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 絶望のどん底を彷徨い、這い上がる意思も気力もない私の部屋にある日訪ねてきたのは──。


「香菜恵さん、久しぶり」

「……耕平くん」


 3年ぶりに見る耕平くんはとても大人びていた。無気力で廃人のようになった私を見る耕平くんの表情は、悲痛に歪んでいる。それもそうか、こんな私の姿なんて見たくなかったよね。


「……っ、ご、めん……」


 出てきた言葉は『ごめん』だった。

 だって私は悠馬を守れなかった、救えなかった。

 無力で、何もできなくて。

 私がもっと強ければ── 全部、私のせいだ。


「耕平くん……っ、ごめん、ごめんね……っ」

「あんたが謝んなよ、謝るのは俺のほうだ。もっと早く会いに来るべきだった。悪い、遅くなって。香菜恵さんに全てを背負わせしまった責任が俺にもある。俺は逃げたんだ、現実から。だからごめん、香菜恵さん」


 耕平くんも私と一緒だ、悠馬の死を受け入れることができなかったんだ。


「っ、耕平くんごめん……つらい……っ」


 そう嘆く私を耕平くんは何も言わず、ただ抱きしめてくれた。耕平くんは私たち兄妹にとって弟みたいな可愛い存在だったはずなのに、今は立場が逆転して私が妹のように慰められている。こんな情けない年上でごめんね、耕平くん。


「鬼鞍さん今日から1週間どうしても外せねぇ仕事があるらしい。俺が鬼鞍さんの代わりにここにいるけど平気か?」

「耕平くん学校は大丈夫なの?」

「問題ない」


 耕平くんはエリート魔術師の家系で、そういった家柄の魔術師は基本15歳(高1の代)から魔専に入学することになっている。だから耕平くんは一般の中学校に通ってて、普通の中学生としての生活を送りながら魔術師として任務もこないしている……はず。


「わざわざありがとう」

「ん」



 それから毎日一緒にいてくれた耕平くん。私は鬼鞍さんと耕平くんにこんなにも大切にされているんだって、改めて気づかされる。


 死んだも同然だった私の心が、微かに息を吹き返すのを感じて、何も感じなかった身体にじんわりと温かい血が巡る感覚が蘇った。


 私のなかで少しずつ何かが変化して、動きはじめたんだ──。



 そして、耕平くんが帰る日があっという間にきてしまった。


「香菜恵さん、あの話覚えてますか」

「ん? え、なんで急に敬語?」

「ほら、悠馬さんが言ってたじゃないですか。『俺達が魔専に行ったら上下関係はしっかりしてこうな!』とか何とか」 


 ああ、たしかにそんなことも言ってたっけ。『鬼鞍さんのことはちゃんと鬼鞍先生って呼ばなきゃな~』とか『鬼鞍さんにもちゃんと敬語を使う! で、耕平は俺達に敬語を使うこと!』なんて言って張り切ってたなぁ、悠馬。


 懐かしい、あの何気ない楽しかった日々が──。


「……そうだね、悠馬はそんなこと言ってたけど気にしなくていいよ? 今まで通りで」

「いや、自分もその辺しっかりしておきたいタイプなんで。あの、香菜恵さん。ちょっといいすか?」

「ん? うん」


 耕平くんと共に私は数年ぶりに部屋から出た。


 耕平くんが私を外へ連れ出し、魔専の敷地内なのか敷地外なのかは分からないけど、高台にあるわりと広めな草原に着いた。


「すごいね、ここ。魔専の近くにこんなところがあるなんて」

「たまに来るんすよ、行き詰まった時とか。不思議と落ち着くんで」

「へぇ、そうなんだ。気持ちいいね」


 ゆっくり流れる時間、穏やかな風が私を包み込む。


 その場に座り込んで、吸い込まれるように後ろへ倒れた。そして、すべてをシャットアウトするようにまぶたを閉じて大地を全身で実感する。


 自然が奏でる音がとても優しくて、心があたたかくなる。暗闇を彷徨う私の心に光が差し、ゆっくり少しず明るくなっていくのを感じる。


 一時の安らぎでもいいから、あとちょっとだけこのままでいさせて。



 私はいつの間にか眠りに就いていた──。


『香菜恵、香菜恵』


 私を名前を呼ぶ声がする、この声は……。


『悠馬……?』


 ゆっくりまぶたを開けると、私の視線の先にいたのは、悠馬とお母さんとお父さんだった。


 これは、夢……?

 それとも現実……?


『悠馬! お父さんお母さん!』

『香菜恵、ごめんな? 辛い思いさせちまって』


 悠馬が申し訳なさそうな顔をして私を見ている。お願い、そんな顔しないで? いつもみたいに笑ってよ。お願いだからあの出来事は全部嘘だったって、そう言ってよ──。


『魔術師なんてろくな死に方しねえって、そう言われただろ? 本当にそうだと思うよ。でもな、魔術師になろうと決断したことに後悔はない。俺達に……いや、香菜恵にしか救えない命だってたくさんあるんだ。できる範囲でいい、助けてやってほしい。俺の分まで魔術師を全うしてくれ』


 私は悠馬みたいな思考は持ち合わせていない。だってそんなの綺麗事だよ。大切な人たちがあんなにも近くにいたのに守れなかった、助けられなかったこの私が、誰かを救うなんて……そんなの、無理だよ。


『香菜恵、お前は強い。きっと鬼鞍さんに並ぶ魔術師になれるさ。大丈夫、独りじゃない……俺達はずっと香菜恵を見守ってるから。ずっと、香菜恵の中で生き続ける』


 私はただ声を詰まらせて泣きながら悠馬の話を聞くことしかできない。


 できることなら今すぐ戻ってきてほしい。でも、それはどれだけ願っても叶わないことだって分かっている。だから辛い、苦しいの。


『泣くな香菜恵、お前がこうしてる間にもお前の助けを求めてる人が山ほどいるんだ。立ち止まるな、歩き続けろ。くよくよしてたって状況は何も変わらない、俺達は変えてやれない。だから前を向け! 俺の妹はそんな弱い奴じゃないだろ!? だって香菜恵は、俺の自慢の妹なんだからよ』


 悠馬がとびっきりの笑顔を私に向けてくれている。だから私は涙を強く拭ってしっかり見据えた。


『あなた達が能力を持ち、魔術師になる選択をしたこと、お母さんとお父さんは誇りに思っているわ。人の為に命を懸けて頑張ろうって思える、そんな優しくて強い子なんて他にいないもの。悠馬、香菜恵……あなた達が私の子供で本当によかったわ。ありがとう、お母さんのもとへ来てくれて』

『お前達は俺の自慢の子だ。俺の子になってくれてありがとう。お前達の父さんになれて、本当に幸せだった。香菜恵、お前だけを残して悪かった。これからたくさん辛いこともあるだろう。けどな、お前は独りじゃない。父さんも母さんも見守っている、悠馬もだ。これから大切な仲間もできるだろう、大丈夫だ』


 私はお母さんとお父さんの子供で本当に幸せだった。悠馬と双子で、悠馬がお兄ちゃんで、本当によかったって思う。


 だから、それを奪った魔霊は嫌いだ。


 絶対に許さない──。


『香菜恵、あとは頼んだ。天下無双の魔術師になれよ』


 悠馬のその言葉が強く心に響いた。


 理由なんてなんだっていい、不純だって思われても言われても別に構わない。思ってもない綺麗事ばかりを並べてみたって先には進めない。


 だから私は選ぶの。

 奪われたから、奪い返す。

 私にはこの道を選ぶしかないって、そう思った。


『……お母さんお父さん、悠馬。ごめん、そして……ありがとう。私はもう大丈夫だから、悠馬の分まで責務を全うする。私が魔霊を──』


『“私が魔霊を鏖殺してやる、この世から消えるまで何度だって殺してやる”』そう言おうとして言葉が詰まった。


 こんなこと、悠馬たちに言うべきではない。


『……私、強くなるから……絶対に』


 私がそう伝えると、悠馬たちは安堵の表情を浮かべ、笑みをこぼしながらスッと消えてしまった──。



「──さん、香菜恵さん」


 まぶたを開けると耕平くんが不安、というか心配そうな顔をして私を覗き込んでいた。


「大丈夫ですか」

「うん。長いことかかっちゃたな……耕平くんごめんね? かっこ悪い姿ばかり見せちゃって」


 私はしっかり自分の足で、自らの意思で立ち上がった。


「悠馬たちを殺した魔霊という存在を私は絶対に許さない、許すことはできない。私が必ずすべてを滅する。無謀だって、不可能だって、そんなことは分かっているけど、それでも戦いつづける。私はもう立ち止まらない。誰にも、何にも負けないくらい強くなる」


 ちょっとした正義感、ちょっとした綺麗事を並べるとするなら、『“理不尽に大切な人を奪われ、悲しむ人を少しでも減らしたい”』……かな。


 私は、たくさんの人を救いたかっただろう悠馬の意志を継ぐ。これは私が背負うべき責任でもあるから。


「魔霊なんて魔霊でしかない。あんなの、人殺しでしかないよ。だから私は容赦なく祓う」

「……そうすね。無理はしないでくださいよ」

「うん、大丈夫。耕平くんが来年魔専へ来る頃にはめちゃくちゃ強くなってるから、大切な人たちを守れるように。もう二度と奪われないように、失わないように……」


 私がそう言いながら微笑むと、耕平くんは少し困ったような顔をして前を向いた。


「俺も強くなります、必ず」

「うん。さてと、鬼鞍さんには迷惑ばかりかけちゃったし、鬼鞍さんのところに謝りにでも行こうかな。耕平くんはどうする? 鬼鞍さんのところに顔出していく?」

「いや、俺このまま帰ります」

「そっか……あの、耕平くん。ありがとう、本当に」

「いえ別に、俺は何もしてないですよ」


 耕平くんは少し照れくさそうに、手を軽くヒラヒラさせながら去っていった。


「遅すぎる、なんてことはないよね」


 もうやめよう、前を向こう。

 私は歩みつづける──。



 スマホを取り出して鬼鞍さん……いや、鬼鞍先生に電話をかけた。


(はいはぁい、もしも~し)

(鬼鞍先生、ちょっと話がしたいんですけど今から会えませんか?)

(ほうほう、今ちょうど魔専に着いたところだよ~。俺の部屋においで)

(分かりました、今から向かいます)



 鬼鞍先生の部屋の前に着いて深呼吸をする。控えめにドアをノックをすると鬼鞍先生が出てきた。


「やっほ~、1週間ぶりだねぇ。寂しかったでしょ? 俺は寂しくて本当に辛かったよ~」

「なんだか嘘っぽいですね、おかえりなさい」

「ただいま~って……いや、さっきも思ったんだけどさ、なんでしっかり敬語? しかも鬼鞍“先生”呼びだし。うん、まあいいんだけどね? とってもそそるし~」


 やめてください、その変態じみた発言は。


「悠馬が言ってましたよね? それを実行しようかなって。耕平くんも敬語使ってましたよ、私に」

「ハハッ、そっかそっか~! んで? あれれー? その耕平はどこへ行ったのかなー?」

「帰りましたよ」

「んもぉ、薄情な男だねえ。で、話って何かな?」


 きっとこの人のことだから薄々勘づいてるとは思う、私が言いたいこともしたいことも分かっているとは思う。踏ん切りをつけて覚悟をしたことも何もかも、全てお見通しだろうから。


「絶望して、失ったものに縋って、いつまでも喪失感に浸ってはいられないってようやく気づきました。長い間、本当にすみませんでした。そして、ありがとうございます」


 私の人生、リスタート──。

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