠の一群を口寄せする者もおりまする。
口寄せする対象と契りを最初の者は、契約時に相応の血液を必要としますが、その後は、血盟を結んだ血族に限り、大した血液を必要としませぬ。
されば、代々契りを継承してきた者と対象の絆も強くなり、口寄せの血やチャクラの消費を押さえ少なくしてくれておりまする。
但し、術者の力量に応じて、対象の口寄せの結果や時間が変わりまする。
私は現在、雪龍ビオリス姉妹を口寄せしておりますが、最初に口寄せしたのは、姉妹の一番末のエマ、次にサヤ、その次がナギサ、そして今はキョウを口寄せできるようになりました。
キョウの上にメグがいますが、この雪龍は例外で、私には口寄せできませぬ。
メグは我等ネブラ一賊とは別の一族と血盟をちぎっているとの由。
キョウの話によれば、メグの力は姉妹の頂点に立つレンに迫るとのこと。
ザザは」
レイが目線をザザに流すと、本人がその先を引き継ぐ。
「オイラは、ゴリクの前はゴカイ、その前がゴウン、その前はゴガン、ぞの前がゴハマを口寄せしたでござるよ」
キラは息を呑みながらも、感銘を受けているようだ。
聖獣や幻獣と、人間の結びつき、絆が、種を超越している現実を、改めて認識したからだと、オレは感じ取っている。
「素敵な話ね」キラはレイとザザの聖獣達ともに過ごし育ってきた日々を、思い描いていたのだろう。「口寄せノ術にも、血脈によって継承してきた秘密があったのね。
全く……驚きの連続」
暫く黙っていたオレだったが「時遁、口寄せノ術みたいに、オレ達にもその起源が謎に包まれた術はある。
だから、旧約聖書で、口寄せっていう言葉が出てきたときには驚いたり嬉しかったりしたけど、神は口寄せを禁じられてるから、複雑な気持ちだった……」
「ユキア、あなたは神の義に背く訳にはいかない。
だから、口寄せノ術を会得することを自分自身に赦さなかったのね……」
キラはオレの真っ直ぐな信仰を受け止め道破する。
「確かに神はユキアの言う通り、旧約聖書で口寄せを禁じられておられる、
でも神の特別な祝福を与えた聖獣や、それ以外の幻獣を含め、いかなる召喚も神の御旨にかなわなければ成しえない。
それは、神の慈愛によるご加護だと思う。
私の仲間にも聖獣一族を召喚する者はいる。
彼等はメシア教カットリチェシモ信徒よ。
逆に、神に敵対する堕天使ルキフェルの呪いを根源とする魔獣の召喚があることも忘れてはならない」
レイ、ザザには、オレが口寄せノ術を体得できないことで、国主ソウガから面罵されている姿を何度も目撃されている。
だけど、一度もその理由をオレは明かさなかった。
明かせば、そんな宗教など認められなくなるのが、容易に推測できたからだ。
「そういうことだったとは……」
顰めた眉の下の双瞳 が潤んでいくレイ。
「オイラはなに故ユキア様が口寄せノ術を研鑽しないのか、ずっと変だとは思っていてでござる……」
ザザの聲も湿っていた。
レイは今にも泣きうそな顔で「パークスではメシア教の民草は少ない故、そのような掟があるとは知らず……。
確かに私の知る限り、メシア教に帰依する者の中に、口寄せする者はいない。
このようなことに気付けなかったとは……。自分が情けなくて腹が立つっ!
国抜けした今日を契機に、レイもメシア教カットリチェシモに改宗致す」と言い切った。
「おいらもでござるっ!
キラさんが言ってくれたように、我等の口寄せは神様の御旨にかなってる故でござる。
ユキア様は、口寄せノ術の会得をするべきでござる。
そして、オイラは必ずゴクウを口寄せしてみせるでござるよっ!」
こういう時のザザは頑固だということをオレはよく知っている。
「レイも、決して諦めることなくレンを口寄せできるよう一層修練に励みます!」
レイはいつだって諦めない。
「レイ、ザザ君、私もそれでいいと思う」キラは熱っぽく語る。「神のお導きがあるからこそ、2人が聖獣を召喚できるのだと、はっきり確信してる」
オレは冷静に「ヴェルス一族で、メシア教カットリチェシモを信仰しているのはオレ一人。
だから、レイやザザの子持ちは嬉しい。
でも、無理に改宗するのはやめてくれ。
そういうことをオレは望まない。
2人とも、一度聖書を読んでみるといい。
改宗するしないは、それからでも遅くない。
オレの為にっていうのは、絶対にやめて欲しい。
それじゃ改宗した意味がないから」心からそう願う。
レイ、ザザは早速次にの寄港地バルセルンで聖書を入手することに決めた。
オレは諭す。「はっきり言って、オレは世界中のどの神も、結局は唯一の同じ神だと信じてるんだ」
なんとなれば、神こそが誰もが求める純粋な愛の権化そのものだと、オレには確信があるから。
だからこそ、人は誰しもいざ困った時に神頼みをするんだと思う。
オレは仲間達に心に沸く思いを注ぐ。
「山の頂上へと至る道は、その麓から何本もあるけど、目指す頂は一つしかない。
神への道もそれと同じだと思う」
レイとザザは、オレの言葉を心魂に刻もうという目色で、真っ直ぐに緋隻眼を見つめコクンとした。
「で、他にはもうオレ達から知りたいことはないのかな?」オレはキラに水を向けた。
「まだあるけど、今日のところはこのくらいにしておきます
実は、あなた達が私に知りたい事にこうして答えてくれるとは思ってなかった。
だから私は今、数々の秘密を知って嬉しく思ってる以上に、ここにいる全員に警戒せず信用してくれたことがそれ以上に嬉しい・
私も、あなた達のことを心から信用できる!」
折しも、ピッコロがこの時を待っていたとばかりに「あーっ! ユキア、ボクよい考えがあるでごわす」少々早口で椅子から立ち上がった。
オレは驚いて「どうした?」
ピッコロはこの船は聖エレミエル号と同じ航路でレムスに向かうでごわすか?」
「うん。この船には航海士がいないから」
「善は急げでごわす!」その場でぴょんと跳躍するピッコロは「この船は聖エレミエル号はオロアルマダ帝国のバルセルンで数日寄港して、神聖ロムルス皇国とガリアス王国は戦争中でごわすから、戦闘海域を回避する為、一旦南下して、聖なる島クルクス島のシュラークーサエに数日寄港するでごわす。
じゃっどんこの船はバルセルンで必要物資を補充してレムスに直行するでごわす。
ユキア達の船を一日も早く建造するでごわす」
「おー、それは嬉しいな!」とは言ったもののオレは困却してしまう。「でも、クルクス島でしておきたいことがあるんだよなー。
だから、聖エレミエル号に乗ったんだよ」
「ユキア、私もお願いしたい」キラもオレに願った。「一日でも早くレムスに着けば助かるんだけど……」
「さらばユキア様」レイが一案を出す。「バルセルンから我等は聖エレミエル号に戻ることにすればよいではありませぬか。
皆さんとはレムスで合流できます故、問題はないかと」
オレも思い付いた。
「よし、きめた!」これぞ名案と決断。「俺とザザそれから悪いけどローザとランブラの四人が聖エレミエル号に戻る。
レイはキラや、ピッコロ、モンテに同行してくれ。
レムスで一日も早くロックの所在を掴んで欲しい。
残念だけどこっちからは連絡はとれないから」
オレは、これで一息つけると満足。
葡萄酒杯に残っているラクリマ・クリスティーを自分で注ぎ、味わい深く飲む。
「なっ、なに故にっ!?」レイは気色をを変えて異議を唱える。「その任務はザザがよろしいかと!」
「んーこれはこれは」ザザがニヤけて「レイらしくないでござる。主命でござる、ぞうですとも」
「っていうか、適材適所ってことだよ」オレはそれが当然と断言する。「ザザの変化術は良い腕をしている。
オレといい勝負じゃないか」
ザザはどや貌。
「けど、」オレは説明する。「レイの変化術は獣人変化も含め、老若男女すべてが完璧で、オレ達より勝っている。
ロックの所在を掴む為には、潜入任務も想定されるから、変化術は必須だろ?
となれば、腕の良いレイの方が適任ってことだよ。
それにさ、風の属性の術を操れるものが一人いないと、航海中凪になった時に困るだろ?」
レイはオレの賞詞を耳にしてもぜんぜん嬉しくない、と言った声調で、
「ザザ、お主ユキア様の身の回りのお世話と警護抜かりなく致せ。
一つでも落ち度があったことが判明したら、絶対に許さぬっ!」
レイは、きっと仮面の裏で唇を嚙んでいる。険しい目色でザザを見据えていた。
ザザは、レイに劣っている点をはっきりオレに指摘され、しゅんとしている。
「オイラが身の回りのお世話をしなくても、ユキア様はご自分でなされるでござるよ。
オイラは身辺警護をーー」
オレはザザが俯き、床とぶつくさ話しているのを無視して、
「レイは料理の腕もいいから、キラや、ピッコロ、モンテも喜ぶと思うな」
さり気なくローザとランブラを聖エレミエル号に戻す言い訳にした。
「それは楽しみ!」キラは思わぬ朗報に喜ぶ。「勿論料理は私もします。皆さんに喜んで頂けるかちょっぴり不安だけど」
「あ、オレもキラの料理食べてみたいなー」オレは残念だった。「でも、仕方ないか」
「バルセルンまでは一緒でしょ?」キラはユキアに約束する。「それまでの間にローザとランブラに相談して、何か料理するから。
ローザには勝てないことを予め言っておく」
「おーありがとう!」
オレは、絶佳の麗女の料理ってどんなものなんだろうと想像しつつ、大切なことを思い起こす。
「バルセルンで 一旦二手に別れるまでに、キラ、モンテ、ピッコロには、万が一に備えて、皆の身を守る為の術札を渡しておくから、レイがいるし心配ないけど、念の為に」
キラもナーヌス親子も揃って嬉しそうだ。
「いったいどんな術の封入札なのかな?」キラはそれが知りたくてうずうずしている。
ピッコロも術札に興味をそそられていたようだったが、「あーーっ!」丸い目が飛び出した。
オレは一驚したが「ピッコロ、今度は何だ?」と訊く。
「ユキア『アララトの聖樹』は超高額でごわすから、直ぐに売れることはないと思うでごわすが、念の為明日一番で買い占めの予約をだけはしておく方がよかでごわす。
誰かクルムーークリスタッルム機器の一つで掌程度の大きさの極薄のクリスタッルムに指で触れ、浮かび上がってくる0~9の数字と、α、Ωの二文字の中から、会話したい相手先に設定されている10桁の数字通りに押すと、離れている相手と会話可能。
聲の波動をクリスタッルムの波動に重ねて別の波動に変換される最新の技術を利用し、双方の音声をやり取りできる。
携帯できるので大変便利だが、大気中の様々な波動を聲の伝達に利用する為、山中、地下、その他クリスタッルムの返還波動を重ねにくい場所では使用できない。
通話以外の機能もある。非常に高価なので所持してるのは富裕層ーーを持っているでごわすか?」
キラが「私が持ってるよ」いつでも貸してあげるから、遠慮なく」快く申し出る。
「感謝でごわす」とピッコロはペコリペコリ。「明日の朝食の後でお願いでごわす。
クルムをボクも父さんも持っていたでごわすが、クレブリナ海賊団に奪われ破壊されてしまったでごわす」
オレは、法術士の中にクリスタッルムの波動を探知してその位置を突き止められる者がいるからだろうと推量した。
「キラさんは、サンクトゥス銀行の小切手帳を持っているくらいだから当然でござるな」ザザは感心しきり。
一方でナーヌス親子にも同様の思いを抱いたらしい。「ピッコロもピッコロの父ちゃも世界一の船大工親子でござるから、お金持ちでござるな。クルムを2台も壊されて残念なことでござった」
「よか、よか、命あっての物種でごわすよ」
モンテは晴れ晴れとした容貌でザザを見た。
キラにモンテは「レムスに戻れば、おいどん達の家と、ギルド・アルカにセルモーークリスタッルムの危機の一つ。携帯出来ないクルムのこと。セルモは聲の波動を大地の鉱物の波動に乗せて返還するので、相手がセルモを開通していれば、世界中の誰とでも会話可能。
無論、クルムを持っている相手とも同様通話可能。
クルムのように持ち運びできないが、値段はクルムと比較しても安価なので、一般の人々はこちらの方が普及しているーーがあるでごわすから、番号を明日伝えておくでごわす」と約束した。
「私にクルムもその時教えます」
キラはモンテに返答し、
「あなたにも明日教えておくから」
オレにもそう言った。
※※※※※
「されど、トレジャー・ハンターも」レイが問い質す。「ピンからキリまで。決して誰もが稼げる仕事ではありませぬ。
キラさんが腕が立つのは間違いないと思いまするが、具体的にどんなお宝を追っているのか、差し支えなければお聞かせ願いたい」
オレもキラが、どんなトレジャー・ハンターなのか気になっていたところだった。
トレジャー・ハンターも一人では仕事はできないだろうし、この稼業の者達が狙うお宝も種々雑多。
同じお宝を狙う競争相手がいる場合、時には戦闘に突入することある筈。
実際、キラの金糸で縁取りされた白銀に煌めく絹長衣姿は、法術士の印象を持たせる。
でも、どこからどう見ても闘いの臭い雰囲気が窺えない。
「オレもトレジャー・ハンターとして活動しているキラのことを知りたいな」
オレはレイに便乗した。
「もともとはトレジャー・ハンターと全くかけ離れた仕事をしてたんだけどね」
キラは一瞬過去の記憶へ意識を飛ばしていたが、すぐ戻ってきた。
「今は数人の仲間達と、トレジャー・ハンターとして生きている。
主に、メシア教の聖書に記述されている聖遺物、魔遺物、それから幻玉と呼ばれる至高の宝石を探求・探索している。
それと、お宝の買取と販売もしている。
そんな感じで、世界中を旅してきた」
オレは、キラの話に興味を注がれつつも、引っかかるものがあった。
「聖遺物って、神の聖なる何らかの力が宿った、聖書に登場する秘宝のことだよね。
幻玉は、白金真珠、黒金剛石のように世界にひとつだけしか存在しない宝石のことでしょ?
でも、魔遺物っていうのは、オレ初めて聞いたな」
キラはお宝の明快な説明を始める。
「聖遺物については、ユキアの言っていた通りよ。
どの聖遺物も、それを装備、或いは所持している者に、神の聖なる力が与えられる。
それは幻玉も同じで、世界に一つしか存在しない幻玉それぞれに、神の祝福が宿っている」
キラは一度言葉をきって話を続けるがその眉宇は狭く、声色は重苦しい。
「魔遺物は文字通り、聖遺物の対極にある。
それらには、魔の力が、堕天使ルキフェルの祝福による呪われた力が与えられている。
その殆どが、聖書に書き遺されているけど、魔遺物の存在を知る者はまだ少ない。
でも、何故か海帝はその存在を知り、既に二つ以上の魔遺物を入手している……」
魔遺物の存在については、オレだけじゃなく他の者も初耳だった。
ナーヌス親子や美人姉妹は不安そうだ。
「世界中でトレジャー・ハンターが追うお宝は多種多様」キラは聲を絞り出すように話す。
「宝石や、白金、金、銀、前時代の貴重な遺物、絵画、彫刻などの美術品。超古代の生物の化石等が、多くのトレジャー・ハンターの狙うお宝。
でも、聖遺物、魔遺物、幻玉に関しては、世界でも特級のトレジャー・ハンターや、国家、海賊、山賊が競い合って探索してる。
国家が国威、国力を増強するのを目的としているのに対して、トレジャー・ハンターや海賊、山賊は、例外もあるけどその国家や教会、一部の大富豪に売却して得るドエルン金貨が目的。
でも、売却を目的とせず聖遺物、魔遺物、幻玉のもたらす力を求めて我がものとするものが現れた。
海帝のように。
今や宗派を問わず、メシア教を国教とする国々や、ラウズ教、メッカ教を国教とする国は、優秀なトレジャー・ハンターたちと契約し、其れによって活動資金を援助し、海軍賊と同じように免状を与え非合法行為も赦している。
だからね、私も意外と大変なんだ」
キラは溜息を零し、体を椅子の背凭れに預けた。
「あー、それでサンクトゥス銀行の小切手帳を持っていたでごわすか?」ピッコロは的を射たと自信をのぞかせている。
レイは信じられないばかりに「キラさんは神聖ロムルス皇国と契約してるのですか?」
「ピッコロ君」キラは心外そうに首を横に振る。「悪いけどあなたの推測はハズレ。
私はどこの国とも契約していないし、これからもない。
でも、神聖ロムルス皇国元老院議員達と、適当な距離感で付き合いはある。
だから聖エレミエル号を所有する国営会社、オスティア商会に出資してたりもするし、他にも色々とね」
キラが話し終えるとピッコロが真っ赤になって「余計なことを言ってごめんなさいでごわす」円卓に両手をつき額をゴツンとぶつけて謝った。
キラが優しく「謝るほどのことじゃないよ」
オレは、海軍賊同様、国の力を背景にして動くトレジャー・ハンターの道を良しとしないキラに、相通じる心魂を感じて嬉しく思う。
そんなキラにオレはーー勿論それは女性としてではなく、一人の人間として……多分ーー信頼できる人だと認めた。
キラのようなトレジャー・ハンターは珍しいだけに、レイやザザも、彼女の権力を悪用、濫用しない姿勢に、甚く感心している様相だ。
然し、キラの麗顔に影が過ぎる。
「聖遺物、魔遺物、幻玉は、所有者に何れかの能力や効果を与える貴重品且つ、不思議千万なお宝だから、その取引値は軽く10億ドエルンを超え、100億ドエルンを超えるものもある。
そういう訳で、競争相手達は、血眼になって探索しているから、本当に大変……」
そう言いながらも、キラは背筋を、すっ、と伸ばして話は先へと進む。
「そもそもそう簡単な仕事じゃないの。
幻玉は一つしかない宝石だから、その耀く色彩と形がわかれば、あとはそれを探せばいい。
とはいうものの、その入手は楽ではない。
でも、聖遺物、魔遺物は、それが具体的にどのようなものだったのか、まず調査するところから始めなければならない。
当然一人で仕事を進めるのは無理。
最近、クィーンズティアラでは、聖遺物、、魔遺物、幻玉を専門に調査研究する国家機関を立ち上げ、それらを探索する専門小隊を、国内で最も凶悪な犯罪者の収容刑務所、ウルススの模範囚で構成したみたい。
殺人、強盗、詐欺、超一流の犯罪者が沢山いるでしょうから、人材の宝庫ね」
キラは呆れ返って皮肉る。
オレは思わず呟く。
「魔遺物か。人が手にするものじゃないな。
ルキフェルの呪われた祝福が、人に善なる力を与えるとは思えない。
破壊するjか、封印するかどっちかだな」
オレの判断に、キラの美貌は艶麗に綻びている。
※※※※※
夜の海原は、黒碧色の天鵞絨を羽織っていた。
星天は星の光彩をちりばめた美観を誇示している。
波音と潮風が奏でる旋律が柔らかに耳を撫でた。
爽やかな潮の馨が鼻先を掠めていく。
オレは、そろそろドルチェが欲しいなと思い始めていたところだった。
キラが「レイ、ザザ君話が長くなってごめんね。
でも日付が変わるまで、まだ三時間近くある!」
するとレイは、がばっと立ち上がり「ザザ、急がねばならぬ。準備だ!」
ザザも飛び跳ねて立った。
二人は目を合わせて点頭し、ナーヌス親子や美人姉妹と一緒に空き皿や空になった酒瓶を厨房へと片づけていく。
キラは自分の旅行鞄を開いてごそごそ初めて、皓い革製の細長い15インチ位の箱を手に戻ってきた。
程無く、レイとザザを筆頭にしてナーヌス親子、美人姉妹も一緒に戻ってきて、銀の取り皿や葡萄酒杯等の食器類を準備したり、装飾された金皿に盛られたドルチェを並べる。
それが終わると、レイ、ザザ、ナヌス親子は席に戻り、ローザがドルチェの紹介を始めた。
「まず、まずこのチョッコラートのドルチェはモスタッチョーリと言います。
中には、ルムウベッタや松の実が入っていて楽しく食べれます」
ローザは、その皿がオレの目の前に来るよう円卓を回転させる。
いつの間にかオレの隣に立っていたランブラが、それを2個、聖獣ポエニークスの見事な装飾が施された銀の取り皿に給仕した。
ローザは次のドルチェを紹介する。
「こちらのチョッコラート・ビスコットはテゴレという巴旦杏生地のビスコットです。
チョッコラートと巴旦杏の風味と馨の愛称は抜群なので、喜んで頂けると思います」
オレは期待していたドルチェを目にして、再び食欲が勢いよく出てきた。
早く食べたい! とうずうずしている。
ランブラがテゴレを給仕すると、ローザは「神聖ロムルス皇国が世界に誇るティラミスも是非」ともう一品紹介した。
ティラミスをランブラがオレに給仕すると、一本の葡萄酒を全員に見せた。
「これはキラ様からユキア様に頂いた、ラクリマ・クリスティーの20年ものです」
オレは「え? オレに? キラありがとう。でも、なんで?」と訊くがキラは微笑むだけ。
ローザは手際よくコルクを抜いて、それをユキアに渡す。
オレはまだ戸惑っていたが、何か意味があるのだろうとそれを道具入れへ大切にしまう。
ローザがオレの酒杯に、ラクリマ・クリスティーを少量注ぐ。
オレはその芳醇な馨を楽しんで口に含み、じっくり味わうと一言。
「美味いっ!」
ローザはラクリマ・クリスティーを全員に注いで回ると「ランブラお勧めの珈琲もご用意しています」
レイは、「ではローザとランブラも席に。
急な申し出にも拘らず、快く協力してくれたことに感謝いたす」深々と頭を下げた。
ランブラは「感謝なんてとんでもないです。こんな席に同席できるなんて!
こちらがお礼を言いたいくらいです! ね、姉さん!」
「妹の言う通りです」ローザは顔中からにこにこが零れ続けている。「ここにこうして座っている喜びが、今日一日の疲れを吹き飛ばしてくれました」
レイはうっかりしていたという感で「暫し失礼」と慌てて立ち上がり、作戦会議室の入り口に立つ。
「裂、闘、者、在」と印を結び刀、結の印へ繋げて「変遁、獣人変化ノ術」
レイの足下から、揺らめく白靄が立ち上り、その姿を隠していく。
「え? 獣人になるの!?」キラの聲が弾んだ。「また銀狼かな? それとも別の獣人かな?」
一同が凝然と見守る中、白靄から現れたのはーー煌々と光を弾く白銀の毛並みに黒い縞模様が広がっている、銀虎の獣人だ。
武具は変化する前と変わっていない。
不可思議な術に詠嘆してキラが拍手を贈ると、ナーヌス親子と美人姉妹もそれに倣う。
オレと、ザザ、ゴリクはレイの変化の術の水準の高さは良く知っているので、特に驚きはしない。
ピッコロが「カッコいい!」と叫ぶ。
レイはピッコロに「ありがとう」と返し席に戻った。
そんな中、オレは席に座っている面々を見回して怪訝に思う。
一体どうしたのか? 全員がにっこりせずにはいられない、と言った情景だったから。
「んーと、みんな一体どうしたの? っていうか、これもう食べてもいいのかな?」
戸惑いながら誰に訊くでもなく、オレは呟いた。
オレの呟きに触れたレイは一度小さく咳払いして席を立つ。
それは感慨無量と言った風致で、
「ユキア様、、今日、成人となられる18歳の誕生日を迎えられ、元服を迎えられたこと、真におめでたいことでございまする。
今年もこの日にご一緒できることを、レイは心から神に感謝しまする。
ユキア様、おめでとうございまする」
双瞳を潤ませている。
「ユキア様、おめでとうございますでござる。
今日は最後まで目まぐるしい一日でござった。
去れども、終わりよければすべてよしでござる!」
ザザは今にも踊り出しそうだ。
ゴリク、キラ、ナーヌス親子、美人姉妹と次々と祝辞を送っとてくれる。
ーーオレは、今日が自分の誕生日だということを、すっかり忘れてしまっていた……。
国抜けして以来、ずっとギリギリまで張り詰めていた緊張感と、造次でも隙を見せれば押し潰されそうになる重圧を背負い、つい先刻まで一生懸命全力疾走してきた。
己自身に、余裕が全く無かったことを思い知らされ、我がことながら嘆かわしい。
国を出奔したその時から、様々な負の感情や思考が、精神の安らぎを奪い続けていた。
パークスを離れるという決断しかできなかった、自分の無力さ、それが心魂を抉り突き刺す深い悲しみが、拭いきれない。
凍える孤独と、どうしようもない切なさと寂しさ。
時に呼吸することさえ忘れさせる、血を吐くような苦悩。
こうした全てがいつまで続くのか、オレにはわからない、
でも今、オレ自身が忘れていた今日を、思いもかけず祝福してくれる人達が目の前にいる。
国抜けした日、こんな一日が訪れると想像することなんて、できる筈がなかった。
兎にも角にも、いかに追手を斃し、レムスに辿り着いて、ロックを探し出だすこと。
それが、まずはオレの全てだったのだから。
オレは、目に映る光景に感銘して悟った。
これは、奇蹟なのだ、と。
「皆、ありがとう」
震えの止まらない聲では、そういうのがやっとだった。
全ての考量が停止して、ただ感謝の気持ちで胸一杯になって、苦しくなってしまう程に。
モンテが「皆さん、ご起立願うでごわす」葡萄酒杯を掲げ促すと一同席を立つ。
力強くモンテが音頭をとった。
「ユキアの18歳の誕生日と元服の義を祝すでごわす。乾杯っ!」
『乾杯っ!』全員の聲が揃い、皆それぞれの最高の笑みをオレに与え、ラクリマ・クリスティーを一口飲んで、盛大な拍手を贈った。
フェスタの主役は、葡萄酒に口をつけず酒杯を持ったまま、一人一人の面輪を緋隻眼に焼き付ける為、そーっ、と視線を回していく。
祈りにも似た心持ちでもう一度「ありがとう」感謝を込めて言葉にした。
頃しも、緋隻眼から零れて、つーっ、と落ちていく大粒の涙。
オレは、イエスの涙を呷りそれを誤魔化す。
再び温もりのある拍手が一斉にオレへと贈られた。
オレが着席すると、ザザ、ピッコロ、モンテは、円卓の美味しそうなドルチェに、直ぐ様手を伸ばす。
3人が各自取り皿に盛りつけるのを見届けてから、ゴリク、レイ、キラ、美人姉妹もそれぞれ自分の者を確保していく。
「何と! これは美味いっ! 葡萄酒と合うのぅ」
ゴリクはぼりぼりテゴレを食べて喜んでいる。
普段甘いものを殆ど食べないゴリクが、ドルチェに賛辞を贈るのは珍しい。
美人姉妹とナーヌス親子も、ドルチェと葡萄酒を味わい、皆幸福そうだ。
レイは、自分のモスタッチョーリを半分にして割って、そこに埋まっているルムウベッタをオレに指差す。
オレはそれを手に取りがぶりと齧り付く。
「これはヤバい!」オレは歓喜して「これは病みつきになりそうなうまさだよ! 食感もばっちり!」
レイは上機嫌で同じものを食べ始めた。
キラは、モスタッチョーリとテゴレを味わい、葡萄酒を飲み干し、席を立つ。
「ユキア、海の義賊のあなたにこそ、これは相応しい」
皓革の箱をキラはユキアに直接手渡す。
「私からの誕生日祝い、受け取って」
受け取って手を触れるのと同時に、オレはそれが何の革か分かった。
自分の眼帯と同じだったから。
箱を開けると、皓い龍革に文字らしきものや、浮彫模様の龍が美麗な装飾が施された、伸縮する白金の望遠鏡が入っていた。
値段の推測が難しい程、大変高価なものだということだけはオレにもわかった。
箱を開けたままじぃーっと魅入ってるオレに「遠慮しないで。それはもうあなたのものよ」キラは惜しげもなく優しく言った。
海の義賊と言われて思わず照れ笑いし、間違いなく高価なそれを、オレは受け取っていいものか迷っていたが、キラのその優しさに触れ、感謝して受け入れる。
早速オレは、望遠鏡を手に取りそれを伸ばし、レンテを覗いたが真っ暗で何も見えない。
キラがくすくす笑って、レンテの蓋を取ると、オレは再び望遠鏡を覗いた。
オレは喜びを嚙み締め「こんな高価なものを俺なんかに、キラ本当にありがとう。大切にするから」」
「気入ってくれたようで良かった」キラはにこやかに席に戻る。「きっと、ユキアの役に立ってくれると思う」
「ユキア様は、珈琲はお好きですか?」ランブラに問いかけられた。
「うん。大好きだよ。オレはパンが大好きだから、珈琲と一緒にっていうのが多い。たまに紅茶にすることもあるけど、珈琲の方が好き」
「それは良かったです」ランブラは席を立つと珈琲瓶を持って来て、オレのタッツァに珈琲を注ぎ入れた。
「トゥルケットというこの珈琲は、エスプレッソ珈琲にルム酒が入ってますから、馨も良くまろやかで、体も温まります。
ランブラは、切れ目を入れた薄切りの檸檬をタッツァに添えた。
「檸檬を少し絞ってお召し上がりください。
海の義賊ユキア様には、ぴったりの珈琲だと私は思います。
それを聞いたオレは、大急ぎで檸檬を絞り、匙で軽くかき混ぜ珈琲を口に運ぶ。
「おー! 珈琲とルム酒の風味が絶妙にあってて、微かなレモン味も悪くない。美味い!」
ーーオレは、この珈琲は海賊として絶対飲むべきだと満足したーー。
「レイ、ザザも飲むべきだな。オレ達は海賊なんだから!」
レイもザザも笑ってそれに従う。
ランブラが2人にトゥルケットを給仕するとユキアは「乾杯!」互いのタッツァをこつんと合わせ珈琲を楽しむ。
ルム酒が入っているから、海賊に相応しいとランブラは考えたんだろうな。
然しオレは、自分が調子に乗りやすく、どんなことに喜ぶかわかりやすい者だと、皆に気付かれているとは思ってない。
レイが、茶革の細長い円筒を、オレに差し出した。
「これは、老師、レイ、ザザ、ロクナ、オクトーから、ユキア様への18歳の誕生日と元服の儀の祝いです」
ザザが少し勿体ぶった語調で「ユキア様がずっと欲しがっていたものでござる」
オレは、欲しいものはいろいろあるけど……と思いつつ、円筒の蓋を外し、中に入っているものに触れた刹那、心臓が、ドクンッ! と高鳴った!
取り出したそれは『小鴉丸』という打刀で値のつけようのない名刀三十三腰最高の一振り。
当然パークスで知らぬ者はいない」
老師クーゴ・マゴが所有していた居たものだ。
その名前の由来は諸説あるらしい。
が、老師によると、パークスの蒼氓の本来の祖国、極東の島国やまとで神鳥とされた伝説の鳥『八咫烏』の聖なる破邪の力が宿っているからだという。
かてて加えて、世界に二つとない透明で霊異な黄金の刀身、表は渦巻く乱れ刀、等は直刀の刀紋に、特異さと神聖な魅力を舵ない者はいない。
その上、小鴉丸の切れ味の凄まじさは、襲い掛か敵2人を薙ぎ払って真っ二つにしたという話が残っている程。
それだけではない。
破邪の力、小鴉丸には如何なる魔術や闇属性の術も、全く通用しないという特殊能力を備えているのだ。
鞘は緋色で金の意匠が施され、柄も金糸で装飾、鍔は六芒星の形で耀いている。
誰もがこの名刀を手にしたいと望む。
でも、老師は誰にも譲らなかった。
それなのにその小鴉丸が今、自分の手にあることを、オレは当惑していた。
オレなんかがこの名刀を所有していいのだろうか、と。
「小鴉丸は名腰三十三腰の最高位とされている名刀。
なのに、老師はどうして手放したんだ?」
とオレは慎重に訊く。ザザが敬意を物語る。
「最初は、オイラとレイ、ロクネ、オクトーで、ユキア様の誕生日と元服の祝いにと、四人でじーじに頼んでいたのでござるが、値がつけられるものではない故、断られていたでござる。
ところが、でござる。
ユキア様が国抜けされ、オイラと、レイが追手をを命じられた直後、ロクネを含め今後のことをオイラの部屋でーー昴浄城下にある老師の館の一室ーーで話し合っていたら、じーじが小烏丸片手に持って来て『ユキアにこれを譲る故持って行くが良いでござろう』って突然言ってきたのでござる。
オイラ他達も驚きのあまり、言葉もないでござった」
レイが物語を引き取る。
「我等は、小烏丸を手放す代わりに、国に戻るようユキア様を説得せよということかと拝察しましたが、そうではありませんでした。
老師が言われていましたが、元々いずれユキア様にお譲りする考えだったようです。
然れど、国抜けされた為、我等に預ける故、老師と、ザザ、オクトー、ロクネ、レイからのユキア様の誕生日と元服の儀の祝いとして持って行けと。
我等3人は、オクトーから預かっていた分も含めみんなで蓄えていた金貨を老師に支払いました。
妥当に満たない金額でしたが、老師は文句ひとつ言わず、それどころか礼を言って下さいました」
レイは居住まいを正して、聲を詰まらせている。
「老師は一旦受け取って金貨を、『ユキアはお主等が説得をしても無駄でござろう。その時、ザザとレイがどうするか、大方予想はできる故、金貨はその時の為に大切に持っておくが良いでござろう』と仰っておられました。
老師は全てお見通しの上で、我等を任務へ向かわせて下さったのだと、今も心より感謝しております」
語り終えたレイは、涙顔だった。
一方ザザは晴れやかな声付きで「じーじは『ユキアは小烏丸を背中で装備するでござろうから』と刀の鞘に龍革帯を通すよう細工されたでござる。
細帯が円筒の蓋に入っているでござるよ」
柔剣術を極めたオレにとって、刀は腰に佩くと邪魔になるから背負うしかない。
老師に心遣いにオレは胸奥でで頭を下げた。
オレは蓋の中を確認すると、眼帯と同じ緋色の龍革細帯が入っている。
「ってことは、レイとザザが国抜けするする覚悟で、任務を受けてのは真実だったんだな……」
オレは自分自身に呟き、
「老師、レイ、ザザ、ロクネ、オクトー、本当にありがとう。
老師と、ロクネ、オクトーに直接礼を伝えられないのが、凄く辛い……」
いや、いつか何とかして3人に礼を言わなければならない。
オレは赤誠を誓う。
オレは小鴉丸の鞘に緋色の細帯を通した。
帯には眼帯同様、ヴェルス家の禁の紋章が数か所に刻印されている。
そこには、ヴェルス家の正統後継者としての矜持を棄てるな、という老師の伝言が書かれていると、オレは感じた。
そう。ヴェルス家の人間だという事実は、この身体に国の祖ユキムラ公の血が流れていることを示す。
それはオレが『義勇』の道を選択した思いが、間違いじゃないのだと証ししてくれている!
オレの熱き血潮が心魂に漲っていく。
「僕と父さんからの祝いはレムスで渡すでごわす。楽しみにしていて欲しいでごわす」
「ごわす、ごわす」
ナーヌス親子は、申し訳なさそうだった。
「私達もレムスで細やかですが是非お祝いをさせて頂きます」ローザが約束すると「レムスで時間をとって頂けますか?」ランブラが訪ねてくる。
「うん。少なくともオレ達の船が完成するまでは、レムスに滞在するから大丈夫だよ」
オレは嬉々として答え「美味しいパンと肉料理を食べさせてもらえると嬉しいな」
「あぁ……至福」キラは陶酔した瞳で「甘い乳酪トルタみたいな食感と、コーヒー味のカカオ・ポルヴェレの馨ばしい苦みもあって、本当に美味しい。私が食べた世界中のティラミスの中で、文句なしの1番!」ティラミスを見詰めている。
ローザは頬を紅潮させ「過分のお言葉、料理人冥利に尽きます」深々とお辞儀した。
キラは奇態そうな色を滲ませて「今夜頂いた料理は、さすがは聖エレミエル号、食材が素晴らしかったけれど、それを活かしてあれだけの調理ができる料理人は、そうそういないし、おまけにドルチェまで菓子職人顔負けの実力を持っている。
給仕も姉妹だけに呼吸がぴったりで、今夜も完璧な対応だった。
2人が凄腕だって思ってるのは、私だけじゃないと思うけどーー」
無論キラの評価に一同一斉に、コックリ。
「二人ならそれこそレムスでお店を構えても、きっと人気店として繁盛すると思う」とキラは褒めちぎる。「そもそも女性の料理長や給仕長が海の船上にいること自体珍しい。
何か事情でもあるの? 私は聖エレミエル号の所有者、神聖ロムルス皇国の国営会社オスティア商会の出資者の一人なの。聖エレミエル号の船長はご存じなかったみたいだけど」
その声調には少し棘があった。
オレは、キラを船長は海賊に差し出そうとしてたのだから、まぁ仕方ないと思う。
キラが出資者の一人だと知れば、平身低頭して謝罪するに違いない。
明るい聲にキラは戻し「私で良ければ相談に乗るから、何でも気軽に話してね」
姉妹の容顔に一瞬、さっ、と翳が射したのをオレは見逃さなかった。
ローザは頭を垂らし「お言葉本当にありがとうございます。仰る通り色々事情もありまして……」と曖昧に答えキラからも目を逸らす。
そんな姉にランブラが「国にいる家族の為にも頑張ります。ね、姉さん」奮い起こすようにその肩を手で触れた。
微かに笑みをランブラに返し、ローザは小さく顎を引く。
2人の姉妹がその容色に翳を過ぎらせた瞬間が、オレの緋隻眼に貼り付いて剥がれない。
翳の根源は、あの漆黒の闇に違いなかった。
詳しことはわからないけど、この世界に生きる蒼氓の多くを喰らい尽くそうとする闇の存在意義は何なのだろう?
神が人間を成長させる為の試練なのか?
或いは、悪魔の人間を堕落させる為の姦策か?
もしそうなら、何故神は悪魔の無法を断罪されないのだろうか?
素晴らし料理とドルチェで、人に喜びを与え、楽しませてくれる2人に、何らかの罪があるとでもいうのだろうか?
オレには、とてもそうは思えない……。
※※※※※
海賊ユキアの忘れられない一日は、賑やかな笑いの絶えぬ中、日付が変わっても続いていた。
が、ピッコロの頭が船を漕ぎ、モンテの鼻風船がはじけたのを合図に、祝宴は終幕へと向かう。
ゴリクはゆっくり立ち上がって一同を見回し「では、山に帰るかの。
ザザ、我等ソン一族は常にそこもとの味方じゃ。信じる道を行け。
皆の衆、またいずれ会おうぞ。
それまでザザのこと、宜しくお願い申す」巨体を折って一礼する。
「開け」ゴリクが言うと、その背後の空間が歪みながら、幻界へと結ぶ真円の巨大な入り口が開く。
そこは老樹、古木が鮮やかな緑一宿に彩る、神聖な山中のようだ。
入り口から仄かに芳醇な馨が零れ、鼻先をさらさらと通り過ぎていく。
ゴリクは例によってザザの頭をわしゃわしゃ撫でると、にこっと笑い幻界へ飛び込む。瞬く間に入り口は渦巻いて縮小しながら消滅。
ゴリクを見送り、幻界への憧憬を抱きながら、しばらくの間、一同の眼は消えてしまった入り口に釘付けになっていた。
その後キラが嫣然と微笑んで「結局、今日は素敵な一日になった。きっと、明日も。では、おやすみなさい」荷物を抱え自室へと向かう。
レイ、ザザ、ナーヌス親子もそれぞれの荷物を抱え自室へと足を運んだ。
オレは、船長室に入り、歯磨き洗顔をすませる。
それからロザリオを握りしめて、寝台の上で正座した。
丸い真鍮の窓から射しこんでいる皓月の光に照らされ、神への感謝の祈りを捧げる。
今日の物語を御手によって書いてくださった父なる神に。
いつも俺の願いを執り成し、オレを見捨てず見守って下さっている、聖母マリアに。
それから、主の祈りをはじめ、いくつかの祈りを捧げさせて頂き、漸く横になる。
その時には、下で宴会の片づけをしていた美人姉妹の気配は消えていた。
祈りが、喜びを昇華させて心魂一杯に広がっていく中、波浪と潮風が船を優しい揺り篭へと変えていく。
オレは、眠りに沈んでいった……。
読んで頂きありがとうございます。
駄作ですが、批評も含め、ご感想を頂けると喜びます!
評価✩✩✩✩✩やブクマをして頂けると更に喜びます!
長い物語ですが、様々な要素で楽しんで頂けるよう努力してます。
これからの物語も是非読んで頂けますように・・・。 m(_ _)m




